21 竜殺しの槍
「こ、これは!」
さて今日は待ちに待ったオークションの日だ。
オークション会場は主催者の信頼を勝ち取った貴族や大商人、そしてそのお付きで溢れかえり、俺はこの場にふさわしい正装を、と言っても前に買ったリクルートスーツらしき服を着て参加したが、子供だけの参加ということで些か浮いている。
ネルとアミナもイングリットが用意してくれたドレスを着ているが、着慣れていないのがわかっているため少しそわそわとしている。
イングリットは普段から着ているクラシカルメイド服だから彼女だけ普通に溶け込んでいる。
このオークション会場は、オークションをするブースの前の大広間の左右に展示スペースがあり、そこに今日の出品物が展示されている。
それをオークション開始まで見ることができるということで、開場と同時に入る人は多かった。
特に一番目立つ場所に特別展示エリアとして多くの兵士に守られている展示物への人だかりがすごい。
「リベルタ、あっちは見なくていいの?」
「え?ああ、思ったよりも大したものじゃないから別にいい。それよりも三人ともこれを見てくれ」
その人だかりの先にあるのは火竜の角だった。
一段高い位置に設置され、遠目でもわかるその角自体がルビーのような、透き通る赤さを持って輝いており、角の中では炎が揺らめき、まるで生きた炎が閉じ込められているようだった。
自然界の生物が持つ神秘的な輝きを見れば惹きつけられるのも無理はない。
そんな火竜の角は展示品としてもさることながら、素材としてもその角は優秀と来た。
火竜のクラスは沼竜の一個上のクラス6のモンスターだ。
使えば強力な火属性の武具制作に活用できる。
そうなれば単純に戦力増強になる。
弘法筆を選ばずとは言うが、達人にその武具を持たせれば鬼に金棒となることだろう。
そんな代物に興味を抱かない俺に疑問を抱いたネルが聞いてくるが、その優秀な素材に興味がないわけではない。
ただ優先順位として、相場よりもだいぶ高い値段で買う必要性を感じない上に、やろうと思えば自分たちで手に入れることも可能だと知っているからスルーしているだけだ。
火竜は、ワイバーンの鍵で作れるダンジョンでごく稀に出現する。
通常のボスは風竜であるが、確率的に言えば5パーセントほどで火竜の時もあるから手に入れようと思えば手に入れられる。
まぁ、そのためにはワイバーンを狩って鍵を手に入れないといけないから少し準備が必要だ。
けど、焦って手に入れるほどの珍品ではない。
優秀な素材ではあるけど、火系列の武器を今のところ必要としていないので問題なくスルーできる。
そう判断できたのは大きい。
むしろ、端っこに押し出され、人混みから避けるように展示されているこっちの方が俺の興味を引いた。
「これなに?」
「うわ、ボロボロ」
「一体なんでしょうか?見た目は武具のようですがずいぶんと錆びついていますね」
掘り出し物として、とってもいい物を見つけてしまったかもしれないから、今回はこれに手持ち資金を全投入してもいいかもしれない。
人混みのある展示品エリアは後回しにしようと思って空いている方を見に来たが、まさかこんなものが出品されているとは思いもしなかった。
「えーと、古代遺跡から発掘された武具。古の力が眠り、その力を得れば強大な力を得られることだろう…胡散臭い説明ね」
「リベルタ君、これ大丈夫?持つだけで崩れそうだよ?」
特別展示ブースに注目が集まっている分、他の展示には人がまばらだが、ここの展示品の周りにはより一層人がいない。
だから、その展示ブースの説明書きも簡単に読めるが、フレーバーテキストのような文言にネルの眉間に皺が寄り、物として大丈夫なのかと疑いの視線を俺に向けてきた。
見ているのは俺たちだけ。なにせ展示品は錆でボロボロになった武具たちだからだ。
剣のような物、斧のような物、弓のような物、盾のような物、兜のような物の五点セット。
原形をとどめてはいるが、錆や汚れでボロボロなそれらは訳ありのお値打ち品のように寄せ集めて展示されている。
一見すればゴミだ。
「武器としての価値はゼロだ」
