1 神殿都市アレイヤ
新章突入!
南の大陸の本山は別名白亜の街とも呼ばれ、純白の石灰岩造りの建物が並ぶ。
白は神聖な色という共通の価値観がこの世界にはあり、神殿の本山であるこの都市では規制するまでもなく、住民が率先して白色の家を建てるというわけだ。
それだけ、この街は信心深い人が多いわけなのだが。
「これは、いったい」
「ひどい、落書きだらけよ」
俺の中のイメージでは神秘的な、白亜の街景色を見られるものだと思っていたのだが。馬車から見える光景は、まるで前世の大都会のダウンタウンのように、通りに面した壁面が一面落書きに覆われていた。
神秘的なはずの風景から一転、ストリートアーティスト会場と言わんばかりに、そこら中の壁に落書きが施されている。
その落書きを必死に消す住人と、慌ただしく走り回っている神殿兵士。
人々の信仰を集める神殿都市アレイヤで、こんな騒動が起きているとはな。
街中に落書きをするという一点においては、心当たりのあるネームドがいるが、その人物は原作では南ではなく西の大陸にいるはず。
しかも、奴は信心深く神殿都市では絶対にいたずらをしないと誓っている人物だ。
奴は、王家の城だろうが貴族の屋敷だろうが、そこに描きたいと思ったら描く人物だが、原作ではこの純白の街だけには手を出さなかったはず。
クローディアの驚きの声と、ネルの戸惑いの声。
「すべて絵具でのいたずらのようですが・・・・・ひどいことをしますわ」
そして扇で口元を覆い、嫌悪感を隠さないエスメラルダの声。
ついさっきまで馬車の中は本山の観光が楽しみだという声で溢れていたはずなのに、その出鼻をくじかれ皆不機嫌になってしまった。
『いたぞ!!』
そして噂をすれば影が差すと言えばいいのだろうか、遠くから兵士の叫び声が聞こえた。
こんな不機嫌の原因たる光景を作った張本人が現れたのだろうか、一本向こうの街路が騒がしくなった。
「リベルタ!私たちも」
「いや、このまま本神殿に向かおう」
「え」
その方向で何か起きているのは明白、そこに向かえばこの落書きをした張本人と出会うこともできるかもしれない。
正義感のあるネルが、そっちに向かおうと提案したが俺は首を横に振りそれを拒否した。
「この都市にはこの都市の警備兵がいる。余所者の俺たちが横やりを入れたら彼らの面目が潰れるし、越権行為になる。依頼されていないなら余計な手は出さない方が吉だよ」
今の俺たちが向かってもそれは野次馬と変わらない。
依頼されているとかならまだわかるが、何もされていないのにトラブルに首を突っ込むのも良くはない。
「・・・・・そうね」
クローディアが動こうとしないのをネルも気づいて、素直に座席に座り直した。
何かが起きている。
それは間違いないが、何が何でも俺たちが解決する必要はない。
そう、思っていたのだが。
「・・・・・リベルタ様。騒ぎがこちらの方に近づいているようです」
「・・・・・ゲンジロウ、警戒態勢」
運命の女神様は俺のことが大嫌いらしい。
こっちが避けようとしているのに、向こうからトラブルがやってくる。
『はっ!』
流石にクラス7の警備に囲まれていれば、ワールドモンスターでもない限り対処できないなんてことはないはず。
馬車が止まり、ゲンジロウとエンターテイナーたちの警戒度が上がる。
さてさて、何が出てくるか。
窓は開けずにカーテンをめくり、外を見て音がする方向を覗えば、道路を走って何かを追尾している兵士の一団が見えた。
どうやら相手は屋根の上を走っているらしく、しきりに上を見て叫んでいる。
この段階で俺の知る奴ではない。
奴は、極度の高所恐怖症だ。
屋根の上なんて絶対に上がらないし、ジャンプするのも嫌だと豪語する。
となれば、一体どこの阿保がこんなことをしているかという疑問にぶつかり。
『アハハハハハハハハ!!!!』
妙にかん高い笑い声と、そして同時に響き渡る液体が爆ぜる音。
パシャン、パシャンと水が弾ける音が響き、その弾ける音と一緒に絵の具が飛び散る。
絵具まみれのローブに身を包み、小柄な体で屋根の上を飛び跳ね。
両手に持った水風船をあちこちに投げまくっている曲者。
『芸術はバクハツデーッス!!』
そしてその爆ぜた絵の具に巨大な筆を走らせ、即席の抽象派な芸術を描こうとするもう一人の相方。
本当に誰?
