3 試練
「アドバイスありがとうございます。参考になりました」
「いえ、参考になったのなら何よりです」
相手が邪神教会で、実行犯がその中でもどのような派閥に属しているか、それを知り対策の方向性が見えたのかナタルが少し安堵したのがわかった。
敬愛する先輩のクローディアの手前、自分がしっかりと大司教として職務を全うできているかどうか不安だったのだろう。
問題を解決できていない現状ではあるが、対策の糸口くらいは見つけられると思う。
「それでは、本題の方に移りましょう」
「問題は解決していませんが大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですクローディア様。僕は大司教ですよ。今回の件はリベルタさんとは無関係の話、そしてクローディア様は彼の保護者。そうなればこの件については僕たちの方で解決するのが筋です」
これ以上の協力を求めるのは問題だと思ったのか、ナタルはアドバイスまででとどめて本題の方に移ろうとした。
クローディアが協力しなくていいのかと、問いかけたが、彼はそっと首を振る。
邪神教会と神殿の関係は不俱戴天の仇と言わんばかりだ。
互いに信仰するのが相容れない神々であり、神殿側はともかくとして邪神教会側は神殿側の信仰する神々の抹殺を教義に掲げている。
互いに歩み寄ることはできず、そしてその長い争いの歴史はここ数十年どころではない。
何世代も隔てて続く宗教戦争と言い換えても良いほど長い歴史の争いだ。
なので、神殿としても邪神教会との争いは慣れたモノ。
今回の犯行が単独犯でない場合、俺の意見も当初から可能性としては考慮していた様子だし、むしろ確信が欲しかったという雰囲気を醸し出していた。
「貴重な意見を神の使徒であるリベルタさんからいただけた。それで十分ですよ」
なので、俺の手伝いはこれ以上は不要ということ。
「・・・・・わかりました。すでに私は大司教を退いた身。ただの司祭でこれ以上の意見は越権行為になりますね」
そのニュアンスを柔らかく言われてしまえば、こちらとしてもこれ以上は踏み込めない。
「はい。では改めて、リベルタさんからお申し出の神像の件に関しましては、クローディア様の推薦ということで試練を突破していただければ問題ないと大司教会議で決定しました。続きまして、試練を突破した後に司祭の派遣とそれに付随する神官の派遣、土地を見た後に神殿の建設という流れになりますが、問題ありませんか?」
そして、そうと決まれば話はあっさりと変わる。
元々俺たちがここに来た理由は、試練を突破し神殿が作成した神像を俺たちの開拓村に造る神殿に設置してもらうという目的のためだ。
最低でも四柱、決闘の駒を使えるようにするために裁定の女神メーテル、スキルとレベルの売り払いをするために商売の神ゴルドス、契約をするために契約の神マテンド、そして俺をこの世界に転生させたと思われる知恵の女神ケフェリ。
この四柱の神像は設置したい。
「大丈夫です」
「事前に承っている話によりますと、リベルタさんが受ける試練は、神殿の方で規定する中でも最高難易度の試練になります。本来、神像を一体配置するだけでもかなり困難な試練が課せられるのですよ」
そしてその神像を配置するためには、資格と力を証明するための試練が課せられる。
設置したい神像の数が増えれば増えるほど難易度は上がるが、申請した一定のラインを超えると難易度の上限に達する。
「本当に、よろしいのですね?生半可な気持ちで挑むのは神への冒涜になり、推薦したクローディア様の名誉も傷つけることになります」
FBOと同じシステムで、さらにクローディアに聞いた内容は俺の知る試練そのモノ。
念押しするナタルの表情は、先ほどまでの温和な少年と見間違えるほどやさしげなそれから、こと、神に関する試練を行うのなら大司教として接すると言わんばかりに厳しく真剣な表情に変わっている。
