22 鞍替え
強キャラの演技の効果が一体どれくらいあるかはわからないが、少なくとも舐められていないのはわかる。
「なん……でも、ですか」
FBOでは常に飄々として余裕のある態度を崩さないバミューダから、余裕を失わせるなんて俺は見たことはない。
少なくともゲームではない。
そんな彼が演技ではなく、本当の意味で困っているのがわかった。
「ああ、できうる限りのことはしよう」
しかし、なんで俺こんなに自然に役になり切れているんだろうか?
我ながら会心の強キャラ感を出している。
ここまで俺は演技が上手かっただろうか。
「そうですね。そう改めて言われますと悩みますな」
「そうだろうね」
威圧的な笑顔を維持しつつ、足を組み、膝に手を当てた余裕のある態度で相手の返答を待つ。
それだけなのになぜかどんどんバミューダが追い詰められているのがわかる。
何でもいいと俺は言っているが、これが選択肢を与えられるよりも実はかなり判断を難しくしている。
ようはバミューダの判断基準で報酬を決めることができるが、俺が許容できるボーダーラインをバミューダは把握できていない。
オリハルコン鉱石という希少な物を差し出したが、それと同等のものとなれば何があるか。
シンプルな物で言うなら金だ。
だが、贈呈品の返礼が金というのは外聞が悪い。
こちらで献上すると言った相手に対して、金を要求するというやり取りになってしまう。
では他に何があるかと言えば、わからないというのがバミューダの心情だろう。
わかりやすくこの領地にある物で特産となっている物があればそれを求めていたかもしれない。
宝物があることを知っていればそれを要求したかもしれない。
しかし、果たしてそれが俺の許容値内かは定かではない。
今のバミューダの心境をあらわに表現するとすれば、差し詰め、『ここまで歩いてこい、ただし一定のラインより先には地雷があるぞ』と聞かされたかのようだ。
どこに地雷が埋まっているかわからない道のりをどうやって進むか真剣に考えているバミューダを俺は笑顔で待つ。
「では、この土地にある未知のゴーレムを所望しても?」
「へぇ、あれをか」
そしてバミューダは思いっきり踏み込んできた。
足元に地雷があるのを躊躇わずにだ。
絶好の機会。
情報を手に入れられる機会という餌をぶら下げてみたら、思いっきり食いついて来た。
もっと慎重に遠まわしに話を進めてくるかと思ったが、どういう心境の変化か。
「ダメだね」
なので、俺もあっさりと断る。
大事なモノだと宣言するように聞こえるが、それは俺の表情が否定する。
つまらない回答だ、と不満を全面に押し出した、感情を隠さない顔。
せっかく期待したのに、出された答えが優等生過ぎてつまらないと言わんばかりの落胆顔。
「ダメですか」
「うん。ダメだね」
まるで遊びだと言わんばかりに、感情論で否定した表情を見せてバミューダを揺さぶる。
足をゆらゆらと揺らし、次はなんて言うかと催促する。
「それでは、館に入る時見えたさらに奥にある城壁の中を見学させていただくのは」
「うん、ダメだね」
洗いざらい吐き出せと言わんばかりに「ダメ」と言う。
一度目の違和感の確認を、二度目の『ダメ』で行うとなんとなくだけど輪郭が見えて来た。
「それでは、この砦の作り方など」
「ダメだね」
初手から軍事機密が欲しいという本音を見せてしまう愚策、そしてそれを変えようとしない愚策。
道化のように、自分の目的は俺たちの機密を探ることですよと語る姿勢に周囲の雰囲気がおかしくなってくる。
バミューダの護衛からは「何を言い始めているのだ」という戸惑い、そして俺たち側からは失礼を通り越して敵と認定され始め、エスメラルダの目が鋭くなり口元を扇で隠した。
あれは、魔法の発動を悟らせないようにするための技法だ。
ゲンジロウが足の位置を相手に気づかせないように変えた。