『御屋形様、捕らえますか』
「兵士に声掛けをしてくれ。それで救援を求められたら手を貸す形で」
『はっ』
過去に活動し、原作時には登場しなかった人物か。
あるいは本当に俺の知らない類の人物か。
両人とも絵の具で汚れたローブに身を包んでいるから容姿が見えない。
「小人族のようですね」
「だよなぁ」
どこか人物が特定できる情報がないかと観察していると、隣からすっと窓を一緒に覗き込むように、クローディアが顔を並べたので少しドキッとしてしまった。
体格と動きから子供の線は消え、そこから導き出される答えの一つが小人族という選択肢。
小人族もネームドは多い。
だけど、絵の具を振りまく二人組なんて聞いたことがない。
『そこの馬車!汚されたくなかったら早く移動させろ!!』
そんな風にのんびりとしていたら、神殿騎士と思わしき人物から警告が入った。
どうやら汚される対象は家だけじゃなくて、馬車も対象らしい。
『アハ?あれもやる?』
『あれは危ない。いやな予感がするから撤収!!』
『クソ!待てぇ!』
しかし、ジッと俺たちを見たと思ったら、すぐに踵を返し別方向に逃走しはじめ、あっという間に見えなくなった。
「なんだったんだ?」
「少なくとも、悪意はありましたね」
此方との実力差を見抜ける程度の実力はあるようだが、精神的に幼いイメージを持たざるを得ない人物。
全く心当たりがない人物の登場に、嫌な予感を感じつつ。
「関わらないのが吉か。ひとまず予定通り大神殿の方に向かおうか」
「ええ、私の知り合いの大司教が待っています」
「大神殿のトップが待っているって普通なら考えられないのですけど、クローディア様なら当然ですわね」
何も被害を受けずに済んだ俺たちは、移動を再開するのであった。
「中央の方もひどいな」
「すべてあの2人でやったのかな?」
その道中の街中もあちこちが汚され、そこら中で清掃活動をしている人が見える。
中には冒険者を雇い、壁を掃除してもらっている人もいる。
どうやら被害は広範囲にわたっているようだ。
被害は落書きだけと言えば大したことのないように聞こえるが。
実際に被害にあった人のことを考えると、大変なことをしでかしている。
「うわ、リベルタ君あれを見て」
「あれって、うわ」
その中でひときわ清掃が大変な場所があった。
おそらく大きな商店なのだろう。
従業員総出で壁の掃除をしているが、極彩色と言えばいいのだろうか。よく言えばカラフル、悪く言えば目に悪いようなサイケデリックな色合いの見た目になった壁面をアミナが指さし、俺もそれを見たら引くことしかできなかった。
恨みがこもった目で必死に絵の具を落とす従業員たちを見て、早めの解決を願うところだけど。
「さすがに、大神殿まで落書きされてはいないか」
「あの2人もさすがに神罰は怖いようですわね」
俺にはどうにかすることはできるだろうけど、手伝うとキリがないので、依頼されるまでは放置ということにする。
もしかして、大神殿まで被害が及んでいるのかと不安になったが、騎士団の警護もあってか、ここら辺まで来てようやくアレイヤらしい景色を見られた気がする。
「うわぁ、綺麗」
「本当」
「これが、アレイヤの大神殿。噂には聞いておりましたが」
そんな俺の安堵の気持ちの隣で、感動の気持ちが生まれていた。
アミナの素直な言葉にネルが同意し、エスメラルダも感嘆の声を漏らしていた。
護衛のゲンジロウたちもすごいと驚いている。
「喜んでもらえてなによりですね。ここを管理している神官たちも喜びますよ」
白色を基調とし、いたるところに見える細部にこだわった彫刻の数々、影の位置、光の入り具合、その全てを計算して建築したかと思わせる完璧なバランス。
華美にならず、されど、質素でもない調和のとれた装飾の施された大神殿。
