26 EX 冒険者ギルド
総合評価27000pt突破!!
王都にスタンピード襲来の急報の警鐘が鳴り響く少し前。
リベルタ達が王都の門をくぐる前に、早馬が王都にたどり着いた。
それは西に赴いていた冒険者の一人。
「ギルドマスター!!ギルドマスターはいるか!?」
その冒険者は迷わず、北の冒険者ギルドを目指した。
西門を通り、そして大通りを通って北のギルド前に馬を乗り捨て、入り口を突き破るかの勢いで中に入った。
そして開口一番の叫びに中で騒いでいた冒険者たちは何事かとその男を見る。
「あいつ、ルッツじゃねぇか?」
「たしか、西の方でうまい話があるって言ってでかけてなかったか?」
いきなり入ってきて叫び出す男が不審者ではないのは、このギルド内に知人がいるからだ。
そんな知人に気づきもせず、慌てているルッツと呼ばれた男は走って受付に縋りついた。
「おい、俺が話して」
「緊急事態なんだ!!スタンピードが起きた!!もう西の村が二つ落ちてるんだよ!!!!奴らは王都方向を目指してきてる!!」
順番をすっ飛ばされたことで対応されていた冒険者がクレームを入れるが、それどころじゃないとルッツは叫ぶ。
スタンピードという単語が聞こえ、冒険者ギルド内がざわめき始める。
しかも二つの村が落ちた。
その情報は不穏極まりない。
南の大陸の村の住人はおおよそ一つの村に三百から四百人ほど、多ければ五百人ほどになる。
その村が落ちた。
最低でも六百人以上の犠牲者が出ているということになる。
「おいおい、冗談はよせよ」
「冗談じゃない!!俺はこの目で見たんだよ!!」
当然その村を守る兵士もいただろう、そもそも村が襲われているのなら冒険者ギルドではなく国軍の兵士の方に報告が行っているはず。
なのにその情報は一切入っていなかった。
その矛盾がほら吹きだという雰囲気の流れを作り始めているが。
「ずいぶんと剣呑な話が出てるじゃないか。ええ?」
ざわついたギルド内の雰囲気を一刀両断する力強い女性の声が響く。
「ギルドマスター!!」
その声に目を輝かせるのは、情報を持ち帰ったルッツだ。
「あんだけ大きな声で呼んでおいて聞こえないとでも思ってたのかい。あたしゃ、そこまで耄碌してないよ」
見た目は老境に差し掛かった女性。
だが、背筋はしっかりと伸び、その二の腕は引き締まり鍛え上げられている。
何より目だ。
鋭い鷹を連想させる眼光。
そこには一切の衰えを感じさせず、嘘を見逃すことがないと断言できるほどの自信に満ちている。
白髪交じりの金髪を結い上げて、階段を使わず二階の手すりを飛び越えそのまま着地する動きは軽やか。
着地する音も最低限にすまし、ちらりと受付嬢を見てからルッツと向き合った。
「それで?どこでスタンピードが起きたんだい?たしかあんた、西の山で薬草を取るって言って出てったはずだろ?」
「ああ!西に馬で二時間ほどの場所だ!そこの村がゴブリンの集団に襲われてたんだ!!」
慌てる事情から何事かと思ったが、ルッツの口から出たゴブリンという言葉になんだと呆れた声があちこちから聞こえはじめる。
たかがゴブリンと嘲るように笑い、そしてその程度の存在に怖気づいて逃げてきたのかとバカにする声も響く。
「ゴブリンが怖くて村を見捨ててきたのかよ!!」
「おまえ、それはさすがに情けなさすぎだろ」
「お前たちはあれを見てないからそんなことが言えるんだよ!!あいつら、あいつらは!?」
チキン野郎と蔑む冒険者ギルドの中にいた冒険者に噛みつこうとルッツが目を見開かせた。
「黙りな、今はあたしが話を聞いているんだよ」
しかし、その怒りも飲み込むほど、ギルドマスターの言葉は耳に響いた。
凛とし、そしてしっかりと芯を捉えた声。
「それで?ただのゴブリンじゃないってなんで言えるんだい?」
「あ、ああ。あいつら普通だったら緑色の肌のはずなんだが、なんだか灰色っぽい肌をしてて、目が赤かったんだ。それだけでもおかしいのに、あいつら人を食ってやがったんだ!それに、攻撃が通じてないっていうか、痛みを感じてないっていうか、あいつら腕が引きちぎれそうになっているのに動き回ってたり、体に剣が刺さってるのに平気で動き回ってたんだ!!おかしいだろ!!普通のゴブリンだったらそのまま死んで消えているのによ!!」
