4 本音
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この世界に来てから、気づいて困ったことがある。
それは、この世界の人たちの行動原理と常識だ。
FBOの世界観でなんとなく常識を知ってはいるが、日本での常識の方がなじみが深く刷り込まれている所為で、所々誤差が出る。
考え方に齟齬が出ると、マジで意思疎通に過ちが出るから気を付けているが、とっさの判断とか無意識の判断ではミスが目立つ。
そして特にわからないのが。
「失礼します」
俺も知らない、モブと言えば失礼に当たるので、ゲームではメインキャストになりえなかった人たちの行動原理だ。
いや、人の行動原理を知って把握している方がおかしいのはわかっている。
だけど、それくらいにこの人、イングリットさんの無愛想にはほとほと困り果てている。
何を考えているかわからない。
いや、なんとなく察することはできる。
だけど、本当にその態度が本音なのかがわからないのだ。
ネルとアミナが寝静まり、誰も聞いていないことを確認した夜更けの時間帯。
こんな時間帯に女性を呼び出すのはなんだかなと思うが、これからする会話のことを考えるとネルたちには聞かせたくなかった。
ノックをして、許可を出して入室する姿は就寝前の様相。
「すみません、こんな時間に」
「いえ、昼間の件ですね?」
「ええ」
この世界にはランプとかで魔法の技術が使われて深夜でも明るく過ごそうと思えば十分にできる。
この部屋にも魔道具のランプを一つだけ用意しているが、さすがに一つだけでは部屋全体を明るく照らすことはできない。
「お茶は用意できませんが、白湯を用意いたしました」
「ありがとう」
そんな彼女の片手にはお盆が保持され、その上には湯気の立つカップが二つ。
庶民ではお湯を沸かすのも一苦労だが、ここは公爵閣下が用意してくれた家だ。
お湯を沸かす魔道具もちゃっかりあったりする。
代わりに日常的消耗品である茶葉はお客様用しか存在しなかったりするのだ。
椅子と小さなテーブル、さらにはクローゼットとベッドしかないこの部屋に、臨時で運び込んだもう一つの椅子を彼女に勧める。
俺はテーブルを挟み、対面になるように置いた椅子に座っている。
対面の彼女から差し出されたカップを受け取る。
そしてそっと口をつけるが紅茶のように味がついているわけでもなく、味気ないお湯の味が口の中に広がる。
「それで」
そんな俺の前にイングリットさんが着席する。
「ああ、あなたを連れていくことに関してなんだが、正直言って俺はあまり乗り気じゃない」
味わうものでもないので、白湯から会話を広げる理由もない。
だから、単刀直入に眉間に皺を寄せて困り顔を作りながら本題を話した。
「理由をお聞きしても?」
ここではい分かりましたと言ってくれれば一番楽かと聞かれれば、そうじゃないと俺は思う。
一見素直に従ってくれている人ほど、何をするかわからない。
純粋に、従ってくれている場合もあるけど、あの公爵閣下のことだからそういう人選はしていない気がする。
「純粋な理由として挙げられるのが、まずはあなたのレベルが低すぎる。これから行く場所は山の中でモンスターの遭遇も多い。正直言ってそんな場所で君を守りながら戦うのはリスクが大きすぎる」
しかし、イングリットさんと生活していて気づいたのは、この人は腹芸に向いていない実直な人だということだ。
ポーカーフェイスは鉄壁だけど、言動と行動は素直。
「でしたらレベルを上げて、同道できるようにステータスを振ります」
「あなたのやり方なら最低でも、クラス2のレベル50。これが最低基準だ」
そんな人だ。
だからこそ、こうやって理由を話し説得しようとしている。
「それは」
「すぐにはできないよね?」
「はい、ネル様に手伝っていただいたとしても少なくとも一年、いえ、二年はかかります」
この世界の常識では、レベリングはかなり危険で過酷だ。
そしてEXBPを知らないゆえに、余裕をもってスキル熟練度の育成もできない。
だからこその育成環境の悪循環が生まれてしまう。
成長できるのは一部のプレイヤースキルが突出している人か、権力と地位を持ちその余裕を生み出せる人だけ。
だからイングリットさんのこの答えにも納得できる。
「実を言えば、ネルが手伝うと言っていたのはその期間をかなり短縮できる方法があるからなんだ」
「それは」
