25 急報
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「まことに心配をかけて申し訳ございませんでした」
結局エスメラルダ嬢と別れることができず、そのまま馬車に乗っての帰還になった俺は、王都に着いたら真っ先にネルたちのもとに足を向けた。
正直どんなリアクションをもって対応されるかはわからなかった。
もしかしたら俺のことなどもう知らないと二人で楽しくやっているかなぁと嫌な想像もしていたが。
最初に、俺が姿を現したことに庭で洗濯物を干していたテレサさんに驚かれた後に開幕げんこつをくらい、無言で手を引かれて馬小屋に連れていかれると、そこには黙々とモチダンジョンを攻略して、錬金術に精を出すネルとアミナの姿があった。
出て行った時と変わりない姿。
では、なぜ俺はテレサさんのげんこつを食らったのかというと、心配をかけた俺が何も言わないのが悪いなぁと思いとりあえず。
「た、ただいま?」
帰還に大遅刻したことも相まって気まずそうに頭を掻きながらそう二人に言うと、二人は驚いた後にくしゃっと表情をゆがませ、目に大粒の涙が浮かんだと思うと。
「「りべるたぁ(くぅん)!!」」
俺の名前を叫び大泣きして抱き着いてきた。
ワンワンと泣く二人に全速力で抱き着かれてしまえば子供の俺は押し倒されてしまう。
「はぁ、あんたを信じてずっと待ってたんだよ。ネルもアミナちゃんもこの馬小屋で寝泊まりして、もう」
「……」
いきなり感情をぶつけられ、唖然としたが、帰ってこないイコールどんな理由を二人が考えていたかなんて、よくよく考えれば俺もわかったはずだ。
純粋に帰りを待ってくれてた彼女たちに対して、怒られるかもと心配していた自分が恥ずかしい。
しばらくは二人の背に手を回して、抱きしめることで生きているという証拠を見せ。
そして泣き終わって、落ち着き始めた二人に向かって俺は全力で土下座をするのであった。
冒頭にはこうやってつながったわけで、涙で赤く目を腫らした彼女たちは無言で俺を見ているだけ。
「「「……」」」
そうやって三人全員が沈黙する最中。
「彼を責めないでくださいまし」
その沈黙を破る人物が現れる。
「お、お貴族様!?」
店から離れていた場所で待機していたはず。
まぁ、俺が戻ってこなければ当然様子を見に来るわな。
ネルたちが許していないので頭を上げない俺はテレサさんが驚いている声だけで状況を把握するしかない。
足音でエスメラルダ嬢と従騎士が護衛でついているのはわかった。
「いきなり失礼、私、エーデルガルド公爵家が息女、エスメラルダ・エーデルガルドと申します。以後良しなに」
きっとテレサさんやネルたちに綺麗なカーテシーを披露しているのだろうな。
三人の視線が俺からズレた。
そんな光景の最中土下座を続けるしかないのか?
いや、女性の涙に対して男は土下座しかない。
約束を破ったのは俺だ。
非は我にあり、なので土下座を続行する。
「り、リベルタ、リベルタ」
「ねぇ、リベルタ君、そんな変なことしてないで説明してよ」
しかし、平民にとって貴族とはどういう存在なのか、さっきまでの泣き声とは違う不安の入り混じった声。
土下座の意味が分からなかったかと残念に思いつつ顔を上げると、ネルとアミナは俺の背中に隠れるように回った。
生憎と俺の体格じゃ隠れることはないけど、直接対峙するよりはマシかということか。
少女二人に怯えられるのはさすがに嫌なのか困り顔のエスメラルダ嬢と従騎士の面々。
「えーとだな、簡単に説明すると旅先で困ってたこの人たちを俺が助けたから、お礼に馬車でここまで送ってくれた人たち?」
「間違っていませんが、そこに命の恩人という単語が抜けておりましてよ」
ここで這竜と戦ったんだと説明すれば余計に心配されるかもと言葉を濁したが、エスメラルダ嬢から訂正が入ってしまい余計に何をしたんだお前という視線が三人から刺さる。
「そう険しい目で彼を見ないでください。言葉に裏はありません。詳細を語るには我が家のことを語る必要があるのでここで語ることはできませんが、先ほどの言葉に嘘偽りはございませんわ。彼は間違いなく、私たちの命の恩人。ですので彼が王都に帰還するのが遅れたのは私たちの責ということになります。責めるのなら私に」
暗に、貴族の内情だから聞くなよと優しく釘を刺し、さらには文句なら自分に言えとヘイト管理もばっちり。
ただ問題は、平民の彼女たちから貴族にクレームを入れられるわけもなく。
自然とあとで説明を求められるだろうなぁという予感だけが残ったことだろう。
「「「……」」」
「ご理解を得られて何よりですわ」
沈黙を了承とみなしたエスメラルダ嬢によってひとまずは助けられたのだが、本当に助けられたのだろうか?