その声でいったん冷静になったルッツだが、その時の光景を思い出したのかどんどん顔色が悪くなり、再び冷静さを欠き始めた。
青ざめた顔、荒くなる呼吸、流れてくる冷や汗。
そのどれもが正常ではない。
ここにきて、ルッツの様子がまともではないことに気づき始めた冒険者同士でひそひそと情報を交換し合う。
「そんなゴブリン見たことあるか?」
「いや、俺はない」
「俺もだ」
「新種か?」
「人を食うなんて聞いたことねぇぞ」
「腕がちぎれかけて剣が刺さったまま動き回ってたって」
「あいつの弓はへぼだが目は良いぞ。見間違うはずがねぇ」
新種のゴブリン、ギルドマスターのアイコンタクトによって、ゴブリンに村が襲われている情報を受付嬢が書き取っている。
「数は?」
「た、たくさんだ。村人よりも多かったのは確かだ。村全体がゴブリンだらけで、次の村が危ないと思って馬を走らせて知らせようと思ったんだ。だけど」
「次の村も襲われた後だった?」
「ああ!街道は奴らで埋まりきってた!!その次の村も、進路的に次に向かうのは王都だと思って回り道をして今ついたんだ!!」
膨大な数のモンスター、それは間違いなくスタンピード。
その証拠が揃ってる。
「おい、そこの飲んだくれ二人」
証言だけだが、それでもこれだけの情報を無視するのはできないとギルドマスターは酒を飲んでいる二人の男を指さす。
「緊急クエストだ。西の方に偵察に行っておいで」
「イエスマスター!!」
「さっさと行くぞ!!」
荒くれ者の獣人の冒険者なら、嫌な顔の一つでもするはずが、ギルドマスターの命令は絶対だと言わんばかりにそこに飲みかけの酒を残して外に走っていった。
「さてと、あいつらの足ならすぐに情報を持って帰ってくるだろうね。あんたは兵士の詰め所に行っておいで。あたしの名前を出していいからちょっと西の方に目を向けるようにいっておいで」
「アイマム!!」
そして隣の冒険者を指さすと、敬礼をしてすぐに兵士の詰め所まで走っていった。
「さて、ルッツの話が本当だとすると相当やばいことが起きてるね」
「やばいことですか?」
報告書を書き上げている受付嬢の手が止まる。
「ああ、ルッツが見たのはただのゴブリンじゃない。ゴブリンゾンビさ」
「ゴブリンゾンビ?」
「ゴブリンがアンデッドになっただけのモンスターさ。だけど、こいつは本来ならいないはずのモンスターだ。そんじょそこらのゴブリンが変質するわけでもない。生まれる条件はただ一つ、ゴブリンのダンジョンがアンデッドモンスターに支配されたときに生まれる先兵だ」
ギルドマスターは伊達や酔狂で、その責任ある立場になっているわけではない。
冒険者ギルドは国家によって運営される組織。
この世界では冒険者というのは立派な職業として認定されているが、国家間を自由に行き来できるのは冒険者としてれっきとした経歴と実績を積んだ一握りだけ。
国からして信用でき、他国の仕事を請け負うに相応しい人材のみが上位の冒険者に認定される。
貴族組と平民組でその階級に差はあるが、王都の冒険者ギルドの総責任者であるギルドマスターことドルチェは間違いなく冒険者ギルドでは最強格だ。
「問題は、なんのモンスターがゴブリンダンジョンを支配したかってことだね」
ゆえに、その見た目通りに経験豊富でさらに知識も豊富だ。
事務仕事が嫌いで、部下任せにする部分もあるが、現場からのたたき上げだけあって状況判断能力にも長けている。
ルッツが見たゴブリンが普通のゴブリンではないことを、そしてそれの発生条件を知っていた。
「西の方で流浪のデュラハンの報告がありましたが、もしかして」
「討伐部隊がへまこいたかね。まったく、貴族上がりの連中は役に立たないね。ただ、その流浪の先に偶然ゴブリンのダンジョンがあったなんてことあるかい?」
アンデッドの流浪によるダンジョンボスの簒奪。
ゴブリンゾンビはこの条件が達成されて初めて生まれるモンスターだが、その発生条件ゆえにかなり珍しいモンスターだ。
自然で発生することはなく、意図的に発生させようとしない限りそんなことは起きない。
「いえ、それは」
「ないだろうね。長生きしてきたけど、あたしにもそんな経験はないよ。大抵こういう時は馬鹿が絡んでくるのさ」
