20 EX 井の中の蛙2
総合評価12000pt突破!!
同時にハイファンタジー日間ランキング(連載)で三位!!
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無知は罪なり。
そんな言葉を言ったいにしえの哲人がいた。
この言葉の意味に対しての解釈は様々あるが、基本的なとらえ方として言うのなら、知らないことを自分の解釈で安心し、その考えを過信しそのまま猛進することによって取り返しのつかない出来事が起きる。
ゆえに、無知は罪なり。
ここに、自身を過信する一人の少年がいた。
少年は自分の懐に大事に鍵を入れていた。
何度も、何度もあることを確認してそのたびににやけ面を誰に見せるわけでもなくさらし、その拍子にちょっとバランスを崩して、慌てて立て直すというのを繰り返していた。
いつもは引き連れているはずの取り巻きの少年たちもおらず、彼はたった一人で怪しげな商人からロバを一頭借り受け、あやふやな方向感覚で南西に進んでいた。
彼はどこか人気のないところを目指していた。
そう誰もいない、だれにも邪魔されない。
「ふん、これでみんな俺を英雄だって認める」
その理由はこの一言からは察することはできない。
さかのぼること数時間前になる。
彼は自身で手に入れたゴブリンダンジョンの鍵を家で使おうとした。
だれにも邪魔されない場所、そして自分だけが好き勝手に出入りできる場所として自室でダンジョンの鍵を使おうとした。
だけど、そこに父親が現れ見つかってしまった。
彼の手にあるゴブリンの鍵、その正体に気づいた父親に家で使おうとしたことが見つかりそのまま説教に入り、使うなら指定の場所で使えと言われ、その日は断念。
しぶしぶということで冒険者ギルドと軍で共同管理しているダンジョンの鍵を使っていいエリアまでやってきた。
そこには兵士と冒険者ギルドから派遣されている職員がいた。
少年、ダッセ何某は勝手にその場でダンジョンの鍵を使おうとしたが、それを見咎めた職員によって注意を受け、ここで使う際のルールを説明された。
大まかなルールとして、ダンジョンの鍵の脅威度によって使うエリアが指定されていて、使う際には届け出が必要とのこと。
その程度のことで注意するなとダッセ何某は思ったが、使えるのならとその時は我慢した。
だが。
「それと、一定期間攻略がされなかった場合はスタンピード防止のためにこちらの方でパーティーを編成し攻略させていただきます」
女性職員の言葉には納得ができなかった。
「はぁ!?俺が見つけてきた鍵だぞ!!なんで勝手に攻略されるんだよ!!」
ダッセ何某にとって、この鍵は英雄への道のりへの第一歩。
邪魔立てする奴はだれであろうと許さない。
「ですから、スタンピード防止のためと言ったではないですか。ダンジョンの鍵は一部例外を除きすべてのダンジョンで一定時間攻略されないとダンジョンが進化し、そのダンジョンが深くなっていきます。そして一定の進化を隔てると内部でモンスターが大量発生します。そしてモンスターが飽和状態になりダンジョンの外に溢れ出て暴れることをスタンピードというのです。上位のダンジョンの鍵ほど進化までの期間に猶予がありますが、下位の鍵は一か月放置しただけでも、場合によってはもっと早く進化を始め二週間たたないうちに飽和状態になります」
だが、ここで騒ぎを起こしてせっかく見つけた鍵を使えない方が嫌だとかろうじて理性が訴えかけ、職員の話を聞くことはできた。
だが、ダッセは話の半分も理解できなかった。
いや、理解しようとしなかった。
語っている内容は職員からしたら至極当然の常識のような規則。
しかし、ダッセにとっては都合の悪い常識。
自分中心に動き回ることを是としている彼にとっては耳が痛いではなく、鬱陶しいだけの説明。
職員もその様子を理解してか、少し面倒そうな顔になった。
そもそも子供が一人でダンジョンの鍵を使うこと自体が危険だ。
しかし、ダッセ何某は悪い意味で有名な子供、そしてその父親も良い噂が少ない方向で有名な人物だ。
厄介ごとに絡まれたくないと思った職員はこれ以上注意することを諦めた。
ダンジョンに入って痛い目に遭えば懲りるだろうと安易な考えに逃げた。
これが不幸なすれ違い。
「じゃぁ、この鍵だといつくらいまで大丈夫なんだ?」
「ゴブリンの鍵ですか。これですと、一週間ですね」
そして見せてきた鍵がさらに絶妙に判断を誤らせるものだった。
