14 ありふれた日常
ゲームをするというのは基本的に遊ぶという感覚がついて回ると思う。
闘うにしても、物を作るにしても、そこら辺を歩くにしても、ゲームをしているという前提があるからどの行為にも遊戯という要素が組み込まれる。
だが、この世界にいる俺たちの行動はゲームではない。
だからこそ。
「うーん、何か違うのよね」
「似合ってるけど、パッとしないというか」
「平凡な顔で悪かったな」
女性三人に着せ替え人形にされるという行為も、ゲームの遊びではなく、現実ということになる。
市場では露店を含めて、もう何店舗目になるか数えるのも面倒になるくらいに着せ替え人形を続けている。
「僕は、リベルタ君の顔好きだよ?優しいし」
「そうね、顔がいい男はダメってお母さんも言ってたわ」
「その通りですね」
「みんなイケメンに何か恨みでもある?」
良さげな服があればとりあえず試着、だけどしっくりと来るような服がない。
いや、似合わないわけじゃないよ?
ただしっくりとこないだけで。
こういう時にモデル体型のようなイケメンならどんな服でも着こなしてかっこいいと言われるところだろうけど、生憎と俺の顔は百点満点中ならば六十点前後と言われそうな顔だ。
良くもなく悪くもなくではなく、悪くはないのでは?と言われる程度の容姿。
前世と違って、服のジャンルが多いわけではないこの世界で、市場ではこれといった決定的な服が見つかるわけでもなく、そしてよくある市場で可愛いアクセサリーを見つけて女の子達に買ってあげるという定番なイベントも起きていない。
アクセサリーとかもあると言えばあるけど、そこまで精巧につくられている物が露店になく、これをあげても相手が困るみたいな物しかなかったので断念した。
「こうなったら、高いけど仕立て屋に行くしかないわね」
「お金には余裕があるし、良いと思うよ」
「はい、ここで惜しむべきではありません」
「もう、好きにして」
どんな服がいいのかと、前世を含めファッションには無頓着な俺にはまったくもって理解できないジャンルだ。
ゲーム時代もとりあえず強い装備を整えれば見た目は何でも良かったし。
いや、プレイヤーの中には見た目を突き詰めるやつもいたが、そんなことをしている暇があるなら素材集めに没頭していた方が良いというタイプだったからな。
三人と一緒に市場から離れて、今度は商店街の店舗めぐりとなる。
行く店は当然、庶民が経営する店だ。
貴族御用達の店は品質が良いものばかりだが、俺たちのような庶民は足を踏み入れることすら許されない。
「いらっしゃい」
「服を作ってほしいんだけど」
「あら、お嬢さんの新しい服かい?」
「違うわ、こっちのリベルタの服をお願いしたいの。布を見せてくれない?」
「おや、坊ちゃんの服だったのかい。ちなみにお金はあるかい?一から服を仕立てるとなるといい値段になるけど」
「問題ございません。お代はこちらに」
「……坊ちゃんはお貴族様だったのかい?」
「いや、庶民です」
「じゃぁ、この子は?」
「リベルタ様にお仕えしているイングリットと申します」
「仕えるって、やっぱりお貴族様じゃ」
「いや、本当に庶民なんです。なぜかメイドを雇ってますけど庶民です」
だからこそ、普通の仕立て屋に入ったのだが、ここでイングリットを引き連れているという事実が勘違いを生み。
店のおばさんの顔に緊張が走ってしまい、誤解を解くのに時間がかかってしまった。
「そうなのかい?まぁ、ここで扱ってる布はそこまで上質な物は扱ってないからあとで文句は言わないでおくれよ?」
いや、完全には誤解は取れてないっぽいな。
お忍びで来ているお貴族様っていう風に見られているかも。
もしかして、こうやって周囲から貴族だと勘違いさせて俺を孤立させる作戦……はないかさすがに。
明らかに面倒が多すぎるし、そのくせ成果が微妙すぎる。
「大丈夫よ。それよりこの布良い色ね」
「ああ、腕のいい職人がいてね。最近良い色が出る素材を見つけたっていう話さ。こいつはその素材で色付けされていて洗濯しても中々色落ちもしない優れものさ。何よりこの布の肌触りを確かめてごらん」
「あ、すっごい滑らか」
「そうだろ?普通の布ならもう少し粗いんだけど少し上質な糸を安く作れるようになってね。手触りのいい生地に仕上がったのさ」
そんな雑念に捕らわれているうちに、ネルとアミナ、そしてイングリットが店員の人と一緒になって布を見始めていた。
綺麗な藍色の布だ。
私服にするには、少し派手すぎやしませんかね?
