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20 EX 南の王の憂鬱3

 

「なぁ、宰相よ」

「なんですか王よ」

「私は何か咎を受けるようなことをしたか?」

「王である以上、清濁併せ呑む様々な差配を振るっておられますので、すべて善良とは言い難いですな」


 スタンピードをエーデルガルド公爵の差配によって甚大な被害になる前に解決できた。

 その事を喜ぶべきなのだろうが、喜んでいる暇もない。


 被害を受けた分を補填するためにしっかりと王都を復興しなければならない。


 税金を納められる側ではあるが国庫に無限の金貨が収まっているわけがなく、修繕費分は赤字になる。


 必要経費だと割り切り、何とか胃痛を回避して、それでも無駄な出費がないように上がってくる書類に目を通し、多少のトラブルを起こしながらも順調と言える程度には王都の復興は進んでいた。


「件のスタンピードの原因が選りにもよって」


 王都が被害を受けたことにかこつけて、色々と利権に食いつこうとしている貴族の話をどうにか躱し、日に日にストレスがたまるのを朝の鍛錬を増やすことで発散し、財務部からの悲鳴を収め、暴飲暴食したいのを必死にこらえ、宰相とともに書類とにらめっこをして腰痛と肩こりに悩まされ、眠っても復興のことが夢に出て来ても王は懸命に働いた。


 全ては国を守るため、身を粉にして働いた。


「原因とは違いますが、一因としてこの子供が関わっているのはまず間違いありません」


 しかし、そんな王に無情な判断をしろと宰相は事前に読んでいる報告書の内容を王に告げた。

 王都に被害を与えたスタンピード。


 当然だが撃退してはい終わりとはならない。

 ゲームとは違い、イベント終了、また次回にご期待くださいというテロップが流れて騒動が終わるわけではないのだ。


 復興をしつつ、原因を探り、そして再発を防止する。

 それが現実で行わなければならない後始末というものだ。


 王が抱える暗部に今回の騒動を調査させた結果わかったこと。


 一つは、やはり邪神教会が裏に潜み今回の騒動を引き起こしたこと。

 王都内に怪しげな男がいたことは突き止めたが、その男の住処は調査に行った兵士によるともぬけの殻だった。


 追跡をしようにも相手も闇に潜むことに慣れた存在。

 証拠を残さず立ち去ることも容易。

 雲隠れし、主犯格の居場所がわからない現状で分かったことが二つ目で王が頭を抱えて自分の普段の行いを振り返った内容だ。


「国を守る兵士の子供が王都の側でダンジョンを隠れて生成していた。これだけでも頭が痛くなるというのに、そのダンジョンを邪神教会に利用されたか」


 無知な子供に何故法律が制定されているかという理由を説明しても理解はできないだろう。


「宰相、この場合はどう対処すべきだ?」

「法律に照らし合わせるのであれば一族すべて絞首台に送り公開処刑が妥当でしょうな。ダンジョンの生成の違反ならまだ鞭打ちで済ますこともできましたが、ことがこと。知らずとはいえ邪神教会に利用されそして王都を危機にさらし、死者を多数出したこと。これは看過できる事柄ではありません。今後こういうことがないようにするためにも厳しい対処が必要となります」


 本来であれば、王が直接その無知な子供を裁かなければならない理由はない。

 部下に任せ、裁判にかけ、そして罪を償わせる。


 それだけで済む話だ。


 何故、王が直々に沙汰を下すことになっているかと言えば、今回の事件が大きすぎたからだ。

 事件の規模的に部下が沙汰を言い渡すよりも王が裁く必要が出た。


「……」

「陛下、子供だからと言って甘い対応にするのは良くありません。時には非情な決断を下すことも必要です」

「わかっておる」

「では、どうして悩まれるので?」


 法に照らし合わせれば、今回捕まった少年。

 ダッセ何某とその家族は処刑を免れない。


「なぁ、宰相」

「なんでしょうか?」

「無知とは悪か?」


 その事実は理解しているが、王は納得ができない。


「私がこんなことを言うのは間違っているというのはわかっている。ここで許せば、被害にあった臣民にどう顔向けをするのかという話になるのもわかっている。だが、それでもだ」