きっと俺に何かあったら即座に切りかかるための準備だろう。
「前までは糧食を仕入れていたようですけど、今はない理由をお伺いしても?」
「ダメだね」
「では、ここら一帯に影の者がいるみたいですけど、その方たちを紹介していただいても?」
「ダメだね」
その雰囲気の変化を一番感じ取れているはずのバミューダは、マーチアス公爵がこういう情報を欲しがっていると教えるように次から次へと要求を変えて、その都度俺に拒否されるというのを繰り返している。
自分から差し出すように、そう、本当の献上品はこっちだと言わんばかりにどんどん俺たちに情報を差し出す。
「困りましたね。これでは、何を求めればいいかわからなくなります」
こんなやり方をFBOのバミューダはしなかった。
当時の彼はどちらかと言えば、踏み込もうとする相手をのらりくらりと躱し、そして隙を見つけたらそこから一気に切り返して傷口を広げるという、いやらしい〝待ち〟の姿勢を彼の真骨頂としていた。
こんな自暴自棄になったように本音の暴露で攻めてくるのは見たことがない。
周囲の雰囲気が、剣呑と困惑に包まれたタイミングで、冷めたティーカップをバミューダは手に取り、それを口に含んだと思うと。
「では、ここに来た理由を洗いざらい吐き出して帰ることが出来なくなった私を雇ってください」
あっけらかんと宣った。
「へぇ」
そう来たかと俺は素直に感心した。
自分で自分を追い詰めるように見せて、完全な押し売りを敢行する肝の太さはバミューダらしいと思ってしまった。
「マーチアス公爵が許さないと思うけど?」
「でしょうね。あの方は裏切りは絶対に許さない」
「君を受け入れたら、私は完全にマーチアス公爵に恨まれるだろうね」
「はい、恨むでしょうね」
彼なりの合理主義の心情に基づいての行動なのは理解できる。
バミューダの心のうちで何らかの心境の変化があったということだ。
「そんなデメリットを覆せるほど、君は私にとって魅力的な人間なのかな?付け加えるなら」
その心境の変化が何か探る必要性が出て来た。
この男を仲間にする。
普通に考えれば裏切りをほのめかすこの男を信用も信頼もすることはできない。
だから、この話は普通であればNOだと即決で笑顔で断るべきだ。
「私は裏切りを働く人間が大嫌いだ」
しかし、俺の中の直感がささやく。
見極めろと。
その直感に従い、試すように思考を戦闘モードに切り替える。
普段ののんびりとした思考から一転、戦闘時に行う計算と予測そして観察をする姿をバミューダに晒す。
大嫌いと断言し、その際に一瞬だけバミューダの首を切り飛ばすイメージをする。
実際に、今の俺ならこの背もたれに寄りかかった状態であっても一秒、いや、もっと少ない刹那で前に飛び出しそのままマジックエッジでバミューダの首を切り飛ばすことができる。
そのイメージをした直後、バミューダの頬がぴくッと引きつり、つぅーっと汗が一滴頬を垂れる。
バミューダは己の死を連想させる、そのイメージに対して無意識に右手が首元に伸びそうになるのを鋼の意思で抑えたようだ。
「君にとって、マーチアス公爵にはどういう感情があったにせよ一度は仕えると決めた主だ。そんな主を裏切り、たった一度、このわずかな時間でしか知りえない私に鞍替えしようとする。そんな人間を信じる要素があるのかな?」
その胆力は大したものだが、よほどの理由がない限り、俺はこいつを信用しない。
FBOという先入観を持っている俺の意識を変え、自分に売り込むことができるのならこいつは俺の想像を超える何かがあるのだろうとわかる。
「ありませんな」
さぁ、何を言うのかと身構えているとバミューダは肩の力を抜き、あっけらかんと何もないと断言して見せた。
それは、信頼に値しないと断言しているのと同等の言葉。
「しかし、なぜ、私が自分が不利になり、現在の主であるマーチアス公爵閣下を裏切るような言葉を紡ぎ続けたか――その理由を言葉にすることはできます」
