16 三分オーククッキング
さてさて、時間もさして多くない。
そして俺の気分は絶不調と来た。
そんな最中にモンスターと気分転換で戦うなんて普通なら正気の沙汰ではない。
しかし、俺の知識を使えばあら不思議と、簡単にオークを撃滅できる方法を使用できたりするのだ。
「ここら辺がいいな」
オークと戦う際に気を付けるのは、地の利を相手に渡さないことだ。
数か所ある沼竜の住処の池の一つから南西に行ったところにオークの住処の森がある。
そこに向かう道中に森からは上り坂になっている開けた土地がある。
「ネルはそっちの方の足場を崩してくれ、イングリットとアミナは二人でステージを組み立ててくれ」
「わかったわ」
「はーい」
「かしこまりました」
イノシシをベースにしたモンスターだけあってオークは突進力がかなり高い。
複数のオークを正面から対処するのはリスクが上がるだけで得策ではないと、プレイヤーたちによってオークを効率的に倒す方法は模索されてきた。
今俺たちがやっている方法はその方法の一つだ。
オークの突進力は確かに厄介だが、加速するには助走が必要になり、いきなり零から最大速度まで持っていくことはできない。
となれば減速させる方法を使って勢いを殺せばいいだけのこと。
坂道で上を取り、さらに足場になる地面にいくつかの穴をあけておく。
これだけでオークの突進はだいぶマシになる。
「置き盾も配置してっと」
猪突猛進というだけあって、障害物にも弱い。
といっても、体が頑丈だから障害物の方にもダメージが行って、こういう置き盾は弱者の証で補強しておかないとあっという間に壊れてしまうので注意が必要だ。
「こんな感じでいいかしら?」
「おー、良い感じ良い感じ、あからさまに穴を掘ったっていう感じがしないのが良い感じだな」
ネルにはオークの足場の穴を浅く、そして数を多くして地面を凸凹にすることをイメージして掘ってもらった。
走ってきたとき、速度が出れば出るほど効果的なそれは理想的な穴だ。
「ねぇ、リベルタ。森からだいぶ離れているけど大丈夫なの?」
「大丈夫って、なにが?」
「出てくるかって話よ。モンスターって基本的に縄張りから出てこないじゃない」
そうやって理想的な陣地を作って迎撃する準備を整えているとネルがスコップを片手に質問してくる。
「アクティブ系、自分から攻撃してくるモンスターは縄張りと言っても外敵を排除するために縄張りの周囲を徘徊するんだ。一定の距離を離すと縄張りから排除されたと思って縄張りに戻る。いわば境界線みたいなエリア判定があるんだ」
「ここはその境界線上にあるっていうこと?」
「そういうこと、森からは離れているけど十分にオークの活動圏内なんだ」
モンスターの徘徊エリアは、ゲームなら決まっている。
この世界でもそのルールはある程度適用されていると判断できる。
モチ然り、隠れ狸然り、そして沼竜や這竜といったフィールドボスを見ていればそれは明確だ。
となれば、この手法も使える。
「リベルタ様、ステージの用意ができました」
「OK、全員昨日から修練の腕輪を装備してるな?」
アミナが歌える準備を整えて、簡単なステージの上で手を振っている。
全員の腕には修練の腕輪がついているが、これは一体目のオークを倒したら弱者の証に切り替える。
「それじゃぁ始めようか。アミナ最初は追い風の歌からだ」
「まっかせて!」
アイドルビルドは迎撃こそ本領を発揮する。
逆に言えば攻め込むのは少し苦手だ。
準備に手間がかかる上に、戦場を移るときにも時間がかかる。
その欠点を埋めるようにスキル構成をするのが今後の課題だな。
そのためにもスキルスロットを確保しないといけない。
クラス2で確保できるスキルスロットはクラス1と同じ三つ。
習得条件も同じだ。
だからこそ、クラス2までがある意味でチュートリアルのようなものでここはサクッと通り過ぎたいところ。
すぅっとアミナが一回深呼吸を挟み、マイクスタンドを持った。
強化した武器はイングリットの杖だけではない。
前まではこの魔晶の杖には何の付与もしていなかったが、資金が潤沢になったことにより俺たちの武器にもしっかりと強化が施されている。
『♪~』
アミナの杖に付与されたスキル。
拡声。
このスキルは歌唱スキルとの相性が抜群に良い。
