13 幸せな地獄
総合評価9000pt突破!!一万ptまでもう少し!!皆様ありがとうございます!!
前略、過去の自分へ。
今すぐ、思い付きで商品販売するのを止めろ。
でないと地獄を見るぞ。
「完売したよ!!ところでもうちょっと生産量を増やせたりしないかい?」
「無理です」
テレサさんに米化粧水の販売を委託してから早一週間。
初日から盛況とはいかず、むしろ初日の販売はゼロ。
ネルとアミナが首をかしげてなんでと悔しがっていたが、SNSもスマホもないこの世界にすぐに情報が拡散するわけもなく、ましてや信用性が疑われる化粧水。
この結果を当然と受け止め、いずれ売れるだろうとのんびりと増産体制を維持した。
俺とネルでモチダンジョンを周回。
レベルが上がって、さらにステータスが爆増している状態であれば、前よりも高効率で素材を収集することができて、俺たちがダンジョンに入っている間にアミナは錬金に精を出す。
繰り返し、テレサさんからは在庫をたくさん作っておいてほしいとお願いされていた。ひとまずかかるコストとしては容器代だけなので、用意した容器分は全て作るかという勢いで俺たちは量産した。
変化が起こったのは、三日目だ。
二日目で三本の化粧水が売れたと、売り上げを受け取って、これでようやく収入を得られたと一安心。
ここから徐々に増えるだろうと、予測はしていたが、その予測は甘かった。
三日目の売り上げは、六十二本。
二十倍の売り上げ実績を作った。
俺たちは素直に喜んだ。
在庫的にまだまだ余裕があったし、これだけ売れたのならひとまずは成功だと言っていいと。
しかし、絶望はこれからだ。
四日目の売り上げ、三百三十二本。
前日売り上げの五倍。
何が起きたと、俺は言いたい。
俺からしたら何の変哲もない換金アイテムだ。
だが、現実はこの世界の女性にとっては喉から手が出るほど欲しい商品だったらしい。
四日かけて作った在庫の、約六割が吐き出され、この段階で俺たちは喜んでいる場合ではないことに気づいた。
材料は幸いにしてまだある。
急いで量産すれば何とかなると思い、アミナに頑張ってもらって、俺は容器確保のために全力ダッシュ。
ネルは一人でダンジョンに挑んでいった。
五日目、ついに在庫が底をついた。
五日間フルで作り上げた米化粧水の数は、七百とちょっと。
一日でアミナが作れる数は百四十個計算だ。
これ以上はアミナの魔力量の問題で作れないし、そもそも俺たちがダンジョンを攻略して拾ってこれる素材の数を大幅に上回ってしまっている。
俺たちの手元にはこの段階で約五万六千ゼニの資産が貯まっている。
日本円にして五百六十万円。
うん、予定よりもだいぶ早く稼げてるわ。
客層は、最初はテレサさんの仲間内って感じで、主婦やほかの商人仲間とかがメインだったけど、今じゃ噂を聞きつけたり、口コミが広がって、夜のお嬢さんや、冒険者に、メイドさん、どこかの村の婦人とかが買いに来てたりする。
うん、完全に独占市場になっている。
六日目は販売の個数制限をかけた。
値段を上げるという手段も考えたが、上げすぎると客層が貴族になってしまって厄介ごとが舞い込んでくるとテレサさんが言うのでそれは最終手段ということになった。
こっちの生産量が追い付き、かつかろうじて在庫を増やせる販売数を考慮して一日の販売個数は六十個とした。
うん、今まで販売してきた数からしたら半分以下、何なら最高販売数の五分の一以下だ。
そんな焼け石に水の数じゃ、朝一番に開店待ちをしている客に一瞬で買い取られる。
一人一本でも、朝一番でソールドアウトだ。
実際、七日目の朝で、快活に笑いながら売り上げを持ってきているテレサさんがそう言うのだからそうなのだろう。
ここまでの販売数は約八百と二十本。
追加で受け取ったじゃらりと重みを感じる袋。
これを加算すれば、俺たちの資産は約六万五千ゼニくらいにはなる。
何か企んでると思われる笑みを浮かべるテレサさんと向き合いつつ、貯金の額をはじき出して。
「最近じゃ、旦那がアクセサリーの売り上げもいいって言ってくれててね。私としてはもう少し欲しいところなんだけど、ダメかい?」
ほら来た。
増産発注のお知らせに対応する。
「ダメです、素材の入手回転率と俺たちも休まないといけないですし、それにアミナを見てください」
現環境を言うのであれば、金払いはホワイトだが、労働環境はブラックな職場というべきだろう。
