28 保護者
『待たせたな人間!それ、受け取るがよい!!』
井戸から再び出てくるのにかかった時間はほんの数秒。
大量のスクロールを抱きかかえて入ってきたのにもかかわらず、ドンタが持ってきたのはたった一本のスクロールだ。
「ありがとうございます。それでは、次回またお菓子を持ってきますね」
『うむ!今度はもっと大量のお菓子を持ってくるんだぞ!!』
「わかりました」
その会話でこのイベントは終了だ。
ドロンと音を立てて、ドンタは煙となって消え去り、そしてカタンと井戸のふたが閉まる。
「終わったの?」
「ああ、終わった」
無事に精霊とのやり取りを終えて、ずっと見守ってくれていたネルの声に振り返ってひらひらとスクロールを振る。
「スクロール減っちゃったね」
「ああ。でも、目的の物は手に入ったよ」
「目的の物ということは、最初からリベルタ様はどんなスクロールが手に入るかわかっていたのですか?」
「ああ」
井戸の精霊。
そのクエストは、再度使うのに一週間というスパンが必要になるがスキルスクロールを一定のスクロールに変換できるクエストだ。
「とりあえず、家に帰ろう。ここにいてまた誰かに絡まれたら面倒だからな」
「そうですね。話は落ち着いた場所でした方がよいですね」
スキルスクロールごとに、ドンタ個人が勝手に決めている換算ポイントが配分されていて、渡したスキルスクロールの合計ポイントによって返ってくるスクロールが変化するという流れだ。
井戸に入る際の、この力ならというドンタの言葉はスクロールのポイントの合算値を計算して持ってくるスクロールを決めた時のセリフだ。
ドンタからもらえるスクロールは全部で五種類。
一番しょぼいので、クリエイトウォーター。
水を作り出せるというスキルで、使えば蛇口を少し開いた程度の勢いの水を生み出すことができるというスキルだ。
そんなに使えないスクロールに思えても、飲み水確保に使えるスキルなのだから、この世界ではかなり重宝するだろう。
「王都に精霊様がいたんだ」
「初めて知ったわ。なんというか、精霊様ってもっと自然豊かな場所にいるものだと思ってたわ」
「あの精霊が例外なんだよ。普通は、井戸になんて住み着かないしな」
道中で説明はせず、帰ってきてからまずはドンタという精霊の説明をした。
まず驚かれたのは、こんな人が住むような街中に契約をしていない精霊がいることだ。
アミナや、ネルの知識通り、精霊というのは自分の特性を最大限に生かせる場所に住み着く。
水の精霊なら水辺、湖や川、海などだ。
火の精霊なら、火山といった暑い場所に。
風の精霊だと渓谷とか風の通る場所を好む。
土の精霊は意外とどこにでもいたりするが、上位精霊だと自分の山を持ちそこを縄張りにしていたりする。
そんな精霊たちの中で、王都の古井戸に住み着く精霊などドンタくらいしかいない。
勘違いしないでほしいという意味も込めて、家のリビングに集まり、説明した。
「精霊様はお菓子などの甘味を好むとは聞いておりましたが、あそこまで執着を見せる精霊様は私も初めて見ました。ですが、なぜこれまで発見されなかったのでしょうか?使われなくなったとはいえ、あのような賑やかな場所にある井戸なら、だれかが精霊様がいることには気づきそうですが」
「精霊というのは特殊な存在でな、力を持った精霊ほど会うのに条件が課せられるんだ。ドンタの場合はまず第一にあそこに行くためにはお菓子を持ってないといけないんだ」
精霊というのは力を持てば持つほど、その力を他者に利用されないように試練のようなものを与え接触を制限する。
「お菓子を買った子供なら行けそうだけど、そういう話も聞いたことないよ?」
「私も聞いたことがないわ。不思議な場所が見つかったら結構噂になるわよ?」
「たぶんだけど、お菓子を持っていても食べかけとかじゃなかったか?あそこに行くには新品で、誰も口をつけていないお菓子じゃないとダメだからな」
「あ、そうかも。みんな買ったらすぐに食べちゃうもん」
ドンタの場合は、ゲーム時代でもお菓子を持っていないとそもそも井戸に近づくことができなかった。
「それにスキルスクロールを持っていて、井戸の蓋をノックして合言葉を言わないとドンタは現れない」
そもそもマップに表示されず、そのルートも解放されない。
