3 EX メイドの才
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イングリット・グリュレという少女は努力家であった。
そうなってしまった環境があるのだから仕方ないと周囲からは言われるが、当の本人はそのことを気にしてはいなかった。
しかし、悲しいことにその努力に見合った才能はなかった。
グリュレ家というのは、FBOのゲーム時代には登場しない貴族家系だ。
所謂、モブ、ネームドと比べたら非才と言わざるを得ない。
リベルタ自身もその名前を聞いて、ネームドキャラではないと判断できるほど。
派閥としてはエーデルガルド家に所属するものの、家柄や権力といった範囲での能力は良くて下の上、アベレージで言うのなら下の中といった感じの子爵家の中でも下位に入る地位だ。
過去の栄光もなく、才ある血筋というわけでもなく、ただ真面目に職務を全うするという生真面目さだけが取り柄の家柄。
コツコツと積み上げることが得意だと自慢できるほどの生真面目さ。
それが血筋になり、現代までつながった。
「お父様、御用とは?」
そんなグリュレ家は息子二人に娘が一人というこれまた貴族家にしたら平均的な子供事情であった。
妻は正室と側室が一人、愛人はおらず、子供は息子が正室の子で娘が側室の子だった。
グリュレ家当主が呼び出したのは、側室の娘。
「イングリットか、こちらに座りなさい」
「はい」
母親譲りの薄い青色の髪。
父親と同じ丸メガネを掛けて、その表情も父親譲りの無愛想。
幸いにして母親譲りの凛とした美しい容姿があるから不気味さは感じられないが、人形のような作り物感は否めない。
「実は、ハクバール子爵から要請があってな。お前にとある方の家に奉公に行ってほしいと言われてな」
「なるほど」
娘の顔から感情は読み取れないが、その表情にも慣れている父親からすれば嫌だとは思っていないのは手に取るように分かった。
貴族の娘として生まれてきたからには縁談や奉公の話が出てもおかしくはない。
力ある家の令嬢であればそれも仕方ないと思うが、グリュレ家はそういう力は公爵家の庇護というもの以外ない。
ハクバール子爵はグリュレ家と同じ家格であるが、向こうの方が歴史も権力も上であり、席次に関しても上。
すなわちこの要請はほぼことわることができない。
それを理解したイングリットは素直に頷く。
「かしこまりました。それで、私はどちらの家に奉公に行けばよろしいのですか?」
「……」
「お父様?」
そうすれば、すぐに話が進むものだと思っていたイングリットであったが話を持ってきた父親が口を開きかけて、閉じてしまった。
「…イングリット」
「はい」
しばしの沈黙、そしてそのあとに出てきたのは娘の名前だった。
「公では言えないが、今回の要請はハクバール子爵からということになっているが、そのハクバール子爵自身もとある方から要請されたと言っていた」
「?それはどういうことですか?」
「上の、それもやんごとなき方に近しい方からの要請だ。この話が嘘ではないことはすでに確認しているが、それでも些かおかしな話でもある」
そして普段なら即本題に入る父親にしては珍しく遠まわしな説明だった。
伝えたいが伝えられない。
そんなもどかしさを含めた言葉に頭を悩ましている様子。
「いや、これ以上はよそう。我々は命じられたことを実直にこなすまで」
しかし、その葛藤を抑え込み自身に言い聞かせるように下手に言葉を費やすことを諦めた父親は一度だけ深呼吸をしてからイングリットの目を見て本題を切り出した。
「お前が奉公にでるのはとある平民の少年の下にだ。家に関してはとある方が手配して衣食住に関しては問題ないと聞いている。お前がするのはその家の管理と平民の少年の世話、そして監視だ」
「……監視ですか」
平民の少年の下に奉公に出るというのも常識はずれな指示だが、さらに監視ときた。
途中の言葉よりも最後の言葉の方が印象に残ってしまい、イングリットはその少年に興味を抱いた。
それは決して肯定的な意味の興味ではなく、監視をつけられる少年に対してへの警戒心と言い換えてもいい。
「お父様、私は監視などしたことがありません」
「わかっておる。グリュレ家は代々戦うことに対して才能などありはしなかった。お前の兄たちも剣の道など欠片も希望を見出さず、素直に文官として城で働いているほどだ」
職務を拒むつもりはない、しかしだからと言って人選が不適格なのではと疑問は生まれる。
監視というのは本来その手のエキスパートがするべきことであり、素人であるイングリットにできることではない。
「でしたら、ほかの家の方にお頼みする方がよろしいのでは?」
「私もそう思う。だが、ハクバール子爵たっての指名では断ることも難しい。それに監視対象の少年は監視されること自体は把握して受け入れるとのことらしい。することと言えば、その少年の動向を確認しそれを報告するだけときいている」
監視対象が監視を受け入れている?