理解はしたが、納得はしていないと不満たらたらの女性陣に笑顔で真っ向勝負を挑むエスメラルダ嬢。
特にネルとアミナの視線が貴族に向けるにはギリギリのラインのような気が。
従騎士の面々も苦笑半分で見逃しているからセーフだろうけど、背後に控えている執事さんの眉毛がピクリと反応しているあたりグレーゾーンからアウトゾーンのギリギリのラインなのはわかる。
「それで、リベルタ。先に帰還の報告を済ませたいというのでこちらに伺いましたが、これで用件は済んだでしょうか?」
少しでも口論になればアウト。
この対応も貴族、それも公爵家の人間からすればだいぶネルたちに歩み寄り譲歩している手合いなのだろう。
エスメラルダ嬢の言葉も悪気はない。
ネルとアミナが俺を見てようやく安堵したというのに、その気持ちに気付きもせず、いや、この場合は理解はできているが優先順位的に低いと判断したのか。
「あー、できればいましばらく時間が欲しいですかねぇ?ほら、いろいろと説明しないと納得できない部分もあるでしょうし。自分も、帰ってきて疲れていますし」
「お嬢様、いきなり連絡も無しに彼をお屋敷に迎えるのは難しいかと、こちらにも準備というものがございます」
エスメラルダ嬢的にはなんとしても家に連れて帰りたいという意志をヒシヒシと帰りの道中で感じていた。
ここにきてもあきらめた様子もなく、どうにかして家に連れて行こうと画策しているが、執事さんに止められた。
手順を踏まねば不味いと忠告する執事に、不満はあれど納得するしかないと溜息を吐いて。
俺としても何の心構えもなく貴族の館に連行されるのは勘弁願いたい。
悪いことをしているわけじゃないけど、隠し事ならたくさんある。
「では、あとで家の者を使いに出しますのでその際には」
ひとまずは、執事さんの言葉でこの場は解散、そういう流れであとはネルたちになんで帰りが遅くなったかを説明するフェーズになるはずだった。
街中に響き渡る警鐘の音。
「「「「「「!?」」」」」」
従騎士たちはエスメラルダ嬢を囲うように周囲を警戒。
ネルとアミナは何事かと俺の服を掴んで辺りを見回している。
そして、俺はこの音を知っている。
いや、警鐘の音自体は聞いたことがあるっていう意味じゃない。
鐘の鳴らし方がゲームのとあるイベントで発生する音と一緒だ。
レイドバトル。
それも対軍戦のイベントの時に響く音。
「スタンピードが発生したの!?」
テレサさんの叫びがまさにその答えだ。
「屋敷に向かいます!リベルタ!あなたたちは早く避難を!行きますわよ!!」
「「「「は!」」」」
スタンピード、モンスターがダンジョンからあふれ出したときに発生する現象のことだ。
ゲームでは公式イベントで大規模なプレイヤー協力型の戦として展開していた。
有名プレイヤーたちはこぞってアイドル型のキャラを投入してその場をアイドルライブ会場に変えてしまうのだが、ここではそんな和やかな雰囲気ではない。
国の中心部が襲われる。
それはかなりまずい事態になっているということだ。
エスメラルダ嬢は従騎士と執事を引き連れて、先ほどとは打って変わって真剣な表情で立ち去っていく。
そこに余裕はなかった。
「あんたたち!!すぐに荷物をまとめな!!大聖堂に避難するよ!!」
そしてテレサさんの声で、はっとなり。
「武器、返してもらってない」
俺は綺麗にして返すといって結局返してもらってない装備たちのことを思い出したのであった。
エスメラルダ嬢!と叫びたいが。
「そんなの後で買い直しな!!貴重品を持って、小屋と建物の施錠をしっかりするんだよ!!あんた!!」
「もう少し!!商品を地下に片付けてるから!!」
「ネル!手伝いな!!アミナちゃんも家族のところに行きな!!」
「う、うん!」
「わかった!」
ゲームとは違い、襲撃イベントは生活を脅かす災害と一緒。
ネルは店の中に、アミナは翼を広げて家族のもとに飛び立った。
ひとまず、俺もできることをしようと馬小屋の中に入り片付けられるの物は片付ける。
貴重品が埋まっている地面の上に木箱を置いたり、錬金作業台にカバーをかけたり。