「それでも、挑みますか?」
「大丈夫です、挑みます」
「・・・・・わかりました。では、こちらの血判状に署名の後、血判を」
一度受ければ後には引けないと言われてもなお、俺はぶれずに頷くと覚悟はあると認められ、ナタルは側にいた神官に目くばせし、金細工が施されたトレイを持ってこさせ、そこにはトレイと同じ細工の金の装飾が施された書類が用意されている。
「その書類に血判した瞬間からあなたの試練が始まります。ここから先は、貴方だけが試練に挑み、そして神に認められなければなりません」
念押しの覚悟の確認をされ、そっと差し出されたのはミスリルのナイフ、グリフォンの羽で作られた羽ペン、切った指を治すためのポーションだ。
俺はまず、書類に目を通す。
見るからに契約書、その内容がクローディアから聞いていた内容と寸分たがわず一緒なのを確認したら迷わず、羽ペンを手に取りリベルタと署名し、さらにミスリルのナイフに持ち替えそっと親指を少しだけ刺す。
さすがミスリルだからだろうか、それとも俺自身でやったからかはわからないが、チクリと指先に痛みが走り、赤い血が流れてくる。
それを指先に拡げて、グッと署名の末尾に押印すると。
「これで、神との契約が成されました。大司教、ナタル・ドレッドがここに宣言します。試練の始まりです」
書類が光りだし、さらに空中に浮かび魔法陣を展開する。
書類は徐々に光の粒へと変わり、その光が俺に差しこみ、俺の体になじむ。
その光景を見届けたナタルが立ち上がり、この部屋にいる全員に聞こえるように宣言した。
その合図に合わせ、神官の一人が窓を開け外に向けて手を振ると、遅れること数秒、大きな鐘の音が辺りに鳴り響く。
「試練に関係のない方々はご退出をお願いします」
そして大司教として、俺以外の人物の退出を促す。
それは神殿関係者のクローディアも例外ではなく、そして俺を守る護衛であるゲンジロウやシャリアも関係ない。
当然パーティーメンバーであるネル、アミナ、エスメラルダ、イングリットも一緒だ。
神官に促され、退出を命じられると。
「あなたなら無事に達成できると信じています」
「ああ、吉報を待っていてくれ」
「ええ、待っています」
まずはクローディアが、俺の目を見て応援の言葉を送り、先に退出する。
「頑張ってね!僕も応援してるよ!」
「アミナの歌声なら届きそうだな」
「もう、そこまで僕の声は大きくないよ」
続くのはアミナだ。
冗談を言えば、膨れながらも笑い、そして手を振ってクローディアに続く。
「改めて何かを言うのも、おかしなことかもしれませんがご武運を。いえ、貴方の場合は運すらも乗り越えて自力で手に入れますわね」
「俺のことなんだと思っているんですか、さすがに運はどうにもできませんよ」
「運が敵に回ってもどうにかなると言っているのです。実際どうにかしてきましたわよね?」
「まぁ、確かに」
そしてエスメラルダは、そっと扇で口元を覆いながら悪役令嬢みたいな表情でそっと顔を寄せ。
「小人族の件はこちらの方で調べておきますわ」
「・・・・・頼んだ」
「ええ、後顧の憂いは断って試練に挑んでください」
そう言い残して部屋を出る。
「・・・・・」
「あのぉ、今生の別れじゃないんだよ?」
「それでも、お側にいることができなくなります。リベルタ様の温もりを今のうちに十分に補充することをお許しください」
その後に来るのは誰かと思えば、無言で俺を抱きしめるイングリット。
感情表現が豊かになりつつある彼女は最近ではこういうスキンシップも増えてきている。
時間にして、数秒。
満足はしていないし、足りないという雰囲気を放出しているが時間がないということでしぶしぶと言った感じで離れ。
「お早いお帰りを」
「ああ」
頭を下げて退出した。
「リベルタ」
「うん?」
パーティーの締めはネルのようで、ゆっくりとネルは歩み寄って来て。
「あまり、すごいことしすぎてここの人たちを驚かせたらダメだよ?」