だが、もし仮に本当に古代の遺跡から発掘されたというのなら、この武具たちはもしかしたらランダムボックスの可能性が出てくる。
「それでは、なぜリベルタ様はこの品にご興味を?」
「武器として価値がなくても、この武具に付与されているスキルに用があるんだ」
ランダムボックス、中に何が入っているかわからないギャンブル要素の強いアイテム。
普段はクズのようなゴミアイテムしか出ないが、低確率でとんでもないお宝アイテムが出てくるという代物だ。
「付与されているスキルって、でもこんなにボロボロじゃ」
そしてそのランダムボックスの派生形にあるアイテムがこの古代の装備というやつだ。
武具にはランダムでスキルが付与されていて、時にはかなり強力なスキルが付与されていたりする。
スキルを抽出するのはギャンブル要素を楽しむために簡単にできるようになっている。
それこそ、スキル無しで特定のアイテムさえあれば可能だ。
「中身のスキルをスクロールにする方法があるんだ。普通の武器だったら一回付与すると剥がすことができないけど、古代の武器は長い年月隔てて武器がボロボロになってスキルと武器の結合が甘くなって簡単に剝がれる状態になっているんだ」
「へー、じゃこれにはすごいスキルがついててそれを手に入れようとってこと?どんなスキルが入っているの?」
「わからない」
ただ、本当にどんなスキルがついているかはランダムボックスと一緒で剥がしてみないとわからないのだ。
正直アミナが期待しているような有用なスキルがついている保証はどこにもない。
そして下手をすれば、ネルの言う通り胡散臭いゴミの可能性も捨てきれない。
「もし本当に古代の武具であるのならスキルがついていることは確定している。だが、そんな古代の武具であってもどのスキルがついているかは皆目見当がつかない」
「でも、それとか剣みたいだしさすがに剣に関係するスキルよね?」
「過去にこれと同じ剣の形をした古代武具からスキルを剥がしたことがあるが、付いていたのは洗濯のスキルだった。古代人は剣で洗濯をしてたっていうわけだ」
「え、うそでしょ?」
「本気も本気、冗談じゃなくて現実」
武器だから武器に関係するスキルが出てくると思ったら大間違いだ。
「ほかにも杖から出てきたのは草刈りのスキルだったこともあった」
「え、杖でどうやって刈るの?」
「全力でフルスイングしてたんじゃね?」
日常生活に活用するようなスキルが出てくるなんて当たり前。
「ほかにも鎧からは、水泳のスキルが出てきた」
「鎧を着て泳ぐためにつけたのでしょうか?」
なんでこんな物これがついてるのと首をかしげるのも当たり前。
完全にランダムなのだ。
どんなスキルがついているかは剥がしてみないと完全にわからない。
武器との関連性など欠片もない。
「ペンダントからエクスプロージョンのスキルが剝がれて出てきたなんて聞いたこともある」
「……本当に何が出るかわからないのね」
「でも、低確率でもすごいスキルが出る可能性はある。今現在俺たちが手に入れられないような超絶有能なスキルが眠っている可能性だってある」
正直に言えば、そんな有能なスキルが手に入る可能性はかなり低い。
ゲーム時代では、モンスターからはドロップしない特別なスクロールがこの古代武具の中に封印されていて、何度それ専用のエクストラダンジョンに潜りこのぼろ武具を発掘したことか。
外れを引くこと数千、数万。
プレイヤーの中には、このぼろ武器を発掘することに特化したキャラを作り、それでひと財産を築いた奴もいた。
当たるか外れるかという判断で行けば、十中八九外れる。
買うだけ無駄、金の無駄と言われても仕方ない買い物だ。
だが、今の俺たちの現状を考えると、スキルスクロールの流通がそもそもゲーム時代と比べるとだいぶ質が悪い状況になっている。
スキルスクロールショップのラインナップを見ても、とてもじゃないが使い勝手の良いものとは言い難い。
いずれスキル関係で行き詰まるのが見えている。
そんな状況で低確率でも欲しいスキルが手に入る可能性があるというのなら手を伸ばしたくなるだろ?