あそこはそういう風に一定の条件を満たさないと認識できないように設定されている空間だ。
そして二つ目の条件が、一定のアイテムを所持している状態で合言葉を言うということだ。
俺はハロウィンイベントを走っている最中にクエストを達成した際に手に入れたスキルスクロールを持っていた。
その偶然が重なってドンタという精霊を発見することができたのだ。
「お菓子と、スキルスクロール。こんな組み合わせを持ち歩く人がいったいどれだけいるのかわからんが、多くはないだろ。だから、今の今まで噂にもならなかったんじゃないか?」
この世界で過ごしてきて思ったのは、ここに何かがあるかもしれないという探求心を持つ人が少ないということだ。
ゲームと違って、日々を生きるための仕事と割り切っているから危険を極力排除して安全かつ効率的に行動しようという意志を感じる。
当然それが悪いわけではない。
安全に稼ぎ、そして生きる。
リアルに生きている人として重要な意識だ。
だが、その所為でこういった発見がいまだされていないということもまた事実として存在する。
ネルやアミナ、そしてイングリットのなぜ発見されなかったという疑問はそこにつながるということ。
「確かにそうね。スキルスクロールなんて買ったらすぐに使うわよね」
「保存することはありますが、金庫などで保管することはあっても持ち歩くなんてことはあまりないでしょう。持ち歩くとしても、それは目的地への移送でしょう。わざわざお菓子と一緒にもってあのような場所に足を運ぶことなんてないでしょう」
「そういうこと。おまけに一度出会うと一週間は条件を満たしても出てこないからな。条件の発見はさらに面倒になるっていうわけだ」
知っていないと発見が難しいのが精霊との出会いということだ。
「そんな面倒な手順を踏むだけあって、手に入ったスクロールは良いものだけどな」
「そう言えば、まだスクロールの中身を見てなかったわね。何のスクロールなの?」
「水鎧のスキルだ。雷属性が弱点だけど、対策を取れば問題ないし、それ以外には物理にも魔法にも効果的なスキルだ。前衛で正面切って戦うネルのためのスキルだな」
「私の?」
「ああ、これがあれば致命傷も避けられるし、安全面の向上もできる」
その分、出会えたときの恩恵が大きいのも精霊のいいところだ。
元々、クレルモン伯爵のクエストで手に入れたフレイムカノンやほかに手に入れたスクロールを元手にネルを強化することを考えていた。
這竜や沼竜から出たスクロールのおかげで意外と早く手に入れることができた。
「それに、水鎧は水竜が使うスキルだからな!クラス6のモンスターが持っているスキルだから防御力は折り紙付き。成長させてレベルをカンストすれば最後まで使えるという優れものだ。これからネルが覚えるスキルとも相性がいいし」
防御面においては、クラス詐欺と言われるほどの強力なスキル。
欠点は、雷属性が弱点という点だけ。
ネルみたいに正面から闘うタイプのビルドには最適と言っていいスキルだ。
火属性の系統の敵に対しては無類の防御力を誇るから、火竜を倒すときには必須といってもいい。
おまけに、ネルの安全性も爆上がりして一石二鳥どころか三鳥くらいは稼げているかもしれない。
「リベルタはいいの?」
「俺のスキル構成だと、相性が悪くてな。ネルに使ってほしい」
「……ありがとう。使わせてもらうわ」
「おう!」
尻尾も揺れてるし、ネルも喜んでくれて何よりだ。
「いいなぁ、ねぇねぇ、リベルタ君。僕にも使えそうなスキルないの?」
「ドンタで手に入るスキルだと、ないなぁ。一番上のスキルなんてロマン砲だし、二番目は今、ネルが覚えた水鎧なんだよ。三番目と四番目は微妙なんだよ。五番目はそもそも飲み水を確保するだけのスキルだし」
「ええー」
「安心しろ、アミナも、イングリットもしっかりと強化するスキルを手に入れるから」
「約束だよ?」
「ああ、お前を最高の歌姫にするって約束したからな。任せとけって」
「うん!」
今回はネルを少し贔屓するような形になったが、手に入れられるスキルの関係上そうなってしまうのでアミナとイングリットにはもう少し我慢してもらおう。
スキルスクロールの流通がもう少し良ければ何とかするんだけど、さすがにこればかりは俺個人の力ではどうこうできない。
