24 流浪
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結論から言おう。
逃げられなかった。
さっさっと転移のペンデュラムで帰りたかったけど、なにかと気にかけてくれる人たちが側にいた所為で使おうにも使えなかった。
いっそのこと無理やりにでも使おうかとも思ったが、それで誰かに気付かれたら後々面倒なことになりそうだと断念。
「売られた子牛ってこんな気分だったのかなぁ」
「何を言ってるのですのリベルタ」
「いえ、ただ何となく」
何故か貴族令嬢と一緒に馬車に乗っている。
有名な子牛を売る歌が脳裏をよぎるくらいに何故こんなことにという疑問がさっきから浮かんでいる。
公爵家の所有の馬車ということで、徒歩二時間ほどの距離、いやもっと正確に言えば、二時間半の距離の森の入り口で待機していた馬車はかなり豪華で、馬も立派。豪華な分遅くてタックルディアや乗用馬のように素早く移動というわけにはいかない。
それを管理していた執事にメイド、さらに護衛の兵士の集団。
そんなメンツの中に見ず知らずの子供が紛れてお嬢様と一緒に現れたのだ。
何事かと疑念の目を向けられるのは必至。
さらには。
『彼は私の客人です。丁重に持て成しなさい』
とエスメラルダ嬢から指示を与えられた物だから、表向きは素直に従っていたが俺にはわかる。
彼女の目の届かないところからよろしくない視線を浴びている。
この世界の貴族は特権階級。
すなわち、平民と貴族の間には常識に隔たりがある。
貴族家に仕えている人も貴族寄りの常識を持っているわけで、それも公爵家の使用人ともなれば平民など家畜のような存在だと認識しているメイドすらいる。
これ、ゲームで出会って貴族家のNPCに話しかけたら話しかけるなって罵倒された経験談なんだぜ?
それと同じ目をしている人がちらほらといる時点でお察しだよ。
馬車に乗せてくれるということで、てっきり荷馬車に乗せてもらえるものだと思ってたらまさかのお嬢様と同じ馬車。
それを止めようとした人もいたし、俺も荷馬車でいいと言ったのだが。
『あなたは私の客人、そう言いましたわよね?』
『あ、はい』
これが貴族の迫力かと、ここら一帯の人物を圧倒するカリスマを見せられてしまえば従うしかないと思った。
物理的な戦闘でなら勝てる可能性はあるけど、弁論とかで勝てる気が一切しない。
そんなお嬢様との同道は。
「まさかわざわざ王都から来たと聞いたときは耳を疑いましたわ」
「いえ、まぁ、俺としては途中の村にでも置いていってくれれば」
きっちりと行きと同じ時間かかるということが確定してしまった。
今、この時ほど現代科学の結晶であるスマホが欲しいと思った。
俺の算段では一週間丸々かけて、穴場スポットを転移のペンデュラムに登録して、帰りは一瞬という予定だった。
それなのにもかかわらずエスメラルダ嬢と出会ってしまってその予定に帰り路が用意されてしまった。
すなわち、最初に説明していた予定よりもだいぶ時間オーバーして帰るということ。
イコール、ネルたちが心配する。
現代だったらスマホで連絡すれば一発だというのに……この世界がゲームだというのならチャット機能をアップデートしてくれ。
「帰り道が一緒だというのにわざわざ置いていくことなどできませんわ」
「いや、自分平民ですし」
「同時に私の命の恩人であり、妹の恩人でもありますわ」
すみません、俺の手持ちの帰りの手段の方が早いんですとは口が裂けても言えず、かといって刻一刻と時間だけが過ぎていくばかりで焦りが募る。
こんなやり取りもすでに何回もやっていて、一向に俺の下車を許してくれない。
このまま行くと下手したら公爵邸まで連れていかれるのでは?と思ってしまう。
「いやいや、お礼はしっかりと受け取りましたから」
「私と妹の命がスクロール一本分だと?」
「そうとは言いませんけど」
遠慮しても謝礼を受け取らせるまで帰らせないという貴族としての誇りが俺の予定を狂わせてくれる。
さすがに、貴族相手に問題を起こしたくはない。
だけど、無駄にネル達に心配させることもしたくないという板挟み状態。
「でしたら、私の厚意を受け取っていただけると助かりますわ。恩人に何も報いずに帰したとあればエーデルガルド家の名に泥を塗ることになりますと、これは何度も言っていますわね」
「すみません、自分、平民なので」
「この会話も何度目でしょうね」
「さぁ?」
