14 魔銀の釣り竿
「おい、坊主、俺はさっきから女房に殴られ続けてどうやら耳が遠くなってしまったようだ。ミスリルのインゴットと古の魔樹木の枝で何を作れって?」
「釣り竿とルアーです。あ、作ったら釣り竿に弱者の証とこのスクロールの融合をお願いします。ルアーの方には」
「そういうことじゃねぇよ!!滅多に出てこねぇ希少な素材でお前は俺に何を作らせようとしてんだよ!!」
「ですから、釣り竿と」
「そういうことじゃねぇ!!ふざけてるのかって話だよ!!」
ミスリルと古の魔樹木の枝は確かにそれなりにレアリティの高い素材だ。
この素材を使えば、最低でもクラス5、さらに素材を追加すればクラス6の武器は狙える。
「いいか、坊主。わかっていないようだから説明してやるが、ミスリルって言えば市場に出れば金のある冒険者なら多少高かろうが迷わず即金で買うような素材だ。古の魔樹木の枝なんて一年に一度出ればいいほどのレアものだ!!それがどういう意味か分かるか?分かってないよな!?分かってたら釣り竿なんてふざけた物を作れなんて言わないよなぁ!?」
その希少な素材の二つを使って作るのが、武器ではなく遊び道具の釣り竿。
ガンジさんからすればふざけているのかと取られてしまったのか。
「失礼な、俺はいたって大真面目ですよ。真剣に、この材料で釣り竿を作ってほしいんです」
しかし、それは心外だ。
俺は真剣にこの二つの素材を使って釣り竿が欲しいのだ。
キレ気味のガンジさんに対して、諦めることなく真剣に向かい合う。
「あー、すまないけど坊や。今回ばかりはあたしも旦那の方が正しいと思うよ?どういう方法で手に入れたかはわからないけど、こんなに希少な素材を釣り竿なんて遊び道具に使うなんて気が知れないよ。釣り竿ならもっと安い素材でも作れるし、そっちでもいいんじゃ?」
「いえ、ミスリルと古の魔樹木の枝を使った釣り竿がどうしても必要なんです」
ガンジさんの奥さんも、ガンジさんの言葉に賛同するけど、俺にもここで譲る気は毛頭ない。
ジッと視線を逸らさず、二人と見つめ合う俺の不退転の気持ちがわかったのか。
奥さんははぁと溜息を吐いた。
「あんた、どうする?今回ばかりはあんたが気に入らないって言って断る気持ちもわかるよ」
そして俺が頑固だというのを理解して説得するのを諦めた彼女は俺と真正面で向かい合うガンジさんに判断を委ねた。
「……おい坊主、なんでそんなものが必要なんだ?それが言った通り、釣り竿程度なら木と鉄があればすぐに作れる。わざわざこんな希少な素材で作る必要はないだろ?」
「あります」
「理由は?」
「言う気はありませんね。こればかりは秘密にしたいので」
「……犯罪に関係することじゃないんだな?」
「ないです」
ジッとしばらく見つめ合った結果。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ、ふざけて注文してるわけじゃないのはわかった……作ってやる。細かいことを教えろ」
「ありがとうございます。それじゃ」
俺の気持ちを察してくれて、大きなため息の後に仕方ないと割り切ってくれた。
なので釣り竿の形と、インゴットの使用数、そして合成素材として。
「またか」
「ええ、またです。あ、鋼と魔水晶の武器にも融合お願いします」
とりあえず、おなじみの弱者の証を融合するようにお願いしておく。
「釣り竿の方にはこの釣りのスクロールを融合しておいてください。それでルアーにはこの膨張のスクロールをお願いします」
「また変なスクロールを持ってきやがったな。わかった。釣り糸はどうする?せっかく作ったルアーが釣り糸が切れて失くしたとかシャレにならんぞ」
「糸の方にも弱者の証を融合しておいてください」
「ああ、わかった。こっちの方で釣り用のワイヤーを用意しておいてやる」
着々と注文が固まってくる。
「どれくらいでできます?」
「ミスリルだとさすがに二、三日で作るのは無理だ。一か月は見てくれ。鋼の武器はまぁ、一本一週間で魔水晶の杖も同じだな」
「約二か月ってところですね」
いざ発注という段階になって、思ったよりも時間がかかるなと思ったがゲームでも同じだとすぐに思いなおす。
