25 ランダムボックス
相変わらず嵐のような人だな。
謝罪をしっかりとして、お詫びの品も渡して、それでいて用が済めば手早く帰っていった。
「普通でしたら、公爵家の方が直々に謝罪に来られることなどありえませんが、加えてこんな大金を・・・・・」
「そうなのか」
エスメラルダ嬢を見送って、手元に残ったマジックバッグを見る。
この品だけでも渡されるのは異常だというのに、さらにその中には大金が入っていた。
大金をずっと中に入れておくのは怖かったので、この家の隠し金庫につい先ほど入れ終わったところ。
「貴族の謝罪って、普通はどんな感じなの?」
「王家など格上の家に対しては足を運び直に謝罪を申し上げます。同格であれば交渉でどのような決着をするか話し合います。格下であれば良くて手紙による謝罪、悪ければもみ消します」
「庶民相手なら?」
「そもそも話題にすら上がりません。邪魔すれば消す、それが貴族です」
庶民に対する貴族の対応として、短い時間であっても直に来て謝罪を述べて帰っていくのはかなりの異例だというのはわかった。
「来週末に会うことになったけど、大丈夫かねぇ」
「心配されるようなことはないとは思いますが、警戒はしておくに越したことはありません」
「そうだよな。はぁ、それまでにクラス3に上がる準備が終わるかなぁ」
庶民の俺たちに過剰とも言える謝罪をして、なおかつ呼び出しの予告。
ここまで来ると何かあると考えない方がおかしいくらいにフラグが立っている。
「レベル上げだけでしたらすぐに終わるのでは?」
「スキルスロットの解放が必要なんだよ。特にネルは槍か斧のどちらかを昇格させないといけないし。俺もできれば槍を昇格させたい」
たぶん、敵対する他の公爵家に関する何らかの頼まれごとだろうとは思うけど、それを引き受けたらズルズルと引きずり込まれそうだから厄介だ。
対抗するために使える手段が俺には武力を身に着けるくらいしか思いつかない。
「ま、それも今日中に決めればいいだろ。ネルたちは?」
「二階におられます。エスメラルダ様がいらっしゃる気配を感じてそちらに避難されました」
「警戒心があるのは良いことだ。貴族と関わってもろくなことにならないからな」
「私も貴族なのですが」
「イングリットはもう身内だろ。例外、例外」
ゲームと違ってログアウトすれば関係を断てるような便利機能はこの世界には存在しない。
最低限の関係は維持しつつも、それ以上にならないように気をつけねばとため息を吐いて、俺は倉庫に向かう。
俺に貴族様と対等に交渉ができるような能力があるとは思っていない。
しがないゲーマーだ。
この世界で俺が他者より有利にできることはゲームに関することだけで、それ以外は凡人だと思っている。
だからいろんなところが中途半端になって、厄介ごとが降りかかってくるんだろうな。
なんだかんだ、貴族とは関わり合いになりたくないと言っておいてイングリットを手元に置いているんだ。
傍から見たら、ダブルスタンダードだと言われてもおかしくはないだろうな。
「さぁってと、嫌なことは一旦置いておくとして、お宝の開封作業と参りますか」
そんなことを考えつつも倉庫の扉を開き、そしてオークションで手に入れた古代の武具に足を運ぶ。
嫌なことを考えるには自分へのご褒美が必要だ。
現実逃避と言わないでくれと、誰に言い訳するわけでもなく、心の中で呟きながら棚に置いておいた古代武具の一つを手に取り、倉庫のテーブルの上に移動させる。
「見学してもよろしいでしょうか?」
「いいよ、というか準備しておくからネルたちを呼んできてくれないか?」
「かしこまりました」
中にどんなスキルが付与されているかわからない。
完全なランダム。
そのランダムシステムが、心を沸き立たせる。
はぁ、ガチャは良いものだ。
開ける前のワクワク感がたまらないんだよ。
そんな古代武具の開封作業の準備はいたって単純。
スキルを引き抜く古代武具を机の上に置く、その上にさっき錬金術店で買ってきた写し紙を載せるだけだ。
剣らしき物、弓らしき物、斧らしき物、兜らしき物、盾らしき物と順番に机の上に
並べておく。
後は写し紙を使えばすぐに開封作業に入ることができる。
「リベルタ様、皆さまをお連れしました」
「エスメラルダさんはもう帰ったの?」
「ああ、用事があるみたいでな。今回も厄介ごとの匂いだ」