 王として感情で物事を判断してはいけないのは理解している王は、一度大きくため息を吐いた。

 自身は英雄の血筋であるが、平凡な王だ。


「私は、期待してしまう。この過ちを認め無知を改めその罪を償える道があるのではと」

「……気持ちは理解できます」

「だが、私の立場が許さぬか?」

「はい、ここで例外を作るわけにはいけません。誰かがやらねばならないのではありません。陛下、あなたがやらねばならないのです」


 そんな平凡な王であるから、未来ある子供の処刑にサインをしないといけないことに戸惑いを覚えてしまう。


 賢王であれば、この子供の更生の道を見つけられただろうか。

 覇王であれば、この子供を処すことに迷いを見せなかっただろうか。


 そんなことを考え、思い、そして再び大きくため息を吐いた。


「今子供はどうしている?」

「牢に入れております。邪神教会から接触がある可能性がありますので、見張りの兵士をつけております」

「そうか、親は?」

「同様に」


 王とはもっときらびやかな存在と最初は思ったが、玉座に座り、国を背負うという経験を一年も続ければ、そこには責任という重荷を背負う苦行ばかりが待っていた。


 王の特権とは、その重荷を背負う苦行のストレスケアに使われるだけの道具でしかない。


「情報は?」

「有力な情報は何も。人相くらいはわかるかと思いましたが、子供の記憶です。すでにあやふやになり、有力とは言い難いです。それに」

「それに?」

「話をしました」

「宰相自らか」

「ええ、ゆえに断言します。反省の色はありません。現実を受け入れられず、自身の悪事を悪事と認識しておらず、さらには自身は騙されただけの被害者だといい、自身の正当性のみを主張し続けて会話になりませんでした」

「子供だからと言えば、それまでだ。市井の子供、それも学べる機会も少ない。だが」

「はい、間違いなくここで許せば彼が罪の意識を抱くことなく再犯するのは目に見えております。鞭打ちなどの体罰を科したとしてもそれを逆恨みし邪神教会の手駒になる未来も見えます」

「……そうか」


 そして、明確に子供を救う未来はないと断言した宰相が冷血なわけではない。

 むしろ子供を救えないかと考え行動していた。


 でなければこの忙しい時期に宰相という地位の男が、わざわざ市井の子供のために足を運び直接子供に問いを投げかけるということなどするわけがない。


「そして、なにより、彼の周りはもう味方がおりません」

「裁くこともまた、救いか」


 そして身辺踏査の際に、ダッセ何某の行動の結果、すでに王都に彼の居場所がないことが判明した。

 どこからか洩れたのか、あるいはかく乱のために邪神教会が流したのか、今回のスタンピードの原因がダッセにあることが噂として流れていた。


 兵士がダッセと家族を逮捕しなければ私刑にあって無事に済まなかった可能性は十二分にある。

 逮捕というのは保護という意味合いもあった。


「はい」

「そうか……わかった」


 しかし、ダッセ何某にとってすでにこの世界は生きづらくなった世界だ。

 その世界にここで罪を軽くし、子供と家族を放逐すれば闇に落ちるか命を落とすか。


 その二択を迫るのは残酷なことだと王は理解し、大きく深呼吸をした後に一つの書類にサインを施そうとした。

 だが。


「ちょっとごめんよ!!」


 本来なら誰も入ってこれないような空間に堂々と入ってくる人物がいたことによってサインは止められた。


「ライオス、ここに来るときはきちんと手順を踏めと何度も言っているだろ」


 そして入ってきた人物を見て、王は先ほどとは別の大きなため息を吐いた。

 自由奔放を絵に描いたような男がづかづかと部屋に入り込んだのに、咎めたのは王だけ、本来であれば兵士などが止めに入るはずなのだが、城にいる人物ならこの男を誰でも知っている。

