27 EX 南の王の憂鬱 2
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国を治める。
この一言にどれだけの業務が集約されるか。
人口の差はあれど、大勢の意志を持った国民を統治し、治安を確保し、まともな生活を維持する。
不完全であれど、人の営みを継続するのが国を治めるということに他ならない。
その国の頂点であるが故の責務、業務、さらに義務と様々な重荷があるからこそ王は王である。
たとえ。
「いま、なんといった?」
「は、はい!先ほど冒険者ギルドから報告がありスタンピードが王都の近くで発生!現在一万を超えるモンスターの大群が王都に向かってきています!!」
現実的に受け入れられない悪夢が迫っているとしてもそれを受け止め対処する。
それが王だ。
「間が悪いですな」
渋面を作るのも仕方ない、王のその表情の理由に心当たりがある宰相の眉間にも皺が寄っている。
報告に来た兵士は謁見の間で直立不動の姿勢でトップの指示を待っている。
「第一騎士団は東の不穏分子の討伐に出征中、今から伝令を出しても戻ってくるのに最低で一週間はかかります。状況次第ではそれ以上かかるかと。第三騎士団は北の砦の第二騎士団との交代のために出征しています。これを呼び戻すのには二週間です」
「王都に残っているのは?」
「第四と第五、近衛、そして警備隊だけですな。第四、第五騎士団がそれぞれ二千、近衛五百、警備隊三千、合わせて王都の現状の戦力は七千五百です。それに加えて冒険者を集結させれば数だけは揃うかと」
「数だけはな。スタンピードなら斥候で見つけただけではなく、後続も来るはずだ。しかも相手はアンデッドのゴブリンゾンビの軍勢というではないか。籠城して味方の救援を待つしかないとはいえ、不安だな」
急報ということで直言を許し、報告された内容に王は胃を、宰相は頭を押さえたくなったがそれをするには人目が多すぎる。
城にいた貴族たちもまさか安全と思われた王都がモンスターの大群に強襲されるとは露とも思わず、大多数は不安の色を隠そうとして隠せていない。
「主力の第一騎士団がいないのが痛手ですな。数も質もあそこが一番です。なので打って出るにしても戦力が心許ないですからな。守りながら攻めるには些か手が足りません。それこそ、単騎で大軍を討伐できるような一騎当千の個人でもいれば話は別ですが」
「……英雄か」
「はい、ですがないもの強請りをしていても仕方ありません。今は民を安心させるために兵の出撃を」
「ああ、第四騎士団を西門に、第五は残りの門に、警備隊の兵士は治安維持として五百を街の巡回にあたらせ、千を西門に配置、残りの各門に五百ずつ配置せよ」
「近衛兵はどうしますか?」
「四百を遊撃に回し、百を城に待機させ伝令役に使う。どうだ?」
「それで宜しいかと」
一部は頼りになるかもしれないが、武功を上げるためにここで気合を見せてほしかった王としては貴族に頼りなさを感じ心の中でため息を吐く。
「陛下、発言をよろしいでしょうか」
「エーデルガルド公爵か、良い。申せ」
その内心を見抜いたかは定かではないが、一人の貴族が挙手をして発言を求めた。
「グリフォン隊の使用をお許し下さい。今後のためにダンジョンの位置を把握しておくことが肝要かと」
「うむ、王都上空での飛行を許可する。エーデルガルド公爵に指揮を頼めるか?」
「おまかせを」
「ガッセウ子爵、ロートン男爵、公爵を支援せよ」
「「御意に」」
獅子のような金色の髪を持つ偉丈夫の公爵は頷く。
王は公爵に人手が必要かとほかの貴族家を補佐につけ、彼らを送り出す。
「では次に」
そうやって配下の者に差配を出すのも王としての務め。
こういう時に慌てていては貴族たちに舐められると威厳を示し続け。
「ひとまずは、こんなものか」
「はい、騎士団への出動命令も出しました。後は耐え続けるのみかと」
「まったく、苦労しないといけないときに苦労が重なるのは心臓によくないな」
謁見の間にはつい先ほどまであふれかえっていた貴族は誰もいなくなった。
残ったのは王と宰相だけ。
「宰相、此度の騒動の原因はわかるか?」
「密偵の情報だと、王都内で邪神教徒らしき人物がいたという目撃情報が入っております」
「奴らの仕業か」
「可能性は高いですが、断定はできません」
国の中枢である王都へのスタンピードの襲来。
その事態に堅実に対応した王の判断に間違いはなく、この流れで状況が悪くなることはない。