数分もかからない準備作業。そしてイングリットが二人を連れてくるのにも時間はかからない。
エスメラルダ嬢が来たことを警戒してアミナが辺りを見回しているところを見るあたり、やはり庶民にとって貴族というのは警戒すべき存在なのだろう。
ネルが匂いでも警戒している。
「そう、危ないことじゃないといいけど」
「そう願うしかない。さて!嫌な話は保留だ保留。今は楽しむための時間だ!」
その警戒心を解いてやらんとな。
パンっと拍手を一回して場の空気の入れ替えを狙う。
「いざゆかん!開封の儀!!」
無理矢理テンションを上げて、机の上のオークションの落札品に注目を集める。
「開封の儀って言っても、このボロボロな品物から本当にスキルが取れるの?」
「これが取れるんだなぁ。これが本物の古代の武具ならな。もしそこら辺に放置されて錆だらけになっただけの武具だったら屑鉄だけど」
半信半疑といった感じのアミナからの質問に、俺は論より証拠というとで早速一枚の写し紙を手に取る。
「それじゃ、手始めに剣から行くか」
オークションの時も言ったが、古代の武具に付与されているスキルはその武具に関係なく付与されている。
剣の形をしている古代の武具であるからと、剣に関係するスキルが付与されているわけではない。
「頼むぞ、頼むぞ、確定演出来てくれよ」
そっと写し紙の封を解き、そして写し紙をそのまま古代の武具に押し付ける。
ゲームだとこれでいいはず。
「あ、光った」
「綺麗ね」
「白い光ですね」
「ああああああーーーー!!白かよ!?」
そして、オークションで競り勝った俺の行動とこれが古代の武具であることを見抜いた鑑定眼は間違っていなかった。
写し紙が古代の武具からスキルを吸収し、そしてスキルスクロールに姿を変える。
そしてスキルを吸収された古代の武具はさらさらと砂のように崩れていき、最後には小さな砂の山ができている。
「ど、どうしたのリベルタ。白い光じゃダメなの?」
「もしかして、スキルを抜くのに失敗したの?」
「いえ、そうではないようです。リベルタ様の手にはスキルスクロールが握られていますので」
その現象を見るよりも、俺の叫びの方にびっくりしてしまったようだ。
正直、すまん。
だけど、一個単価で八千ゼニ。
日本円で八十万円かかってるんだ。
単発で出にくいのはわかっているけど、叫ばずにはいられるか。
「ごめん、初手で白色だから思わず叫んでしまった」
「白だとダメなの?」
「ダメ・・・・・とは言いたくないんだけど、正直に言えばハズレだな。ほれ」
ちらっと、手元に残った写し紙からスキルスクロールに変化した物の中身を見てみたが、案の定使えそうなスキルではなかった。
「えっと、万歩計のスキル?」
「なにこれ」
「歩数を数えるだけのネタスキルだ。健康に悩んでいる人がいたらあげてもいいぞ」
FBOの中にあったネタスキル中の一つ、とあるネタビルドの人が健康ビルドと称して使っていた記憶がある。
他にもマップの正確な距離を測るためにこのスキルを駆使していたやつもいた。
だけど、製図のスキルもあったし、何なら状態異常耐性のスキルも充実していたから下位互換どころの話ですまないレベルのネタスキルなんだよこれ。
「いくらくらいで売れるかしら」
「十ゼニつけばいい方じゃないか?」
使い道がニッチすぎるんだよ。
「十ゼニ、八千ゼニが、十ゼニ」
懸けた金額に対しての対価がこれだと知ってネルは愕然としている。
「ちなみに、写し紙の値段が三十ゼニだから、八千と二十ゼニの赤字だ」
「大赤字じゃない!?」
「その代わりにロマンがあるんだよロマンが!!」
「冷静になってリベルタ。今からでも遅くはないわ。残った物を持ってもう一度オークションに出しましょう」
「待って!本気で待って!!虹さえ、虹色さえ出てくれれば勝ち確だから!?」
八十万円の代物が一気に価格崩壊を起こして千円にもならないかもと言われればネルが動揺して、少しでも損失を取り戻そうとするのは理解できる。
「今回は運が悪かっただけだ!白の光が出る確率は五十パーセントだ。ようは二分の一の確率でそれ以外の光の色が出るから!!そうすればまともなスキルスクロールも出てくる!」
「……本当でしょうね」
「ウソじゃない!だから、これをオークションに出すのは止めてくれ」
本気で古代の武具を没収する気だったネルをどうにか説得できて一安心。