クスクスと笑う彼女も俺が貴族と一緒にいることに対して居心地の悪さを感じていることに気づき、俺の態度も仕方ないと割り切っている様子。
俺のごまかしにどこに彼女の琴線に触れる面白さがあるのやら。鎧を脱ぎ、外行きの服装に着替えた彼女は正しく貴族令嬢。
対して俺はthe平民と言えるような質素な格好。
さすがに一緒の馬車に乗るのに、竹槍や鎧を持ち込めるわけなく。
手入れするという名の体で没収された。
仕方ないと言えば仕方ないけど、ますます帰りにくくなってしまった。
「しかし、あなたを帰路に同道させたのは今でも英断だと思いますわ。這竜を倒す秘訣、これは千金に値します」
「やろうとした段階で相当ヤバイですけどね」
「ですが、遭遇戦の時に役に立つ情報でもありますわ」
馬車で同道している間の会話はもっぱら這竜との戦いのこと。
装備も貧弱、レベルも最低クラス。
そんな俺がなんで格上の這竜と互角に戦いを演じられ勝利を引き出せたかという理由。
「行動パターンの学習、そして相手の能力の把握、それをもってすればいかに強大な相手であっても倒すことが可能となる。正しく目から鱗が落ちましたわ」
「やっていることは命知らずの馬鹿げた行動ですよ。俺だってマジックエッジで強化した竹槍がなければ絶対にやりませんでしたし」
低レベルで格上を撃破するにあたっての理論は基本的に情報で相手を上回り、さらに最低限相手に対処できる機動力と攻撃力を備えていることが最低条件だ。
防御力はまず期待できない。
レベル差的にダメージを食らえば最後、態勢を立て直すことはできないほどの致命傷を受けるからだ。
這竜という竜種では最底辺の存在だからこそ、メタを張らずにどうにか対処ができた。
「マジックエッジ、武器に魔力の刃を付与する魔法ですわね」
「ええ、これのおかげで俺の攻撃が物理と魔力での両方のダメージが与えられて最低限のダメージソースを確保できたんですよ。いかにクリティカルヒットだからと言って俺の攻撃力は低いですし」
結論から言えば、這竜はデバフ行動さえ潰してしまえば夜や暗闇地帯に入らない限り立ち回りはそう難しい物ではない。
シャドウエッジに警戒しつつ、顎下に潜り込めるタイミングを見極めればいいだけ。
あとはひたすら急所の逆鱗にピンポイントの攻撃を叩き込み続ける、これだけの作業だ。
FBOの動画を投稿している輩にはほぼ全裸初期装備かつ最低レベルでどこまで格上のモンスターを倒せるかという挑戦動画があり。
その挑戦はクラス6相当のモンスターをクラス1レベル1で討伐までしてのけた。
そのクラス6のモンスターを倒すのに36時間もかけたのは笑えたが、その立ち回りはFBOプレイヤーにとって宝の山のような情報源だった。
今回はそれを参考にして這竜を倒したわけだ。
そして、その立ち回りに関して帰り道の暇な時間を潰すための話のタネにしたわけだ。
「できればもっと話が聞きたいのですが」
「生憎と、これが俺の飯のタネなんで。這竜に関してはいろいろとばらした後なんで言いましたけど、これ以上はおいそれと話して儲けられなくなったら俺の明日がないので」
「ですから、エーデルガルド家に仕えたらいいではないですか」
その話の最後は仕官の話につながるわけで、ここもまた鼬ごっこだ。
「生憎と、貴族らしい生活は性に合ってないので」
「もう、そればっかりですわ」
「そもそも、俺みたいな平民を招かれても受け入れられないと思うんですが」
俺は俺でやりたいことがあるのでその話はお断りだ。
貴族に関わると美味しい話は多いけど、同時に束縛も増えて自由に動きにくくなってくる。
プレイヤーの中では貴族関連クエストを積極的に受けて領地を得たなんてロールをした奴もいたけど。
「……今の国ではそうですわね。我が家でもそれは例外ではありません。王は学園を平民にも開放しましたが、今のところ入学者の予定は耳に入ってきませんわ」
そこまでして貴族社会に入りたいと思わない俺は謹んでエスメラルダ嬢の話を辞退しているわけだ。
「俺が入るころには、誰かしら平民の先輩がいればいいんですけどねぇ」
「あら、リベルタあなた学園に入るつもりで?」
「そのつもり、おっと」
「何事です」
せっかくの話題変換なのでそのままの流れにのって学園の内情でも聞こうかと思ったタイミングで馬車が止まった。
それも割と急ブレーキみたいな感じだ。
外も少し騒がしい。
さっきまで穏やかに会話していたエスメラルダ嬢の表情が鋭くなる。