モチの鍵を道具袋に入れて持ち出したり。
「これ、どうしよう」
一番困ったのはゴーレムだ。
馬小屋の中に入り、今では馬小屋の大部分のスペースを圧迫するに至っている。
余裕のあったはずの空間に、今はゆとりのゆの字もない。
さすがに避難するのに持っていくことはできない。
かといって放置するわけにもいかない。
「鍵をかけておけば大丈夫か?」
これでも一応中盤まで活躍できるスペックは持っている。
中盤を越えたらすぐに対応できなくなるけど、貴重品と言えば貴重品だ。
盗まれたらさすがにやばいなと思いつつ、できることと言えばモチクッションで隠すことくらいだ。
せっせとクッションを敷き詰めてみれば。
「逆に違和感がすごすぎて、ここに何かあるか丸わかりだな」
巨大なクッションの山が出来上がってそこに何かありますと堂々と宣言しているようなものが完成した。
「まぁ、ゴーレムを盗むまでの時間稼ぎにはなるか?」
クッションをどかすのにも時間はかかるだろうという算段の元、ゴーレムについては諦めて、これ以上することはないかと思い。
馬小屋から出て、最後に馬小屋の扉に閂を掛ける。
「リベルタ!!」
「ネル、そっちはいいのか?」
「うん」
そのタイミングでネルたち一家も避難する準備ができたようだ。
包みを両手に持った大荷物。
「さぁ!行くよ!!」
先頭を行くのはテレサさん。
彼女も持てるだけの荷物を持っている。
「行くって、大聖堂に?」
「うん、あそこなら安全だって」
「だからって、王都の人が全員入れるわけじゃないだろ?」
「早く避難すれば、入れるってお母さんが言ってた」
「ああー、そういう感じかぁ」
大聖堂の存在は知っているし、その設備の能力も把握している。
確かにあそこはプレイヤーのリスポーン地点である。
いくら王都がモンスター溢れる地獄絵図になろうともそこだけは結界のようなものでしっかりと守られている。
どこぞの阿保が王都陥落させてみたという動画で、王都にありとあらゆるダンジョンを発生させてスタンピードを誘発しモンスターをあふれさせたけど、大聖堂だけは結界で守られダンジョンが生成できず、結局王都は陥落できたけどそれでも大聖堂は落とせなかったというシステムに守られたエリアだ。
この世界でももしかしたら、神というシステムに守られた大事なエリアなのかもしれない。
「しまった!出遅れた!」
そんな安全地帯が存在するのならそこに逃げ込もうとするひとは大勢いる。
人間の波。
押し寄せている先には大聖堂。
その数はとても一つの建物に入りきれるような数ではない。
「うちの店からじゃ、さすがに無理があったか」
「どうする?店に戻るかい?」
「そうだね、ほかに行ける場所もないし戻るよ」
避難所への場所争奪戦は、年末セールの淑女戦線よりも過激だったようだ。
遠目で、聖堂の中に入れろと暴動みたいのが起き始めているのが見えて、テレサさんも無理だと判断して裏道を使って引き返している。
「おい、お前たちは西の方に回れ!!」
「了解!!」
そんな折に、兵士が慌てて駆けていくのが見えた。
あれは巡回兵士。
城壁にいる兵士とは違うが、そんな兵士を駆り立てるほど状況は良くないのか?
ゲームで王都が滅ぼされかけたみたいな大事件はなかったはず。
となるとこれは偶然?それとも何か原因があるのか?
「せめてデントさんがいれば……」
情報が欲しい、兵士たちはあわただしく走り回っていてとてもじゃないが話を聞くことはできない。
かといってほかに何が起きているか情報を持っているような人に心当たりがあるかと言えば、冒険者ギルドに所属しているデントさんくらいだ。
一体何が起きている?
それがわからぬまま、店へと引き返し来た道を戻る。
そんな折に、ぎゅっと右手が握られる。
「ネル?」
「大丈夫だよね?」
「ああ、大丈夫さきっと」
そう言って、不安がる彼女を安心させるように笑うことくらいしか今の俺にはできないのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




