15 実演
「ネルありがとう!!」
「いいわよ、いつものことでしょ?」
虹の宝箱の中身を確認して、小躍りしている俺の手には二つのアクセサリーが握られている。
1つは足輪、見た目はシンプルな銀色のアクセサリーに見えるが、その表面にびっしりと描かれた魔法文字が、これがただのアクセサリーではないことを物語っている。
ハイスピードメイカー。
レア個体である金色のランナーランナーからドロップするアイテムで、これを装備するだけで速度が五割増しとなる前衛職垂涎の逸品だ。
チートかよ!って言いたくなるような性能を持っている。
もう1つは刻減らしの耳飾り。
ユニークスキル等の一部例外スキルを除いた全スキルのリキャストタイムが半減するというこちらはチート通り越してバグレベルのアイテムだ。
本来はこんな簡単に出るはずのないアイテムが二つも揃ってしまったから思わずハイテンションになってしまった。
そんな喜びの舞を踊る俺に向かって、優し気な笑みを浮かべるネルには足を向けて眠れませんよ。
「でも、すごい速さだったわね。もし、罠を回避されて正面から戦うって考えたらゾッとするわ」
「それは拙者も同じことを思いましたな。アジダハーカと同格と聞いておりましたが、その評判に偽りなしと言ったところですな」
そんな喜ぶ俺に向かって、振り返ってみればもし対応を誤っていれば、人の力では止めることのできない破壊の大波をどこまでも拡げていただろう恐ろしいモンスターだったと、ネルとゲンジロウがしみじみと語る。
とはいえ、今回は俺の作戦が見事にハマり、あそこまで高速で動く割りにはランナーランナーの最期はあっけない物だった。
しかし、そのあっけない結末までの過程にランナーランナーは大きな爪痕を残した。
喜びの舞をやめて、トンネルの向こう側、ランナーランナーが走ってきた道を振り返ると、そこには恐ろしい惨状が広がっているのを目の当たりにする。
えぐれた地面、吹き飛ばされた木々、そこには走っただけでできた一本の道が完成していた。
そんな惨状を見たからこそ、ネルとゲンジロウの2人も攻撃に参加したときは油断も慢心もせず全力でランナーランナーを攻撃したのだろう。
逃がさないようにはしていたけど、それでも万が一捕まえられなかったらという可能性はある。
そうなってくると、この災害と言わんばかりの突撃を迎撃する必要があったということ。
「しかし、今回のことでも痛感しましたが、より修行に精を出さねばならないことが判明してしまいましたな」
災害のような敵、それがワールドモンスターという存在だ。
神妙な顔で顎の下を撫でるゲンジロウと、それに同意するように頷くネル。
「問題は、このような速度で襲ってくるモンスターと早々に戦えないこと。さすがにすべてのモンスターがこのようなことはないとは思いますが、それでも経験を積んでおいて損はありませんぞ。御屋形様。そのような機会を得る方法はありませんか?」
「あるよ」
「そうですか、そう簡単に……あるのですか!?」
「あるというか、今手に入ったばっかり」
周囲の御庭番衆たちも隣にいる仲間と、もし仮にランナーランナーを拘束しない状態でどうやって戦うかを口々に相談し合っている。
カウンターを狙うという後の先で相手にダメージを与えることを想定している意見が多い。
こういう意見が出ているときは実際に試した方がいいということだ。
「幸い、うちにはランナーランナーと同格の速度を体験した人もいるしね」
今日はさすがに無理だけど、明日以降ならそれができる。
「もしや」
「クローディア様?」
「そうそう、モンスターでぶっつけ本番をするよりも、制限時間はあるけど手加減してくれるクローディアの方が訓練になるよ」
俺は刻減らしの耳飾りを揺らしながら、クローディアの方を見て手を振る。
彼女はランナーランナーを思いっきり殴りつけて少しスッキリとした顔でこっちに近寄ってくる。
「何か御用ですか?名前を呼ばれたようですが」
「実は……」