 男の名はライオス。


「いいじゃないか、兄貴」


 その正体は王弟、歴としたこの国の王族だった。

 場合が場合だったら、この国の王になっていてもおかしくはなかった人物の登場に、宰相も頭痛を堪えるように頭を振った。


「ライオス殿、ここは王の執務室。いかにあなたでもそう易々と入られたら問題になりますぞ」

「宰相も堅いなぁ。まぁ、そのおかげでこの国がまともに運営されているんだけどな」


 ライオスの出生は現王と違って、由緒ある血筋というわけではない。

 男の母親がこの城に勤めていたメイドで、前王が手を付けたことによって生まれた子供がライオスだ。


 それなら権力争いでも起きそうな気もするが、彼自身も権力には興味がなかったからこそ権力争いに発展しなかった。

 むしろ、ライオスは王になることは自分には無理だと断言し、王になった自身の兄を尊敬し、色々と手助けする道を選んだ。


 そしてその地位が。


「はぁ、こやつをS級冒険者にしたのは間違いだったか」


 いざという時の自由戦力の最高位。


「いえ、今でも王の判断は間違っていないと思いますぞ。この方を国内にとどめておくと貴族たちがよからぬことを企みますので、中央大陸の方に渡ってもらいそこで活躍してもらった方がよろしいかと」


 南の大陸で最強の冒険者を意味するS級冒険者の立場だ。


 事実武力という面では、ライオスは王よりも才能がありめきめきと実力を伸ばし続けている。

 また窮屈な宮廷よりも不便な自由の方が性に合っていた。


「なんだよ兄貴、王都がスタンピードにあって危険だからって話を聞いてわざわざ冒険を切り上げて急いで帰ってきたんだぜ?助けには間に合わなかったが、復興の足しにするために土産も引っ提げてよ」

「それに関しては助かっている。今度のオークションでお前が持ち帰った物は出品させるように手配してある。だが、その話はすでに済んでいることだろう。わざわざお前がここに来るということはなにか話があるのだろう?忙しいんだ、聞くから手短に話せ」


 兄弟という間柄、そして王族という地位を持っているともっと権力闘争による血なまぐさい関係になりがちだが、互いに納得して良好な関係を維持できている。


 まさに、持ちつ持たれつと言ったところか。


「それじゃ、手短に言うわ。地下牢にいるガキ。あれ、俺が中央大陸に連れて行くから」

「は?」

「ついでに、ガキの両親も中央大陸の俺の屋敷の手伝いとして連れて行くから手続きよろしく頼むわ」

「待て待て待て!?あいつら犯罪者だ!!連れ出すなどできるわけなかろうが!!」

「そこはそれ、王の権力ってやつでちょちょいっと」

「それができたら、私は貴族たちともう少しまともな関係を築けて胃痛に悩まんわ!!」


 そんな仲でいきなり大問題をぶちこんで来たライオスにさすがに王も声を荒らげる。

 さっきまで子供の命をどう扱うかで悩んでいた分、王の怒鳴り声は普段よりも増していた。


「ライオス殿、理由をお聞かせ願いますかな?さすがにあなたであっても今回の騒動の一因となった家族をそう易々と解放するわけにはいきません」


 道理が通らない。

 せめて理由を話せと、王をなだめながら宰相がライオスに問いかける。


「だって、このままあのガキを公開処刑しても邪神教会にダメージを与えられるわけじゃないだろ?だったら生かしてこっちが得するようにした方がいいじゃないか」

「それが許されると思っているのか?」

「表向きは処刑したことにすればいいだろ、どうせ貴族連中なんて庶民の処刑になんて興味がないだろうし、王として最後の慈悲として自決させたとでも発表すれば市民も納得するだろ」