「だけどスキルを手に入れるための目下の問題は、デントさんに言われた手回しだよな。狩場に関して言えば人気のない場所を選んでも人がゼロっていうわけじゃない。アレスみたいなやつが、他にもいるかもしれないし」
「公爵様に保護を求めるというのは?」
「……それが一番無難なんだけど……うーん」
そしてトラブルを起こしてしまった反省を生かして、もっと安全面に配慮してこれからの行動をしなければいけないことが、スキル調達の速度を遅くしている。
いや、これまでのやり方が効率重視過ぎて早すぎただけで、本来は安全面に配慮して人間関係を良好に保つ、これが正道なのだ。
だけど。
「このまま素直に公爵閣下に頼ってしまうと、そのまま首輪付きになって抱え込まれる未来しか見えないんだよな」
それがわかっているから、今の段階で公爵閣下を頼るのは避けたいと思うのが本音だ。
「いや、そんなことを考えている場合じゃないのはわかっているんだよ。アレスみたいなほかの公爵家の影が見えている段階で自由を気にしていても仕方ないのはわかるんだよ」
まず間違いなく、公爵閣下を頼れば保護はしてもらえる。
そして安全面に関してはこれでもかというほど向上するだろう。
その対価として俺の自由が些か以上なくなるというデメリットも受け入れるべきだと理性ではわかっている。
「はぁ、俺が子供じゃなかったらもっとなんとかできるんだけどなぁ」
結局のところ、これからも成長していく過程で後ろ盾を得るのが一番無難だと言う結論に頭の中で行きついてしまう。
権力の後ろ楯というのはどこの世界でもやはり、必要ということなのか。
未成年のこの肉体が恨めしい。
「リベルタ様、ひとまず保護者については後回しにしてはいかがでしょうか。取り急ぎ決めることではありますが、焦って決定するのもよろしくはありません。一晩ゆっくりと考えれば何か良いことが思いつくかもしれませんよ」
「そうだよ、僕も考えるから!!」
「私も何かいい方法がないか考えるわ」
「みんな、ありがとう」
解決方法が思いつかず、どうするかと悩んでいても早々思いつくはずもない。
イングリットの言う通り、焦って決断するのは良くないよな。
「いざとなったら、工事現場の親方に僕が頼んで一緒に来てもらうよ!!そうすれば大人同伴ってことで大丈夫でしょ?」
「いや、工事現場の人を狩場に連れ出すなよ。危ないぞ」
「そうよ、それだったら前に護衛で来てもらった、熊人のピッドさんの方が良いわ。あの人が一緒なら、他人は簡単に声もかけられないわ」
「私の知り合いに騎士団に所属していた方もいらっしゃいます。年齢を理由に今は引退されておりますが、今も鍛錬は怠っていないと聞いております」
こうやって話し合えば、色々とアイディアは出てくる。
権力という厄介な力が関わらなければ、彼女たちのアイディアのうちのどれかを採用すれば何とかなる。
問題なのは、ゲームではなかったステータスである権力だ。
世間体と言い換えてもいい。
それに対処できる都合のいい人。
そんな人がいるのか?
ネームドキャラの中、そして原作の物語スタート前の今の段階でそんな人が。
「あ」
いた。
いや、いけるか?
あの人ならまず間違いなく、俺たちにとって都合のいい保護者になりえる。
だが、どうやって接触する?
クエスト発生条件は原作中でもかなり局所的で、さらにシビアな条件だった。
そんなあのキャラを俺が引っ張り出せるか?
「どうしたのリベルタ、何か思いついた?」
「思いついたけど、できるかどうか。いや、そもそも会えるのか?」
「どなたかに会えればいいのですか?」
原作前で、すでに表舞台から退いていてそれでもなお影響力が計り知れず、なおかつ自由主義。
「ああ、元大司教、たぶん今はどこかで司祭をしているはずだけど」
「元大司教って、とんでもない人よね」
「ああ、名前はクローディア、彼女ならどうにかなるかも」
仲間にするためのタイミングがシビアすぎて、隠しキャラとまで言われた。
ゲーム内での呼び名は破戒僧。
神には祈るが、奇跡に頼らないというスタンスの女性だ。
「「「クローディア様!?」」」
そしてやっぱり、この世界でも有名な女性のようだ。
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