金に目がくらみ、稼ぐことに妄執するのならこの提案には即座にyesと答えるべきだ。
だけど、妄執していない俺は即座に首を横に振って、テレサさんに現実を見せるために、馬小屋の扉を開いて、中の現状を見せる。
「……」
「あの明るいアミナが、目の明るさを消して調合している姿を見て、何か一言をお願いします」
「……なんかごめんよ」
ここまで売れるとは思っていなかったとはいえ、俺が発端だから、俺にも罪がある。
だから、ここで一回ブレーキをかける。
さすがにずっと調合をさせ続けるのはブラックすぎた。
何もしゃべらず、よそ見もせず、目をどんよりとさせて、ずっと同じ調合をやり続ける。
うん、ゲーム廃人だった時期のある俺からすれば、それはある意味で見慣れた光景だ。
同じクエストで、欲しいアイテムが規定数集まるまでのデスマーチ。
最高効率を極めると、同じことを延々と繰り返すだけの作業ゲー。
あれって、麻痺すれば平気だけど、逆に言えば麻痺するまでが苦痛で仕方ないんだよ。
「ということで、こっちとしても延々とやり続けるのは無理なので、ひとまず千本を目途で製作停止です。そのあとの入荷は未定ということでお願いします」
「……わかったよ」
千本掃ければ八万ゼニを稼げる。
このペースで行けば三日かそこらで、作り上げることもできる。
そこまで溜まれば、装備を新調することもできる。
その目安という目算もあった。
「どうするかねぇ……」
困り顔で小屋の外に出ていくテレサさんを見送って数秒後。
「ねぇ、リベルタ君もういいかな?」
「おう、行ったぞ」
疲れ顔のままアミナが聞いてきたので、ちらっと、ドアから外を覗き込んで店の中に入っていくテレサさんを確認してから頷いた。
「ふぅー、こんな顔するの初めてだったから疲れるよ~」
そうしたらいつものアミナの笑顔に戻って、翼の手で顔をほぐし始めた。
「すまんな、あんな演技するように頼んで」
「別にいいよー。あのままだと、僕がずっと化粧水を作り続ける羽目になってたしね」
「私としては、もうちょっと稼いでもいいと思うんだけど」
「ネルー、それだと僕が大変なんだよ?」
さっきまでのやり取りは、生産を抑制するための演技だ。
さすがに良識あるテレサさんなら、アミナが疲れていると言えば、作らせ過ぎだと考えて生産スピードを抑えてくれると考えた。
「それに、アミナがこのままだと俺たちが冒険に行くときにアミナを置いていくしかなくなるだろ?」
「それはわかっているわよ」
俺たちはこの化粧水を作ることが本命じゃない。
これを売って次のステップに行くことが目的なんだ。
「安心しろ、今回の資金でもっと金を稼いでやるからな」
「本当?」
「それって、また僕が大変だったりしないよね?」
「次はネルが大変になるかもな」
稼げている現実にネルがもったいないと思っているようだが、この米化粧水の素材自体はごくありふれた物ばかり。
すぐにマネする人も出てくる。
「私が?」
「ああ、次は素材としてもかなりいい値段が付くと思うしな、それを捌く必要があると思う」
一時の流行だ。
思いのほか稼げていることに夢見ているネルには次を見据えてほしい。
「それは期待していいのよね?」
「おう、市場を見る限り見当たらなかったしな」
不安を払しょくさせるために、ちょっとどや顔をするくらいはわけない。
「さてと、そうと決まれば、お金も用意できたしさっそく注文しに行くか」
「新しい装備?」
「ああ、善は急げってな。明日の分もできてるしな?」
「できてるよー。この後、テレサさんのところに納品する予定」
午前中には生産するための材料も、完成品も用意できる。
アミナが翼で指した方向には木箱に入った米化粧水が入っている。
「それじゃ、みんなで運んで出かけるか」
「はーい」
「あ、アミナは一応疲れた顔でな?」
「はーい」
一箱に二十本入っているから、一人一箱計算。
モニモニと頬を揉んで、アミナが表情を作り始める。
「なんか変な感じね」
「いつも元気な姿しか見てないしな」
残業に疲れたOLを見たことのある俺の監修であるためにその表情は悲哀に満ちている。
「どう?」
「うん、休めと言いたくなる顔だな」
「ええ、これならお母さんも騙されるわ」
しかし、ここまで表現できるというのは一種の才能か。
アミナには舞台役者としての才能があるかもしれん。
見るからに仕事で疲れ、寝不足気味という表情を作り上げた彼女の才能に脱帽しつつ。
「え、僕持つよ?」
