34 EX 邪神司祭 1
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王都の混乱が徐々にだが収まりつつある。
その雰囲気を、胸にキメラの刺青を入れた男が感じないわけがない。
「……ちっ」
舌打ち一つ、モンスターが兵士に殺され安全が確保されるのを屋根の上から黙って見ている。
ゴブリンダンジョンの鍵を持つ無知な子供を騙して、ダンジョンを郊外の王都からそこそこ離れた位置に作らせ、そこに呪術で拘束した野生の飛竜を放り込むまでは予定通りだった。
本来であれば、ゆっくりと飛竜のダンジョンを育て、大量の飛竜を生み出しそこから王都を〝空〟から蹂躙する予定だった。
「あの飛竜を手に入れるのにどれだけ手間をかけたと思ってやがる」
災害を引き起こし、現王朝を滅ぼす。
それが世間では邪神と呼ばれ、彼ら教徒にとっては唯一神と呼ばれる崇高な存在を目覚めさせるための方法だと言われている。
「あのデュラハンめ」
無知なガキが自分で作ったゴブリンダンジョンの攻略を断念したタイミングで、拘束していた飛竜をダンジョンに放出しようとするまでは良かった。
わざわざダンジョンの奥まで飛竜を連れていき、万全な状態でボスに挑ませようとした。
しかし、そこで邪魔が入った。
人ではなく、ダンジョンに吸い寄せられてきた一体のアンデッド。
「ちっ、今思い出してもむしゃくしゃする」
同僚の不始末。
とあるアンデッドのスポットにこの男と同じようにスタンピードを引き起こそうと画策したやつがいた。
その作戦自体は、途中でそのスポットを管理している砦の指揮官に発覚し失敗していた。
だが、すべてが無くなったわけではない。
小規模であるが、スタンピードを引き起こしていたのだ。
その際に討ち漏らされて流浪となったデュラハンがいたと聞いていたが、まさか自分の作戦に割り込むとは考えてもいなかった。
途中で倒されて終わる。
そう思っていたのに。
「あのタイミングでクリティカルが出るなんて考えるわけがないだろ!!」
呪術で思考を鈍化させ、テイムではなく支配をしていたワイバーンがダンジョンボスの広間に踏み込み、ボスであるホブゴブリンに襲い掛かる瞬間にそいつはぬるりと影に潜みタイミングを待ち構えていたかのように襲い掛かってきた。
野生の勘や匂いといった要素で、本来の力を発揮できていたら飛竜はデュラハンの行動に対応できた。
そもそも文字通り、格が違う。
デュラハンの錆びた大剣では飛竜の鱗を貫通することは叶わない。
急所じゃない場所で受け止めてしまえばカウンターの牙でデュラハンを喰らいかみ砕いて終いだ。
ある程度の糧になり、そしてメインディッシュのダンジョンボスを倒してそこには彼ら邪神教徒の呪術によって思考を縛られた新たなダンジョンボスが誕生する予定だった。
リベルタも知るところだが、FBOではテイムしたモンスターはダンジョンボスを倒してもダンジョンボスにはなれない。
テイムしたモンスターの判定が、モンスターから味方ユニットに変換されるからだと推察される。
だけど、例外や隠し要素が好きなFBO運営陣はとある抜け道を用意した。
それが呪術。
デバフを主とするスキルだ。
その中には相手の動きを拘束し、思考を鈍化させるスキルが存在する。
どこぞの薄い本みたいな、相手を支配し自由に動かし傀儡にできるほどの力はないが、木偶の坊をこさえる程度のことはできる。
デバフゆえに能力は格段に下がるが、簡単な指示を受け付け、その通りに動くことはできる。
魔力が高いとデバフ耐性が高くなる。
ゆえに、竜種といった強個体にデバフで自由を制限するのは高レベルの呪術と装備を要する。
邪神教会は表には立てない。
裏で活動し、そして裏で資金を稼ぐ。
だからこそ、資金面では制約が大きい。
それこそ、ロバ一頭の資金も惜しいと思うくらいには裕福ではない。
だからこそ、デュラハンは文字通り、不意を打ち、唯一の勝ち筋である首という急所に対してクリティカル威力上昇と低確率で即死を付与できるスキル。
『首狩り』
そのスキルを以って、弱体化した飛竜の首を両断してみせた。
その光景を男は忘れたくても忘れられない。
存在進化し、クラス4になりデュラハンライダーとなった奴は、倒したばかりの首のないドラゴンゾンビとなった飛竜を影から召喚し、それに騎乗して男に襲い掛かってきたことも忘れない。