鍛冶系スキルは最初の一本を作れば、レプリカとして同等の素材を用意することで武器を量産できる。
しかし、その一本目を用意するのが本当に大変だった記憶は今でも鮮明に思い出せる。
動画投稿サイトで刀鍛冶の動画を漁りつつ飯を食ったなぁ。
「それで、残りの武器の話も聞いていくぞ」
「はい」
その甲斐あって、武器を作ることはできるようになったし、鍛冶系のスキルレベルが上がれば制作時間も短縮できたけど、それでも最上級装備を作るのに何日もかけた記憶がある。
一つの武器を作るのに複数人でどうにかしたこともあったな。
「一本目は鎌槍を作ってください」
「ほう、変わった武器を作るな。柄は木製にするか?」
「それでお願いします。ただ、石突の部分は鋼で作っておいてください」
そんなことを思い出しつつ、とりあえず俺の武器から注文をかける。
俺が作れればいいんだけど、生産系のスキル保持者と比べると性能の差が出るしな。
俺はこのまま戦闘系スタイルで突き進む予定だし。
ここは素直に本職に頼む。
頼んでいる槍は、普通の槍とは違い、槍の刃の根本付近で横に鎌のような刃が伸びる槍。
鎌槍、これが俺にとって一番理想の形の槍だ。
「二本目は総鋼でハルバードを」
「総鋼だとかなり重いぞ?お前、持てるのか?」
「俺じゃなくてネルが持ちます」
「そっちの嬢ちゃんが?余計に持てるのか?」
「安心してくださいよ。俺よりも力があるので問題なく持てます」
「一応確認するぜ、嬢ちゃんそこにある斧を持ってみてくれ」
「これ?」
「ああ」
ネルに用意するのはハルバード。
槍と戦斧を合わせた複合武器だ。
これは斧っぽい見た目の癖に槍系のパッシブスキルの恩恵を受けることができる。
このあとネルには斧系のパッシブスキルを覚えてもらえばさらに火力は上がる。
戦闘商人の最大火力は斧やハンマーなどの重量系武器が至高。
異論は認めるけど、それを黙らせる自信はある。
ガンジさんの指さすのは商品の鉄斧。
木こり用とかではなく、戦斧。
総鉄製の戦斧は見るからに重そうだが、ネルは何も考えていないかのように柄を握り、片手で持ち上げた。
「どうだ?」
「そうね、少し軽いかしら。もう少し重い方がいいかもしれないわね」
「……問題はなさそうだな」
「そうですね、それじゃ二本目はハルバードで」
「わかった」
あまりにも軽々と上げるので、ガンジさんは目を見開き、瞬きを何度もした。
しかもネルはその鉄製の斧を軽いと言った。
鉄製の戦斧の適正ステータスを大幅に上回っているからこそできる発言である。
「三本目の杖なんですけど、ちょっと変わった形にできます?」
「変わった形だ?」
「ええ、ちょっと絵に描いてきたんで見てください」
「……本当に変な形だな。なんだこれ?」
そして最後にアミナの武器を作ってもらおうとしたけど、これが一癖あるんだよなぁ。
形はマイクスタンドなんだよ。
魔水晶を使っている部分がマイクの集音する箇所になっている。
「これ、本当に杖か?」
「杖です」
「杖に見えねぇぞ」
「杖です。あ。下の三脚の部分は折りたためるようにして下さい」
「本当に杖なのかぁ?」
頭に疑問符を浮かべつつ、作れると言うのでそれで注文する。
まぁ、杖でごり押ししたのは強引すぎたかもしれないけど、ゲームの時はこれでも杖判定だったんだよ。
マイクスタンドに見えても、杖なんだよ。
「とりあえず注文はわかった。これから作るが最後に確認するが本当にいいんだな?」
「それでいいです。品物はまとめて受け取りに来ますね。料金は?」
品物の注文が終わればすぐに奥に引っ込もうとするガンジさんを呼び止めると、奥さんの方を顎で指して。
「それはそれと話してくれ、俺はさっそく制作に取り掛かる」
それだけ言って引っ込んでしまった。
「女房をそれって言うんじゃないよ、まったく。今回は大口の注文ありがとうね。これでしばらくは食事が豪勢になりそうだよ」
どうしようと悩む暇もなく、奥さんが溜息を吐いて、カウンターから算盤を出して計算し始める。
「釣り竿の方は材料持ち込みだから、〆て一万と三千ゼニってところだね。鋼の武器は槍の方は四千ゼニで、ハルバードは六千ゼニだよ。それで杖は……魔水晶が最近品薄でね。値上がりしてるけど……そうだね切り良く七千ゼニでいいよ。そこに融合費用と合わせて」
