1 変わった日常
新章突入です!!
総合評価54000pt突破!!
ブックマーク11000件突破!!
ご愛読ありがとうございます!!
そして新キャラが出ます!!
トントントン、小気味良く鳴り響くその音は男たちが木槌を振るう音だ。
スタンピードから早いもので一カ月が過ぎている。
スタンピードが終息してからも周囲の安全が確認されるまで一週間は城門の外に出ることは叶わず、そのあとも王国の騎士団が冒険者ギルドと協力してスタンピードの原因のダンジョンのモンスターの間引きを行い、安全が確保されるまでは流通も最低限で過ごしていた。
そんな日々が過ぎ、ようやく市民の自由な行き来が許可されたのは先週の話だ。
そして今ではスタンピードで壊された王都の復興をしている。
そんな場所で俺たちが何をしているのかと言えば。
「今日も頼むぜ嬢ちゃん!!」
「うん!まかせて!!」
工事現場の大人たちに向けてのライブの準備をしている最中だ。
え?ふざけているかって?
これがいたって真面目なんだよなぁ。
なにせ、工事現場の人たちが率先してアミナが歌うための舞台を急造して、俺がリュートを弾くための椅子用の木箱まで用意されている。
さらには。
「水はここでいいか?」
「ありがとう!」
「なに、嬢ちゃんたちの演奏を聴くと俺たちも元気になるってもんだ。今日も元気に頼むぜ?」
「まかせてよ!!」
休憩用の場所まで用意されているという至れり尽くせりとはこのことか。
王都の復興は王国主導で行われているから、この現場監督の人も国からの指示で現場を監督しているはずで、普通なら俺たちのような子供をここに招くはずがない。
「リベルタそろそろ始めるの?」
「ああ、作業も始まってるし人も多い」
カホンという箱のような椅子型の楽器に跨るネルは、もう毎日のように演奏しているからアミナが歌いだす頃合いをわかっている。
「始めようか」
「わかった!いくわよ!!」
ネルがカホンを軽快に叩き始め、リズムを刻み、そして俺はそのリズムに合わせてリュートを弾く。
なんだかんだ言って、いろいろなゲームスタイルを使い続けて一応俺も楽器は弾けるんだよ。
と言っても、メインキャラで使っていたわけじゃないから思い出すのにすっごい苦労したけど。
「♪~」
そんな俺たちの演奏に合わせてアミナの喝采の歌が現場に響き渡る。
「キタキタキタ!!!」
「滾ってきたぜ!!」
「かぁ!!キクゥゥゥ!!」
現場の人たちに向けて全体バフをかけて、リジェネ効果と攻撃力アップ効果は作業効率にも影響するみたいで、一部やばいテンションになっているけど、復興が早まるのならいいことだ。
こっちはこっちでボランティアでやっているわけではなく、聞いてもらえる人数次第で熟練度上昇に差が出るアミナの歌唱術のスキルアップに使わせていただいている。
正にウィンウィンの関係というやつだ。
テンションがおかしくなって、リズムに乗って作業を始める工事現場のおっさんたちを見つつ、なんでこうなったかを思い出すのであった。
と言っても、さかのぼって思い出すほど昔の話ではない。
それは俺がエーデルガルド家に仕えないかという話を、城壁の上でされた時にさかのぼる。
下火になったと言ってもまだまだ戦闘が続行されている最中に何を言うんだという感覚で公爵に胡乱な目を向けていた自覚はある。
俺の存在が爆弾のように危険な物だと言われて納得と理解もできる。
そしてそれを管理したがる気持ちも理解できる。
そんな彼らが俺に協力を求めてきたのは、FBOで聞き覚えのある情報だった。
イリス・エーデルガルドが悪役令嬢と呼ばれる所以にもつながる。
この南の大陸での貴族関連クエストではかなり大きい部類に入る三つのクエスト。
『城蛇公爵の尾』
『土豚公爵の足』
『果樹公爵の耳』
エーデルガルド公爵の協力要請を即断で断らなかったのはこの三つのクエストの内容を知っていたが故だ。
どのクエストも一癖も二癖もあって内容もダーク度合いが高い。
どいつもこいつも、私利私欲が大好きな権力者で表向きは南の大陸のために努力する忠臣を装ってるけど裏ではほかの大陸の貴族と繋がっていて、国家転覆の暗躍をしている。
不穏な影とは、その勢力に他ならない。
ゲーム時代でもかなり面倒なクエストで、放置するととんでもない爆弾が爆発するので処理は必須。
なんでもっと早く対処しなかったんだというクエスト内容。
それに対して力を貸してくれと願われてしまえば、エーデルガルド家の孤軍奮闘ぶりを知っているがゆえに断るに断れなかった。
他の公爵家から協力を要請されていたら秒で断ってたけど。
