26 検証
意気揚々と始めた古代武具のスキル開封作業だけど、のっけから最低クラスのスキルスクロールしか出なくて心が折れそうです。
いや、たまたま二回連続でダメな方の確率を引き当てただけかもしれないけど、こういうのって流れがある。
ダメなときな流れと、そして良い時の流れ。
前者後者でいうなら、体感的には前者の流れのような気がする。
「今回は、散歩ですか」
「どんな効果なんだろう?」
「気持ちよく散歩ができるようになるスキルだ」
最初は万歩計、次に散歩、神は俺に歩けと申すか?
散歩というスキルは、ゲーム的に見れば歩くことでわずかでも回復効果をもたらすという効果がありそうなスキルに見える。
しかし、こいつもしっかりとネタ枠。
ゲーム時代にスキルを取得して効果を確認して表示されたのはこの文言。
『ストレス緩和に効果あり、自然豊かな場所で使いましょう』
たったこれだけ。
回復効果は回復効果でも、ストレスケアというゲーム内でも使うことがないと断言できるようなネタスキルだ。
「歩けるようになるとか、そういう効果はないの?」
「ないな、本当に楽しく散歩をするためだけのスキルだ」
「……ストレスが溜まっている机仕事の多い人なら売れるかしら。いや、でもそのために貴重なスキルスロットを埋める人がいるかしら?」
必死にネルが売る方法を考えているけど、ゲーム時代では最低保証のゴルドス神像に売り払う方法しか思いつかなかったくらいのネタスキルだ。
その価格も三十ゼニ。
写し紙の代金にしかならなかったと記憶していて、さらに切なくなる。
だが、それでも俺はくじけない。
なにせ俺には切り札がある!!
「……三つ目行くぞ」
「なんだか僕も緊張してきた」
「そうね、なんだろう。このドキドキ感が楽しいと思えてきたわ」
「おそらくギャンブル特有の高揚感かと。かく言う私も少し楽しみになってきました」
「そうなの?」
「イングリットさんの表情変わってないわよ」
「はい、これでも楽しんでおります」
ガチャの楽しさが女性陣もわかってきてくれてうれしいと思う反面、全員が沼に嵌ったらこのパーティー終わるなと危機感も同時に感じ取った。
一回八十万円のガチャ、冷静に考えると結構やばいよな。
恐る恐る、もうここまで来ると次も白なのでは?と思ってしまうくらいに、今の俺は気弱だ。
というか、ガチャを経験している人なら誰でも流れが悪いと思った途端に気弱になるのではないだろうか?
「三度目の正直、頼むぞネル!!」
「え、私?」
「ああ!この悪い流れをネルなら断ち切れるはずだ!!」
ランダム要素があるなら、俺たちの中で一番の豪運を持っているネルなら打開できるはず。
オークションで買った段階でもうすでにこの中身が決定しているのならどうしようもないが。
そんなことがあってたまるかと思いつつ、ゆっくりと写し紙を俺の切り札のネルに渡した。
「んー」
「どうした?」
そのまますぐにやるかと思ったが、ネルはジッと古代の武具を見ている。
「たぶん、これ、外れるわ」
「え、なんでわかるの?」
「わかんないわ。だけど、当たる気がしないのよ」
どういうことだ?
こんなことをネルが言うなんて今までなかったぞ。
「とりあえずやるけど、良いのね?」
「ああ」
そしてその予言を残して、ネルは斧らしき物に写し紙を押し当てる。
「やっぱり白ね」
「白だ」
「白ですね」
「わかるのすごいな!?」
二分の一を三回連続で引き続けるのって、八分の一で、12.5パーセントだぞ!?
おかしいだろ!?と驚きたかったが、それよりもネルの予言染みた言葉の方に驚いてしまってそれどころではなかった。
「リベルタ、大丈夫?汗がすごいわよ」
「いや、いまとんでもないものを見たからだ。だから心配しないでくれ」
普通に考えればネルの予言は二分の一で当たるような言葉だ。
だけど、ネルの言葉には確信めいた何かがあった。
「なぁネル、なんでわかったんだ?白だって」
「本当になんとなくよ」
ゲームの中では普通に稼げて、湯水のように使っていたお金だけど、リアルのここではそのお金は立派な生活費なんだ。
ここまでで、約二万四千ゼニ、二百四十万円を溶かしたということになる。
現実でそんなくじを引いて、ろくなものが出なかったら背筋がぞっとするはずなんだけど、今はむしろ困り顔でスクロールを持つネルの直観力がずば抜け過ぎていることに恐ろしさを感じる。
いや、ちょっと待て。
もし仮に、ネルが普段発揮している豪運が確率的に良いものを引き寄せるような運だと仮定すると、中身が決定していないというシュレーディンガーの猫状態でないと意味がなくなる。
もしかして、古代の武具はドロップした段階でスキルが確定しているのか?