もうちょっと地味な色合いでお願いしたいんですけど。
「リベルタも触ってみて!すごい滑らかよ!」
「そうなのか?お、これは」
そう思っているが、口には出さず、ひとまずは言われた通り布を触ってみる。
ごわごわとした粗めの感触を感じさせる今の服とは違い、前世の衣服に通じるほどの滑らかさ。
「どうだい?」
「すごい、良いですねこれ。この感触、もしかしてマジックシルクワームの糸でできてますこれ?」
「おや、知ってたのかい?そうさ、養殖場とコネがあってね。そこの糸を卸してもらって布に仕上げたのさ」
「なるほど、だからか」
その触感から素材を予想してみたら当たっていた。
マジックシルクワームは、モチや隠れ狸と一緒でノンアクティブのモンスターで養殖場というくらいに育てることができるモンスターだ。
職人の腕次第にはなるが、ゲーム序盤の布装備の中ではかなり上質な装備になる。
強化次第になるが、やろうと思えばクラス3の装備までなら作ることができる。
それが仕立て屋に置いてあるとは、盲点だった。
知ってたら、革装備じゃなくてこっちの方がよかったかもしれない。
「これならいい服ができるな」
「ならこれで決まりね。あとはデザインだけど」
「それならこっちに見本があるからそれを見ておくれ。変えたいところがあれば言っておくれね」
「わかったわ」
「わ、結構いっぱいあるね」
「これは選び甲斐がありそうです」
まぁ、いずれ沼竜装備ができあがるからシルクワームの布装備を今作ってもすぐに使わなくなるので、作る必要はない。
それにしても普通の私服として選ぶか。
いつも、ユニ〇ロあたりで適当に済ませていた俺からしたらだいぶハードルが高いな。
「ねぇねぇ!見て!これ東の大陸のデザインだって!!」
そんな素人意見しか言えない俺でもわかる。
和服はダメだろ。
さすがにそれを普段着にするのは無理がある。
「こちらは北の大陸のデザインのようです」
うん、そっちはそっちで南極探検隊みたいな格好だな。
いや、あの地方は寒いのが当たり前で、そういう格好が主流なのはわかるけど南の大陸じゃ役に立たないだろ?
「これは西の大陸ね」
うん、あそこは森が多いから長袖長ズボンが基本なのはわかるけど、それ迷彩服。
絶対に私服じゃないだろ。
ゲームでもそんな恰好をしているNPCいなかったぞ。
プレイヤーか?
この店の職人ってプレイヤーなのか?
もしかして俺以外の転生者がいるのか?
心の中でツッコむのも大変なんだぞ。
え?もしかしてサンプルってこんなのばかりなの?
この三択で選ばないとダメなの?
「……」
和服か、南極探検隊か、迷彩服。
これで俺の私服が決まるというのはあまりにも酷ではないか?
