13 予想外
「すぅ」
俺は今目の前の現実が受け入れられなかった。
俺がこの世界でやってきた予想はあくまでFBOが基準だ。
そしてゲームと現実が違うというのは重々承知しており、予想もそこから外れることはあるとは考えていた。
「ええと、イングリットさん?」
大きく深呼吸してひとまず落ち着こうと思った。
沼竜を狩りだしてもうすでに一週間、スキル熟練度を上げつつ素材収集し新たな狩場を追加するというのを日課にしていた。
そんな最中公爵閣下に送った手紙の返信で手に入るのなら欲しいということで、ひとまず集まった沼竜の素材のうち手に入りやすい骨と鱗をいくつか公爵家にイングリット経由で送ってもらったら、その翌日にその代金が届いた。
「リベルタ様、イングリットとお呼びください」
「いや、うん、つい、じゃなくて!」
俺の予想では、鱗一枚につきおおよそ千五百ゼニ、十五万円くらいで、骨の方が倍額の三千ゼニ、日本円で三十万円くらいだと予想していた。
今回は鱗五枚で小盾を作れるくらいの量と、骨三本で槍を一本作れる量を送った。
他に木材や鋼材などが必要だが、これだけでもだいぶいい装備が作れるかなぁと思って送ってみた。
この家にはそれ以上の素材があるし、なんならそろそろガンジさんのところに持ち込んで鎧でも作ろうかと画策していた最中だった。
「これ、なに?」
「先ほども申し上げましたが、公爵閣下から沼竜の素材に対しての代金です」
「多くない?」
「……そうですね。相場よりも少し多めですね」
「少し?」
「はい、鱗一枚十五万ゼニ、骨一本、四十万ゼニでございます。オークションの平均価格は鱗一枚に十万ゼニ、骨一本に三十万ゼニほどの価格がついております。なのでその価格と比べますと今回の買い取り額は少々高めかと。なにか問題がございましたか?」
そのために先立つものが欲しいと願ってはいたが、まさかずっしりと重い金貨の袋が送り付けられてくるとは誰が思うか。
「いや、ちょっと待って。現実に頭が追い付いていない」
無邪気にすごいと驚きながらツンツンと羽先で金貨の山を触るアミナの純粋さが今はうらやましい。
金貨の価値を知っているネルは、何度も金貨を見てそのたびに目をこすっている。
俺の推定収入は鱗の合計額で七千五百ゼニ、骨の合計金額で九千ゼニ、合算すれば〆て一万と六千五百ゼニ。
百六十五万円相当の額が入ってくると予想していた。
「合計金額は、百九十五万ゼニとなります」
しかし、現実は日本円にして一億九千五百万円だ。
いくら沼竜の素材でも誰がそのおおよそ百二十倍もの額を思いつくか。
「うん、計算はできる。問題はこの額を渡してきた公爵閣下の思惑がわからない。え?なにか厄介ごとでも頼まれることになるの?それならこのお金は真っ先に返すのだけど」
「おそらくこの間の手紙での謝罪の気持ちが多少入っているかと。しかしそれ以外はただ純粋に購入した分の代金を渡してきただけです」
「竹槍のことなんて、そんなに気にしなくていいのに。謝意の気持ち込みでも、それでぽんと庶民にこの額を渡せる辺りがさすが公爵家だ」
一気に懐が潤った。
いや、潤ったどころの話じゃない。
泉が湧いたレベルだ。
その理由が公爵家の都合で預かった俺の竹槍を紛失して目下捜索中という理由の謝罪の気持ちというのならもらいすぎなような気がする。
「うーん、裏の目的がないなら正直、かなり助かる。これならいっそもう一段階上のスキルでも狙ってみるか?」
しかし臨時収入は正直ありがたい。
想定していたチャートをだいぶ短縮できる予感はワクワクと心を躍らせるが。
「うーん、でも、王都のオークション会場は庶民じゃ入れないしなぁ」
それを短縮するためには珍品が定期的に出る王都のオークション会場に入る必要があるという現実を前にして一気にテンションダウンだ。
ゲーム時代では希少なスキルスクロールも出品され、場合によっては珍しい素材やダンジョンから出てきた武器も手に入ったりする。
オークションはゲームでは定番のサブイベントと言えばそれまでだが、イベントをこなせば最初期から終盤まで活躍してくれる施設でもある。
問題は、今の俺じゃ門前払いされるどころか下手をすれば衛兵に捕まって牢屋行きの可能性もある。
「入れますが」
「え?」
「ですから、オークションに参加することが可能です」
せっかくお金があるのに、無難にスキルショップでスクロールを買いあさるだけで終わるのかと思っていると、スッと俺の耳に差し込むようにイングリットの声が聞こえた。