そして説明をすると。
「ええ、良いですよ。私も高速戦闘の慣らしになります」
「助かるよ」
彼女は快諾してくれた。
回復用のポーションを大量に用意したり、怪我防止の訓練用の武具も用意しないといけないな。
あとは防護護符を用意しておけば何とかなるだろう。
決闘の駒を使えれば一番いいんだけど、まだ神殿が建設出来ていないんだよなぁ。
こういうことが今後もあると考えると訓練目的で早く神殿関係の話も進めたいところだな。
「ひとまずは今日は帰ろう!明日は休んで訓練は明後日で!」
しかし、とにもかくにも今日はゆっくりと休むとしよう。
「お酒を出すからいっぱい飲んで!」
「「「「「おーーーーーー!!」」」」」」
「おい、エンターテイナーたちにも伝えないとな!」
「あいつら飲んだらすぐ脱ぎだすがな」
「いいじゃねぇか、シャリアさんも脱ぐし」
「「え」」
ワールドモンスター討伐祝いということでお酒を振舞うことにしたが、ちょっと不穏な会話が聞こえたことはとりあえずスルーで。
俺も今日は休むとしようか。
そうしてどんちゃん騒ぎと休暇を過ごしつつ準備を進めて約束の明後日。
「だいぶ体が軽くなるという感じですか」
「感覚に誤差が出るんで、まずは慣らしで動いてみて」
「わかりました」
第一城壁と第二城壁の間の空間に簡易的な闘技場を作ってそこで実践訓練ということで、警備と警戒に回る人員以外は全員集合している。
「まだスキルを使ってないのにもう速いわ」
「うん、これに僕の歌とクローディア様の装備のスキル効果が乗るんだよね?」
「魔法を直撃できるイメージができませんわ。雷魔法を全体に放ってどうにかと言ったところですか。イングリットさん、あなたの居合で捉えられるかしら?」
「困難であると言わざるを得ません。精進いたします」
ハイスピードメイカーを装備しただけで、クローディアは動きを格段に上げた。
「ねぇねぇジュデス君」
「なんだよ、シャリア」
「あれ、当てられる?」
「当てられるようには努力する」
その動きの感覚を確認する作業を俺が手伝っているが、遠巻きに見ている面々はこの段階からヤバイと思っているのだろう。
自分のステータスとスキル構成でどうにかできないかを考えているようだ。
クローディアの格好は先日のランナーランナーから逃げ切った装備と一緒。
すなわち、戦闘用ではなく速度特化装備ということだ。
天拳を使わない状態でもその動きはかなり速く、残像が残るほどではないが高速のステップを刻み動き回るクローディアを視界にとらえ続けるのは、クラス8の俺でも集中力を必要とする。
「ゲンジロウ様、拙者たちの居合で追いつけるでしょうか」
「むぅ、お前たち、これは一筋縄ではいかんかもしれんぞ」
「御屋形様にお仕えしてからこういう試練が多いですな。まぁ、東の大陸にいたころと比べればこっちの方が比べるのも烏滸がましいと言えるほど充実しておりますが」
「うむ」
クローディアの身体能力もそうだが、体を動かすセンスは高い。
でなければ隻眼というハンデを持った状態であんな高速移動をこなすことなどできない。
「ホホホホ、今のワシではどうにもできないの。世界は広い。ワシの見識の及ばぬものはあるものだ。まだまだ隠居するわけにはいかんの」
今もまるで身体が軽くなったように機敏になった動きに、自分の思考と感覚が追いつくように照らし合わせている。
違和感がすごいはずなのに、一歩踏み込んだだけでおおよその感覚を掴んで、無駄を削ぎ落す作業がすごい速度で進んでいく。
さすがNPCでも上位勢の実力者だと言える。
俺たちのパーティーのメイン火力でしっかりと育成していただけはある。
「まずは、今の状態でどれほどの戦闘ができるか試してみてもよろしいですか?」
「いいけど、誰が最初に相手する?俺がやろうか?」
「あなたは私の動きに対処できるでしょうから……楽しみは最後に取っておきます」
そんな実力者からのメインディッシュ通り越して、デザート指定を受けたので俺は待機。
