12 金策
薄く緑色が混じった乳白色の液体。
それはゲーム時代でも世話になった液体と同じように見える。
「どうするのこれ?」
「うーん、とりあえず化粧品だし、肌に塗ってみるか」
「え、これを肌に塗るの?」
見た目は悪くない。
だけど、ゲーム時代も自分では使ったことのないアイテムな上に、フレーバーテキストの内容も化粧品メーカーの宣伝文句みたいなものだったからな。
誰かが試す他ない。
万が一変な痣とかになったら申し訳ないし、ここは言い出しっぺの俺が先陣を切る。
健康になりつつあるが、この体になってから前世とは比べ物にならないくらいに荒い生活をしている。
手のひらはずいぶんとごつごつして肌が荒れている。
「「……」」
左右から視線を浴びつつ、柄杓のようなもので中の液体をすくって少しだけ手のひらに落とし、両手で揉みこむように液体を手全体に広がるように塗ってみた。
「どう?」
「どうって、そう簡単に効果は……」
僅かなぬめり、そしてそのあとに潤いを出しているような光沢。
これを一週間くらい続ければ効果が実感できるかなと、治験感覚で様子を見よう。
「……でたな」
「え」
「ウソ」
そう思ってたのだが、さすが異世界。
魔法が存在するということは、普通に化粧品も魔法的な効果があるわけで。
塗って数秒で徐々に効果が表れ始め、どういうことでしょう。
さっきまで荒れて固くなっていた手のひらがつるつるのすべすべに、手の甲もさっきよりも綺麗になっているように見える。
「え、どうなってるの!?」
「リベルタ君見せて!!」
右手はネルに、左手はアミナに引っ張られてよりじっくりと見られるようになっている。
「すっごい、スベスベだわ」
「うん、つやつやだ」
語彙力も消失するくらいに、じっくりと穴が開くかと思うくらいに見られている。
そして見つめるほど十数秒。
「「……」」
無言で二人とも柄杓を取って、手のひらに米化粧水を垂らし始めた。
いや、ネルはわかるけど、羽毛に包まれたアミナは意味ないんじゃ?
念入りに塗っている二人の表情は真剣そのもの、年若くとも二人とも女性だということか、綺麗になれるならそこら辺は真剣に考えるか。
塗ってからじっくりと自分の手を見ている。
これは少し時間がかかるかな?
となるとなんでこんな劇的な効果が出たかという推測。
しかし、そこはおおよそ予想はつく。
材料的に見れば、この米化粧水はポーションに近いんだよ。
傷を治す系のライフポーションに近くて、作り方も下級のそれとほぼ一緒。
違うのはライフポーションは米水のところが普通の水で、さらに薬草の量がもう少し多く、もう一種類クチの実という赤い木の実が入っているし魔石の使用量もこっちの方が多い。
違いはあるけど、似てはいる。
米化粧水は怪我は直せないけど、肌荒れくらいは直せる回復力があるのでは?
いや、むしろ量を入れると回復させすぎるから微量な薬草の方がいいのではないか?
どこかで聞いたことがあるけど、米の研ぎ汁には肌や髪の美容に良い成分が入っていると聞いたことがある。
となると……
「見てリベルタ!こんなに綺麗になったわ!!」
「僕も僕も!!羽がこんなに綺麗になるなんて!!」
これ、売り方を間違えなければかなりヒットする商品なのでは?