指先でアミナの伴奏を奏でながら、なんでこんなことになったんだと考える。
新しい人生も、もう少し楽しく生きる予定だったんだがと考えつつ、一瞬で自業自得だと結論が出てしまう。
自分の行動の是非について小一時間ほど自問自答してみても、結論俺が悪いということになってしまっている。
過去の自分の行動と言うか、自重無しで協力すればこうなるだろうといろいろ言えることがある。
そんな選択肢に若干とは言い難い選択ミスをしている俺がエーデルガルド公爵家と協力関係になるにあたって、今さらだが関係性に関して色々と取り決めをした。
まず、俺はエーデルガルド家には仕えていない。
そもそもの話、俺の強みはこの世界のシステム関連で他者にはない知識をもってして自由に動き回ることだ。
下手に一か所にとどまってしまって行動制限されるとその強みが失われてしまう。
なので、俺はあくまで外部協力者という関係でエーデルガルド家とは一線を引いた。
向こうからの協力要請があればある程度は請け負うが拒否権もしっかりとある。
そして、こっちからも協力してほしいことがあれば申請することができる。
貸し借りで繋がっている割とドライな関係と言えばいいだろうか。
エスメラルダ嬢的にはもっと深い関係になりたいと思っているようだが、それは勘弁願った。
しかし、当然だけど口約束だけで公爵家が納得するわけがない。
そのために連絡役という名目の監視役と、居場所を把握するための居住地がエーデルガルド家から提供された。
「はぁ!歌った歌った!」
「お疲れ様です。こちらにお水を用意しております」
うん、この男くさい作業現場にできているライブ会場だけでも違和感があるのに、そこにクラシカルメイドさんがいるのは違和感が際立ちすぎじゃないか?
まるで俺たちのマネージャーかの如く、小一時間ほど歌い続けたアミナが舞台から降りて休憩所に来るとスッと現れて水を差しだしてきた。
「ありがとう!!助かるよ!!」
「いえ、ネル様もどうぞ」
「ありがとう、イングリットさん」
水色の髪をポニーテールにした、俺たちよりも少しだけ年上の少女のイングリットさん。
丸メガネの奥に見える眼光はいささか鋭いが、根は真面目な人。
この人が俺とエーデルガルド家を繋げる連絡役兼監視の人だ。
貴族出身の子爵令嬢だと聞いているが、こうやって平民の子供の相手でも見下す態度を見せず、礼儀を忘れず接してくれている仕事人だ。
「リベルタ様も」
「あ、はい」
ただ、硬い。
すっごく表情が硬い。
口調も丁寧、仕草も綺麗、されど表情は岩のごとく微動だにしない。
エスメラルダ嬢に紹介されてから一切笑ったところを見たことがない。
まるでロボットかとツッコミを入れたくなる。
『イングリット・グリュレでございます。本日よりリベルタ様のお世話をさせていただくことになりますのでどうかよろしくお願いします』
今でも思い出せる彼女の無表情の自己紹介。
ネルとアミナに紹介した日なんて、あまりの無表情っぷりに二人がイングリットさんに若干怯えていたくらいだ。
『人だよね?』
『人族でございます』
アミナの怯えながらの質問に真顔で答えていた彼女の雰囲気から察するに、聞かれ慣れている質問なのだろうなぁ。
しかし、根はまじめで表情以外は優しい彼女と触れ合ううちに二人の警戒心も薄れ今ではこうやって距離感を縮めることもできている。
水を受け取り、汗を拭きとるための手拭いまで用意して待機している。
エーデルガルド公爵からは信頼できる人を派遣すると言っていたが、まさかこんな人を派遣してくるとは。
確かに連絡役をつけるにあたって口が堅く、信頼のおける人とは注文つけたけど。
「いかがなさいましたか?」
「いや、何でもないです」
「然様ですか。ご用向きがあればいつでもお声掛けください」
さすがにメイドを派遣してくるとはだれが思った。
こちとら前世を含めてもメイドさんに世話してもらうような生活などしたことがないんだぞ。
正直言って頼りにはなるけど、生活の中にメイドさんがいるとか違和感しかないわ。
ジッと、イングリットさんの顔を見ていた俺に何かあると思われて、首をかしげて声をかけられたがあなたとの出会いを思い出していましたとはさすがに恥ずかしくて言えない。
実際、彼女が来てからかなり生活に余裕ができた。
今回のこの作業現場でのライブ活動の段取りも彼女が手配してくれた。
公爵家には一応、エスメラルダ・エーデルガルドを救う手助けをしたという這竜討伐の功と前のスタンピード制圧の手助けをしたという功があり、一応こっちから向こうに貸しがあるという状況になっている。