バフの効果範囲を広げられるというのが最大のメリットだが、何より綺麗に歌うことに集中できアミナの喉への負担が減る。
前までは肉声で広範囲に歌を届けないといけなかったが、拡声スキルを付与したことによってその負担が無くなった。
制約を無くしたアミナの歌。
その歌は俺たちの体に心強い力を付与すると同時に。
「来たわよ!!」
敵を惹きつける。
「数は三!」
「後続との距離がある二体目を倒したら装備交換だ!」
森の中からさっそく出てくるオーク。
こげ茶の毛皮に覆われ、発達した腕で地面を掻くように走ってくる。
グングンと速度を上げてそのまま突進してくる姿を見て本当なら弓矢や魔法で迎撃するのがセオリーだ。
だが、俺たちのパーティーにはまだ遠距離職がいない。
最初はイングリットに弓矢か鎖分銅でも持たせようかと考えたが、サポート型メイドは前衛寄りのスキル構成の方がその真価を発揮する。
「参ります」
最初のオークがネルが掘ってくれた穴のエリアに踏み込むと同時にイングリットが飛び出し、俺たちも後に続く。
サポートのイングリットが一番槍、それはおかしいかもしれないがことオーク戦においてはこの配置が正しい。
「っ!」
穴に手を取られ、わずかに姿勢が崩れたオークの横を通り過ぎるようにイングリットの箒が放たれ、バランスを取ろうと咄嗟に踏ん張った前腕を掃う。
「はっ!!」
勢いを咄嗟に殺すことはできない。
今のオークは急ブレーキをかけて、姿勢を整えようとしているようなものだ。
僅かな衝撃でもあっさりと姿勢を崩して地面を滑るようにこけてしまう。
これが払いのけることに特化している武器の箒なら、さらに完璧に姿勢を崩してくれる。
その崩れた姿勢に向けて俺が槍を突き立てる。
ズシンと巨体の体重が槍先に伝わり、そしてその重量が体に伝わるが。
あらかじめ掘っておいた穴に片足を突っ込み、そこを支点にして勢いが落ちたオークの巨体を完全に刺し止める。
「とどめ!!」
そこに上段から大きく振りかぶったネルが渾身の一撃を叩き込む。
『グオ!?』
行動速度が上がり、間断なく攻め立てられたオークは致命傷のダメージを負い灰塵と化す。
ダメージは足りている。
余裕もある。
一体目のオークを倒したことにより、連戦の条件も達成。
イングリットはすでに手早く弱者の証に装備を換えている。
最初に追い風の歌をアミナに歌ってもらっているのはこのためだ。
俺も少し後退し、穴の位置にオークを誘導しながら装備を換える。
両腕に装着した修練の腕輪を外し、代わりに弱者の証を二つ装備。
「アミナ!歌変更!喝采の歌を!!」
「うん!」
これにより、俺とイングリットのステータスは下がり、攻撃力も下がる。
鬼門の二体目。
弱者の証のレベルダウン効果は、純粋な戦闘能力の低下を意味する。
レベルを下げるのだからそれは当然のこと。
しかし、クラスダウンは起きない。
クラスアップを果たせば、クラス1のステータスは丸々残り、まともに戦うことができる。
だからこそ、クラスアップという境目での戦闘は細心の注意を払わねばならない。
「ネルは次に控えてくれ!!」
「ええ!!」
火力保持をする必要があるので、一体目で交換するのは俺とイングリットだけ。
次にアミナとネルに交代してもらう。
先に俺たちをレベルアップさせることで、一定の火力を保持する算段だ。
「追加で森から二体オークが来ました。奥にさらにいる様子です」
アミナの歌はしっかりとオークを惹きつけてくれている。
連戦条件を満たすのが意外と大変なのだが、敵と見れば見境なく突進してきてくれるオークはそれを効率的にかなえてくれる。
次に備えているイングリットは、そう俺に伝えた後にそのまま二体目のオークに駆けていき、穴に再び手を取られたオークの腕を払いのけ、顎から地面に転ぶように叩きつけた。
そこに鎌槍を突き立て、再び勢いを殺し、位置を固定。
「はぁ!!!」
そこに気合を込めたネルがオークの首を刎ねて、二体目のオークも灰塵となる。
『クラスが2に上がりました。スキルスロットを1解放します』
そして脳内に響くクラスアップアナウンス。
そしてさっきまで感じていた僅かな脱力感が嘘のように無くなった。
「装備を換えるわ!!」
「僕も!」
「ああ!アミナは終わったら喝采の歌を継続!」