確実に検証するためには古代の武具を百や二百じゃなくて、千、いや一万は用意してデータ取りをしないといけないかもしれないが、仮説としては十分にあり得ることだ。
だからネルの反応が芳しくないのか?いや、外れだとわかること自体がとんでもないことだと思うのだが。こんな仮説をを引き出すほどだと思うとネルの豪運に末恐ろしい何かを感じる。
「・・・・・アミナ、ネルって昔からこんな感じだったのか?」
「うーん、運がいいって思うことはよくあったけど、最近の方がすごいって思うことが多いよ」
「そうか」
物欲センサーの天敵がネルの豪運だったのか?
そうだとすれば、ガチャを回したりドロップ周回する全プレイヤーにとってネルは女神のような存在になりえる。
FBOはトッププレイヤーでも金欠になることが多かったゲームだ。
金はいくらあっても足りない、それを地で行く環境だった。
その原因は主にランダム要素が多い部分で確率負けして金欠になるというパターンだった。
その確率負けを軽減できるとすると、ネルの直感と豪運は革命的とも言っていい。
「そういえば三つ目のスキル見てなかったけど何だった?」
「快眠スキルよ。良いものなの?」
「あー。うん、まぁ、使い方次第では使えるスキルだな」
三回目の成果を確認したがこれもまた微妙なスキルだ。
剣らしき物から出てきたのは、万歩計。
弓らしき物から出てきたのは、散歩。
そして三つ目の斧らしき物から出てきたのは、快眠。
うん、この武具絶対に同じ人が持ってただろ。
弓を背負って歩いて、剣で歩数を気にして、斧を抱き枕にして寝る。
ただの危ない人だったわ。
「どういうスキルなの?」
「このスキルは睡眠の妨害を防ぐ効果があるんだ。例えば騒音とか、異臭とか、不眠症とか、まぁ眠りを妨げることに対しての特効があってな。スキルレベルを上げると良質な睡眠を約束してくれるスキルのはず」
そんな危ない古代人が持ってた装備から出てきた快眠というスキル。
これもゲーム時代ではほとんど活躍しなかった。
宿屋で眠って回復することはあるが、それを邪魔されることはほとんどなかったし、リアルで不眠症の人でもゲーム内では眠るというアクションはできた。
俺が説明した内容も、フレーバーテキストに書かれた効果で、検証してもゲーム内で寝ると自動的にログアウトプロセスが走ってしまうし、寝落ちするとその場でログアウトしてしまっていた。
だから効果のほどは、仮説となり、人によってはスキルを使うと綺麗に寝落ちできたなんて言葉もあるくらいしかわからないある意味で未知数なスキルだ。
「良いスキルじゃない。眠れなくて困っている人にはうってつけのスキルよね」
「まぁ、そうだな。戦いには使えないが生活には活用できるスキルだ」
「戦争帰りで、トラウマを抱えている兵士の方などに譲れば喜ばれそうですね」
「あ、近所の人に夜眠れなくて困ってる人がいるよ?」
「じゃぁ、その人に売りつけるか。病状しだいではタダで渡してもいいし」
どうせなら万歩計と散歩スキルもセットで健康スキルセットという商品で売れないかな?
俺たちが持っていても箪笥の肥やしになるだけだし。
「さて、そろそろ四個目行くか。武器系はダメだったが、防具系なら運気が変わっていけるだろ」
「僕、こういうセリフを言って大丈夫だった人を知らないんだけど」
「私もよ」
「……言葉を控えさせていただきます」
「イングリットのそれ、言ってないけど、言っているようなものだからな!?」
なんだかんだ言って、負け続きで自棄になっている自覚はあるが、ここらで一つ大きなものをぶち当ててやろうじゃないか。
脳裏に、課金という言葉がよぎっているが、出るときは出るんだよ!
普通のソシャゲとかだったら、一回数百円とかで回せるんだろうけど、これは一回八十万円のガチャ。
そのうえ確率は据え置き。
クソすぎる仕様に向き合うには強がらないとダメなんだよ。
笑う門には福来るっていうことわざもあるし、弱気な心にレア物は来ない。
「ということで、再びネルお願いします!!」
そして今回もネルにお願いする。
「いいわよ。今度は良いのが出そうな気がするし」
「ええー、わかるの?」
「ええ!これは良いものよ!!」
サーチ機能でもネルさんは持っているのだろうか?