最初はどっちも金銭での報酬で支払われそうになったけど、今後のことを考えると貸しを作っておいていた方が後々その貸しを盾にすることができそうなのでそのままにした。
金に関して言えば、やろうと思えばいくらでも稼げるしな。
そんな関係の最中、公爵家に最初に要求したのは人が集まって、歌を歌えるような場所がないかという相談だった。
これはアミナの歌唱術スキルに関係する。
この歌唱術、熟練度上げが少し特殊なんだ。
ただ歌っても熟練度は上がるけど、上手に歌っても上昇量が微量なんだよ。
大事なのは大勢の人に聞かせるという事実。
正直、この前のスタンピードの時は敵味方問わず歌を聞かせたおかげでだいぶスキル熟練度は稼げた。
特にゴブリンゾンビの数が異常だったから加速度的にスキルレベルが上がったと言っていい。
「休憩したらまた歌うの?」
「ああ、喉は大丈夫か?」
「平気!元気いっぱいだよ!!スキルのおかげかな?」
「たぶんな。歌唱術スキルはバフ効果の上昇と歌唱時間の延長だから、延長部分がアミナの喉の保護につながっているんだろうな」
そしてそのアミナのスキル育成環境を再現するために、今回の工事現場でのライブを貴族の権限でどうにか違和感なくねじ込んでもらったわけだ。
最初は訝し気な表情で俺たちを出迎えた現場監督も、一日二日とアミナの歌を聞いてその際に受けるバフ効果を体験してから手のひらを綺麗に返した。
今では現場の歌姫として作業員からも日々声援を受けているアミナは今日も元気にやる気いっぱいだ。
「段々と暑くなっております。皆さまお気をつけてください」
そんな彼女の元気具合を心配したイングリットさんが一回空を見上げてから、今日も快晴なので気温が上がることを示唆した。
この世界に俺が来てからだいぶたつ。季節も変わって日差しがだんだんと暑くなっているのは夏が近づいている証拠だ。
熱中症という言葉はこの世界にはないが、暑い日差しの下で水を飲まないで過ごしていると危ないというのはわかっているようだ。
現場でも、ちょくちょく水を飲む作業員の姿は見受けられる。
「はーい!!それじゃ!!行こうよ!!」
「わかった」
「ええ」
最近のアミナは歌うことで皆の役に立っているのがわかっているのか、やたら張り切っている。
実際、俺たちの中で一番スキルが多いのも彼女だしな。
気合十分という感じで、舞台に上がっていく彼女の背を追って、俺たちも舞台に上がり二度目のライブをして。
その結果が。
「こうだもんなぁ」
「すやぁ」
「リベルタ様、私が代わりに背負いましょうか?」
「良いですよ。重くないですし」
全力で歌い続けてバッテリー切れを引き起こしてしまうわけだ。
「今日も張り切ってたわね」
「そうだな、もうすぐ歌唱術もマスターするから余計に張り切っているのかね?」
すやすやと気持ちよさげに俺の背で眠りこける彼女を落とさないようにゆっくりと歩き、その歩幅に合わせてネルとイングリットさんは歩いてくれる。
本当に歌うのが楽しいんだろうな、自分の歌を聞いてくれるということに喜びを感じた彼女は毎度のように全力で歌う。
だからこそ、彼女の歌は響く。
「それもあると思うけど、やっぱり楽しいのがいいのよ」
「だな」
元気を分けているという自覚もあるのだろう。
そんな彼女の歌はスキル以外の何かでも、スタンピードの傷跡を癒している。
ゲーム時代だと、イベントが終わったらおつかれと言って数時間労わりあってそれで終了だ。
だけど、現実では王都のあちこちが壊され、そして修理している。
あの騒ぎの傷跡は数週間程度ではなくならない。
帰路を辿る、俺たちの目にもその光景は自然と入る。
「そう言えば、ネルは今日は寄っていくのか?」
「当然!」
「では、帰ったらお茶をご用意しますね」
辿る道は商店街へ向けているが、俺たちが向かっているのは俺が今まで住んでいたネルの父親が経営する店の裏庭にある馬小屋ではない。
近所にある建物を改築した。
リフォーム住宅と言えばいいだろうか。
一階は倉庫と炊事場に風呂場などのスペースが占めていて、二階に合計六部屋の個室があるエーデルガルド家から提供された家。
外観からわかるほど、子供に与えるような家じゃないなと思える立派な家に着いた。
屋敷ではないのがせめてもの救いか。
もとは古びた宿屋だと聞いている。
そんな場所が、今では俺たちの拠点になっている。
馬小屋から大躍進というわけである。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