その建物を褒められるのはクローディアも嬉しいのか、笑顔で応える。
駐車場に馬車を駐め、手続きを済ませ馬車を預けたら、警護を四人ほど残してクローディアの先導で大神殿の方に向かうと。
「クローディア様!」
大神殿の方から駆け寄る人物がいた。
神官服の中でもひと際豪華な高位者の衣装を着こみ、周囲にいる神殿騎士が慌てて走っているのが見えた。
「ナタル、大司教が走り寄るなんてことをしてはいけませんよ」
大司教ナタル。
回復魔法のスペシャリストのネームドだ。
FBOではクローディアの後釜として大司教になった人物だ。
琥珀色の髪をショートヘアにした少年だが、彼は小人族であり、見た目以上の年齢だ。
「すみません!本日こちらに来ると聞いて、いてもたってもいられず」
そんな、見た目は少年のような中身が大人な彼は、にこやかな表情で俺たちの方を向いた。
「こちらの方々が?」
「ええ、彼がリベルタ、そしてネルさん、アミナさん、エスメラルダさん、イングリットさん」
クローディアに紹介されて、俺たちは軽く頭を下げて挨拶をする。
「皆さま初めまして、本山の大神殿にて大司教の地位を預かる者、ナタル・ドレッドと申します。我が神殿は皆様を歓迎いたしますよ」
雰囲気も物腰も柔らかく、歓迎してくれているムードが感じ取れる。
だが、一つ。彼と接するにあたって注意することがある。
これはFBOでも常識であり、クローディアにも事前に聞いていた内容だ。
「それでは、まずは応接室の方に案内します」
それは彼の背中にある代物にツッコミを入れてはいけないということ。
「「「「「・・・・・」」」」」
前から見る姿は神秘的な雰囲気を纏う大神殿の大司教と言うのがわかるのだが、その背に背負う、使い古された猫のようなビーバーのような形容しがたい動物のぬいぐるみ。
長年使い古されたその年季から、呪いの人形のような様相になっている。
だらりと首が垂れ、のけ反るようにこちらを向いた眼孔は、がらんどうでどこを見ているか分からないくせに、こっちを見ているような妖しげな雰囲気を醸し出す。
「?皆さまどうしました?」
「いえ、何でもありません。行きましょう」
そしてその怪しげな人形に驚き、動きが一瞬止まった俺たちに不思議そうな顔で振り向くナタル。
その対応に慣れているクローディアの掛け声で復帰し、皆が歩き出す。
もし仮に、ここで人形の話を振ったらどうなるか。なんて興味本位でも決してやってはいけない。
話を振ったら最後、延々とその人形への愛を語り始めてしまう。
ナタル・ドレッド。
彼は回復のスペシャリスト、そして同時に呪術のスペシャリストでもある。
完全後衛のスキル構成ではあるが、そのスキル構成で大司教の地位にまで上り詰めた実力がある。
その戦闘スタイルは、回復をしながら相手を呪うというデバッファースタイル。
あの人形は、彼専用の武器なのだ。
「ここまで来る道中で街の様子を見ましたが、あれは一体なんですか?」
「ああ、最近現れた迷惑な二人組ですね」
しかも、この世界に二つとない。
ユニークウェポン。
呪いの『ぐるむん』と呼ばれる人形だ。
ナタル以外は装備できず、ナタル以外の者が触れた途端に呪われるという代物。
「捕まえられていないようですが、何か理由でも?」
「神出鬼没と言いますか、追い詰めたと思ったら忽然と姿を消すんですよ。そのおかげで足取りが上手く掴めなくて。素顔もわからないので指名手配もできません」
そんな特級呪物を背負っていても平気な顔しているナタルの眉間に皺が寄るほど、あの落書きコンビは厄介な存在のようだ。
「クローディア様、ぜひともお手をお貸し頂けませんか?」
そして頼られることになるという、いつもの流れになるのも必然と言えるのであった。