「根拠は?」
「奴らなら、このあとさらに城壁内で騒動を起こし王都内をかく乱するのが常套手段かと思われますが、現在その兆候がありません。これだけの騒動を起こしてこれだけ静かなのが些か違和感がありますな」
「タイミングを見計らっている可能性もあるぞ?」
政権というのは得てして恨みを買いやすい組織だ。
民のための施策であっても、それで不利益をこうむる者は必ず存在し、そこから恨みが発生する。
もっと言えば、逆恨みとしか言いようのない理不尽な理由で恨みを買うことも多々ある。
「ですからあり得ないと断定できないのです。城下に警戒網を敷いています。容易には騒動は起きないと思いますが……」
大陸間での戦争は今のところなく、貴族関係でこじれているところもない。
腹の中でなにを思っているか外からはわからないが、それでも王として堅実に君主を務めている。
そんな王は騒乱を起こさせないことに関しては長けていた。
波風立たせず、地道に積み上げることに長けた王。
そんな王にとって内外で敵になる対象として真っ先に名前が上がるのが、南の大陸だけではなく、全大陸で現政権に対する反抗的勢力としてあげられる邪神教会。
現在の治世の頂点にいるはずの神がいないこと自体に鬱屈としたという言葉では足りないほどの不満を抱く集団。
理屈も理性も通用しない。
ただこの世界の情勢が間違っていると断定し続け、少数ゆえに謀略とテロを繰り返す国を治める者にとっては迷惑極まりない集団。
いることは確かだが、なかなか尻尾を掴ませないことに定評のある邪神教会。
「もしかすると第一騎士団の対応している事件が陽動の可能性も出てきますな」
「……加えて、第三騎士団の出兵も隠しているわけではない。第二騎士団が北の砦にいるのも隠しているわけではない。交代の時期の隙を突かれたか。状況証拠としては揃いすぎているな」
「ですが、ほかにもきな臭い噂を持つ貴族もおります」
「……はぁ、私はもう少し穏やかに過ごしたいだけなのだがな」
そんな怪しげな集団がいるからこそ、今回のスタンピードも奴らの仕業で十中八九決まりだと王も宰相も思っている。
しかし、九割五分邪神教会の仕業だとしても、残りの五分で別の可能性もあるという判断が出る。
「宰相、無駄足かもしれんが裏を取ってくれ。後顧の憂いを断ちたい。万が一を除外してくれ」
「かしこまりました」
この際、邪神教会が騒動を起こしたのであれば仕方ないと諦めた王は、宰相に貴族関連が関わっていないことを確認するために暗部を動かすよう指示出す。
王からすれば、どっちの方が事後処理がしやすいか、後に続かないかの差でしかない。
より悪いのは王が座る玉座を狙っての貴族の暗躍。
表では笑顔で握手し、裏で舌を出す。
そんな光景が繰り広げられているのは日常茶飯事だと王も理解しているが、それでも国の身内として認識している相手と内外共に敵として認識している相手の仕業だと認識するのでは心労の差が大きくある。
そして今後の国政にも大きく影響が出るのが前者か後者の判断かなんて簡単にできる。
もし仮に、今回の騒動が邪神教会ではなく貴族であるのなら、災いの芽は早々に摘んでおくに限る。
それを理解している宰相も反対せず、人手が足りない最中でも暗部の人員を割いた。
そんな折に謁見の間に向けて走る足音が響く。
「ご報告!」
「直言を許す、申してみよ」
「は!!スタンピード規模増大!!規模三万!!モンスター集団の先鋒まもなく攻撃射程圏内に突入!戦闘開始とのこと!」
「三万だと!?」
走ってきた近衛兵の報告に思わず王は立ち上がる。
「なぜ、それほどまでのスタンピードが?ありえん。そこまでの規模になるためには長い歳月がかかるはず」
スタンピードを起こすのなら低ランクのダンジョンの鍵を使えば早々に起こすことができる。
しかし、低ランクのモンスターがドロップするダンジョンの鍵から生成されるダンジョンの規模は小さく、スタンピードが起きてもせいぜいが数十のモンスターの群れが放出されるだけ。
一度目のスタンピードが終わり、さらに放置されるとダンジョンはより深くなり、発生するスタンピードの規模を大きくすることができるがそれにはさらに時間がかかる。
すなわち、放置期間が必要になる。
だが、放置期間が長ければ長いほどダンジョンは発見され、そして攻略に乗り出される。
そしてダンジョン内のモンスターが倒されれば倒されるほど、ダンジョンは消耗しスタンピードまでの期間が延びる。
