2 交渉結果
総合評価56000pt突破!!
ブックマーク12000件突破!!
まことに感謝いたします!!
この家に住んでいるのは、家主ということになっている俺と、この家の管理とエーデルガルド公爵家との連絡役兼監視役を任されたイングリットさんだけだ。
アミナとネルの部屋はあるけど、泊まるのは三日に一回くらいのペース。
「これでよし」
「むにゃぁ」
ひとまず二階に上がり、アミナの部屋のベッドに背中で爆睡をかましている彼女を寝かし、一階に戻る。
「リベルタ様、お茶の用意ができております」
「ありがとう」
元が宿屋ということもあって、スペースがかなり広い。
リビングスペースは暖炉の前に作ってあり、暖かい今日は火がついていないけど冬なら間違いなく洒落た感じの風景が作り出されるだろう。
そんなリビングスペースに用意されているソファーにネルが座り、俺もその隣に座るとそっとティーカップに入ったお茶が差し出された。
「美味しいです」
「それは良かったです」
紅茶なんて普段飲まないから味なんて今飲んでいる物しかわからない。
だけど、これは美味しいと素直に思える。
「リベルタ」
「ん?」
そうやってのんびりお茶を飲んでいると、一緒に飲んでいるネルに呼ばれる。
隣を見れば、カップを置き、話す姿勢の彼女の姿が見れる。
「アミナの歌唱術をマスターしたら次の段階に行くんだよね?」
「ああ、このペースだと今週中にはアミナの歌唱術と喝采の歌はマスターできるな」
「それじゃぁ」
「ああ、今週中にガンジさんのところに行って装備を回収して、次の段階に入ろう」
「やった!」
ライブ活動も楽しかったけど、やっぱりネル的には外で冒険をする方が性に合っているらしく、こうやってたびたびスケジュールを確認してくる。
その都度、こうやっていつにはとできる限り具体的な日取りを伝えているが、本格的に外で活動することを伝えるとネルは小さくガッツポーズを取った。
「リベルタ様、その際には私も」
「それは、いいですけど」
そして俺たちの冒険には新しくイングリットさんも同道する。
エーデルガルド家として、俺の情報を事細かく知りたいようで目を離すなとでも命令されているのだろうか。
「イングリットさんは戦えませんよね?」
「はい、戦闘の経験はございません。レベルもクラス1の15でございます」
あの公爵様が彼女の弱みにつけ込んで無茶な命令を下しているとは思いたくないが、ゲーム時代の人物像をそのまま当てはめるとありえそうなんだよなぁ。
いや、俺との信頼関係にひびを入れることを考慮すれば、人道に反するようなことは表向きはしてこないはず。
しかし、貴族的にはこれは問題ないと思われている貴族常識だったらどうする?
イングリットさんは、この家の管理に来る際にレベルとステータス、そしてスキルも全部公開して見せてくれている。
『イングリット・グリュレ クラス1/レベル15
基礎ステータス
体力10 魔力5
BP 0
スキル1/スキルスロット1
調理 クラス3/レベル88』
その時に見たステータスを考えると、ぶっちゃけて弱い。
いや、これがこの世界での普通なんだろうけど、非戦闘要員のお手本のようなステータスで外に連れ出すことははばかられる。
「そうなると、正直危険だから家で待機していてほしいんですけど」
「それはご命令ですか?」
「命令ではないんですけど」
「でしたら、同道の許可をいただきたく思います」
「んー」
何をするかと言われれば、ガンジさんに頼んでいた物が手に入るというのならかねてから計画していたことを実行に移す時が来たと言えばいいか。
その計画は安全には配慮しているけど、万が一のことを考えると必要最低限の自衛手段は欲しい。
いわば今のイングリットさんはクエストを受注するためのレベルが足りない状況だ。
「ねぇ、リベルタ」
「ん?」
俺たちがいれば大丈夫と言えば大丈夫だけど、それでもと悩んでいると俺の服を掴んでネルが呼ぶ。
「イングリットさんが強くなれば問題ないんだよね?」
「ああ」
「じゃぁ!私がレベルアップを手伝う!!それなら問題ないでしょ?」
ネルの言う通り、課題として真っ先に上がるのはイングリットさんが安全性を考慮したレベル水準に達していないこと。
そこはレベルを上げれば改善することだけど。