これもまた妙な話だと、イングリットは余計にわからなくなる。
なぜ自分がそのような仕事を任せられるのか、それすらわからない。
聞けば聞くほど、自分に話が来ること自体がおかしいと思えるような内容だ。
「……」
無愛想であるおかげで表情には出ないが、雰囲気が困惑しているというのを醸し出し、それを見た父親は苦笑する。
「訳が分からないと言いたげだな」
「それは、はい」
「よい、私もそう思う。こういった話は武官を輩出している家のすべきことだと思っている。我々のような家の役回りではない」
上からの無茶ぶりと捉えるのが一番納得ができる。
そうイングリットは捉えた。
「しかし、私がしなければならないのですね」
「ああ」
話を持ってきた父親自身も似たような解釈に落ち着いたようだ。
貴族は上下関係が厳しい。
上に反抗するにも力がいる。
グリュレ家のような力のない貧乏貴族家ではそれもできない。
「わかりました。お父様その話承りました」
「すまん」
「いえ、私がその奉公を受け入れることでこの家が助かるというのなら喜んでこの身を捧げます」
そんな覚悟を持って、イングリットはグリュレ家を出ることになった。
そして返答をしてから数日後。
「お、お父様、これは?」
「いやはや、まさか公爵家の馬車が迎えに来るとは思わなんだ」
イングリットの出立の日に迎えに来たのは、家紋は外しどこの家の馬車かはわからないようになっているが、その馬車に乗っている人物が問題であった。
迎えをよこす、グリュレ子爵家に対して上位の貴族家がそういう気遣いをするということはこれから会う人物がどれほど重要かを指し示す目安になる。
すなわち。
「あなたが、イングリットですね?」
「はい、エスメラルダ様」
公爵家の息女自ら迎えに来るというのは異例中の異例である。
「それではグリュレ子爵、ご息女をお預かりしますわ」
「はい、なにとぞよろしくお願いいたします」
「ええ、では行きますわよ」
「はい」
会話のやり取りは最小限。
迎えに来たのも、日が昇る直前の早朝。
人目を忍ぶ必要があるのは理解していた。
ゆえに、エスメラルダは馬車から降りず、カーテンで顔の半分を隠し、そのままイングリットに馬車に乗り込むように指示を出した。
鞄を御者に渡し、私物をすべて載せ終えると馬車は早々に走り出す。
「エスメラルダ様、この馬車はどちらに向かっているのですか?」
「南区ですわ。そこにあなたに仕えてほしい方がいるの」
貴族街を抜け、そのまま馬車は王都を走る。
公爵家の令嬢に向けてあれこれと質問することは許されない。
このまま沈黙することが最善である。
けれども、その王道を外しイングリットは意を決して質問した。
注意を受けるかと思ったが、エスメラルダはあっさりと質問に答えた。
「その方について詳しく伺いたいのですが」
「そうね、ここであれば聴かれる心配は無いでしょう。それに説明なしではあなたもどうすればいいかわからないでしょうしね」
「はい」
そしてエスメラルダから語られた話は、イングリットからしたら荒唐無稽な話でしかなかった。
目の前の公爵令嬢と護衛と一緒に這竜を撃破、さらには先日のスタンピードを公爵閣下の権力ありきではあるが的確に指示をだし事態を終息へ導いたと。
「私よりも年下の少年がですか」
「信じられませんか?」
「……」
「良いのです。私もこの目で見ていなくては当然信じられる話ではありませんから」
そんな平民の少年がいるとはにわかに信じがたいと言わざるを得ない。
公爵家の言葉を疑うことは貴族関係において致命傷になりかねない。
だからイングリットは沈黙を選んだ。
暗に肯定しているが、何も言わないという事実が重要なのだ。
その貴族の習わしに、エスメラルダは苦笑した。
「私たちは彼を英雄の賢者ではないかと思っておりますわ」
「おとぎ話ですか?」
「いいえ、彼の行動を見てきた我々の私見ですわ」
公爵家が認める一般人、一体どんな存在なのか。
