16 リベンジ
ハイスピードメイカーを装備したクローディアの強さは圧倒的だった。
空手では百人組手という荒行があるが、今回の高速戦闘の実戦訓練でそれに近いことを成し遂げてしまった。
「ふぅ、中々使い勝手のいい装備ですね」
軽く汗をかき、俺を除いた面々との戦いを終え呼吸を整えているクローディア。
「強すぎるよー」
戦いを挑んだネルは得物が長さと重量のあるハルバードであることと、さらに戦闘経験値の差でクローディアとの相性が悪く、戦闘時間わずか三十秒で敗北。
「精進いたします」
バランスタイプのイングリットは抜刀術で後の先を取ろうとする迎撃戦で挑んだが、常に待ちの姿勢を維持したせいで主導権をクローディアに握られ、彼女の高速戦闘に対応できなくなり、ゲンジロウと同じような結果で敗北。
記録は約二分。
「雷を、雷を避けますの?」
そして膝からがっくりと崩れ落ちて落ち込んでいるのはエスメラルダ嬢だ。
彼女の記録は十秒未満。
彼女は魔法使いということで例外的に攻撃スキルの使用を許可されて、範囲攻撃魔法が周囲に影響を及ぼした場合に備えて万全の医療体制での模擬戦だったが、この結果。
初手でショックボルトで牽制し、アイスブーメランを並列で起動して全方位の迎撃態勢を形成することを狙ったが、肝心の初手の雷魔法を回避したクローディアの一撃で撃沈。
元々魔力の方を重点に置いたステータス構成だから身体能力の差は埋めようもなく、こういう未来があってもおかしくないわけだが、そうだとしても対人用の装備も無しに高速移動するクローディアを相手にするのはやはり荷が重かったか。
「ドンマイ」
「いや、君も同じような結果だったからね!?俺だけ瞬殺されたような言い方は止めようか!?」
「僕の方が君よりも五秒長かったよ♪」
「誤差だろ!!!」
どんぐりの背比べをしているジュデスとシャリアのやり取りで、エスメラルダ嬢が少しでも癒されてくれと切に思いつつ、エンターテイナーの戦いに目を向ける。斥候向けのスキル構成だと要求される身体能力が多岐にわたるため、体操競技と陸上競技のようにある意味速度では負けている現状、魔法使い型のエスメラルダ嬢と一緒でスピードが勝る今のクローディアは相性が悪かったか。
努力宣言もむなしく、あっさりと負けてしまったジュデスを慰めるシャリアだが、そのジュデスの敗北を見ても五秒しか延長できなかったシャリアとのやり取りに他のエンターテイナーたちは苦笑している。
「アハハハハ、すごい結果になっちゃったね」
「まぁ、ある意味で予想通りと言えば予想通りか」
最強格の戦闘巧者に最強格の速度強化アイテムを渡せばこうなる可能性は考慮できた。
から笑いを浮かべ、皆にバフをかけ続けていたアミナの感想は至極真っ当。
隣で苦笑を浮かべる俺も、内心誰か一人くらいは一矢報いるかと期待していたけど、高速化クローディアの壁はものの見事に挑戦者たちをはじき返して見せた。その結果に、納得と驚愕が入り混じったような感情を抱いている。
「それじゃ、大トリで行ってきますかね」
そして程よい疲労と、温まった体、そして何度も戦闘を繰り返すことによって感覚が研ぎ澄まされ、速度上昇の感覚にも完全に慣れたクローディアに挑むために、俺は模擬戦用の鎌槍を片手に立ち上がり歩き出す。
「どうだ?強力な武器を使いこなした感覚は」
「自分を戒めることを気にかけないといけませんね。この力に頼り切りになれば私は弱くなる。それがはっきりとわかります」
「そう思える段階で、その心配は杞憂で済みそうだな」
ゆっくりと両手で槍の柄を持ち上げ、左右に体を揺らして体をほぐしつつ、ハイスピードメイカーの使い心地の感想を聞けば、ゲーマーでも陥りやすい罠にクローディアはすでに気づいていた。
強力な武器を得れば、当然シンプルに強くなることができる。
だが、その代償に、強い武器に感覚を合わせすぎて、それ以外の武器を使う時に感覚にズレが生じて技術の幅が狭まってしまうことがある。
俺たちゲーマーはそれを避けるためにあえて縛りプレイなどをして技量を上げたりしているのだが、クローディアはその素質があるようだ。
「スタミナポーションはいる?」
「いただきましょう。あなたには万全な状態で挑みたいですので」