すなわち、諦めの言葉ともとれる宣言に場の空気がまたもやどよめく。
自分の上司が狂ってしまったのではと、表情を取り繕えなくなった騎士たちに、ふざけているのかと眉間に皺を寄せているであろうゲンジロウたち御庭番衆。
「へぇ、それは?」
エスメラルダの目線も厳しくなり、これ以上ふざけたことを言うのであれば叩きだすと誰かが言いかねないタイミングで、この場で許される最後の言葉になりかけているバミューダに向けて先を促すと。
「一目惚れです」
「・・・・・は?」
FBOでは絶対にバミューダの口からは聞かなかった、あるいは言うわけがないであろうと思う言葉が飛び出してきた。
そして俺は必死に表情を取り繕い演技を崩さず、ゲンジロウが発した「訳の分からない」という戸惑いの言葉が俺の代弁となった。
「最初に訂正しておきます。私は恋愛に関しての興味は人並み以下、ほぼ興味はないと言っても過言ではありません。なので変な勘違いはなさらぬよう願います」
「だが、一目惚れと言ったではないか」
発声したのがゲンジロウだったため、一時的に視線を俺からゲンジロウの方に移した。
そこには心外だと言わんばかりの不満の表情がありありと浮かんでいる。
「物の例え、いえ、今の感情を説明するのに最も適当だったのがその言葉だっただけです」
「感情だと?」
「はい」
まるで自分の魂から湧き出した感情を恋愛などというつまらない尺度で測られることが不満のようだ。
「生まれて初めて感じました。私は貴方様に仕えたいと」
そうして不満の訂正の言葉を紡いだバミューダはそっと席を立ちあがり。
「私にもこのような感情があったことに驚きと戸惑いを感じております。この地に来るまでは様々な暗躍を考え、出し抜くことも考えておりました。だが、貴方様にお会いした時、衝撃が走ったのです」
そして俺の前で跪いた。
王国でも指折りの勢力を持つ公爵家に仕える一人の地位ある存在が、首を垂れ俺に臣従を示してきた。
「並外れた雰囲気を纏う佇まい、全てを見通す目、全ての策略を無為に帰す智謀を感じさせる言葉」
一体なぜにこういう展開になった? そしてそれはどこのどなたですか?
あまりの急展開に心の中で戸惑いつつ、これも俺を騙すための演技なのではと疑ってしまう。
バミューダという人間は、ディストピア思考に取り憑かれたと言ってもいいほど支配欲にまみれた手段を選ばない合理主義者。
そんな人間が、仮に嘘でも俺に臣従すると言ってきた。
「話せば話すほど、騙すという行為が出来なくなる自分がおりました。いえ、できなくなると言うのは語弊がありました。騙したくないという感情が湧き出てきました」
段々と熱が入るバミューダの言葉。
そして、その熱に連なり力がこもる瞳。
「この感情は何か、考えました。質問を重ね、自分に問いを投げかけ、確認しました」
「その結論は?」
これ、仮に演技だったら相当な役者ということになる。
しかし、こんな名演技を披露する理由が一目惚れというかなり不確定な理由なのだから、信じればいいのか信じない方がいいのかわけがわからなくなっていく。
もしここまでの流れが策略だとすれば、俺の考えを混乱させるという意味では大成功だと言っていい。
「この気持ちに嘘偽りはないと。そしてこの気持ちを信じてもらえるのなら、神の契約に署名しあなた様に一生の忠誠心を誓っても良いと思い至りました」
俺の思考が混乱し始めているからなのか、堂々とヤバいことを宣っているバミューダを見て、こんな言葉が脳裏に浮かんでしまった。
バミューダが決死の覚悟で仲間になりたそうにこちらを見ている。
仲間にしますか? yes/no
どこぞのゲームで表示される選択肢、ここまでの覚悟を見せる男の行く末を考える羽目になるとは、さすがに予測できなかったのであった。