「せめて、鍵だけでも回収できれば!!」
いらつく男の脳裏によぎるのは、大枚叩いて用意した飛竜が倒されたときにダンジョンの鍵をドロップしたこと。それを回収できなかったことを屋根の上で地団太を踏み悔しがり後悔している。
だが、狭いダンジョンで〝格上〟と正面切って戦うことができない男は命からがらやっとの思いでダンジョンを脱出するほかなかった。
せめて、スタンピードでも起きてそのまま王都を陥落させてくれないかとダンジョンの情報を封鎖し続けて監視した。
その甲斐あって、無事にスタンピードは発生した。
ため込みにため込んだアンデッドゴブリンの軍勢は彼らが狙っていた空を舞う飛竜の群れと比べれば幾分か見劣りする光景だが、数に物を言わせた戦略も悪くはないと男はその戦況を見守ることにした。
時々、兵士たちを妨害しゴブリンの軍勢の手助けもした。
その甲斐もあって王国側の軍勢が不利になり、南門を破壊したドラゴンゾンビを見つけたときの男は屋根の上で小さくガッツポーズを取ったくらいだ。
結果オーライ。
そんな言葉が脳裏によぎり、このままいけばこの国は終わる。
そしてその成果を手土産に教会の本部に顔を出せば幹部に昇進するのも夢ではないと今の不機嫌とは裏腹に最高に気分がよかった。
はずだった。
きっかけなどなかった。
最初は混乱が収まりつつあった。
次に敵に対して的確に対処できる部隊が出始めてきただけであった。
次にそれが広範囲に広がりつつあった。
「なんでたった一日でここまで回復できるんだよ!!おかしいだろ!?」
そして裏で暗躍するつもりだった彼を発狂させるまでに王都を回復させるのであった。
「何が起きた!?俺は何を見せられた!?」
一体全体、どういうカラクリかも理解できないくらいに、王国軍は驚異的な反撃を繰り出し、そして態勢を整えてみせた。
ゴブリンゾンビに勝てなかったわけじゃない。
だけど、倒す方法が非効率だった。
情報が錯綜し、そして現場指揮官の判断能力が足りないゆえに余計な混乱が生み出されていた。
その軍全体にはびこっていたデバフが一気に取り除かれた。
機能不全が解消され、一気に歯車が回り始めたと言えばいいか。
「まだだ!!まだ北の軍勢が控えている。あいつらが来れば、こんな奴ら!!」
街の中に入り込んだモンスターは悉く発見され、討伐される。
その討伐部隊に男が発見されれば不審者として職質され体の入れ墨を見られ一気に逮捕という流れができるが、さすがにそこら辺は気遣ってか小声で叫ぶなんて器用な真似をしている。
男から見ても慌てふためく兵士たちを見て愉悦に浸っていたというのに、その様子が無くなり何をすればいいかと理解し迅速に動き回る兵士の姿は虫唾が走ると言っていい。
「落ち着け、まだ慌てるようなことじゃない。どうせすぐにさっきよりもひどい面を見せてくれるだろうさ」
南門のドラゴンゾンビはまだまだ健在。
そして本命の北門に待機して、もうそろそろ大挙して押し寄せるオーガゾンビの軍勢。
ゴブリンの進化形の一つ、物理特化の進化。
その数なんと千。
ゾンビ化し、力が格段に上がった存在がそれだけいれば城門はあっという間に破壊され、そこから地獄絵図が描かれること間違いなし。
その千のオーガゾンビの周りにはさらにゴブリンゾンビたちが集まっている。
いわばこれが本隊だと男は観察して気づいている。
立ち直りかけている国の様子に苛立ちを隠せずにいるけど、それもこの後すぐに解消するとわかり、懐に手を入れ禁制の品を取り出そうとした。
「あ?なんだあれ」
その際に男が目にしたのは荷車を引く一つの部隊だった。
大通りを通っている点からして、隠す気はない。
向かう先は南門。
「……」
嫌な予感がする。
男の経験で、あの荷車は自分にとって都合の悪い物が乗っている気がすると囁く何かがいる。
邪魔をするかと、一瞬男は脳裏によぎるが、すぐに頭を振ってその思考を消す。
荷車を引く兵士の部隊の人数と、自分の実力を加味して無事に済む可能性も低ければ自分の存在を知らせるデメリットもある。
だから、男は頭を振ってまで強制的に思考を追い出した。
「ちっ」
だけど何もしないというのも気持ちが悪く、屋根を伝い、その荷車を追いかけることにした。
やはり向かう先はドラゴンゾンビが暴れるエリア。