手間と暇さえかければ、人の手でダンジョンをモンスターのドロップアイテムの収拾場所として維持することも可能になる。
けれども、そんな長期間放置され、三万もの軍勢を生み出せるダンジョンを国が把握できないわけがない。
そもそもそこまで成長しているのならスタンピードの前に周囲にモンスターが漏れ出すという影響が出る。
ダンジョンの進化の順番は時間経過によって段階を踏み、徐々にその勢力を拡大する。
元となったダンジョンの鍵のポテンシャルによって進化の上限は設けられている。
だが、いかにポテンシャルが高かろうと一気に三万もの軍勢を短期間で生み出せるダンジョンの鍵の例を王は知らなかった。
それこそ、西ではなく北から海をまたいでモンスターの軍勢が来るのならまだ王の理解も及んだ。
「いったい、何が起きている?」
最初は一万、それならまだ籠城で耐えきれる自信があったが、一気に三倍まで膨れ上がった。
「王よ、ひとまずは」
「っ、ああ。報告ご苦労追って指示を出す。下がってよいぞ」
「はっ!」
現実の残酷さに、王は打ちひしがれそうになったが宰相の言葉で現実に戻る。
兵士を下がらせ、大きくため息を吐く。
「内部で反乱を起こさないのではなく、起こす必要がない方でしたか」
「笑い話にもならんほどの悪い話だな」
玉座の手すりに肘をつき、片手で顔を覆い必死に打開策を考えこむ。
「このままですと、第一騎士団と第二騎士団が戻ってきたとしても焼け石に水になりますな」
「宰相、籠城するとしてどこまで持つ?」
「食料の備蓄でしたら半年は、武器、医薬品も保管庫を放出すれば同じ期間は、ですが兵士の方は……」
「貴族たちに借りを作るのは避けたいが贅沢を言っている場合ではないか。急ぎ救援の使者を出せ。最悪民兵を集める必要があるか」
「王よ、まさか」
「現在の戦力で殲滅できれば最上であるが、相手はゴブリンゾンビとはいえ三万の軍勢相手に貴族たちが重い腰を早々に上げるとは思えん。最悪はこの城を囮にして騎士団にダンジョンを攻略させる。そうするためにも耐える必要があるのだ」
宰相の目が見開かれ。
「落城する際には息子と妻を脱出させる。良いな?」
「私の孫も同道させてください。そうすれば我らの血筋は残り国を再建できますな」
いかに苦労性の王であってもこの人は南の大陸の王であった。
英雄としての資質を残していることに満足気に宰相は頷くのであった。
「まぁ、私としてはまだ死ぬ気はないがな」
「私もです陛下。ひ孫を見るまでは安心して墓には入れませんな」
「アンデッドになってもお前は私に仕事をさせそうだな」
「ええ、寝なくていい分仕事が効率的にできそうですな」
軽口を叩きあう二人はおもむろに、懐に手を伸ばして中から瓶を取り出す。
服毒するわけではない。
いや、ある意味飲みすぎは毒になるような代物であるが、中身はポーションだ。
王は胃痛を、宰相は頭痛を抑えるために互いに一気に飲み干した。
「冗談はさておき、気が抜けぬ夜が続きそうだな」
「ええ、陛下。ポーションの服用はほどほどにお願いしますぞ」
「宰相もな」
互いに若干ポーション中毒になりかけている自覚がある分、諦め半分の笑いであるがそこに哀愁はない。
そうしてしばし時間が過ぎたころに兵士が伝令が来てすぐ、西の方角から爆音が響いた。
「始まったか」
「はい」
城下町を一望できる城には、当然だが城壁の状況を確認できる場所もある。
展望台のすぐ下の部屋が、防衛指令所になるように設計されている。
「では、頼むぞ」
「「「は!!」」」
そこには王城を守る近衛騎士団長に加え第四騎士団の騎士団長、そして第五騎士団の騎士団長が揃っていた。
各々背後に副官を控えさせている。
「指揮は私、オッセルが執らせていただきます」
「ああ、頼んだぞ」
近衛騎士団団長、オッセル・デューク。
FBO時代にも存在したネームドキャラ。
南の大陸においては最強の騎士の栄誉を冠する存在。
茶髪を刈り上げ、筋骨隆々である五十代の男。
一度戦場に出れば多くのモンスターを討滅してくれるほどの王にも信頼されている実力者。
王の言葉に力強く答えてくれる。
士気は十全、迷いもなし。
これなら問題ないと思わせてくれる安心感を与えてくれる男に、王と宰相の胃は軽くなる感覚を味わうのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