「なんだそれ」
「いつも通りのリベルタだと、そうなるわよ」
あまりやりすぎないようにと釘を刺されてしまった。
「やるなとは言わないんだな」
「言わないわよ、怪我もしてほしくないし、早く帰ってきて欲しいから」
「うーん、それであまり驚かせないようにふるまうのは縛りプレイとしてはちょっと縛りが厳しいよ」
俺的にはRTAでタイムレコード更新を狙えるほどに、超効率で終わらせようと思っているのだが、それをするなとネルはおっしゃる。
いや、するなではなくほどほどにということだろう。
「驚かせすぎて、また変な注目を集めるのは嫌でしょ?」
「・・・・・確かに」
そしてその忠告は、厄介ごとを招かないようにするためのアドバイスだったようで、ネルの言葉に俺は思わずうなずいてしまった。
派手にやって、注目を浴びて余計なことを引き込む必要はないか。
効率は求めるが、ある程度の加減をすべきだという説得力のあるネルの言葉に苦笑してしまい。
「それじゃ、待ってるわ」
「おう」
最後に彼女を見送り。
「御屋形様」
「ゲンジロウ、ネルたちを頼むよ」
「はい、お任せくだされ」
側を離れたがらない第二号であるゲンジロウを、ネルたちの護衛という仕事を与えることで送り出し。
「早く戻ってこないと、僕が美人になりすぎて大変なことになっちゃうぞ♪?」
「それ、シャレにならないからな。全力で終わらせないと」
シャリアの冗談にならないような冗談に笑って頷き、全員を送り出した。
「では、参りましょう」
「お願いします」
そして残ったのは、俺とナタルと護衛の神殿関係者だけ。
全員を見送った扉とは別の方向の扉、神殿内でも関係者しか通れない方向の扉に進む。
先導するのはナタル、それに俺は続き、FBOのクエストで見覚えはあるが、所々ちがう大神殿の通路を護衛に囲まれて進む。
進む先は、神殿騎士によって警備された大きな扉。
「この先が試練の間になります。ですが、ここに入る前にすべての装備を着替えてもらいます」
「わかりました」
そこで立ち止まったナタルは、振り返りそっと隣にある更衣室を示す。
この試練は装備関連の持ち込みや、アイテムの持ち込みが制限される。
一番簡単な難易度であれば武器と防具は持参できて、ポーションとかの消耗品も持ち込める。
だが、俺が挑むのは最高難易度の試練。
装備は神殿側が用意した、必要最小限の貧弱装備、ポーションや食料も徹底した質素倹約と言わんばかりに最下級の代物が最低限用意されるだけ。
「うーん、懐かしい」
しかも用意された装備は、布の服と革靴と革の胸当て。
武器は、俺の得意な槍ではなくショートソードと木製のバックラーシールド。
防寒として用意されたのは使い古され、撥水能力が低下していそうなマントが一枚だけ。
食料は水の入った皮袋が1つと、干し肉が入った皮袋と乾パンだけ。
多く見積もっても2日、それも倹約しての総量だから、普通に食べたら二食分もないだろう。
俺の装備はそれだけ。
これがわかっていたから、俺の服装は全て何も能力のない上等で品性のある服というコンセプトで作ってもらっていた物だ。
流石に俺のガチ装備を神殿とはいえ預けるわけにはいかない。
護身用で持ってきた短剣も、量産品でこの世界の職人でも作れる程度のレベルの品だ。
大事そうに神官の一人が俺が脱いだものを宝箱の中に入れ、そして鍵をかけた。
「こちらの鍵はいかがいたしますか?」
「仲間に預けておいてくれ。試練中に無くしたら大変だからな」
the初期装備のような格好になった俺は、頭装備に許可された何の変哲のないバンダナを締め直し、着替え終えたので外に出る。
「最後の確認です。この確認を終え、この扉をくぐればあなたはもう引き返すことはできない。命の危険のある旅路です。それでもあなたは挑みますか?」
「はい、挑みます」
そうして、扉の前に立つナタルの確認に対して頷くのであった。




