29 EX 落ちた神 2
過去の栄光に縋る。
なんてことをする人間は大勢いる。
大企業の役員だった人、有名なスポーツ選手だった人、当時はテレビに引っ張りだこだった女優、天才ともてはやされた学生。
しかし、その栄光と言うのはその当時のものであって永遠ではない。
その現実は神でも一緒だ。
「ほら!働かざる者は食うべからず!!今日の仕事を終わらせないとご飯抜きよ!」
「なんでこんなことになってるのよ!!」
「口を動かす暇があるなら一本でも薪を切りなさい!!」
あの夜、神秘的な流星となり空から降ってきた少女たち。
ゲームならそこから始まる物語がありそうなのだが、光の女神ライナ、大地の女神ジュリを拾った人物がそれをさせなかった。
「そんなへっぴり腰で斧を振り上げないの!!何度言ったらわかるの!斧は食い込ませてから軽く振り下ろす!!」
「記憶がないいたいけな少女にやらせる仕事じゃないわよ!!」
「あなたの妹はしっかりと畑仕事をやってるわよ!」
偶然か運命か、もしリベルタが彼女の顔を見たら主人公と呼ぶだろう人物。
名前もゲーム開始時のデフォルト名と一緒の少女、ステラ・ルナンダは藍色の髪をポニーテールにして、疎遠な家族関係で自立せざるを得ないことで鍛えられて生み出された勝気な表情で、拾った少女を指導する。
「ジュリと一緒にしないでよ!あの子はなぜか畑仕事が得意なのよ!私は魔法が得意なの!!」
「魔法と言ったって光るしか能のない役立たずは、斧を振りなさい!ほら、日暮れまでにそっちの薪を全部終わらせるのよ!」
「鬼!悪魔!人でなし!貧乳!」
「なるほど、どうやら死にたいようね」
必死になって薪を割る少女——記憶と神の権能を封印され無力な人間の少女と化した元光の女神ライナは、元来の性格が災いして素直に文句を垂れ流した。
女神として生きていた時の感覚というのは封印されても残っている。
もっと上等な生活をしていたというおぼろげな感覚、もっと強い力を持っていたという懐かしさ。
それを直感的に感じているから、ほぼ無力になった今の自分が本来の自分ではないような錯覚を感じる。
「ひっ!?」
だからだろう、目の前の人間の少女が飼育小屋から引っ張り出してきた鶏の首を大きな包丁でスパッと一刀両断した光景に怯える。
「あなたもこうなりたい?」
「は、働くわよ!働けばいいんでしょ!」
「そうそう、わかればいいのよわかれば。だけど、さっきの言葉を許したわけじゃないから。今日のあなたの晩御飯、お肉抜きね」
「くっ!」
「その山の倍の数の薪を割ったら肉を追加してあげるわ」
「やってやるわよ!!」
ステラのすらっとしたスタイルはモデル体型と言えるが、さらに狩猟や農作業で力仕事をこなすために体は鍛え上げられている。
その鍛え上げられた肉体から繰り出された殺意の籠った包丁の一振り、そして血抜きするために逆さまに吊るされる鶏の光景に添えられる冷笑。
本能的にヤバいと感じたライナは、慌てて慣れない薪割り作業に戻る。
「まったく、口だけは達者なんだから」
天から降ってきた二人の少女との不思議な出会いと、拾ったからには責任を持とうと厳しくとも見捨てないステラは、次の鶏に狙いを定めようとしたところで遠くから歩いてくる人影を見つける。
「兄さん、どうだった?」
「手慣れていた」
背中に籠を背負い、その中から農具が見え、膝に土汚れを付着させたステラの兄、アステル・ルナンダ。
妹と一緒の藍色の髪を短く刈り上げ、寡黙な表情を添えた筋肉質な巨躯の青年の歩調は、隣にいる少女の歩幅に合わせられている。
「彼女がいてくれて、思ったよりも早く仕事が終わった」
「そうかそうかぁ。それならジュリちゃんには晩御飯のお肉多めにしないとね」
「あらあら、嬉しいです」
のんびりとした笑みを浮かべた栗色の髪の少女。記憶を封印され能力の大半も封印されてもなお、大地の女神の面目躍如というべきか。
土に触れることを忌避せず、植物の意思を感じ取り、野菜を的確に育てるにはどうすればいいかがすぐにわかる。