「挑むって、俺の方が装備分ステータス的には弱いんだけどね」
「何を言いますか。私たちの最初の戦いでのステータス差を覆そうとした技量、そしてレベルが追い付いた後のあなたとの模擬戦の戦績、覚えていないのですか?」
「懐かしい話を持ち出すね。そう言えば、数えてはいなかったな」
「578戦、224勝135敗219分けです」
「引き分け多いなぁ」
「時間切れが大半です。そしてこの戦績通り、私は貴方に〝負け越している〟」
そんなクローディアに挑むと言われて苦笑したら、彼女は律儀にも俺との模擬戦の戦績を数えていた。
その数字を俺は正確に把握していなかったが、まさか俺の方が戦績が良かったとは。
おー、と思わずつぶやいてしまうほど勝ち越している数字を言われてしまえば、確かに挑むという言葉の方が正しいということになってしまう。
「この装備の力で勝つのも些か不本意な気持ちもありますが、逆に見たくもあります」
「なにを?」
スタミナポーションをイングリットから受け取り、一気に飲み干し、手拭いで口元を拭ったクローディアはイングリットに飲み干したポーションの容器と手拭いを渡し、それから構えを取った。
「この状態の私に勝つ、貴方の姿を」
「ハードル上げて来たなぁ」
「周りの皆も期待しているのでは?リベルタならできるのではと」
「アハハハハ、そんなまさか・・・・・マジか」
やる気満々、そして期待も満々。
クローディアだけに期待されているかと思いきや、周りを見てみれば俺に向かって期待の眼差しを送る面々が多いこと。
ここで無様に負けるようなら、その期待を裏切ることになる。
ネルとアミナのキラキラとした眼差し、勝利を信じて真剣に俺を見るイングリット、仇を取ってくれと情熱のこもったエスメラルダ嬢の眼差し、どのように勝つのか見落としてはならぬと手に汗を握って一瞬も瞬きをしないと覚悟を決めているゲンジロウ、そしてお手並み拝見と腕を組んだポーズで恰好を付けているジュデスと、頑張れと素直に応援してくれるシャリア。
その後ろでは好々爺のガトウが、興味深そうに伸びたひげを撫でながら笑ってこっちを見ている。
他にも御庭番衆とエンターテイナーたちも見ているから、本当に勝ってくれと切望されているようにしか見えない。
「はぁ、リーダーはつらいよ」
「責任重大ですね」
「ちょっとは手加減してくれたりは?」
「それができない性格なのは貴方も承知ですよね?」
「わかってます。わかっていますよ!!チクショウ!」
となれば、俺のやるべきことはただ一つ。
「なら超高速状態のクローディアにも勝って見せようじゃないか!!」
「ほう」
本気の本気、ガチの超高速状態になったクローディアの力を引き出して、それでいて勝つ。
そんなとてつもなく高いハードルを飛び越えるしかないと、あえて自分を追い込んだ。
案の定、そんな俺の宣言に、面白いと獰猛な笑みを浮かべるクローディア。
隻眼に刀傷が走ってもなお美しく整った顔立ち。戦歴を刻んで重なる彼女の要素がその笑みに強者感を醸し出す。
似合っているんだよなぁと見惚れないように注意しつつ、そっと俺も鎌槍を構える。
「・・・・・参ります」
「どうぞ」
そんな俺たちの間に合図はいらない。
いつも通り、目線で準備が出来たと合図を送り合い。
そしてどちらからともなく戦いは始まる。
ドン!っと激しい蹴りぬき音が響き、そのまま残像を残すような勢いでクローディアが槍の間合いから拳の間合いへと侵攻してくる。俺は一瞬でゾーンに入り、彼女の動きを捕らえた。
さて、ここで素直に槍の刺突を放ってしまえば回避されるのが定石。
そして鎌槍を引き戻している間に、クローディアはさらに踏み込み、自分の間合いで戦うだろう。
ならどうするか。
答えは単純、〝突かずに置く〟これが高速戦闘をする相手の基本戦術。
「やはり、そうなりますか」
「まぁ、これが動きの速い敵を相手にする基本戦術だしね!」
ただ構えてジッと待つ俺と突進して間合いを詰めるクローディア。
模擬戦が始まるとだいたいこうなることが多い。
槍というのは元来間合いを維持し、遠くから安全に攻撃することを前提に考案された武器だ。
そして場合によっては石突を地面に刺し、斜めに持ち上げ突進してくる相手を迎撃する杭のような役割も持っている。
