15 オーク
S級冒険者とは、この世界ではかなり特別な称号になる。
なにせ、各大陸に一組のパーティーしか名乗ることを許されない称号で、実質的に最も実力と名誉のある冒険者だということを示している。
俺がこの世界に来た時に見送ったあのパレードの中心になっていた一行が、この時期のS級冒険者ということになる。
そのパーティーが中央大陸に出征し、帰ってきた。
その際に手に入れた物がオークションに出品されるということは、中央大陸での戦利品ということになる。
「むー」
「ずっと思ってたけど、そんなに気になるの?オークションは明日よ?」
ネルたちとの買い物からすでに六日が経っている。
その間、俺はその噂をずっと気にしていた。
気にしないように、いつもよりも熱心に沼竜を狩り、スキル育成にも精を出した。
おかげで俺のスキルはかなり育った。
『リベルタ クラス1/レベル50
基礎ステータス
体力60 魔力40
BP 0
EXBP 0
スキル4/スキルスロット5
槍豪術 クラス10/レベル100
マジックエッジ クラス10/レベル100
鎌術 クラス10/レベル100
隠形術 クラス6/レベル77 』
次のクラスアップも視野に入れて良いほどだ。
スキルショップにめぼしいスキルがなかったからスキルスロットが一つ空いているけど、アクティブスキルはマジックエッジがあれば十分に活動できる。
「気になる。気になりすぎて夜しか寝れてない」
「それ、おかしいみたいに言ってるけど普通だよね」
そこまで順調に育成できているのに、頭からオークションの話が離れない。
『アミナ クラス1/レベル50
基礎ステータス
体力40 魔力60
BP 0
EXBP 0
スキル5/スキルスロット5
杖豪術 クラス10/レベル100
錬金術 クラス6/レベル22
歌唱術 クラス10/レベル100
喝采の歌 クラス10/レベル100
追い風の歌 クラス10/レベル100 』
俺がソワソワして落ち着きなく部屋の中を歩き回っているのに呆れながら、ソファーに座りイングリットの淹れてくれたお茶を飲むアミナがうちのパーティーでは一番スキル育成が進んでいる。
王都の工事現場ではすでにアイドル認定。
スキル育成が完了して、しばらくは工事現場には顔を出さないと言った瞬間、彼女無しでの作業は考えられないと現場監督から本気の引き抜きアタックされて少し焦ったのはつい最近のことだ。
錬金術の設備も初心者用のスターターセットから駆け出し用の中級セットに進化して、ワンランク上の素材も扱えるようになってから経験値の入り具合も順調だ。
沼竜の素材を扱えるようになれば錬金術のカンストも遠くない未来に達成できる。
うちのパーティーメンバーの中では文句なしで次のクラスに行ける判断を下すことができる。
「中央大陸は四方の大陸と比べると段違いにモンスターのレベルが高い。そこの素材だぞ?手に入れられたら俺たちは大躍進間違いなしだ!!」
「でも、それを手に入れるためのお金はどうするのよ。大トリで出品されるから当然だけどいろんな貴族が競りに来るわよ。私たちの資金で手に入るかしら?」
「……公爵閣下にもっと沼竜の素材を売りつけて」
「止めておいた方が良いわよ。定期的に入れるからあの値段を維持しているだけで大量に売り込んだら売り込む分だけつながりも強くなるし、値段も下がるわ」
「……」
そして俺が悩んでいる理由を話すと、それを手に入れることが難しいという現実をネルが突きつけてきた。
確かにネルの言う通りだ。
沼竜の素材にゲーム時代では考えられない値段がついているのだ。
それよりも希少価値の高い素材なら当然だけど値も張る。
カップを手にしてアミナの隣でお茶を飲むネルもオークションの話を聞いた当初はだいぶ気になっていたようだけど、値段を聞いて即座に手を引くべきと反対側に回ってしまった。
『ネル クラス1/レベル50
基礎ステータス
体力80 魔力20
BP 0
EXBP 0
スキル3/スキルスロット5
槍豪術 クラス10/レベル100
斧術 クラス10/レベル100
断裂戦斧 クラス10/レベル100』
うちのパーティーのメインアタッカー、スキルショップに有用なスキルがなくてスキルスロットが二つも空白状態というギリギリ次のクラスに行けるかなと判断を下せる状況だ。
