26 EX 離れる右腕
精霊界で雷の精霊三姉妹と今後のことを相談し始めるリベルタたちの楽しげな雰囲気とは裏腹に、バミューダたちマーチアス公爵家私兵団一行の空気は不穏、その一言に尽きる。
その原因は言うまでもない。
この遠征軍の指揮官、バミューダ・オルトスが東の公爵、マーチアス公爵のもとから離反するという情報が出たからだ。
その噂は開拓村という名の、砦から出立した兵士たちによって既に軍全体に流れている。
「将軍」
「なんだね?」
軍というのは動きが遅い。集団でまとまって移動しないといけないから、自然と普通の移動よりも遅くなってしまう。
それに加えて規律を維持して行軍しなければならない、という責任も生じる。
「本気で公爵閣下のもとから離反するのですか?」
その行軍路において、指揮官である将軍の離反という噂は、軍団の規律を揺るがすくらいに兵士たちにとっては大問題だ。
「するとも」
東の領地までの道のりは長い。その間にバミューダは何をしているかと言えば、引き継ぎ書類の作成だ。
部下は、あの時の会話は演技で、リベルタという少年率いる一団を騙すためにやったことだという言葉を欲したが、部下へ視線も向けずにバミューダはあっさりと肯定した。
「っ!本気ですか!?」
「ああ、本気だとも。逆に聞くが、君は彼を見て何も思わなかったのかね?」
私兵団の総軍を率いる将軍であり公爵の側近という、すべての地位を返上する。これを聞けば、せっかく上り詰めた地位を捨てた愚か者だと見えるかもしれない。
だけど、バミューダからしたら、この紙切れ程度で放棄できる代物であの時会えた少年のもとにはせ参じることができると考えれば、安いものだと思う程度の価値しかない。
加えて、マーチアス公爵から遺恨なく離脱する策を弄する。
送り先は、とある知り合いだ。
独身で、家族もいないバミューダにとって数少ない親しい知人と言うべき存在への手紙を、伝書鳩ならぬ、テイムアイテムで従えた鷹のモンスターの足に括り付けて送り出す。
その一連の作業を終えて、ようやく筆を止めてゆっくりとした動作で椅子から立ち上がり、警護をしている部下の方に向き直った。
「確かに、異質なものは感じました」
「異質、異質か」
その部下の述べた感想に、珍しくバミューダは自然に笑った。
部下の感想は的を射ていそうで、少しずれているとバミューダは思った。
「確かに、リベルタ殿は異質だ。では、1つ質問を付け加えよう。リベルタ殿と閣下、どちらの方がより異質だ?」
部下の言葉、そのずれを教えてやる義理はバミューダにはない。
しかし、この後のことを考えるのなら味方は少しでも多いことに越したことがないと思い、バミューダは自分の感じたものを教示することにした。
「・・・・・」
まだ部下であるゆえに、マーチアス公爵のことを閣下と呼び、礼儀を見せるバミューダの、主を他と比べることを前提にした質問は不敬なものだ。
答えて良いものかと一瞬部下は悩んだ。この上司はいままで自分で質問しておきながら、下手なことを言うと反逆罪ということで、色々と都合の悪い部下を粛清してきた。
その先でどうなろうとも知らないと言わんばかりに容赦なく。そして今この軍に所属しているのはバミューダにとって、要領が良く、忠実で、使い勝手のいい、実力のある者という条件を満たした兵士ばかり。
側近である部下はそのバミューダの人柄を重々承知し、把握していたゆえに答えに窮した。
「なに、この質問で咎めることはしない。それは、私の矜持で約束しよう」
教育が行き届いているということは、言えないとわかっているということ。
バミューダが、許可を出し発言を引き出すことをしてもなお、数瞬悩んだ部下。
「比べるものではないと、愚考いたしますが。強いて申し上げるのなら、閣下は上に立つべく異質になった存在であり、あの少年は自然と前にいる存在だと認識させる存在だと思います」