「それを使えば、一カ月であなたをその領域に持っていくことができる」
そしてその彼女の答えを俺は盤上をひっくり返す勢いで否定した。
「その情報を公爵閣下はあなたに知ってほしいんでしょうねぇ」
直後には肩をすくめて、少し脱力して背もたれにもたれかかる。
何がしたいか、何が一番効果的か、そんな情報を頭で考えるとほとほと疲れてしんどい。
「率直に言えば、レベルの危険性よりも俺たちのやっていることをあなたに知られたくないからという理由の方が大きい」
人として、俺はイングリットさんのことは嫌いではない。
むしろ、好感を持てる。
毎日家の管理を文句の一つも言わず行ってくれているうえに、スキルゆえにこの人が作る料理はとても美味しい。
スタンピードの終息後で食材の流通が滞っているときの、ありあわせの食材で作ってくれていたキッシュの味はもう一回食べたいと思うくらいに美味しかった。
黙々と真面目に職務をこなす。
そんな姿勢を間近で見続けていればこの人は悪い人ではないというのはわかった。
問題なのはイングリットさんじゃない。
いじわるで拒否しているわけじゃないんだ。
ぶっちゃけて言えば、少し手間暇を惜しまなければ最低レベルでもこれからやろうとしていることを達成することはできる。
ただ、彼女の背後にいる人が問題なんだ。
「……私が貴族だからですか?」
「有体に言えばその通りです」
隠し事を今回はする必要はない。
もし仮に今俺たちがやっているレベリング方法を貴族、それも公爵家が知ったらどうなるか。
うん、想像するのも嫌になるほどこの世界のパワーバランスが崩れる。
周りが平凡なレベリングしかしていない最中、俺のやり方だと最低でも倍、いや最終的な到達点から見ればおぞましいと言っていいほどの差ができる。
一人の権力者にそれが集約されるとどうなるか、うん、独裁者の爆誕だよね。
この世界、レベルが上がれば上がるほど不老長寿っぽい存在になる。
「勘違いしないでほしいのは、俺も含めて皆あなたのことは信用しています。良い人だと思い、これからも一緒にいられたらと思っています」
俺の言葉にイングリットさん自身がその理由に心当たりがあるようで、否定の言葉は飛んでこなかった。
答えに対して苦笑を混ぜつつ頷くしかない。
実は一番危険なのはエーデルガルド家ではなくほかの三公爵のいずれ、あるいはその全てにこの方法が伝わることだ。
最悪なんて想像したくないけど、いずれか一家が手にいれればその情報源である俺は殺されるか良くて幽閉、拷問の先の死なんて御免被る。
そして公爵家が全員手に入れれば、南の大陸は群雄割拠の戦乱状態になる。
「ですけど、こればかりは素直に教えるわけにはいかないんです」
俺の強さに直結するこの知識、それをネルやアミナと同様に素直に説明し体験してもらい、その有用性を把握すれば彼女はどうするか。
それは想像に難しくない。
おそらく報告書なり、口頭なりで父親か、あるいは今回の依頼主に報告が行くだろう。
頼めば黙ってくれるかもしれない。
だけど、それはすなわちあの公爵閣下を裏切ることにつながる。
これなら、あの手この手と俺から情報を吐き出させようとしてくる言葉巧みな人の方がまだ遠慮しなくていい分楽だったかもしれない。
「どうしてもですか?」
「はい、これを話せば間違いなく、あなたは公爵閣下に伝えないといけないと思うでしょう。その先の未来を予想できる身としては秘密保持の確約がなければお話しできません」
もしかしたら、こうやって俺が情に絆されてポロっとこぼすことを期待しているのかもしれない。
「俺と公爵閣下は一応協力関係にあります。だけど、お互いに何もかも吐き出せるほどの関係であるかと言われればそうじゃありません。互いに言っていないことは多くあります」
そうだとすれば、さすが貴族汚いと言えばいいのか、ガチのスパイではなく素人の彼女を送り込んできたことで誠意を見せていると捉えるべきかもしれない。
「そして、手札は俺の方が少ない」
そこらへんの公爵家の考え方が読めないから、正直俺としてはイングリットさんの取り扱いに関して困っている。
「隠せる部分は隠さないと、ダメなんですよ」
「……」
だからこそ、今は時間を稼ぎ俺たちが誰にも手出しされないくらい強くなれれば問題なくこの世界で生きていける。
そこからじわじわと情報を広げて俺たちの育成環境を当たり前にする。
うーん、我ながら壮大すぎる計画。