だが、唯一手に入れることができた断裂戦斧という、斧系の中でもデバフを付与できるという珍しいスキルを手に入れることができて一気に火力を増し、沼竜の一日二頭討伐を可能にしてみせた。
断裂戦斧は、相手に裂傷状態を付与するスキルだ。
皮膚を割ったような傷を相手に与えて、その箇所から流血状態によるわずかな継続ダメージとその箇所の防御力ダウン効果を付与。
同じ箇所に同じスキルを使えば相乗効果でどんどん防御力が下がっていき流血も増え、相手に与えるダメージが増えるという斧系なら必須と言ってもいいスキルだ。
沼竜なら回復スキルを持っていて、裂傷状態は即座に回復ができるはずだけど、スキルを使う顔部分は俺が相手取っているからその傷が無防備になってしまう。
サンドバッグ状態ならなおさら、ダメージが加速するわけだ。
「わかってる、わかってるんだよ。お金がないからほかの金持ちに対抗できない可能性なんて重々承知だ。でもよ。最低でもクラス4、最高になれば天井のクラス10のモンスターも君臨しているエリアのドロップアイテムか採取アイテムだぞ?」
そんな風に沼竜を討伐し続けて、公爵閣下への素材提供という秘密裏に大金を稼ぐ商売の第二陣を計画できるほど、今の俺たちは順調だ。
その順調さゆえに潤沢な資金があると言える。
だが、その潤沢な資金でも今回のオークションに勝ち目は万が一もない。
「中央大陸の人の生活圏は、各大陸が管理する中央大陸への橋頭保となる前線基地だけだ。その危険性からわかる通り、その危険性ゆえにそのエリアには貴重な素材がわんさかあるわけで!ああ!せめてオークションに出る素材が何かがわかれば!!」
「考えてもわからないでしょ。オークション会場に問い合わせても秘密だってイングリットさんも言ってたじゃない」
「それはそうなんだけど、本当に気になって仕方ないんだよ」
その基地を起点として、中央大陸を攻略する。
そしてどれくらいの深度まで潜ったかによって戦利品の価値が決まる。
浅い前線基地付近での戦闘なら、頑張ればこの大陸でも手に入る物だ。
慣れてきたプレイヤーが事故ることが多い前線基地から多少離れた中層エリアなら今の俺たちでかろうじて手に入れられるかどうかの代物が入ってくる。
もし仮に、それよりも先、深層に入っているのなら絶対に手に入れたいという代物がたくさんある。
さらに妄想が膨らみ、ラストダンジョンの入り口にでも到達しているようならとんでもない代物が出てきてもおかしくない。
ネルのあきれた声も仕方ないとわかっているくらいに最近の俺はオークションに気を取られている。
「リベルタ様、ひとまずはお茶でもお飲みになって落ち着いてください」
「……ありがとう」
「はい、温かいうちにお召し上がりください」
頭の中に浮かぶアイテムの数々。
その有用性のことを考えると、つい頭を掻きむしってしまうほどだ。
それよりも先に、そっと湯気の立つカップをイングリットさんから差し出され俺はそれを受け取り、そっと口につける。
沼竜の素材のおかげで、うちの食卓の品目は増え、こうやって休憩時にお茶を飲めるほどの余裕ができた。
ミルクティーのような飲み物の甘さのおかげで少しだけ気分が落ち着いた。
「お味はいかがでしょうか?」
「相変わらず美味しい」
「それは良かったです」
無愛想の中にも嬉しさをにじませるイングリットの感情を読み取るのも慣れてきた。
『イングリット・グリュレ クラス1/レベル50
基礎ステータス
体力50 魔力50
BP 0
EXBP 0
スキル4/スキルスロット5
杖術 クラス10/レベル100
刀術 クラス10/レベル100
調理術 クラス10/レベル100
解体 クラス10/レベル100 』
彼女のスキル、調理術のおかげですべての料理にバフ効果が乗るようになった。
今飲んでいるミルクティーにもわずかにだけどスタミナ回復効果が付与されている。
味も良い上にさらにはバフ効果も付与できるのが調理術の有能なところ。
今は最下級の調理術だから体感でわずかに感じる程度だけど、最終形態でスキルを揃えたら、下手なバッファーよりも効果的に強化できるようになる。
戦いに行く前にイングリットの料理を食べるとアミナの歌以外に継続バフ効果を持った状態で戦うことができるから二重に強化できるというわけだ。