満面の笑みで両手を見せてくる。
「おおー、本当に綺麗になったな」
これが魔法の米化粧水の効果か。
ネルの肌も、アミナの翼も塗っていないところと差がすごい。
「売れるわ!!これは絶対に売れるわ!!」
「うん!僕だったら少し高くても絶対に買うよ!!」
この効果を目の当たりにした女性なら、間違いなく購買意欲を刺激されて買ってくれるはず。
ネルとアミナの反応を見れば間違いない。
「となると、販路の確保だが」
「それなんだけど、これ、お母さんに見せて良い?」
あとは売る方法さえ確立してしまえば間違いなく金策に目途が立つ。
「テレサさんに?」
「ええ、お母さんに見せればこれの価値がわかるだろうし、そうしたらお店の方においてくれると思うの。下手に私たちが売ると子供だって舐められて色々と大変だと思うの」
「確かにそうだね。子供が店番してると怖い人がよく来るって聞いたことがあるよ」
「……」
ゲームでは露店を襲われたなんてことは聞いたことがなかった。
そもそもゲームでは街中で戦うことが制限されていた。
それゆえに治安が万全だったからこそ、安心して商売ができていた。
あるとすれば値段が高いとクレームを入れるようなプレイヤーがいたくらいで、それもシャットアウトできていたからどれだけ恵まれていた環境で商売できていたかということか。
「確かに、そこら辺は注意した方がいいか。いくらか販売手数料を渡せばいいか?」
理解もできて、納得もできる。
それでも無理して自分たちで商売すると強気になる理由もない。
大人に頼るメリットとデメリットを考慮しても、安全に確実にやった方がいい。
「そこら辺の交渉は任せて!!」
「そうか、じゃぁ、試作品を作るからそれを使って交渉してきてくれ」
「ええ!」
業務委託も立派な商売方法。
さっそく鍋の中に残っている米化粧水を錬金店で買ってきた小さな瓶に注ぐ。
瓶と言っても透明な綺麗なガラス瓶じゃなくて、小さな徳利のような形の陶器のようなものだ。
魔力粘土っていう、魔石を粘土に混ぜたもので作られた、魔法薬の保存に便利な容器だ。
ゲームだと普通にガラス瓶が主流だったから、これに関しては知らなかった。
「一回の錬成で三つか」
「材料の方が余りそうだね」
「まぁ、本当に嫌になるくらいにモチを倒したからな。材料だけはある」
一応、瓶の方も百本買ってきているからそこそこの量は作れる。
アミナの魔力量的に、一日で作れる量に限界はあるからな。
「それじゃ、早速行ってくるわ!!」
試作品の三つを抱えて、さっそく馬小屋からネルは小走りで出ていく。
「僕たちはどうするの?」
「待ってる間に量産するか」
「はーい」
「ちゃんと修練の腕輪つけとけよ。錬金術のスキルが上がれば質も上がるし、魔力の消費量も減るから」
「わかってるよ。しっかりとつけるから」
交渉には時間がかかるだろう。
そう思って俺とアミナで、今のうちに米化粧水の大量生産をしておこうかと思って作り始めたのだが。
「ん?今なんかすごい音が」
「ネルの家の方かな?」
三回目の錬成をしている時に、ネルの家の方からすごい勢いで扉を開くような音が響き、そしてさらにこっちに向かって走っている音が聞こえ。
「リベルタ君!!」
「て、テレサさん?」
バンと馬小屋の扉が壊れるのではと思うような勢いで開かれ、そしてものすごい形相でテレサさんが現れた。
「これ!どういうことかしら!?」
しかし、手と顔に明らかに何か塗った形跡があり、さらに突き出すように試作品の米化粧水が入っていただろう瓶を見せてきた辺り使ったのは明白。
「どういうことって……ネルから説明受けませんでした?それを売りに出そうと思ってネルに交渉を任せたんですけど……何か問題が?」
交渉役のネルがいなくて、テレサさんが直接乗り込んできたところを見る限り何かがあったのは明白。
随分と目を見開いて、興奮しっぱなしのご様子。
その様子に少し怖くなったアミナはそっと俺の背後に隠れている。
「問題?ああ、問題があるよ!!なんだいこれは!?かさついていた肌が砂に水をかけたかのようにあっという間に潤って、五年は若返ったよ!それに髪のこの艶!今まで洗うたびに傷んでいたのが嘘みたいさ!!」
「すなわち効果がありすぎて問題があると?」
「そういう意味じゃないわリベルタ。はぁ、お母さん興奮するのはわかるけど、少し落ち着いてよ」
興奮冷めやらぬという雰囲気のテレサさんの背後からひょっこりとネルが顔を出した。
「お母さんも商人だもん。売れそうなものの専売権をお願いして喜ばないわけがないじゃない。それがちょっと、興奮しても仕方ない代物だったからこうやって契約書を忘れて誰よりも先に契約するためにリベルタのところに突撃しちゃったの」
「ちょっと?」
「ちょっとよ」