その能力を駆使して、通常よりも早く畑仕事が終わってしまったのだ。
性格もライナと違い温和。助けてくれた兄妹にどこか裏がありそうな雰囲気は感じているが、それでも働き者で文句も口にしない。
その点から、ステラとアステルの評価は高い。
「それと、さっき行商人から情報を聞いてきた」
「もしかして、学園の噂?」
「ああ、やはり予定通り入らない方が無難だ」
貴族の子息でありながら、家畜の飼育や薪割り、畑仕事と平民と同じようなことを仕事としている二人。
そのことに対して、この土地の住人は不思議に思わない。
ステラとアステルは、貴族の妾の子。
主筋の血統ではないゆえに、ないがしろにされていることは周知の事実。
それ故に、住民からも同情されることも多い。
そして、率先して畑仕事や狩り仕事などもやるから、他の貴族とは違うと認識され、住民を通じて商人とのつながりも得ている。
「そんなにひどいんだ」
「細かいことは手紙を見ろ」
「うん、ちょっと見せてね」
住民たちと良好な関係を保ち、厳しいながらも兄妹二人で生活できる環境を用意したステラは、作業用の手袋を外し、持ち前の明るさを潜め、兄から渡された手紙を受け取り中身を見る。
貴族ゆえに文字の読み書きはできるし、計算もできる。
その点に関しては教育してくれたことを感謝しているが、それでも今の環境が良いとは思っていない。
将来のことを考えて、貴族が優先的に入れる学園も進路に入っていたが。
「うん、ダメだね。完全に貴族贔屓の縦社会。いや、コネ社会と言った方がいいかな。ここに入っても百害あって一利なしだよ」
その学園の噂も良いものを聞かない。
なので、事前調査のために知り合いの商人に頼んで情報を集めてもらった。
結果は黒。真っ黒と言っていいほどいい話を聞かない。
「となると、やはり予定通り冒険者か?」
「その可能性がグッと高まったね」
自分たちの立場ゆえに、今の流れに身を任せていたらステラは政略結婚のためにどこかの貴族に嫁入りさせられる。それも正室ならまだいいが妾にされる可能性の方が高い。
アステルは軍に入れられ武功を挙げろと強要される未来が待っている。
そうならないために、早めに自立するための仕事をして、お金を貯めているわけだ。
「だけど、ただ冒険者をやるよりも、冒険者をやりながら行きたい場所もあるね」
無難な働き口ではあるが、冒険者になるのが兄妹の中で一番の有力候補。
過去を詮索されず、誰でもなることができる。
見習い期間はあるが、それでも実力さえ認められれば裕福な生活もできる。
「北か?」
「さすが兄さん、私のことわかってるね」
「北の情報ばかり集めている。わからない方がおかしい」
BGMで薪割りの音を聞き、雑音に少女の泣き言が混じりながらの会話。
ちらりちらりと、妹のジュリに助けを求める視線を向けるが、ジュリは「自分はしっかりと仕事をこなしてきた」と、姉の視線に気づいていないふりをする。
そのことにショックを受けるも、薪割りの音が止まると流し目でステラから鋭い視線が向けられ、再開せざるを得ない。
ヒィヒィと泣き言を言いつつも働くライナを見て満足げに頷いた後に、ステラは理解ある兄に向けて笑みを浮かべる。
「北ですかぁ?」
しかし、最近知り合ったばかり、もっと言うのならつい数週間前に拾われ、孤児院に送り付けられるか一緒に働くかの選択を迫られた関係のジュリは、ステラの行動を理解しきれていない。
「ええ、面白い街ができてるみたいって噂があるの」
そこまで信頼関係が築けていないというのもあるが、どこから情報が漏れて、家にバレるかわかったものではない。
こうやって家の外で働き、自立すること自体は反対されていないが、目立つ行動をしようとするものなら家から邪魔されるのはわかっている。
ステラとアステル。
信じられるのは血のつながった兄妹であるお互いだけ。