これで、残りの武具から本当に白色の光しか出なかったら、金輪際古代の武具を買うのは許して貰えなくなりそうだ。
「確率ということは、それぞれの光の色に割り振りがあるということでしょうか?」
「ああ、全部で五色あってな。一番多いのは白でこれがさっきも言った通り五十パーセント。次に多いのが青色、これが三十パーセント。その次が赤で十五パーセントだ」
イングリットがオークションに再出品の話からそらしてくれて本気で助かる。
「白は外れっていう要素が強いけど、ごくまれに使い方次第では活躍できるスキルが出てくる。青になるとけっこう使えるスキルが出てくる。剣術とかのパッシブも入っている。赤になるとスキル構成に組み込んで間違いなしのレベルのスキルがたくさんあるんだ。例えば、斧スキルの中でも燃費よし火力も良いスキルで金剛破断というスキルがあるんだが、ここからそれが出るんだ」
これ幸いと必死に古代武具の名誉挽回に努める。
確率三十パーセントなら三個に一個、悪くても四個に一個は出る計算。
確率十五パーセントなら六個に一個、悪くても七個に一個は出るはず。
「……」
「ちなみに、その上の金の光が出るのは約五パーセントだ。こいつが出たら間違いはない。そのスキル構成に適応するなら組み込んで間違いないスキルが出てくる」
疑わしそうな目で見られているが、説明は聞いてくれる。
「そして最後に虹だ!これは確率が0.03パーセントっていうとんでもない確率だが、これが出たらお祝いをしていいレベルだ。虹が出してくれるスキルはどれも強力で使い勝手もいい。アミナに覚えてほしい歌唱スキルの最高峰の一つはここで出てくる」
「え、僕のスキル?」
「ああ、天の声と書いて、天声術。歌唱術スキルとは別枠で歌唱スキル効果を跳ね上げてくれる馬鹿げた性能を誇るスキルなんだ。これがあるのとないとじゃ、多忙型アイドルの完成度に雲泥の差がでる。欠点らしい欠点は、この古代の武具の虹の光からしか出ないという苦行の先に手に入れられるという点だけ」
その隙にアミナを味方に引き込もう。
今の俺はギャンブルで負けた言い訳を家族に必死にしているお父さん状態だ。
我がパーティーの財務担当から、どうにかしてでも今後の予算を引き出すには味方は多いに越したことはない。
なのでアミナが興味を引きそうなスキルの名前を出しておく。
「天の声、なんかすごそう!!」
「実際にすごい、妥協してほかのスキルを組み込んだスキル構成がかわいそうになるくらい」
「それが出るの!?」
「ああ、低確率だが出ることは証明されている」
ゲームの中ではねと本音を隠して、アミナの興味を引くことは成功した。
「まぁ、それだけすごいスキルがでるのならいいかしら」
「はい、実際にこの品を買えるだけの費用はリベルタ様のアイデアで稼がれているので問題はないかと」
「だけど、釘は刺しておかないとダメよ。ここで全部失敗してもまた稼ぎを全部古代の武具に投資されたら大変なことになるのよ?」
「はい、ですのでそこはネル様が財布のひもを握っておけばよろしいかと。ですが、リベルタ様の知識は私たちでは想像ができないほどの結果を持ってきます。それを抑え込むこともよろしくはないかと」
そのおかげで、ネルも納得してくれたし、イングリットが妥協点を見い出してくれた。
過去にゲーム内だが、欲しいスキルを出すためにゲーム内の資金を溶かしに溶かして、素寒貧になる一歩手前まで散財して古代の武具を買いあさった過去のある俺からしたらネルのいい分は耳が痛くなるが正しいのだ。
「そうね、ごめんなさいリベルタ。私が間違ってたわ」
「いや、ネルの心配もわかる。俺も買いすぎないように気を付ける」
止めてくれる人がいることは正直助かる。
金銭感覚的に言えば、八十万円を溶かそうとしている俺の方がおかしいのだから。
「さて、気を取り直して次の開封作業に行くぞ!」
ストッパーがいることに安心感を覚えた俺は次の写し紙を手に取り、そして今度は弓らしき物に押し当てる。
さっきは白。
二分の一の確率で別の色が出るんだから今度こそ!!
「白だ」
「白ね」
「白ですね」
儚く光る白色の発光。
それを見て、ふと思い出した。
そういえば俺、この世界でのリアルラックって良くないんだった。
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