問題はもう一つ、俺たちがやっているレベルアップの方法を彼女にも使っていいのかということ。
ネルもアミナも、なんだかんだ世話を焼いてくれているイングリットさんに心を開き、年上のお姉さんということで甘えている節もある。
他人の悪意には敏感な彼女たちが素直に甘えているということを考えれば、彼女は善人なのは間違いない。
だけど、彼女が善人であっても背後にいるのが公爵閣下だからなぁ。
「うーん、少し考えさせてくれ」
「えー」
「すまん、イングリットさんもそれでいいか?明日には返事をするから」
「かしこまりました」
ここでEXBPの取得方法を開示したらその情報がそのまま筒抜けになってしまう可能性が高い。
まずはそこら辺の意志を確認する必要がある。
お辞儀をして、素直に引いてくれる彼女には申し訳ないが、ここは一線引かせてもらう。
そんな俺が少し考え込む仕草を見せると、ネルとイングリットさんが談笑を始める。
と言ってもネルが一方的に話してイングリットさんが相槌を打つという感じだ。
思い返すのは、あの日のことだ。
あの日は、無事に王都内のゴブリンたちを掃討し終えたが、俺はそのまま帰ることができず、エーデルガルド家の屋敷になりゆきで招かれた。
本当だったら帰りたいところだけど、あの場で話し切れていないこともあった。
平民の子供を招くことを公爵家の人々は決していい目では見なかった。
だが。
『私の客だ』
公爵閣下のたったこの一言で、その視線は一瞬で消えた。
そして、静かに食事を終えるとこの世界に転生してから初めてのお風呂に入ることができた。
メイドさんに体を洗うかと聞かれたときは全力で結構ですと叫んでしまった。
そして、体が奇麗になって用意された服にそでを通し、老齢の執事に連れてこられたのは公爵閣下の執務室だ。
「さて、少しは疲れは癒えたか?」
「はい、美味しい食事に風呂まで入れていただきありがとうございます」
その室内は前世であってもなかなか見ないほど豪華な部屋だった。
ゲームの時はもっと質素だった気がする。
絵画や壺といった調度品もなかったはず。
「さて、一旦の帰宅を許されたとはいえ、急報が入れば即座に戦場に戻らねばならん。早々に君の言う条件を聞こうではないか」
ゆっくりと休む間もなくわずかな時間でも書類の処理をしていたのか、俺が入るのを見ると書類を執事に渡してそのまま退出させた。
「仕えることを断るほどの理由をな」
「圧をかけないでください。全力で逃げたくなります」
「正直だな」
「性分なので」
ここからが正念場、と言ってもこっち側のスタンスを話すだけでそこまで難しい話をするつもりはない。
「エスメラルダさんはいないんですね」
「なんだ、娘がいないと寂しいか?」
この場にいるのは俺と公爵閣下だけ。
てっきりエスメラルダ嬢が同席するかと思っていたが、そうではない様子。
「色々と擁護してくれそうなので」
「それがあるから席を外させたのだ」
俺の味方として同席してくれればいろいろと助かったのだが、それは向こうも承知しているので自然とこの話し合いからは外されるのは当然なのだろう。
「ですよね」
「わかっているのなら無駄話はよせ」
「はい、では自分個人からの条件を話します」
公爵と平民の子供、傍から見ればなんだこの組み合わせはと言われること必定だ。
「まず一つ、ネルとアミナ、本人と家族の安全の保障です」
「ふむ、そこから固めるか」
「俺の親しい人くらい把握しているでしょう?俺としても嫌な思いはしたくないので」
「では、安全を確保するためにその者らを登用するのはありか?」
「無しです。これは次の条件につながるんですけど、俺の貴族への登用も無しでお願いします。理由は公爵閣下ならおわかりだと思います」
そんな交渉の場で俺が願うのは、まずは周囲の安全と干渉の拒否だ。
「貴族と平民の溝か?」
「その通りです、特権階級の弊害と言い換えてもいいですけど」
「……たしかに、貴族の中では成り上がり者を良く思わないものは少なくはない。特に実力を伴わない者を私のような地位の者が登用するのはな」
そして貴族への登用の拒否だ。
そもそもFBOの時でも貴族になること自体にメリットは少ない。
強いスキルを得られるわけでも、ステータスに補正がかかるわけでもない。
優秀な貴族NPCも平民状態で普通に仲間にできた。