「ふむ、わかっているではないか」
悩んだ時間でひねり出した言葉に、バミューダは満足げに頷き。
それが正解だと教える。
「閣下は上に立つ存在だ。それで、あの膨大な領地を従え力にし、並び立つ存在を許さぬ強大な権力を築いた」
ワレゼペ・マーチアス公爵は覇者だ。
すべてを従え、全てを飲み込み、全てを欲する欲深き存在。
それが、バミューダ・オルトスという人間が仕えてきて見続け、抱いた印象だ。
「では、あの少年は上に立つ器ではないと?」
一方、リベルタは覇者ではない、先駆者だ。「リベルタ殿は、そもそも上に立つ気がない。それなのにもかかわらず、あの方の周りには人が集まり、そして彼の後に続く」
マーチアス公爵の在り方は、貴族としては正しく、治世者としても一種の完成形と言っていい。
だからこそ、その先の未来に価値を見出し、その下で知恵と腕を振るい、仕えて来た。
やり方に関して言えば、合理的で空気も嫌いではなかった。
物足りなさもなく、充実していたとも言える。
本来であれば、このままずっと仕え、将来的に閣下の子孫に地位が引き継がれる際に徐々に浸食し、下から崩す気であった。
それを楽しみにしていたが。
「立つ気がない?では、なぜあの者たちは彼に従っているのですか?」
「我々とは前提が違うのだよ。こう言っては何だが、我らが主であるマーチアス公爵閣下のもとに馳せ参じ、自ら仕えたいという輩の多くは大半が競争意識が高く、互いに蹴落とすことを常に考えている人間ばかりだ。そのおかげで実力が付く半面、人が育ちにくいという環境も出来上がる」
それよりも、やりがいがありそうなことを見つけてしまった。
一目会った時に異質な空気を感じた。
異質な存在と言うだけなら、それ自体はどこにでもいる。
なので、それにほだされるような感情は持っていない。
だが、一目見て、自然と目が合い、そしてその瞳が語る言葉によって脳が焼かれたという感覚を味わった。
「対して、リベルタ殿は道筋をつけて、後に続く者のための道標になるようなお方ゆえに、あの方に続く多くの者は迷うことがなく、そして何をすればいいかと理解している。そして続く者たちの道筋は無数にあり、リベルタ殿はそういった何かを成したいという意志を尊重している」
「それでは統治ができないではないですか。自由と言えば聞こえはいいですが、それでは多くの人が好き勝手にして無秩序な世界になってしまいます」
「そうならないのが、異質なのだよ」
『さて、何をする?』と問いかけてくる言葉。
それはバミューダが『何をなす者』かということがわかりきっている言葉。そしてそれは方向性は違うが、バミューダにとっては何かを期待されているということへ繋がる。
「好き勝手にできる環境を用意されながらも、住民のモラルは高く治安は最良。好きなことができるゆえに仕事の効率は最上位、住民はやる気に満ちて、率先して行動をするから町の発展も早い」
自分の行動を期待の目で見てもらえる。
そのことに胸が高鳴るのはいつ以来か。その記憶を掘り起こし自覚させられたのは初めてだ。
遥かむかし、バミューダの幼き頃の出来事。それは物語には紡がれなかった、彼の祖父からのたった一言。
あれは狩りを一人でやったとき、幼き当時の自分が一生懸命に考え、策を弄し、小さな鳥の魔物を弓で倒した時のこと。
『よく考えた、次も期待しているぞ』
両親はできて当たり前という言葉しか投げかけないし、それが普通だと思っていたバミューダにとって、その言葉は幼い自身に大きく波紋を響かせたことに気づいた。
できれば期待される。
頼りにされる。
そんな出来事に喜びを感じた。
だからこそ、できることをやろう。
できることをしようとし続けた人生だった。
気づけば実力を示し、頭角を現し、できて当たり前が日常になり、そんな純粋な感情など忘れ、価値がないものだと斬り捨てそうになっていた。
期待など、するだけ無駄だ。