「面白いけど、さすがにこれはないわね」
「そうだね」
「はい、さすがにこの服では」
と思っていたのは俺だけではないようで、一安心。
面白味はあったけど、さすがにこれだと判断はしなかったようだ。
「あ、これって」
「ああ、それかい?それは学園の制服だよ。お貴族様はここでは買わないけど商人の子とかが学園に入る際に買っていくんだ。それは見本だよ」
そんな折に、俺は見慣れた服を見つけた。
ブレザータイプの一着の制服。
学園に入ることになると必ず着るその服。
「そうですか」
ゲームの中でさんざん着ていたからか、なんとなく懐かしさを覚える。
「似たような形のデザインならこっちにあったわよ」
「え?」
「リベルタ君、ジッと見てたけどそんな感じが良かったんだ」
「いや、悪くはないけど好きってわけでは」
「では、お嫌いなのですか?」
「いや、嫌いでもない」
白を基調としたその制服は着るものを選ぶという貴族意識を象徴とした感じのデザインになっている。
ゲームなら装備として認識して着ることに抵抗はないけど、改めてみると中々派手で少し着るのには勇気がいる。
「どっちなのよ」
「いや、なんとなく見ていただけだからな」
「でも、今まで見てきた服の中で一番リベルタ君が反応したよ?」
「はい、他の服はそこまで興味を抱かれている様子はありませんでした」
しかし、その思い出補正が唯一服というジャンルで俺の興味を引いていたようで、そのデザインが好みかという話になってしまった。
好きか嫌いかで言われれば、好きな部類には入る。
だが、私服にしたいかと言われればノーと答える。
「これはいけないだろさすがに」
「そうだね。こいつは学園に入る人が着る物だからね。庶民がおいそれと着て良い物じゃないんだよ」
かっこいいけど、私服じゃない。
そんな理由から断る俺と、世間体的に売れないと店員のおばさんも否定してくれる。
「でも、近い形の物は作れるわよね?」
「デザインを変えれば問題なさそうだよね」
「はい、似たような服はありますので」
そんなこと言いつつ、他にいい服がないのも事実。
ならこの制服をベースに私服を作ってしまえばいいという考えに俺はなるほどと思ってしまう。
「まぁ、それなら問題ないよ」
そして店員のおばさんも形を変えてくれるなら問題ないと仕事を引き受けてくれるようす。
「それなら、形をもっとシンプルにしてこの飾りとかを全部無くして、ボタンの位置も変えて」
それなら前世でも着たあの服を再現しよう。
あれも私服と言えば私服だし、いろんな場所に出かける時も問題なく使える。
「執事服のような服ですね」
「これなら、うん、しっくりくるわ」
「へー、なんかかっこいいね」
ぶっちゃけ、俺がオーダーしたのはスーツだ。
前世で着慣れているし、この服ならネクタイを取ってしまえばそれなりに私服っぽく見えなくもない。
「色は紺色で」
「あいよ、それならちょうどいい色の物があるから今から持ってくるよ」
ついでにカッターシャツっぽいものも数着オーダーしておく。
どうも俺はこの世界のファンタジー風の服に対して、着こなすことができていなかったけどスーツなら毎日来ていたから違和感がない。
ざっくり書いたデザイン画に三人の反応も良好。
「それじゃ、仕立てるためにサイズを測るからこっちに来ておくれ」
それならこれでいいかということになり、ここからが採寸になる。
紐を持ってきて、いろいろなところを測り始めると俺は身動きが取れなくなってくる。
そんな折だ。
カランと扉が開く音が聞こえる。
「いらっしゃい!!」
ここは仕立て屋。
服を求めて俺たち以外の客がやってきてもおかしくはない。
店員のおばさんも客が来たと思い採寸の手を止めて入り口の方に目を向ける。
「おい、学園の制服を用意しろ」
なにやら身なりの良い男とその子供らしい男の子がいた。
貴族ではない。
あれは商人だ。
貴族なら、庶民の店には来ないはずだ。
事実、イングリットが反応していない。
ちらりと親子を確認した後はスッと視線を逸らし、ネルたちと会話を続けていた。
「はいはい、こりゃ、グリンガル商店の大旦那じゃないか。息子さんが学園に入るのかい?」
「ああ、なにせうちの息子は優秀でな。この前のスタンピードの時も自身の剣でモンスターを大勢倒してみせた。これほどの実力があるのなら学園の試験も問題なく突破してみせるだろうさ」
「それはすごいね。あたしはあの時は怖くて二階で閉じこもってたさ。大旦那の息子さんみたいな子が学園に入ってくれれば大助かりさ」
採寸を中断して、太客の方に向かって行かれては本当に何もすることが無くなってしまう。
しかし、学園の入学か。
商人の子供、それも力を持った大商人と言ったところか。
関わるのも面倒だ。
ここは息をひそめて黙っているのが吉だ。
「ああ、大いに期待してくれ。それに加えて来週のオークションで滅多にお目にかかれない物が出品されると聞く。それがあればさらに盤石というわけだ」
「へぇ、そうなのかい」
何?珍品が出品されるとな?
「一体どんなものが出るんだい?」
「ああ、中央大陸に遠征していたSランクの冒険者パーティーが持ち帰った一品とのことだ。ライバルは多いが是が非でも競り勝ってみせるさ」
「あんまり大金をつぎ込みすぎてお店を傾けないようにね」
「なに、心配は無用だ。引き際は見極めているさ」
ほう、ほう、これはこれは。
良いことを聞いたな。
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