「一週間!?」
ゴブリンの鍵は討伐量が多いゴブリンがごく稀にドロップするアイテム。
そのゴブリンダンジョンの難易度は駆け出し冒険者パーティーが多少経験を積めば多少の危険と引き換えに攻略できる程度。
「ベテランの方でしたらソロでも一人で攻略できる難易度ですからね。下位ダンジョンの中でも攻略難易度は中位程度ですし」
職員はダッセ何某を甘く見た。
そして常識にとらわれすぎた。
どうせ自信過剰で一週間もあれば十分と見栄を張って勝手に入って自滅する。
救助要請だけ出しておこうと頭の中で算段している。
ここの管理エリア内で使えばだれでも攻略でき、対処は可能。
そして子供のクレームもギルドと軍の規則を持ち出せば対処が可能だと判断した。
しかし、その想定は常識に囚われていた。
「……」
ダッセは職員の予想とは裏腹に、静かにその鍵を見て。
「ちょっと」
「今日は使わない!!」
そして周りを見回して、そう言い残してダンジョンエリアから立ち去ってしまった。
職員は知らない、いや知っていたが、その評価が甘いほどダッセは自己評価が高かった。
だけど、どこか不安も持っていた。
自分ならダンジョンを攻略するのは簡単だと確信している。
だけど、同時に自分が万が一失敗したらこのダンジョンは誰かに取られるという不安もあった。
自分の命を落とすという不安はない。
失敗しても簡単に撤退できるという確信があった。
それはまるでゲームをしている子供がクリアを失敗してもセーブデータからデータをロードしコンテニューが簡単にできると思うくらいの浅はかさ。
実際にゴブリンと戦い、そして勝ってきた実績が自信を過剰にさせている。
だから、彼は鍵を使う場所の選択肢を少し変えた。
邪魔が入るかもしれないのなら、だれも見ていない場所で使えばいい。
ダッセ何某にとって大人のルールの価値は低い。
危ないから駄目と言われて、素直に聞く子供は大人のルールの価値を高く見積もっている。
だけど、彼にはその価値が低く、自分が嫌だと思ったら破っていいモノだと思っている。
それで怒られるのは、自分が悪いのではなく、周りのルールが悪い。
常識がずれている。
だけど、その常識を正してくれる人が現れなかった。
悲しいかな、それが現実。
だからこそ、権力者しか入ることを許されなかったダンジョンに入れるという現実がさらにその常識を都合のいい物に変えてしまった。
危機意識が欠如していると言っていい行動が、彼にとっては正道。
自分だから大丈夫、自分なら平気、ダッセ何某の行動は全て正しい。
ゆえに彼は普段使わない頭を使い始めた。
邪魔されないように、そして、自分の都合のいいようにダンジョンの鍵を使うにはどうするべきか。
街の中はだめだ。
兵士がいる、冒険者がいる、知り合いがいる。
「……」
ふと、いつも取り巻きにしている仲間をダッセ何某は思い出した。
二人に手伝わせるかと、脳裏によぎったが、名誉は自分一人が独占するべきだとすぐに頭からはじき出した。
なにより、普段から弱気だった取り巻き二人が怖気づいて大人にダンジョンのことを告げ口をしてすべて台無しになることを嫌悪した。
であればどうするべきか。
「外だ、外ならだれにもばれない」
単純な結論。
誰もいない場所、だれも来ない場所。
そこまで移動すればいいだけのこと。
そうと決まれば彼は外に行く方法を考えた。
兵士の馬車はだめだ。
文字通り軍の備品である馬車を乗り回すことができないのはダッセ何某でも理解していた。
「そういえば、騎獣を貸し出している店があったな」
では、どうするかと考えればその代案はすぐに思いつく。
それくらいの知識はある、いや、この場合はあってしまったと言い換えた方が良い。
見覚えと知識、実際に使ったことはないがダッセ何某にとっても常識と言っていいような商売。
その店に行くことにして、ゴブリンで得た金を片手にまずは手近の東側の店を訪ねてみた。
「なんでだよ!!騎獣をテイムしているならだれでも乗れるはずだろ!!」
「坊ちゃん、そうは言ってもこいつらは俺たちの商売道具なんだよ。雑に扱われるってわかっていて貸し出す奴がどこにいるってんだ。悪いが金を払えばだれにでも貸すってわけじゃないんだ。別の店を当たってくれ」
しかし、三度も断られた。
それはダッセが考えるよりも、騎獣への騎乗が難しかったからだ。
今まで馬車で運ばれるだけの経験しかないダッセ何某にはテイムしたモンスターとはいえ騎獣に乗った経験も操った経験もない。