今は保護者としてライナとジュリを側に置いているが、いざ行動を起こす時までに信頼に足ると判断できなければ、二人はこの姉妹を置いて旅に出るつもりだ。
今のステラとアステルがライナとジュリの姉妹に向ける評価は、「ライナは置いていく、ジュリは条件付きで連れていく」。
「ライナを連れていくことを前提としたら、ジュリも置いていく」。
それくらいのドライな関係だ。
「面白い町ですかぁ?」
「ええ、噂だと神様の使徒様が作っている町らしいんだけど、一番面白いのはこの国から独立しちゃったってことだね」
そんな関係のジュリに、にっこりと笑ってステラが話すことが、果たしてどういう意味を持っているのか。
「すぐに行くのですか?」
「まさか。旅費は貯まっているけど、装備を買わないといけないことを考えると心もとないし、もう少し貯蓄してから出るさ」
それはタイムリミットを知らせるため。
「わかっていると思うけど、今のままだと君たちを私たちは置いていくよ。ついて来たいのなら頑張ってね」
拾ったから責任を持って、生活できるようにする。
それはあくまで善意であり、義務ではない。
はっきりと言えば、ステラとアステルには、拾ったライナとジュリを保護し続ける理由はないのだ。
「はい、それは承知しています」
「うん、ちゃんと働いてくれているし、ジュリちゃんは良い子だね」
それは、あの日の出会い、夜が明けた朝に目覚めた姉妹にステラが最初に言った言葉だ。
『私たちは見つけただけだよ。だから、最低限安全な場所には運んだ。後は自由にすればいいさ』
その冷めた感情は、この辛く厳しい世界で生きていくためにステラが身につけた処世術。
兄のアステルが寡黙なのは、余計なことを言わないための処世術。
笑顔と称賛の裏に損得勘定がうごめいている。
それが今なお、歪な関係を続けている兄妹と姉妹の関係性。
「行き場のない私たちを助けてくれましたので、これくらいは当然ですよぉ」
「もう、そっちの姉にジュリちゃんの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだわ」
「土だらけだからダメですよぉ」
記憶がなく、名前しか覚えのない姉妹にとって、目覚めてすぐに善意を感じ取れた人物と接点を持てたのはかなりの幸運だ。
ライナとジュリが覚えているのは、名前と、互いに姉妹であること、そしてそれぞれ特技があること。
それだけだ。
「そこ!聞こえて、いる、わよ!」
「はいはい、手を止めないでね」
そして、自分たちが窮地に陥っているということだけは理解している。
そんな状況で、助けてくれる可能性があり、一緒に過ごし、合理的だが善人である二人から離れ、新しい人間関係を構築することに対するデメリットを理解しないわけがない。
文句を言いつつも、しっかりと働き、従順に従いつつも姉妹はルナンダ兄妹の観察を怠らない。
元来の気質は、封印されても残ったまま。
「そういうこと。残った日にちはそこまで多くないけど、どうするかはあなたたちの自由よ。でも」
「はい、わかっています。ステラさんとアステルさんの行動は邪魔しませんよぉ」
「わかっていればいいわよ。お願いは聞いてあげるけど、叶えるかは私たち次第だよ」
されど、環境に適応しないといけないという危機感は芽生えている。
「はい」
「大丈夫、貴方が頑張れば姉と一緒にこの町でつつましく生きるくらいのことはできるよ」
何か忘れてはいけないことを忘れている。
その焦燥感から「この二人から離れてはいけない」と思いつつ、同時に「この二人と一緒に行くと何かが変わってしまう」ような予感をジュリは感じていた。
必死に慣れない斧を振るって、薪を割っている姉のライナはどう思っているのか。
意見交換をしたいが、それは寝る前の疲労困憊の状態ですることになりそうだ。
「さてと、休憩終わり。兄さん、農具を片付けたらこっちを手伝ってね」
「わかった」
そんな兄妹と姉妹の思惑がどう交わるのか。神すらもわからない。