さっきとは打って変わって意気揚々と写し紙を構えて兜らしき物の前に立って、写し紙を押し付けた。
「赤いわ!!」
「え、本当に別の色の光が出るの?」
「ということは」
「マジか!?」
白白白と三回連続の確率を超え、ようやく別の色の光を見れたけど、それよりもやはりネルの直感に驚き俺は叫ぶ。
赤い光は、ゆっくりと写し紙に入り込みそして一本のスキルスクロールを作り出した。
赤色の光、すなわち確率十五パーセントを引っ張ってきたということだ。
「ねぇ!ねぇ!ねぇ!これっていいスキルよね!」
今までのスキルスクロールがコモンやアンコモンとしたらこれはSRくらいの価値はある。
青がR、金がSSR、そして虹がLRといった感じだ。
と言ってもその呼称は俺たちプレイヤーが勝手に呼んでいるだけで正式な段位ではないけど。
「それでそれで!?どんなスキルが出たの?」
その光を見て跳ねて喜ぶネルにアミナが駆け寄る。
「赤色っていうことは白よりもすごいスキルが出たってことだよね?」
「リベルタ様の説明によれば、上から三番目に珍しいようですのでそれなりに期待が持てます」
俺は喜ぶ二人の元に近寄りスキルを確認しに行く。その際にアミナが振り返ってイングリットにこの確率がどれだけすごいのかを確認している。
そんなアミナの質問に、イングリットは眼鏡の位置を直し、キラリとどうやってか眼鏡を光らせて、無表情ながら瞳に期待の眼差しを込めて俺を見ている。
「OK、OK、どんなスキルが入っているか今確認するから落ち着け」
赤、SRなら今の俺達でも必要と言えるようなスキルが入っている可能性は十分にある。
一体何が出たか、それを楽しみにスキルの確認をしてみると。
「あー」
俺は思わず、そっちが来たかと喜びではなく残念な声を上げてしまった。
「その反応、もしかしてダメなスキルだったの?」
「いや、当たりはずれで言うなら当たりだ。それもかなりいい部類の」
「でも、リベルタ君すごく残念そうな顔だよ?」
考えてみれば、こっちが来る可能性も十分にあったんだ。
「いや、まぁ、俺たちが使う予定のないスキルが来ただけだ。これは戦闘系のスキルじゃなくて生産系のスキルなんだよ」
「生産系?」
「スキルの名は槌の匠、鍛冶系のスキルだ」
頭の中にはレアを引けば戦闘系のスキルを引けるものだと思い込んでいたが、戦闘系と同じくらいに生産系のスキルも存在するんだ。
補助系のスキルも含めれば出る確率は三等分、戦闘系、生産系、補助系でそれぞれ三割と少しという感じに分けられる。
「こいつは鍛冶術とは別枠で、槌を使う作業に補正がかかるスキルだ。製錬とかで重宝してな、こいつを持っているかいないかで武具の出来具合にかなり差が出るっていう代物だ」
「へぇ、すごいスキルね」
「でも、僕たちの中に鍛冶師っていないよね。ガンジさんにあげる?いつも僕たちの武器を作ってもらってるし」
「それもありなんだよな。ただ、こいつの値段が確か、最低でも四万ゼニしたんだよ」
その三割の可能性で負けて、結果、今の俺たちでは使わない生産系のスキルを引き当ててしまったわけだ。
「四万ゼニって、今回の出費分じゃない!!」
「そうそう、鍛冶師を目指すなら必須級のスキルだ。それくらいの値段はするだろうさ。下手したらもっと高く売れる可能性だってある」
ゲーム時代での相場はおおよそ四万ゼニと、プレイヤー間ではそこそこ出回っているスキルだったので抑え気味の値段だ。
これで負け分は取り返せたといったところだ。
「さすがに、これをタダで渡すのはダメだろ?」
「ダメよ!絶対にダメ!!」
使い道はないが、それでも価値はある物なので、商人としてネルは両手で大きくバツ印を作り、ただで譲り渡すことに反対した。
俺も何が何でも譲り渡すという気持ちがあるわけでもない。
「ただ、ガンジさんが買い取れるかって言えば、買い取れるかもしれないけど現実的に考えてあそこの経営状況だと難しいだろ?」
「……そうね。そこまで繁盛しているようには見えなかったし」
「下手したら財産を使い切ってまで買うとか言い出しかねないんだよな」
ただ、俺たちの知り合いでこれを使えそうな人と言えばガンジさんっていうだけで、今後も武器づくりでお世話になる予定だから対象になっただけだ。
「ま、このスクロールの使い道はおいおいっていうことで、最後のやつをやってしまおうか」
もしかしたらほかに使える人が現れるかもしれないという可能性を考慮して、このスクロールは保管しておくことにした。
そこに異論は挟まれず、最後に残った盾らしき物の前に写し紙を持って俺は立つ。
白白白ときて、二段飛ばしの赤、となれば五回目はもちろん!
「ネルさん、頼んます!!」
「いいけど・・・・・」
あれ?さっきまでのテンションはいずこに?
そんな淡い期待をしてネルに渡してみたが、彼女は乗り気ではない。
すなわち、ネルの確定演出はないということで。
「やっぱり白ね」
「白だ」
「白ですね」
「わかってた。わかってたんだよ!!」
物欲センサーがしっかりと仕事をしたのであった。
検証結果、古代の武具でスキルを狙う際にはオークション産よりも、ネルのドロップ産が良いかもしれないという仮説が出てきた。
すなわち、俺の脳裏には古代の武具探しのためのチャートが組み立てられるのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