最初は店員も金を払うならと初心者用の騎獣を斡旋したが、速度が足りない、姿見が悪い、力がない、頼りないといろいろと注文を付けられて、自慢の騎獣を罵詈雑言でけなされては客ではないと認定されてしまった。
親が兵士の隊長ということで追い出されるだけで済んでいる。
「くそ、クソ!」
その事に気にいらないと苛立ちながら歩き出し、このまま外に行くかと考えた時だった。
「ヒヒヒ、坊ちゃん騎獣が必要なのかい?」
怪しげな男が話しかけてきた。
笑顔であるが、うさん臭さが勝る男。
身綺麗にしてはいるが、少々古さを感じる服装。
「ああ、そうだ!お前はテイマーか?」
そんな怪しげな男であるが、苛立ち視野が狭くなっているダッセにとってはそんな怪しさは関係ない。
「ヒヒヒヒ、そんなもんでさぁ。良い物はないけど、使えるやつはいるよ。こいつとかどうだい?使い潰しても何ら問題ないから多少荒く使ってもいいぞ」
そうして差し出されたのはロバ、ロバとしては質のいい物だとわかる。
「……もっといいのはないのか」
だが、英雄にあこがれのあるダッセにとってロバなど見劣りもすれば好みでもない。
すぐにほかの騎獣がいないか嫌そうな顔で尋ねる。
「ヒヒヒヒ、坊ちゃん、生憎とこいつ以外は出払っちまってるさぁ」
「じゃぁ」
「今ここで断って他所で足が手に入るので?きっとほかの店でも同じ対応で断られるのがおちでさぁ」
即座にいないと答えられ、なら別の店にと行こうとしたタイミングでニヤニヤと男は笑い話しかけた。
「っ」
「坊ちゃん、これはきっかけでさぁ。ここで妥協して成果を上げる。そうすれば今まで断ってきた輩は手のひらを返して坊ちゃんにすり寄ってきますよ」
「!?」
それは甘い言葉、都合のいい言葉であったがダッセ何某にとっては何よりも聴き心地のいい言葉だった。
「ついでに、坊ちゃんが使いたがっているそれ、良い場所をあっしは知ってますぜ」
そしてついっとダッセが大事に隠している鍵を服の上から指さした。
何故知っているとビクリと反応すると、男はさらにクツクツと笑い。
「広場であんな騒ぎをすれば耳にも入りますぜ?」
知っている理由を話せば、納得しつつ不満気な顔をする。
「そう警戒しなさらないで。あっしもギルドや軍のやり方には思うところがありましてね。それを自由に使えないのは中々面倒なことも多い」
そんなダッセの心に寄り添うように男はそっと懐から古い紙を取り出し、そのままダッセ何某に渡す。
「ここならだれにも会うことはなく、静かにダンジョンに挑めるでしょうや」
それは地図、手書きだが子供でも分かりやすく描かれている。
「それとこれも差し上げますよ」
そして一緒にロバの手綱も渡した。
「……」
「なんでと、疑問に持っている様子ですな。なに、未来に挑む若きものにちょっとしたお世話ですぜ。お礼はいりませんぜ?いや、遠くない未来に英雄になったら酒の一杯でも奢ってくれればうれしい限りでさ」
必要な物がいきなり転がり込み、そして自分が英雄に成れると匂わせる言葉にダッセの機嫌はすぐに回復した。
だれもかれも彼に期待しない。
そんな最中にこの男だけが自分を認めてくれたという特別感がダッセ何某の心を満たした。
「ふん、返せと言っても返さないからな!!」
「ええ、結構ですぜ?」
元来の性格か、それともそうなってしまったゆえになのか。
だれであれ、失礼だと思うような態度を取って彼はロバを引っ張って男の前から立ち去った。
そんなダッセ何某の背を追いかけることなく、男はその場で振り返り、近くの路地に入っていく。
「馬鹿なガキだ」
そう言って、歩く怪しげな男の裾に風が吹き込んだ。
その時に誰の目にも留まらないが、ちらっとだけ刺青の片鱗が見えた。
色は紫、そして蛇の尾。
もし仮に全容が見えていたら、狼の三頭と、獅子の体躯、大鷲の翼、蛇の尾が描かれたキメラが見えたことだろう。
リベルタが見ればわかった。
FBOはゲームだ。
そしてゲームには敵が存在することが多い。
ならこの世界にも敵がいる可能性があっても当然と言える。
彼らの存在はいたって安直。
世界を統べる神がいるのなら、敗北した神もいる。
その敗北した神を崇め奉るゆえに、こう呼ばれる。
邪神教会と。
そんな男が一人の少年に差し伸べた手は、人の手であっただろうか。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