一人の老婆が金棒を振り上げ、ドラゴンゾンビを殴打している光景が男の目に映る。
かなりダメージを与えているが、あれではだめだ。
ドラゴンゾンビの防御力は従来よりも下がっているが、耐久値は高い上に再生能力を持っている。
斬撃や殴打といった物理攻撃にも耐性がある。
竜種としての元来のステータスの高さも加味すれば物理アタッカーにとっては天敵とも言っていい存在だ。
そんな存在を足止めしてブレスを吐くのを防いでいるだけでも、あの老婆の実力は大したものでいずれ倒せるかもしれないが、それよりも北門にモンスターが大挙して押し寄せる未来の方が早く、その時にこの老婆の命も尽きると理解できた。
では、どうして嫌な予感がするのか。
現場に近づけば近づくほど、嫌な予感は増していく。
ドラゴンゾンビに対して有効な光魔法の使い手でもいるのかと考えたが、それはない。
貴重な光魔法の使い手は、今はこの王都にはいないことは確認している。
聖女と呼ばれる忌々しい女は病に伏してろくに動けないことも確認している。
すでに老齢で、満足に歩けないのも知っている。
では、何がある?と男が思考を巡らそうとしたタイミングで兵士たちは荷車の布を取り払った。
「なんだ、あれ?」
てっきり魔道具でも持ってきていたかと思ったが出てきたのは何の変哲もない樽だ。
中身がもしかして特殊な物かとも思い、男は凝視する。
「酒か?」
赤紫色の液体。
ワイン。
男も大人だ。
それを飲むこともある。
ワインよりもエールの方が口にすることが多いが、それでも見間違えるほど飲んでいないわけではない。
なんでこんなところに酒なんか持ってきたのかと首をかしげると。
「いや、違うあれは!?」
しかし、わずかに感じる魔力。
「ポーションか!?」
酒に似た液体、そして赤紫色のポーションと言えば解呪ポーションだ。
大量に解呪ポーションの入った樽を、兵士たちはそれを抱えて、盾を構えた兵士に守られながら突撃した。
何をするかは一目瞭然、それに何の意味があるかはわからないが、それでも嫌な予感を隠せない男は咄嗟に投げナイフを構えて邪魔に入ろうとしたが、それよりも先に兵士が樽に入った解呪ポーションをドラゴンゾンビに投げつけてしまった。
放物線を描き、男にはひどくゆっくりと落ちていくように見え、それに対してドラゴンゾンビはそれを気にせず、そのまま体で受けようとしている。
まるでこの程度の物を受け止めても何ら影響ないという風。
「避けろ!!」
だけど、男はつい叫んでしまった。
あれはだめだ、なぜか知らないが、そう思った。
しかし、知性が低下し、通常の飛竜よりも判断力の乏しいドラゴンゾンビにその声は届かず。
頭から解呪ポーションを浴びて。
『■■■■■■■■■■■■■■!?』
表皮が溶けた。
どろどろと溶けるように、ドラゴンゾンビの肉体が崩れていく。
即死ではない。
だけど、肉体が溶けるという異常事態は男の目を見開かせるのに十分だった。
もし仮にこの場にリベルタがいたら、えっ!?と男と同じように目を見開いたはずだ。
リベルタの知識では、アンデット系統に解呪のポーションを振りかけると一時的に再生能力が低下しさらに防御力もダウンするという効果が付与される。
これはアンデッドが呪われ、そして呪いを糧に体を強化しているからこそ得られる効果だ。
それを知っていたからドラゴンゾンビの耐久値を削りきるための方策として提案したが、こんなエフェクトが出るとは思ってもいなかっただろう。
「ハハハハ!!こいつは良い!!さっきより手ごたえが出てきたね!!」
そんなことなど露とも知らず、老婆が元気に金棒を振るうと溶けた部分ははじけ飛び、ドラゴンゾンビの肉体が欠損し始める。
「止めろ」
そしてポーションを浴びる前と浴びた後では動きに差が出ている。
このままだとドラゴンゾンビは倒される。
「やめろぉ!!!」
だからそれを止めるために男はまた叫んでしまった。
「沈みなぁ!!!」
それを聞くほど老婆は優しくない。
一気に形勢が逆転した戦場で、老婆の一撃がとどめとなり崩れ落ち黒い灰となるドラゴンゾンビ。
南の門で暴れていた暴力はここに討伐された。
「まだだ、まだ」
形勢の天秤は傾きつつあった。
だけど、男はまだ終わってないと北門の方に駆けていくのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