『はっ!どうやら道のさきで冒険者たちが何やら警戒しているようで、今事情を聞きにゲッツを向かわせました』
「こんな場所で?」
外を警護しているのは馬に乗っている一緒に這竜を倒した従騎士の一人のオイゲンさんだ。
『報告します!』
そして様子見に行ったゲッツさんが戻ってきた。
『どうやら、つい先ほど流浪が出たようで。その追跡隊のようです』
「流浪ですって?」
その話を聞いて、俺はマジかと思った。
流浪。
それは本来であればモンスターのポップエリアから出ないはずのモンスターが他所に移動し、他所のモンスターポップエリアに入り込むという個体のことを指す。
流浪の厄介なところは、他所のモンスターを倒しレベルアップをして強くなるということと、強くなったことで本来であればいないはずのレベル帯のエリアで強敵として出現するという危険性を生み出してしまう。
それを知っているエスメラルダ嬢の顔が険しくなり、考え込むような仕草をする。
「種類は?」
『それが、デュラハンと』
「最悪ですわ。よりにもよってアンデッド系の中でも厄介な奴ですわ」
『はい、なので冒険者ギルドの方でも高ランクのパーティーが三組派遣されているようでして』
「ランクは?」
『中心となるBランクが一組、サポート役にCランクが二組です』
「それほどの戦力なら問題はありませんわね。砦が陥落したという話は聞いておりませんし、そもそも陥落していたら悠長に冒険者たちが追跡をしているとも思えませんわ」
そして流浪しているモンスターが南の大陸の西側で危険エリアとされる場所でしか生息しないモンスターだ。
そこはアンデッドが出現するエリアで、そのエリアに入り込むには封鎖地を管理する砦の許可証がいる。
いずれそこに行く予定だった俺としても、そのモンスターが王都に近いここまで来るのは正直予想外だ。
封鎖地からアンデッド系のモンスターが流浪になることは滅多にない。
なるよりも先に砦の兵士に処理されるからだ。
偶然に偶然が重なった結果、たまたま生まれたんだろうな。
『お嬢様、いかがしましょう?』
「先ほども言った通り、戦力的にも問題なくしっかりと追跡もしている様子。このまま帰りますわ」
『はっ!』
できればそのデュラハンを倒して低確率で落とすスクロールが欲しいところだけど、今のレベルだとその落とすスクロールスキルの所為で這竜よりも危険な綱渡りになるから、余計なことは言わないでおこう。
エスメラルダ嬢の指示で馬車は再度動き出す。
ちらっと見た冒険者一行の顔つきは真剣な顔で、いろいろと相談しているみたいだ。
NPC冒険者のBランクはほぼほぼモブの頂点だ。
それ以上のキャラとなると片手で数えるようなネームドユニットになる。
エスメラルダ嬢の言う通り、それくらいの実力者がこれだけ揃っているのなら見つけられれば討伐も難しくないだろう。
可能なら昼間に見つけられるのが理想。
夜だと少し厄介だしな。
「さて、話を戻しますわ。我が家に仕えることですけど」
「いや、学園の話です。話が戻りすぎです」
そんなことを話しながら馬車は進む、さりげなく俺が仕えることを了承した体の話で進めるのは止めてください。
惜しかったのにじゃありません。
こっちとしては何も惜しくはありませんよ。
「もう、何が不満ですの?」
「針の筵になる職場はちょっとっていう話ですよ」
「私直属にしてあげますわよ?」
「さらに敵が増えそうなので遠慮します」
具体的に敵になりそうな人にあなたの御父上が挙がります。
正直、ゲーム時代にミスって公爵家と険悪な仲になっていろいろとクエスト妨害された経験がある身としてはそのリスクを背負いたくはないのです。
とくにイリス・エーデルガルドとの好感度を上げている最中が一番大変だった。
長女のエスメラルダ嬢が亡くなってから次女のイリスへの溺愛っぷりに拍車がかかっている御仁だったからなぁ。
どこの馬の骨とも知れない男が子供とはいえ愛する娘と一緒に来たらとんでもないことになるのは目に見えている。
「そうなったら、私がどうにかして差し上げますわよ?」
「止めてください。修羅場待ったなしなので」
さらにエスメラルダ嬢が俺の味方になったら火に油を注ぐ未来しか見えない。
俺は切実にその未来をへし折るためにフラグを回避するのに帰路の時間を費やすのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