そんな達観を抱く一歩手前だった。
「どちらの方が、魅力的に見えるかね?」
「それは・・・・・」
原作の時期であれば、期待すると言われても表面上の感謝を伝え、バミューダにとっては期待は利用するものだという認識のまま物語通りの未来の姿になっただろう。
いわばこの時期は感情の断捨離の時期。
バミューダがその時期が定期的にくる人生の中で、長い月日を掛けてもなお捨てきれなかった「期待」という言葉。
それが刺激されてしまった。
それだけではないが、それがきっかけなのは確かだ。
「魅力的な職場に転職する。それだけの話だよ」
「閣下がお許しになるとは思えません。あの少年が言う通り、遺恨を残さず閣下のもとから立ち去れた人間などいません」
「いるぞ」
バミューダからしても、一目惚れとはよく言ったものだと自己分析したが、事実その通りなのだ。
部屋に入って、その目から感じる何かに惹かれ、そこから仕えたいという願望が出てしまった。
そして、この方なら自分が見たことのないものを見せてくれるのでは、という希望が湧き出て来た。
別れ際になってもその感情は衰えず、この手間のかかる下準備をしている間も、リベルタという少年のもとに馳せ参じたら何が出来るかという期待がよぎる。
自分にもこんな人間らしい感情があるのだなと苦笑するのをごまかすように、放った言葉に部下はギョッとした表情を見せる。
「死人は遺恨なく向こうの世界に旅立てる」
離れる者へのマーチアス公爵の態度は、絶望と言っていいほど苛烈だ。
そんな人物のもとから立ち去る人間が地位ある者であるなら、その苛烈ぶりに拍車がかかる。
だからこそ、部下はバミューダがマーチアス公爵のもとから離れるのは無理だと言った。
それに対してバミューダが方法はあると宣ったことにさらに驚くが、次いで放たれた言葉に肩を落とす。
「それでは意味がないではないですか」
「そうだな、生きていかねば意味がないな」
あの世になら、遺恨なく旅立つことができる。
そんなバミューダの言葉を、部下は冗談だと受け取った。
「さすがに将軍でも生きて閣下から離れるのは無理ではないですか?あの方は生きていれば地の果てまで追いかけて罰します。実際それで何人の人間がこの世を去ったか」
「数えるのも面倒なのは確かだな」
無理なら諦めた方がいい、と部下は言いたげに言葉を選ぶ。
事実、この部下はバミューダのもとに付いてから長い。
生真面目ではないが、職務には忠実。
怠惰ではないが、融通を利かせ手を抜く方法を知る。
のらりくらりと要領よく生きることが上手く、実力もあるから副官なんて地位につくこともできた。
「それに、将軍が立ち去った後の後任になるのはおそらく自分です。そんな将軍と比べられる地位に上がるなんて嫌ですよ」
「さんざん私の地位を利用して融通を利かせてきたのだろう?その融通分の苦労は背負った方がいいと思うがね」
しかし、そんな彼でもバミューダの後釜に座りたいなんて野心はない。
実力はある、ナンバー2という自覚もある部下に、バミューダはクツクツと笑いながら部下の肩を叩く。
「後任になるくらいなら、適当な野心を持っている輩を就けてもらって、操った方が何倍もマシです」
「ならそうすればいいだろう。もうすぐ、この席は空く。それは確定事項だよ」
自分が立ち去った後の苦労が容易に思い浮かぶからだ。
なんだかんだ言って、マーチアス公爵のもとには権力をある程度持ち、上に上がりたいという上昇志向という名の野心を持つ輩は吐いて捨てるほどいる。
「血で血を洗うことになりそうですね。そんな苦労をしたくないので、もし立ち去る方法があるなら是非ともお供させてほしいです」
「考えておこう」
「ええ、ぜひ、そんな方法があるならご検討を」
そんな荒れる未来が待っていることに溜息を吐く部下の肩を、バミューダはもう一度だけ叩き、天幕の外に出るのであった。