それを理解しているドルチェは、今回のスタンピードの発生原因に心当たりがあって大きくため息を吐いた。
「姐さん!!」
「だれが姐さんだい。まぁいい、報告は?」
そんなこんなで話し込んでいる間に、ついさっき偵察に出ていた獣人の一人が戻ってきた。
彼はネコ科の獣人。
それも俊足を売りにしている。
「ルッツの言う通り変なゴブリンがこっちに向かってきてる!!数はそこまで多くなかったが、行商人たちが尻尾巻いて王都の中に逃げ込んでるってことは相当の数がこっちに向かってきてるぜ!いま相棒がおおよその数を把握するために西に向かってるぜ!!」
「上出来だよ。これで少なくともルッツが嘘つきでないのは判明した。さて、そうとなればあんたはその報告書を持って王城に向かいな。そこのお前らは警鐘を鳴らしな!!」
緊急事態なのは間違いない。
なので、ここでどうするか悩んでいる暇もない。
本来であればルッツはそのまま詰所なり、騎士団の待機所に向かうのが最善。
だけど、わざわざ冒険者ギルドに戻り、さらにギルドマスターに話を通して行動を起こすという手間を踏んでいる。
その理由は軍隊と冒険者ギルド、正確に言えば貴族と平民の冒険者とでは相性が悪いからだ。
シンプルに貴族が平民を見下して、それに対して平民冒険者も反感を覚えているという構造だ。
ゆえに、貴族でも無視できないギルドマスターの権力が必要になる。
冒険者が動き出す。
「留守を頼むよ」
「どちらに?」
「そんなの決まってる」
その先頭を歩くのは冒険者ギルドのトップだ。
指輪を撫で、光ったと思えばその手には武骨であるが機能性を追求した大きな金棒が握られている。
「あたしゃ、この金棒でモンスターを倒すのを生き甲斐にしてるんだよ。ここで後方に控えてふんぞり返ってるなんて性に合わないよ」
歴戦の相棒と言えるそれを肩に担ぎ、受付嬢にニヤリと笑いかけると慣れているのか受付嬢も溜息を吐いて答えた。
「承知しました。王城の方には私の方から伝えておきます」
「ああ、どうせあいつらまだ情報を持ってないだろうからね。せいぜいに恩を売っておくんだよ」
現場のたたき上げゆえに、現場至上主義。
机の前でじっとしていないことの方が多いドルチェの言動に悩まされることが多い受付嬢。
交渉事を全て彼女が担当しているわけではないが、雑事を任されることが多い。
そんな気苦労を知っていてもスルーするドルチェはその重量によって重厚になった足音を響かせて出口に向かう。
「さぁさぁ!仕事だ野郎ども!!酒は生き残ってから浴びるほど飲みな!!金の心配はするんじゃないよ!!なにせ今は国の一大事!!この王都を守ればたんまり金をはずんでくれる大臣様がいるんだからね!!」
「「「「「うっす!!!!」」」」」
その足音に続く、乱れた足音。
各々武器を片手に、あるいは慌てて武器を取りに行ったりと、軍隊ではありえないような乱れ具合。
ここは冒険者ギルド、荒くれ者が集う場所。
だけど、無法地帯ではない。
「まったく!冒険者っていうのは良い仕事だ!暴れてモンスターをぶっ飛ばすだけで金が入ってくる。金貨が向こうから向かってくるようなもんだ!そうだろう野郎ども!」
「違いねぇ!!」
「確かにその通りだ!」
「森に行かなくても向こうからこっちに金を恵んでくれるとは俺の日頃の行いがいいおかげかもな」
「「「「それはねぇ!!」」」」
「んだとぉ!?」
冒険者ギルドから大勢の人が一気に出てくることで住民は何事かと思ってその行軍を見る。
向かう先は西の門。
冒険者たちはあっちこっちに散らばって仲間を集める。
仕事だ仕事だ、仕事の時間だ。
大金棒のドルチェの姐御のお出ましだと触れ回ることで、寝ている者も酒を飲んでいる者も一時の快楽にゆだねる者も馳せ参じる。
冒険者は自由だ。
されど、今この時はその自由を自重し、バラバラな武器を片手に一つの金棒に集う。
ガヤガヤと騒がしい一団が過ぎ去るころに鳴り響く警鐘。
慌てふためく民衆を安心させるように高笑い。
大丈夫だ俺たちがここにいる。
そう言い聞かせるように、彼らは行進していくのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