いや、行き当たりばったり過ぎるし、考えもガバガバ。
問題を棚上げして放置している感満載だな。
イングリットさんも、俺の秘密はありますけど言えませんなんて言葉を聞いて黙っちゃった。
当然だよね。
むしろふざけるなとブチ切れないイングリットさん寛容すぎる。
「確約を」
「え?」
沈黙を打ち破るのに、数秒。
その間白湯を飲むこともせず、じっと待っていた。
何を言われるだろうと待っていたら、確約と言う言葉が出てきていったい何事と聞き返してしまった。
「私が、その情報の一切を誰にも伝えないという確約があればお話ししていただけるのですか?」
そして改めて言われた言葉を理解するのに数秒の時間がかかった。
「……」
「いかがですか?」
沈黙を肯定と取ったのか、あるいは純粋に悩んでいると思ったのか。
可能性を見出した彼女の言葉を真剣に考える。
確かに、誰にも教えないそういう確約があれば俺も教えることはやぶさかではない。
ネルとアミナも、実質口約束だけで誰かに自慢するわけでもなくしっかりと約束を守って情報を秘匿してくれている。
そこは目をつけられていないという現状と、俺がどんな情報を秘匿しているかと言う不確かさがあるから成り立っている。
公爵家に目をつけられた現状、のんびりとしている暇はない。
だが、子供だけではできることが限られている。
少しでも手が欲しいのは確か。
なので。
「グリュレ家は信頼と信用を実績に家を続けてきた家系です。その歴史の中ではたとえ上の家相手であろうとも口をつぐみ、約束を反故にしないことを誇りとしてきました」
信頼と信用を兼ね備え、確約をしてくれる人はのどから手がでるほど欲しい。
「すなわち、口の堅さには自信があります。この表情を見ていただければそれもわかるでしょう」
「えーと」
「笑っていいところですよ?」
ここにきて持ちネタを言われても、正直反応に困る。
笑うに笑えない。
「相手はあなたの家よりもだいぶ上の家ですよ?」
「私を迎えに来た方からしてそうだろうとは思っておりました」
「ばれたら大変なことになると思うけど」
「私に指示された使命はあなたを監視することです。見聞きしたことに関して報告の義務はありますが、はっきりと申し上げればあなたがこの街から逃げ去るということ自体さえなければいくらでも口をつぐむことは可能です」
逃げなければ、秘密は厳守する。
その言葉にぐらつくほどの魅力があるのは否めない。
「んー」
もう一押し。
これなら何とかなると思える何かがあれば、正直言って彼女を仲間に引き入れたい。
これが俺を信頼させるための演技だとすれば、仕方ないと諦められる何かがあればいい。
悩むこと自体、彼女に対して失礼に当たるかもしれない。
信頼と信用を糧に家を存続させてきたと言ったのだ。
生真面目さには誇りがあるのだろう。
「お悩みのようでしたら、第三者の立ち合いの下契約を結ぶのはどうでしょう?」
「契約?」
折れてもいいかと悩んでいる最中にイングリットさんの提案が出る。
契約というと書類とかで縛ってあとで裁判とかで有利になる書類のことだろうか?
あれはあれで効果はあるけど。
「それって、貴族相手じゃあまり意味ないんじゃ」
「あります。神の立ち合いの下の契約です。その契約を前にしてはこの世にいるありとあらゆる存在は口出しできません」
「神?」
「はい、神です。ご存じありませんか?」
「知りませんでした」
確かに、人よりも上の存在の神様だったら貴族があーだこーだ言うことはできないか。
ダッセ何某との決闘の時もゲームの時にはなかった決闘の駒というアイテムがあった。
「決闘の駒と似たような感じですかね?」
「そうですね、決闘の駒は裁定の女神メーテル様が管轄ですが。契約は商売の神、ゴルドス様の管轄です。こういった秘匿義務の契約も彼の神の管轄です」
「違反したらどうなります?」
「話せなくなるという状況を無理矢理にでも破棄しようとするのですから最悪死を与えられます」
「え、それ、大丈夫なんですか?」
決闘の時は頭痛でダッセ何某は悶絶していた。
神様との契約を破るということは壮絶な罰を受けるということ。
「問題ありません。グリュレ家は約束を守りますので」
そんなデメリットを前にしてもイングリットさんは堂々と胸を張り問題ないと宣言するのであった。
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