「マジで?」
「はい、我が家はお金はありませんが信用はあります。なので私が保証人となればオークションに参加することは可能です」
「グリュレ家すげぇ!!」
頭の中でオークションに参加するためにあの面倒なイベントをこなさなければいけないのかと思っていたが、こんな裏技があっていいのかというくらいに驚愕の事実を突きつけられた。
どれくらい驚愕かと言えば、ゲームではオークション会場に入りオークションをできるようになるまでの現実時間で最短のRTA走者の記録が五日と三時間だ。
それも事前に知識を入れてチャートを念入りに組み、イベント開始直前までしっかりと装備を整えてだ。
そう、約五日という時間はオークションに参加できるようにするためにこなすイベントを攻略する時間だ。
しかも、ゲーム内時間ではなく、リアルタイムでだ。
普通のプレイヤーが攻略するとなると、平均で十日はかかる。
もし、ゲーム時代にイングリットがいたなら称賛とともに女神と崇められていたに違いない。
俺もこのイベントは六日を切るくらいの時間がかかった。
つい、大声で称賛してしまった俺の気持ちを無愛想で受け止めているが、若干雰囲気がドヤっているような気もする。
「お役に立てて何よりです」
「役に立つよ、大いに立つよ!!先立つものがないから諦めていたけど臨時収入が入ってきたら話は別だ!!我が世の春とはこのことだ!!」
「こんなにテンションの高いリベルタ君沼竜以来だね」
「そうね」
そのドヤ顔に見えない無愛想も、今では女神のように見えてしまうのはネルたちの言う通りハイテンションだからだ。
正当な報酬に加え、オークションにも参加できるというまたとないチャンス。
最初から除外していた、あれやこれやというスキルの数々を手に入れられるかもしれないチャンスが舞い込んできたのだ。
テンションが一段階や二段階上がってもおかしくはない。
「ふぅ、ひとまず落ち着いた」
「見事な高笑いでございました」
「うんすごかった。なんか悪者みたいだったよ」
「そのまま顎が外れないか心配だったわ」
「止めて、急に冷静に指摘されると恥ずかしくなる」
その一時の過ちゆえに、女性陣から微妙に優しい視線をちょうだいすることと相成った。
「とりあえず、このお金を使ってネルの斧術を買ってアミナの錬金術の道具をアップグレードして、あとはイングリットの装備も新調して、ふふふふ、これだけお金を使っても有り余る財力、最高だ」
落ち着こうとしても、目の前の金貨の山が俺を魅了して止まない。
「また笑い出しちゃった」
「こういう一面もあるのね。とりあえずメモしておきましょう」
指折りで買い物リストを作るとついつい顔がにやにやしてしまう。
「はい、リベルタ。これ買い物リストよ」
「ありがとう」
呟いていただけなのに、ネルが奇麗な文字で俺が買おうと思っていた物を書き留めておいてくれた。
こういうのって文字に起こすと見落としがなくて助かる。
「しかし、公爵閣下も太っ腹だな。これだけの大金を普通の庶民にぽんと渡すか?」
「普通の庶民ならお貴族様はそんなことはしないわよ」
「うん、リベルタ君は普通じゃないからね」
「確かに、竜をこうも簡単に倒しておきながら普通を名乗るのは少々無理があるかと」
無駄遣いはダメ、絶対と心に誓ってメモ用紙を見直していると女性陣から俺が普通ではないという評価を受けた。
「それもそうか」
普通じゃない。
異世界の大人の知識を持って子供の体に転生している段階で普通じゃないし、この世界に来て知識を活かして楽しんでいるあたりで俺の性格も普通じゃない。
自分を普通だと宣うことは簡単だが、自分が常識外の存在だという自覚もあるから彼女たちの好意的な意味での普通ではないという言葉も受け止めることができる。
「とりあえず、目下必要なのはこれと、これか。後でみんなでスキルショップいこうか。そのあとは錬金術の店に行こう」
「良いわね、レベルもスキル熟練度も上げ切っちゃったから新しいスキルが手に入るのは良いわね」
「僕はまだ錬金術を上げないといけないから、そっちで忙しくなりそう」
「リベルタ様は新しいスキルを取らなくてよろしいのですか?」
「もちろん取る。鎌術は最優先で取る。それくらいの贅沢をしても罰は当たらないだろ」
実際、こんな大金を貴族からもらっているという時点で普通じゃないしな。
「リベルタ様、お出かけはいつ頃に?」
「すぐに行こう。スキルショップのスクロールの出入りも気になるし」