ぺちぺちと、算盤を弾く音が響き。
材料費と技術料を換算していき、最後の玉を弾いて。
「三万と五千ゼニってところでどうだい?」
「ここは私に任せてもらうわ」
「おや、坊やじゃなくてお嬢ちゃんが相手かい?」
「商人の娘を舐めないでよ」
「青二才が威張るんじゃないよ。こちとらあの旦那の手綱を握ってこの店の経理を任されてるんだよ。そんじょそこらの店の小僧と比べないでおくれ」
ニヤリと笑って値段を教えてくれてきたが、そこにネルが待ったをかけた。
どうやら値切れる部分を見つけたみたいだ。
女同士の戦いに男が割って入るとろくなことにならないのはどこの世界でも一緒だ。
「ほどほどにな、ネル。アミナ、俺たちは少し店の中を見て回ろうか」
「いいけど、前来た時と品揃え変わらないと思うけどなぁ」
少し長くなるなと判断して、俺はちょっと離れて時間つぶしで店の中を見回ることにした。
アミナも一緒に来たけど、個人経営の武器屋ではそこまで広いスペースを確保できているわけじゃない。
二、三分で見回れてしまうし、さらに代わり映えもない。
「ほらね」
「うーん、結構不景気なのか?」
見たことのある武器ばかりで、一瞬売れ残りかと思った。
掃除や手入れはしっかりとしてあるからその線もあり得るかと思い、ちらっと奥さんとネルが値段交渉をしているのを見てあり得るなと苦笑した。
「どうするの?ネルがあんなに張り切っちゃったら時間かかるよ?」
「だからと言って放っておいて外に出たら拗ねるぞ?」
「そうだね、間違いなく拗ねて三日は後に尾を引くよ」
それを放置して店の外に出るという選択を取った時の後悔を考えると、素直に待つしかないかと思いつつ、武器屋の中を適当に見て歩いている。
「んー、掘り出し物はないかな」
「掘り出し物って?」
武器屋というだけあって、一通りオーソドックスな武器は揃っている。
だが、どれもが量産品というような物ばかり。
名刀や、聖剣といった一品物は一切ない。
しかし、俺が求めている掘り出し物は見た目からしてすごいというものではなく。
「うーん、使い方次第ではとんでもなく便利な物?」
「なんで疑問形なのさ。例えばどんな物があるの?」
「うーん、これ何に使うんだと疑問に思うような形の物?」
「だからなんで疑問形なのさ」
「そうとしか言いようがないんだよなぁ」
使う価値がわからないようなもの、一見すればガラクタにしか見えないような一品だ。
その中の大半は本当に意味のない物ばかりだが、そのうちの何割か、いや一割にも満たない確率で本当に局所的に無類の強さを見せる逸品が眠っていたりする。
「ふーん」
「ま、ここにそんなものがあるとは思わないけど」
「意外と価値がわからないから倉庫に眠ってるかもしれないよ?ほら、売れるかわからないからとりあえず倉庫の奥に山積みにして忘れているとか」
「……あり得るか?」
「奥さんは真面目そうだけど、あの店主さんならありえそうだよ?」
ゲーム時代はどこにでも入れるわけではなく、家屋でも入れるエリアと入れないエリアがあった。
この店の倉庫もそのカテゴリーに入っている。
しかしここは現実、交渉次第では倉庫の中身を見せてもらえる可能性は十分にある。
市場に出てこない一品ということを考えれば今後はそういうのもあるかもしれないと考えるべきか。
「考えておくか」
「そうしなよ。僕的には君が何か面白いことをしてくれるのを楽しみにしてるよ」
「面白いかどうかはわからないが、武器を揃えた後はちょっとしたことはするな」
「君のちょっとは僕の基準だとすごいことなんだけどなぁ」
この店にも見たことのない掘り出し物があるかもしれない。
今日一番の発見は、俺のここにあるというゲーム思考に楔を打ち、柔軟性を生み出してくれたアミナの一言なのかもしれないな。
「もう一声!!」
「だめだよ!!これ以上はまけられないよ!!」
「……あっちはどれくらいかかるかなぁ」
「さぁね」
そんなことを思いつつ、交渉に熱が入るネルと奥さんの会話を遠目で見ながら、この後のことを考えるのであった。
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