そうなると誰が最初に挑むかということになるが。
「それでは拙者が栄えある一番槍を務めさせていただく!」
「ゲンジロウさんですか。相手にとって不足なしです」
奇しくも最強格と最狂格が対戦することになった。
堂々と挙手し、前に出たゲンジロウに皆が頷き、一対一の戦いが承認された形になる。
「それじゃぁ二人ともこれ付けて、決闘の駒の代わりの魔道具。結界の魔法が組み込まれているから」
そんな2人に安全策として用意した魔道具を渡す。
アクセサリーの枠を1つ使ってしまうが、安全のためには仕方ない。
腕輪型の魔道具で、装備すれば一定のダメージを防いでくれるシンプルなアイテムだ。
クラス7の魔石を使っているから結界の強度もそれなりにある。
「結界が砕けた方の負け、それと今回は攻撃スキルは禁止。武器も模擬戦用の武器にしてね」
「わかりました」
「承知しました」
ポーションも用意したけど、万が一のことを考えてできうる限りの安全策は講じた。
そういうことで速度格差のある両者の模擬戦の準備ができたということで、クローディアとゲンジロウは一定の距離を開けて向かい合う。
それを見て、遠巻きに見ていた面々も少し距離を取り、俺は2人の間に立ち。
「それじゃぁ、始め!」
片手を上げて、振り下ろした。
戦闘技術という面で言えば、クローディアとゲンジロウはこの開拓村の中で五本の指に入る実力者だ。
俺はどういう結果になるか楽しみにしつつ、振り下ろした瞬間バックステップで一気に後ろに下がるが、その目の前を猛スピードで通り過ぎる影がある。
クローディアだ。
先手必勝とハイスピードメイカーで強化された速度を活かして一気に間合いを潰しにかかった。
俺がバックステップで滞空している時間で、もうゲンジロウの間合いまで目と鼻の先のところに踏み込んでいる。
「しっ!」
しかし、その速度にゲンジロウは慌てていない。
腰を落とし冷静に構えて、左腰の刀の柄に添えた右手が刀をきらめかせ、振り抜く。
相手の突進に合わせた、絶妙なタイミングの居合。
その攻撃に急制動を使って真横に跳び、初手の居合を回避したクローディアはそのまま稲妻のごとく鋭角に動いてみせる。
その動きに対して、左手で抜いた鞘の鐺で二段攻撃をゲンジロウは仕掛けるがそれもクローディアは余裕をもって躱す。
ニヤッとゲンジロウが笑う。
それはまだ秘策があるというわけではなく、あまりにも速い動きに感心し、その動きを楽しみつつあるという雰囲気だ。
「ふっ!」
鞘を躱し、拳の間合いに入ったクローディアの攻撃。
武器を持った両腕が開き、一瞬無防備になったゲンジロウの懐に入ったクローディアの繰り出す拳が当たる流れ。
「かぁ!」
しかし、気合でその場で回転したゲンジロウの刃がクローディアの拳を迎撃した。
いかにクローディアが速く動こうとも、その動きは曲線を描く。
体の軸を起点にしたゲンジロウの円の動きで間に合わせたのか。
「速い!危うく最初の攻防で終わるところでしたな」
「少し、攻め方が安直過ぎましたか。これに対応できるのでしたら手加減は不要でしょうか?」
「応!」
見ごたえのある攻防に、周囲も観客となって固唾を飲んで見守る。
全体的な移動速度はクローディアが上で、さらに攻撃速度も彼女の方が上。
刀という重量のある武器を高速で振るって鞘も使った変則的な二刀流で手数を増やしているが、それでも徐々にゲンジロウが押されていく。
And.
「はぁ!!!!」
「ごはぁ!?」
綺麗にゲンジロウの攻撃を躱したクローディアの掌底がゲンジロウの鳩尾に入り、パリンと結界が砕ける音が響く。
地面を転がり、すぐさま起き上がったゲンジロウは。
「いやぁ、参った参った。速すぎて少ししか打ち合えないとは!」
快活に笑って練習刀を鞘に納めるのであった。
「いえ、こちらもひやりとさせられる攻撃がいくつもありました。次にやったらわかりませんね」
そしてクローディアが構えを解いたことで模擬戦の一戦目は終わりを迎えるのであった。