「かしこまりました。それでは馬車の手配をいたします。買い物をしたものを運ぶのに必要でしょう」
「お願い」
今までは徒歩で、そして荷車を引いて買い物をしに行ったけど、今回は馬車を手配して買い物に行ける。
さすがに貴族が使っているような馬車じゃなくて、荷馬車だけど。
「そうだ。ネル、アミナ。何か欲しいものあるか?」
「欲しいもの?」
「ああ、なんだかんだ言って戦う用の道具とか日用品は買ってきたけど、それ以外の物って買ってなかっただろ?今回はかなり資金に余裕があるし、俺からのプレゼントっていうわけじゃないが何か欲しいものがあったら買うぞ」
この後に買い物することが決まり、そしてふと、ここまで一緒に過ごしていてプライベート的な買い物をした記憶がない。
いや、屋台巡りとか市場を回ったりとかはしたけど、女の子らしい物。
服とかアクセサリーを買った記憶がない。
装備としての皮鎧とかアクセサリーは買ったけど……
「んー、特にないなぁ。あ!ならリベルタ君の服を買いに行こうよ!!」
「え?」
「それは良いわね、私も今欲しい物がないから、どうせならリベルタの服とか買いに行きましょう。あなた、いっつも同じ服ばかりじゃない。私たちの心配するよりもあなたの私物を増やしなさい」
「……?」
ネルたちも年頃の女の子だ。
そういうものに興味があるだろうと思い、ここは財布のひもを緩めてお買い物の荷物持ちを覚悟したのにも関わらず、なぜか俺の買い物をすることになっている。
「それはよろしいことかと、私もリベルタ様の私物の少なさには少し思うところがございました。これを期に少し服などを増やすのは良いことです」
「イングリットも、いや、別に汚いってわけじゃないし、ちゃんと洗濯して着まわすこともできてるぞ?」
「それとこれとじゃ話が違うよ」
「ええ、リベルタは冒険以外が無頓着すぎるわ」
「はい、武具に関しては細かいところを気になさるのですが、私服になりますと無難ならいいという考えが見え透いております」
「ええ、そこまで言われる?」
そんなに俺の私生活ってやばかったか?
いや、確かにネルとかアミナとか、私服の時はいろいろな服を着ていたと思う。
女の子だし、オシャレをしたいんだろうと納得していた。
ネルとアミナに言われるのはなんとなくわかるが、イングリットはこの家に来てからずっとメイド服だから私服を見たことがない。
そんな彼女にまで心配されるほど俺の私生活って駄目なのだろうか?
今の自分の格好を見る。
よれてはいないが、少し古く、硬い布の服。
清潔感はあるが、センスは微妙。
日本製とは比べ物にならないほどごわごわとした触感に慣れきってしまったゆえの放置感。
茶色いズボンに、紺色の服。
The部屋着感満載の格好。
この世界に来てから何着か買った古着のうちの一つ。
普段はこの上に鎧とか着こんでいるから誤魔化せていたけど。
「……うん、これはダメだな」
改めて自分の格好を見たら確かに私服に関して無頓着すぎた。
オシャレをしようとは思わないが、女の子の前で居られる恰好ではないな。
「よし、買いに行こう」
「そうね、となるとどこに行くのがいいかしら?」
「市場かな?」
「通りにある仕立て屋に入るのもよろしいかと」
そんな自覚が芽生えれば普通に買おうという気が湧く。
そして俺が乗り気になると、なぜか俺よりも女性陣の方が気合が入る。
まぁ、そうなるのは仕方ない。
俺が選ぶ基準は基本的に性能重視。
要は防御力が高かったり、速度が上がったりとスキル面を重視する。
しかし、今回はビジュアル重視、日常で着る私服だ。
そうなると、俺の選ぶやる気はそこまで高まらない。
さっき注意を受けたから最低限の見栄えは気にして選ぶだろうけど、吟味は決してやらない。
むしろスキルスクロールの買い物の時間が減ることを考えれば、服選びはマネキン買い一択になる。
いや、この世界にマネキンがあるかはわからんが、少なくともワイワイと楽しみにしているネルたちを満足させる買い物をする自信はない。
となれば、意気揚々とやる気を見せている女性陣たちに任せ着せ替え人形になるのが最善であると判断できる。
「それならまずは市場に行って掘り出し物がなければ仕立て屋に行きましょう!」
「おおー!」
「かしこまりました」
そんなことを思いながら買い物に出かけるのであった。
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