 理由を聞き、そして法律で許しても世論が許さないと言う王にライオスはわかっていると頷いた。


「仮にそれができたとしても、あの子供がそう簡単に更生するとも思えませんが」

「大丈夫だろ、うちには爺がいるんだぜ?」

「「ああー」」


 そして、たとえ世間が納得できる方法があるとしても当人がダメではやりようがないと宰相が言うと、ライオスは自分のパーティーにいる老人の存在を示すと王も宰相も同時に納得の声を漏らした。


「今でも熱心に俺を鍛えるような元気な爺が悪ガキ一人の根性を叩きなおせないわけがねぇだろ」

「鬼のドルガンか」

「陛下、騎士たちの中でも恐れられた鬼教官、彼ならあの子供を更生させることも可能では?それに彼の許に送るのはある意味では死よりもつらいことになります」

「近衛騎士団長も背筋を伸ばしてまだ挨拶してるからなぁ」

「少なくとも貴族たちは納得させられるか」


 鬼ですら裸足で逃げ出すほどの徹底的なスパルタ訓練。

 どんなクズでも彼の手にかかれば立派な騎士に仕上げてしまう。

 その代償として、一生もののトラウマが刷り込まれ、そのトラウマによって世界を平和にするための愛と勇気の戦士に生まれ変わるという人格変貌が起きる。


 騎士団の中には彼の姿を見ただけで背筋に冷や汗が流れてしまうという者が多数存在する。


「おう、立派な邪神教を滅ぼすガキに仕上げてくれるぜ?そっちの方がよっぽど有意義だと俺は思うが」

「……責任は持てるのだな?」

「ああ」

「……わかった。あの一家についてはお前に任せる。だがお前の提案通り表向きは処刑したことにするからな。この王都に住んでいたとある一家はこの世からいなくなる。いいな?」

「それは仕方ねぇな」


 そんな訓練環境なら問題ないと判断した王は、少しだけ肩の荷が軽くなったような気がした。


「最後に聞きますが、ライオス殿なぜあの子供にそこまで肩入れを?もしかして知己とか」

「んや、知らないガキだ」

「ではなぜ」


 最後に何故あの子供を助けるのかと宰相がライオスに向けて聞けば。

 彼はニヤッと笑い。


「俺の行きつけの酒場をぶち壊した原因を作りやがったムカつくガキだから、死んで楽になるのが許せないんだよ。せいぜい世のため人のため働いてもらおうじゃないか」


 せいぜい世界のために苦しめと宣言するライオスの言葉に心の中で納得した王と宰相は、胃痛と頭痛を感じそっとポーションに手を伸ばすのであった。


 しかし、これで今日のトラブルは終わりではない。


 王とは波乱の元に生きる地位。


 一難去った後に、巷で他所の大陸の冒険者が問題を起こしているとクレームの報告を聞いた際にも同じような痛みを感じた二人がその対処に追われるとはだれが思ったか。

 そして終わったのは翌日の朝日が見える時間帯だった。

 レベルがあるとはいえ、苦労に苦労を重ねた二人が使ったこの日のポーションの量は過去一となるのであった。


「許すまじ!!」

「王よ、今なら私も剣を持ち戦えるような気がしますぞ」


 そして、貴族に対しての怒りも過去一になるのであった。



楽しんでいただけましたでしょうか?


楽しんでいただけたのなら幸いです。


そして誤字の指摘ありがとうございます。


もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
ダッセ生きてたか。これで更生するといいんだが、地獄っぽいし
おお、単純な勧善懲悪じゃないのはなかなか面白い。
流石にこれはと思って感想欄を覗いたら案の定荒れてますね もしかして作者さん感想見てないのかなと思ったけど、まあせっかくなので 正直こういう憎まれっ子が世にはばかる展開は私は苦手なんですが、 作品のリ…
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