「まぁ、良いわ。リベルタが欲しいっていうのだから悪いものではないでしょ」
「ガチャは害悪だと、爆死している人はよく言うけどな」
「がちゃ?」
「いや、何でもない忘れてくれ」
沼にはまれば痛い目に合うが、その時の一瞬で当たりを引けば極上の快楽を味わうこともできる。
一種のドラッグ作用と似ているような気もするが、それは言わないのがお約束。
俺への信頼が幸いしてネルも財布のひもを緩めてくれた。
「ひとまずはこれは落札したいな。それで皆はほかにめぼしいものはあったか?俺は後で全部見て回るつもりだけど」
ひとまずは欲しいものが見つかったのは重畳だ。
まだ全部の展示品を見たわけじゃないから、そこにも掘り出し物があるかもと期待が膨らむ。
幸い、予算には余裕があるからネルたちももしかしたら欲しい物があればそれも買おう。
「強いて言えば、良い感じの絵があったわ。それを二、三年ほど寝かせてオークションに出せばいい値段になりそうなのがあったわ」
「僕は、こんなところに来たことがないから何がいいかもわからないよ」
「私もございません。ですがまだ見ていないエリアがあるのでそこにあれば申しあげます」
そしてさすが商人を目指すネル。
「それどこにある?」
「こっちよ」
お金になりそうなものにはしっかりと目をつけていたようで、どんな絵か気になり場所を教えてもらったら確かにずいぶんと迫力のある絵だった。
とある貴族の子息が描いた絵らしく、まだ無名。
だが、才能を感じさせるものは確かにあった。
これも買いだな。
「あとは、結構人混みが多い場所ばかりだな」
「それだけ注目が集まってるってことは価値があるモノがあるってことよね?」
人混みが少ない場所で掘り出し物は見つかった。
あとは注目が集まっているエリアに進むだけだ。
貴族らしき人がそこら中にいるから、距離を取りぶつからないように細心の注意を払いながら一個一個展示品を見て回るが、さっきみたいに興味がわきそうなものは出てこない。
武具は過剰な装飾が多くて使いにくそうな物ばかり。
宝石や素材は価値がありそうだけど、装備としてはイマイチ。
「うーん、スクロールも微妙に使い勝手が悪いものばかり」
「そんなに?」
「ああ、威力は高いが燃費が悪いスキルなんだよなこれ。おまけに使える場所が限定されるんだよな」
スクロールもいくつかあったが、使うにはピーキーすぎる物ばかり、それ専用のビルドを構成しないと使えない物だから買う気も起きない。
強力無比という代物でもない。
なのでそのままスルーして、安かったら買おう程度の発想に落ち着く。
そうやって一個、二個と、人込みの順番を待ち、出品を見て回ると。
「なにかしら、ここも人が多いわね」
「うん、なんだろう?」
特別展示品とは違うが、それでも注目が集まっているということはかなり興味が引かれる。
火竜の角とは違い、高くなっていないからここからだと身長的に見えない。
だけど、コソコソと話す声は聞こえてくる。
「これが噂の竜殺しの槍ですか」
「ええ、見た目は地味ですが、竜の喉を貫き屠ったとか」
竜殺しの槍だと?
まさか、火竜を倒せたのはその槍があったから?
ゲーム時代にも存在する対竜装備。
所謂、ドラゴンスレイヤー。
FBOの強敵は竜が多く、その武器は多くのプレイヤーが重宝していた。
最下級のクラスの対竜武器であっても、今の俺たちにとってはお宝だ。
場合によっては、掘り出し物の資金を無くしてその品に全ブッパするのも検討せねば。
槍は俺のスキル構成にピッタリとはまっている。
竜特攻の槍が手に入るのなら、沼竜だけではなく、這竜や飛竜も狩りの対象に入る。
さて、さて、どの竜特攻の槍か。
興味を持って、列に並び、順番を待って展示品を見るためにしばし待つ。
「なん、だと?」
そして現れた一品を見て、俺は思わずそんな言葉をこぼしてしてしまった。
あまりにも予想外すぎる物がそこに鎮座していた。
「竹槍よね」
「うん、竹槍だよ」
「ええ、竹槍でございます」
竜殺しの槍、それを聞いて期待で胸を膨らませていた俺の気持ちをしっかりと裏切ってくれた、その正体は。
俺がエスメラルダ嬢の従者に没収された竹槍だった。
え?どういうこと?
没収された理由って、もしかしてこの武器が特別だと思って売るためだったの?
ええ?あの公爵閣下やエスメラルダ嬢がそんなことをやるとは思えない。
だが、現実に目の前でかなり見覚えのある竹槍がオークション会場に鎮座しているのであった。
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