ただ置くだけで、相手の高速移動の速度も重なって、そのまま突撃すればとんでもないことになる。
しかし相手がクローディアのような歴戦の戦士であるなら、ただ置くというのは愚策に成り下がるので注意が必要。
「相変わらず見えにくい位置に置いてきますね!」
「そうじゃないと払いのけられて終わるだろ!」
故にクローディア相手には見えにくさと置いてあるが位置を掴みにくいという、工夫をする。
手元を操作し、相手の視点で点になるように配置したり、ちょっとずらして遠近感をずらし、そのまままっすぐと進めず、回避行動を選択せざるを得ない状況を作り出す。
「ほいっと!」
「っ!」
間合いこそ最大の防御なり!ってね。
側面に回り込もうとするクローディアに向けて槍の置き方を変えて、踏み出し足の着地地点に鎌をひっかけるように置く。
着地地点に、足捌きと槍捌きを併用してひっかけるように鎌槍を配置してやれば、迂闊に回り込もうとすることもできず、足の位置を変えざるを得なくなる。
「一手目」
いかに高速で移動出来ようとも、踏み込み蹴りだすという動作が無くなるわけではない。
拳が届かない間合いから攻撃できるのであれば、こういった初動を潰す動きは積極的にしていかないといけない。
置き槍という技を使っているが、これも歴とした攻め技なのだ。
踏み込み位置を空歩でずらし、そのまま体の動きを制御し、空中戦による立体機動を敢行するクローディア。
「二手目」
だが、それは俺も同じようなことができる。
空歩の制限はかかっていないので、槍の間合いを維持し、尚且つ背後に回り込まれないように意識して常にクローディアを正面の視界にとらえるように立ち回る。
ついでに元居た場所に影法師を置いて、意識をわずかにでも俺からずらすようにすれば。
「三手目」
今度は置くのではなく、突くことができるようになる。
静から動へ、惑わすような動きは相手に判断を迫る動きができる。
暗殺者ビルドは、こういうデコイ系のスキルが使えるから対人戦にはめっぽう強い。
瞬間的火力、最大火力、継続的火力、そのどれもが他のビルドの後塵を拝すビルドではあるが、それでも戦うという分野では俺の構成しているビルドは上位に食い込み、場合によってはトップにもなれる。
「四手目」
冷静に相手の動きを封じ、惑わし、選択肢を突きつける。
戦いにくそうにしているクローディアは、一瞬意識を持っていかれた影法師を振り払い、その隙に放たれた槍の一突きを躱し、空歩の残りの歩数を使って姿勢制御、そのまま攻撃に移ろうとするが。
「!」
ヘイトダウン。
相手の敵意を下げるスキルによって、俺のことを敵と認識するのに追加で一瞬テンポが遅れる。
「はっ!」
「!」
その隙に空中にいるクローディアの足を石突で払いのける。
姿勢を崩し、さらに追撃をさせないように槍ではなく、同じ格闘戦の間合いに持ち込み横蹴りでクローディアの腹部に攻撃する。
「やはり、戦いにくいですね」
「そういうスタイルなもんで」
しかし、蹴りぬいた感触は腹部の感触ではなく、硬い感触。
それはクローディアの体が硬いのではなく、咄嗟に間に差し込まれたクローディアの腕に装備された小手の感触だ。
一進一退。
刹那に迫るわずかな時間の攻防であった。
「この速さにも対応してみせますか」
「初見じゃない、動きは見れた。速くなっているだけで、攻撃力と防御力は変わらない。なら対応できる」
「普通は、できないんですよ!」
さっきの攻防で、俺も目と体のウォームアップができた。
もうワンテンポ余裕を持たせても対応できる。
だが、それだとスキル回しに齟齬が出る。
となれば、もう半テンポ遅く、スキルのリキャスト時間に余裕を持たせるくらいがちょうどいいか。
「はぁ!」
さらに踏み込みが速くなるクローディアの動きに合わせ、今度はスキルを使わず捌きと迎撃で対応する。
速度が乗っている分、威力が上がり、手数も増える。
なので、受けは必要最小限、受け流して相手の姿勢を崩し、テンポを乱すことを意識し、相手の動きと自分の動きをリンクさせる。
どんどん攻撃の回転数を上げる彼女の口元の笑みが、俺の思考を加速させるのを実感しつつ、勝ち筋を組み立てるのであった。