クラスアップの恩恵で、レベルダウン効果が最小限になったからだ。
「払った後に追撃します」
「ああ!こっちも火力を上げる。マジックエッジ!!」
次のオークはアミナとネルのバフ効果で攻撃力が下がる。
オークは物理防御力が高くさらにスタミナも高いというタフネス型のモンスターだ。
その反面魔力系の攻撃には弱い。
だが、持ち前のタフネスで耐えきってしまうのだ。
攻撃能力が下がってしまうこの一時、この連携攻撃で屠れなかったら次のオークへの対応が遅れてしまう。
多対多もできなくはないが、それでもリスクが跳ね上がってしまう。
それを避けるために、この連携攻撃パターンを崩すわけにはいかない。
ゆえに。
三体目のオーク、後続のオークが到達するまで約十秒。
イングリットが同じように箒で払い、オークの体勢を崩したが今度は横を通り過ぎず、すっと脇に移動し、払いのけた形から姿勢を変える。
俺が教えたその攻撃パターン。
所為、抜刀術と言われる姿勢。
仕込み杖に隠された刀の銀閃が走り、崩された姿勢のオークの首めがけて振るわれた。
振りぬかれた刃はオークの首を切り裂き、血をまき散らし、その血を浴びないようにイングリットは跳び下がる。
メイド服であそこまで華麗に動けるものかと感心しつつ、俺も魔力の刃を這わせた槍を顔に突き立てる。
オークの右目に深々と刺さり、これだけでも致命傷だと確信できる。
だが、そこへさらに追撃でネルのスキルアタックが飛ぶ。
「断裂戦斧!」
ダメージ計算的に、アミナのバフにネルのスキルアタックで過剰かもしれないがこれで。
「クラスアップしたわ!!」
「僕も!!」
確実にオークを倒せ、全員クラスアップに成功。
「リベルタ様、武器持ちが来ます」
第二陣の迎撃態勢に入ろうとしたとき、森の奥から自然武器を持ったオークが現れた。
見た目はただのこん棒。
だけどあれは自然武器。最初はただの丸太。
設定では、何度も何度も殴打することによって圧縮され硬くなったという見た目よりも重量のある武器だ。
まともに受ければ今の俺では間違いなくヤバイ。
「俺が前に出る。初撃は俺が捌く、その隙にイングリット崩せるな?」
「はい、問題ございません」
「ネル、イングリットが崩してもすぐに攻撃するな。俺が確実に武器防御を崩す。タイミングが少しずれる。合わせてくれ」
「わかったわ」
次のオークは目と鼻の先。
「まずは前のオークを倒す!」
「はい」
「ええ!」
手順はさっきと一緒、最初にイングリットが飛び出し姿勢を崩す。
そして俺が槍を突き、勢いを殺し、そしてとどめでネルがハルバードを振り下ろす。
この単純作業が続く。
だが、ここに武器持ちが加わるとその手順も変わる。
武器持ちはほかのオークみたいに突進してこない。
武器を使うという知能があり、タックルがメイン攻撃であるほかのオークとは違い、勢いはあるが、初撃をタックルと武器攻撃の二択で俺たちに迫ってくる。
第二陣を始末したら状況を確認。
武器持ちは第三陣の最後尾を追尾し、そしてその背後の第四陣と挟まれる形で動いている。
距離的に第三陣と第四陣のインターバルは十五秒前後、武器持ちに割ける処理時間は長くて八秒。
一定の注意を払い、そして効率的に第三陣のオークを処理しなければそれ以下の時間になることはあっても増えることはない。
「イングリット!連続で崩せ!ネル!俺はイングリットに続く!少し勢いが残るがある程度は勢いを殺した状態のオークを狩れ!」
「かしこまりました」
「任せなさい!!しっかりと仕留めてあげるわ!!」
そしてイングリットは俺の指示に従って、最前列のオークを崩したらするりとスルーして、次のオークに向かい、次のオークの体勢を崩しにかかる。
俺も今度はオークの勢いを完全に殺さず、緩やかになる程度にオークの体に槍を突き刺し、そして勢いが緩んだ瞬間に抜き去り、次のオークに跳びかかる。
「はあああああああ!!」
ネルの雄たけびを背後に聞き、オークの断末魔の悲鳴があたりに響く。
そして、ついに第三陣を捌き切った先に。
『グオオオオオオ!!』
雄たけびを上げ、左手にこん棒を持った武器持ちのオークが迫ってくるのであった。
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