おまけに彼女の竹ぼうきも魔改造した。
あの竹ぼうきが、仕込み杖になり、箒の中に刀を仕込んだことによって彼女の攻撃力不足も解消。
またガンジさんに普通の武器を作らせろと怒鳴られたけど、仕方ないじゃないか。
刀でありながら杖の補正も受ける武器にしないとパッシブを二つ取る意味がないんだから。
おまけに、刀って一部のスキルに調理術が反応するんだよ。
その一部っていうのが解体スキルで、解体用の包丁と被るからなのか、仕込み杖に仕込んだ刀で解体スキルを使うとまぁまぁ攻撃力が出るんだよ。
それこそ、二回ほど沼竜を解体スキルで討伐して沼竜の肉が大量に手に入ってしまったんだ。
だからここ最近の食卓には毎日沼竜の肉が出て、毎日バフ効果の恩恵を得られている。
竜種の肉は基礎体力にバフがかかるから、かなり重宝するんだよね。
しかも、クラス5の竜種のお肉だから調理術もめきめき上がって、さらには何度も解体スキルを使って攻撃するからそっちの熟練度も上がっちゃって今ではイングリットも立派な戦力というわけだ。
「あー、やっぱ気になる。このまま部屋にいたらずっと考えちゃう」
「なら、モンスターを討伐に行きますか?」
「討伐って、沼竜?でも狩れる場所は全部狩っちゃったわよ?」
「はい、ですがリベルタ様なら手ごろなモンスターをご存じではないのですか?」
そうやって、イングリットの淹れてくれたお茶で幾分か心を落ち着けることができそうになったけど飲み干したら結局考えてしまう。
「あー確かに、このまま何もしないままでいるよりは、体を動かした方が良いかも」
なら、戦闘に集中して忘れてしまった方が良い。
「ネルの強化ができるかもしれないし、いっそのこと午後からレベリングしてクラス2に上がるか」
体を動かせば幾分かマシな思考に戻るかもしれないし。
幸い、沼竜の狩場からそう遠くない場所にあれがいるからな。
「私の強化って、何を倒すの?」
「オーク」
ゴブリンに始まり、ある程度強くなれば次に倒す対象となるモンスターの代名詞だ。
FBOにも当然のように存在し、ある程度の強さを誇る。
ただ、この世界のオークは女性という生き物を見れば見境なしに襲い掛かってくるような性欲の権化ではない。
奴の姿はイノシシとゴリラを足して二で割ったような姿をしている。
顔がイノシシ顔で毛皮がイノシシっぽい肉体がゴリラと言えばいいのだろうか。
そしてその見た目通りで獰猛で縄張り意識が高い。
「オークって、あのオーク?」
「ああ、手が長い二足歩行と四足歩行を使いこなす筋肉の塊」
オークのクラスは2。
十分にレベリングに適したモンスターと言える。
EXBPを獲得するのに便利なモンスターはオークと、他数種候補がいる。
だけど、今回はネルのスキル強化を兼ねるのならとオークを選択した。
「あいつらなら、アミナの歌で引き付ければいくらでも呼び出せるし、今の俺たちなら負ける心配はないし、オークは稀に自然武器と呼ばれる武器を持った個体が出てくるんだ。そいつを倒すと稀にスキルスクロールを落としてくれる」
「それが私の強化につながるのね?」
「ああ、あいつが持つパワースイングが便利でな」
オークが落とすスキル、パワースイング。
自分の周囲を薙ぎ払うという簡単なスキルだけど、吹き飛ばし効果は後々にも活躍する。
スキルショップではこれが欲しかったんだけど生憎の品切れだったんだよな。
「それと今回はアングラーは置いていくぞ、アレを操作しながら戦うより、俺たちが直接戦った方が早いからな」
沼竜のエリアから南西の方角にオークがポップするエリアがある。
おそらくだけど、沼竜のエリア側にはほかの冒険者は近づかないはず。
ならば、オークの森から引き出すように立ち回ればほかの冒険者とかち合う心配もない。
「わかったわ。すぐに出る?」
「いや、少し早いけど昼食にしよう。イングリットの料理で腹ごしらえをしてバフ効果で万全を期す。食事をとりながらオークとの戦い方も教えていくぞ。特にアミナ、お前はしっかりと聞くように」
「はーい」
「では、私は食事の用意をしてきます」
本当なら今日は休日の予定だけど、休んでいても落ち着かない。
なら、レベリングも兼ねて体を動かした方が良いってもんだ。
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