「いや、その顔をしてるアミナに持たせると俺がテレサさんに怒られる」
「そうね、そこで怪しまれるかもしれないし」
ちょっとした罪悪感を持って俺は二箱手に持って外に出た。
「これ、明日の分です」
ノックすればさっき会ったばかりのテレサさんが出てきて受け取ってくれる。
「ありがとう。それと、アミナちゃんこれ食べてね。蜂蜜が入ってるから美味しいよ」
「ありがとう、おばさん」
表情に合わせて、声も小さめ。
「うん、無理しないでね。お客さんには私の方から説明しておくから。これからどうするんだい?」
「ちょっと気分転換も兼ねて出かけようかと」
「いいね、気を付けて行っておいで」
それを真に受けて、心配そうに俺たちにクッキーを渡してくる彼女に、本当は元気なんですと言おうかと迷ってしまうくらいには真剣に心配してくれている。
罪悪感が……
後ろ髪を引かれる思いとはこのことか。
優しく見送られる俺たちが向かう先は。
「こんにちは!!」
「もう竹槍は作らんぞ!!」
ガンジさんの武器屋だった。
俺が姿を現した途端に、嘆くように叫ぶ大人の男。
「えー、俺たちのおかげで鍛冶スキルのレベルだいぶ上がりましたよね?」
「それとこれは話が別だ!!何が悲しくて竹槍ばっかり作らないといけないんだよ!?」
「俺たちはお金を払ってますよ?ということは俺たちは客です!!」
「金を払おうが、俺の気に入らない仕事ばかり持ってくるやつは、あいたぁ!?」
「あんた!?またそんな態度をして!!それで仕事が減ったらどうやってご飯を食っていくんだい!?この子たちのおかげで腕が上がって仕事が増えてきてるんだよ!!跪いて頭を下げるくらいに感謝しな!!」
「いてぇな!?何度も頭を叩くんじゃねぇよ!!」
相も変わらず、無精ひげを生やして、奥さんにどやされる光景にまたかと俺たちは苦笑する。
「それで注文したいんですけど」
「なんだよ?また竹槍か?それとも木の棒か?」
奥さんにどやされて、しぶしぶだが注文を受け付けてくれるようだ。
なんだかんだ言ってしっかりと仕事をしてくれる。
「とりあえず作ってほしいのは、鋼の武器を二つと魔水晶をつかった杖を一本」
「おお!鋼に魔水晶か!!それはいい!ようやくまともな武器を持つようになるのか!?」
俺たちというか、俺の注文が初期の最弱武器ばかりだったのでやる気が出なかったんだろうけど、鋼系統だと聞けば手のひらを返しご機嫌になる。
「材料から用意してオーダーメイドでお願いします」
「鋼なら手に入るが、材料からだと値が張るぞ?」
「金なら用意してきました」
「ならいい、ほかに注文は?金があるなら鎧でも作っていけよ」
「いえ、残りはこっちの素材を使って作ってほしい物が」
今回ガンジさんに注文したのは少しの間俺たちのメインになる武器だ。
さっきまでの不機嫌が打って変わってニッコニコと注文票に書き込んでいくくらいにはいい注文なんだろうな。
金払いが良かったから、金があると言えばしっかりと作ってくれるくらいには信頼関係は築けている。
現金の入っている袋をじゃらりと揺らしているから、目の色を変えたと言ってもいいが。
「こりゃ、ミスリルか!?それにこれは?」
「古の魔樹木の枝です」
「古の魔樹木の枝だと!?そんなものいったいどこで、まさか盗品じゃないだろうな」
「失礼ね!!ちゃんとしたクエストの報酬よ!!」
「お前たちにこんなお宝をくれてやるくらいに気前のいい雇い主がいるかっ!!あいたぁ!?」
「さっきから文句ばかりだね!!こんな子供があくどいことをするわけないだろ!!さっさと仕事しな!!」
「いってぇなぁ!!さっきから何度もぶん殴りやがって、バカになったらどうするんだよ!!」
「安心しなもうバカだよ!!」
その目の色も、袋に入れて持ってきた素材を取り出した時にさらに変わった。
「ったく、それで?これで作ってほしいのはなんだ?インゴットの数的に作れる武器は限られるぞ」
殴られた頭をさすって、痛がる素振りを見せつつ、本題に入ってくれた。
枝の大きさは中々長く、さりとてそれに対してミスリルのインゴットの量が少ない。
この材料でもともとは槍を作ろうとしたけど。
「釣り竿で」
「は?」
「あ、二つは竿に使って、一つのインゴットでルアーを作ってください」
「は?」
予想外の物が手に入ったので予定変更だ。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