強いてメリットを言えば貴族になることで王族といった上層部から直接特別なクエストを受注できるくらいか。
クエストとしては報酬は美味しいが、そこまで重要というわけではなかった。
むしろデメリットの、貴族系NPCからのアンチ行動がきつかった印象の方が強い。
行動の阻害に、NPC好感度の低下、拠点の襲撃、指折りでは数えきれないほど成り上がり者には厳しい世界なのだ。
「公爵閣下のご威光があればある程度の貴族は抑えられますが」
「私と同格あるいはそれ以上の家、同じ公爵家や王族だとあまり意味をなさない」
「そういうことです」
だから、貴族になること自体はできるが、有効な手段とは言い難いのだ。
「なので俺が提案する関係は、少し便利な市民として認識していただくくらいがちょうどいいかと」
そんな情報をもとに、俺が求める関係はある意味で、無関係と言っても言えるような関係だ。
「……それは」
「ええ、あくまで俺個人の要望です。公爵閣下からすれば関係が薄すぎると言わざるを得ず、ほぼほぼ断ったと仰られてもおかしくはない関係ですね」
公爵家に認識される市民、それはある意味ですごいことなのだ。
しかし、登用するわけでも、縁者になるわけでも、ましてや傭兵みたいな雇われになるわけでもない。
ただ知っている。
それだけの関係。
「だけど、これが一番周囲の貴族を刺激しない関係です」
それくらいしないと、俺たちへの周囲の貴族からのヘイトが集まりすぎてしまう。
公爵家と直接つながるというのはそれくらい危険なのだ。
「理解はできる。だが、それでは協力体制を敷くことができんではないか」
「そこは工夫次第ですよ。いくつか遠まわしにつながりを得ればいいだけのことですから」
それだけは断固として阻止しなければならない。
すでに俺と関係を持とうという相手の意志を無くすことは不可能になっている。
それ自体は仕方ないと諦めている。
「例えば信頼できる配下の方の、そのまた信頼できる配下の、さらに信頼できる配下の方に俺との連絡役を頼むとか」
要は直接つながるのが問題であって、関係性を持つこと自体はこちらにもメリットがないわけではない。
「ずいぶんと慎重だな」
「小心者なので」
「ぬかせ、小心者が私にこんな堂々と交渉ができるか」
互いの危険性と、利益を考慮すればここら辺が落としどころかと思う。
「だが、お前が言う言葉は筋が通っている。我が家としても即座にお前を迎え入れることもできん。そして無理に関係を作れば探りに来るやからには心当たりがありすぎる。今は雌伏の時ということか」
面白くはないだろう。
子供の俺に説得されるのは。
だが、そこは器の大きさを示してくれて俺の提案に理解を示してくれた。
「よかろう。お前の言い分を採用する」
「ありがとうございます」
「だが、お前が忽然と姿を消す可能性もある。念のために首輪はつけさせてもらうぞ」
「え、自分。そういう趣味は」
「たわけ、そういう意味ではないのは分かっているだろう」
こんな感じで、ひとまずは公爵家とつながりはあるけど隠すという方向で互いに納得できた。
そしてその話の流れで、俺が馬小屋に住んでいて定住地を持たないことがあまりにも身軽すぎるということで家を用意すると言われた。
「ほどほどに、ほどほどでいいですからね!!」
「わかっている」
念には念を、そういった感じで庶民感覚でお願いしますと頼んだにもかかわらず、今ではこんな立派な家にメイドさん付きで住んでいる。
わざとかと、一瞬悩んだが公爵閣下からすればずいぶんと質素な家を用意したのかもしれない。
だからイマイチ、クレームを入れづらい。
そんな流れで、派遣されてきたのがイングリットさんというわけだ。
こういう交渉を経ているからこそ、イングリットさんとの距離感が微妙にわからない。
だからこそ、ある程度慣れてきたこのタイミングで聞かないといけない。
いや、これは俺が勝手に判断したいと願っているだけだ。
彼女が信頼できるか、できないか。
もし仮に、信頼できるとしたら、ぜひとも協力してほしいと願っている。
それくらいに、彼女との仲を深めてしまっているのだから。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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