少し母親の行動を恥ずかしがっているのか、苦笑気味に契約書片手に現れた彼女はテレサさんの言葉の意味を教えてくれる。
「んっ、それでリベルタ君。まだ誰とも契約してないわね?」
実の娘に冷静に突っ込まれてしまってさすがに少し冷静になったのかテレサさんは咳払いをして、場を仕切りなおしてきた。
「ええ、してませんよ」
「だから言ったじゃない、私が交渉事を全部任されているって」
「こういう時は、大本を押さえたくなるのが商人なの!窓口だけで満足しているようじゃまだまだね」
商人として暴走したということにして、大人の対応でスルー。
「勝手に暴走しているようにしか見えなかったわ」
「何のことかしら?」
「別のお店に行こうかしら」
「あら、今日は良いお肉を買いたい気分だわ」
「そういうことにしておくわ。私、久しぶりに牛が食べたいわ。当然、三人前よ」
「くっ、仕方ないわね」
親子の夕飯をかけた交渉を見ているうちに、俺とアミナの夕食も豪華になった様子。
「良いわ、今回の出費は経費として考えるよ。それで、リベルタ君、ネルから聞いたんだけどこれの専売を私に任せてくれるっていうことでいいのね?」
「テレサさんというか、ジンクさんのお店で取り扱ってくれないかなっていう話ですね。生産量的に複数個所に卸すのは難しいですし、それなら窓口を一つに絞っておいた方がいいので」
「そう、そこら辺を確認したかったの。それじゃこの後、買い出しに行かないといけないし。ついでに宣伝もしてくるわ。契約書はおいていくから娘と話を進めておいて」
冷静になったところで、テレサさんはそう言い残して馬小屋から出て行った。
「契約書って、それか?」
「ええ、一緒に確認しましょ。これでよかったら後でサインして契約するって形ね」
残された俺たちは、とりあえずネルが持ってきていた契約書に目を通すことに。
契約書と言えば、規約とか諸々めんどくさいと感じる程度にびっしりと書かれているような面倒な内容かと思いきや、こっちの世界の契約書は何ともシンプルなことか。
ひとまず要約すれば、三行くらいにまとめられる。
一つ、卸し先はジンクさんのお店が最優先。
二つ、俺たちが製造者ということは秘匿すること。
そして三つ目。
「一個、八十ゼニで買い取りって……マジ?」
「マジよ。お店の方では九十ゼニで売るらしいわ」
「売れるかなぁ」
俺からすれば五十ゼニで売れれば上等程度で考えていた。
しかしそれを上回る強気の値段。
「売れるわ、間違いなく」
「リベルタ君は女を甘く見すぎだよ」
「そうよ、美しくなるためなら旦那のお小遣いを削ってでも買いに来るわ」
「俺はもしかして多くの男性を不幸の渦に叩き落とす商品を教えてしまったのでは?」
これが本当ならだいぶ金策として助かるのだが、問題は継続的に作れる体制をもしかして今後も期待されてしまうのではと思ってしまう。
ここを拠点にしている間は良いけど、俺個人としては将来的に学園に行って、そこからさらに世界を旅する予定だ。
化粧水の生産だけに集中することはできない。
「代わりに多くの女性を幸せにするわ」
「大丈夫、男性は少しだけ我慢するだけだよ」
「そうか?それならいいんだけどな」
その時は何か対策を考えないといけないか。
どっちにしろ、忙しくなるかどうかは今考えても仕方ない。もしかしたら最悪全く売れないという可能性もある。
そうなったらまた別のアイテムを作って売ろう。
「ひとまずは、アミナは魔力が尽きるまで作ろう。俺は荷車を返しに行くついでに瓶を追加で買ってくる。ネルは」
「ダンジョンに行ってくるわ!!」
「僕はドンドン作るよ!!」
ひとまずは、二人のやる気が取り戻せたことが一番の成果か。
次にやるべきことも見えてるし、しばらくは二人の飽きが来ないように気を配れば大丈夫かな?
お金ができたらやれることも増えるし、スキルショップで手に入れた残りのあの二つもあればかなりウハウハなことができる。
ネルは俺からダンジョンの鍵を受け取って、竹槍片手に早速ダンジョンに挑戦しに旅立った。
アミナは俺と数回一緒に作ったからそこでやり方は憶えたので一人でせっせと米化粧水を作り始める。
獲らぬ狸の皮算用はしない方がいいんだろうが、正直、俺もどれくらい稼げるか気になって仕方ない。
テンションが上がった二人に触発されて、俺の足取りも軽い。
「ん?あれって」
そしてそのまま荷車を引いてきた道を戻っている途中で、見覚えのある奴を見つけた。
「たしか、ダッセだっけ?」
ニヤニヤと笑いロバを引く彼は、俺には気づかずそのまま前を横切っていく。その姿を見て、その時の俺はご機嫌な様子だなと思いつつ、気づかれなくて良かったと安堵するのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