「それなら、わざわざ私が奉公に出なくてもエスメラルダ様が取り立てれば」
「できないことはわかっているでしょ?貴族が平民を取り立てる。それも私たち公爵家が何のつながりもない少年を」
「……」
そして、平民の少年の〝立場〟に配慮する。
この国では逆らえる人の方が少ない公爵家がだ。
ますます奇妙な話だとイングリットが思っていると馬車はゆっくりと減速し、そしてとある家の前に止まった。
「どうやらついたようですわね」
「その彼はこの家の中に?」
「ええ、先についているはずですわ」
馬車は家の裏手につけられ、御者が扉をあけ先にエスメラルダ、ついでイングリットを降ろすとエスメラルダは慣れた様子でそのまま御者が開いた裏口を通り抜ける。
荷物は御者が降ろしてくれるようで、イングリットもその後ろについていく。
「リベルタ」
「エスメラルダさん」
そして前を歩くエスメラルダはリビングにいた一人の少年の名前を呼んだ。
気づいた少年は立ち上がり、エスメラルダの名前を呼ぶ。
様付けではなくさんと近しい者の敬称のやり取りにイングリットはその少年をじっくりと見る。
服は平民がよく着るような代物。
不細工というわけではないが、特段優れた容姿であるわけでもない。
強いて言えば、年齢の割には落ち着いた雰囲気を醸し出す不思議な違和感がある程度。
「この人が例の?」
「ええ、我が家とあなたをつなぐ連絡役です」
「ついでに監視役と」
「あなたが逃げなければ問題ありませんわ」
「そちらの家が無茶振りをしなければ逃げずに済むんですけどね」
妙に距離感が近い。
イングリットの目から見ると、エスメラルダから距離を縮めようとして少年が困っているように見える。
「お初にお目にかかります。グリュレ家のイングリットと申します。この度はあなた様にお仕えすべく参上いたしました」
そんなやり取りを気にしつつ、イングリットは自分の役割を実行に移す。
どういった理由があれど、職務は全うするのがグリュレ家だ。
「非才の身でございますが、何卒よろしくお願い申し上げます」
「あ、はい。リベルタです。こちらこそいろいろと面倒事に巻き込んですみません」
「いえ、それでリベルタ様。これより、お仕えするにあたって色々とご確認することがあるのですがよろしいでしょうか?」
「様って、えっと俺のことは普通に呼び捨てでいいですよ?年下ですし」
「なりません。私は使用人です。主人のことを呼び捨てにする使用人などおりません。なのでリベルタ様には申し訳ありませんが、慣れていただくほかありません」
「慣れって・・・」
「そういうものですわ。慣れてくださいまし」
一般人のリベルタからしたら、その対応に困惑するしかない。
そんな態度を見て、イングリットはこの少年の善人性を垣間見てひとまずは安心した。
女性の使用人、貴族の男性であればその扱いは多岐にわたり最悪の主人を引き当てれば女性として生まれたことを後悔することもある。
エスメラルダに彼が助けを求めている時点で、そういうことは心配ないと内心で安堵しつつ、エスメラルダから聞いた話を信じて行動するしかない。
そうイングリットは判断した。
何か秘密のある主人。
エーデルガルド家からすればその秘密を暴くことをもしかしたら求められているのかもしれない。
いや、十中八九求められている。
だが、仕える身としてその秘密を暴くことはできることならしたくはない。
監視をしろと命じられ、逃走時のみ報告する義務を負っているがそれ以外は自己判断で行動せよとの指示。
であれば、今は様子見をするとしようとイングリットは言葉通りの命令だけを遂行することを決めた。
公爵家と対等に話せる平民の少年。
そんな少年は数日間一緒に過ごしただけで、風変わりで少し変わっているだけの少年だと認識するのにそう時間はかからないのだとイングリットは思いもしないのだが。
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