9 土豚公爵の足並み 1
東の領都、フップルス。
そこは富める者と貧しき者の格差が激しい街。
きらびやかな街並みの裏に濃い闇が潜むその街の中央に、巨大な館が聳え立っている。
富の象徴たるその館の持ち主は、ワレゼペ・マーチアス公爵。
この南の大陸の東部を領有する公爵家の当主だ。
当主は生演奏によるBGMを聴きながら、希少部位の肉のステーキを頬張り、美女に給仕させとありとあらゆる贅沢を堪能しつつ、部下の報告を聞いていた。
酒を注ぐ美女、音楽を奏でる美女、そして書類を持つ美女と、仕事と娯楽を両立している光景。
「閣下、職人の確保を任せているヘリッツからの報告ですが、パーシー工房が我々の要求を拒否したと」
酒池肉林を常に実現しているから、その男の肉体は欲まみれのだらしない肉体かと思いきや、二の腕は給仕する女性の腰ほど太く、背丈は二メートルを超え、頬は引き締まりと戦士のような体つきをしている。
「なら、用はない潰せ」
「はっ」
部下へ一瞥をくれることなく、たった一言の指示を出し食事を続ける。
その間も、書類から視線をそらさず領内の経営状態を確認し続ける。
脳に使うエネルギーに必要なのか、それともその肉体を維持するからには相当量の食事が必要なのか、かれこれ20キロの肉が彼の胃袋に収まっている。
明らかに食べすぎではあるが、それでもいつもの量にはたどり着いていない。
静かにフォークとナイフを動かす食堂には謎の緊張感だけが流れる。
「おい」
「はっ」
「鉱山の稼働率が下がっている。どういうことだ?」
その緊張の理由は、書類の数字が原因だ。
「はっ、鉱山労働者の中で流行り病が発生し、その分だけ労働者が減少したことが原因かと」
「対処は?」
「はい、捕らえた犯罪者を追加で鉱山送りにいたしました」
「回復の目途は?」
「一ヶ月ほど頂ければ、元の稼働率まで回復する見込みかと」
少しでも言いよどめば、その鍛え抜かれた剛腕が振りぬかれることがわかっている部下は、必死で記憶している情報を口から吐き出し続ける。
背中は冷や汗でぬれ、早く報告を終えたいと切に願っている。
「足りんな」
「はっ、では、さらに追加で人員を送ります」
「二割増しだ。遅れた分を取り返せ。そう伝えておけ」
「かしこまりました」
自分の分はとりあえず報告が終わり、指示を受けた部下が頭を下げ退室する。
次に現れた部下は取次役の美女に書類を渡し、緊張した面持ちでワレゼペの言葉を待つ。
彼が持ってきた書類は、とある北にある開拓村の報告書。
本来であれば公爵が気にも留めないような小さな出来事であるのだが、そこが異常な発展を遂げている。
「おい」
「はっ!」
「中の情報がないぞ」
おまけに警備も硬く情報が入手できていない。
手に入った情報は城壁ができる前に手に入れたゴーレムの情報と、山を削っている巨大なゴーレムの情報。
城壁の中でも新しい何かが生み出されているのは掴んでいるが、それが何かというのはわからない。
「そ、それが、中に入り込もうにも城壁で遮られ警備も厳しく、相手方も暗部は我々よりも実力が高く・・・・・」
しかし、それを素直に言ってしまえば首と胴体が物理的に分かれてしまう。
鋭意努力すれば認められる。
そんな甘い幻想はない。
「いくらだ?」
「えっと」
この公爵の最終警告はいつもこの言葉だ。
「いくらあれば、中の情報を抜いてこれる?」
予算を用意してくれるのはある意味では理想の上司かもしれない。
それも言い値の値で用意してくれるのだから作業側からしたら有頂天になってもおかしくはない。
だが、部下はおいそれと金額を口に出すことはできない。
この言葉はすなわち、予算を用意した以上失敗は許されず、責任を負わされるということ。
部下の脳裏には必死に得た情報を照らし合わせ、可能性のある方法を模索し。
「ひゃ、百万ゼニほどご用意いただければ」
百万ゼニ、日本円で言えば一億円という膨大な金額を要求した。
ここで、ダメだと否定の言葉が出ることはまずない。
「おい、用意しろ」
「はっ」
マーチアス公爵は側に控えていた金庫番に指示を出し、この食堂に併設している金庫室の扉を開けさせる。
中から洩れる黄金の輝き。
部屋いっぱいに積み上げられている金貨の山、そしてその手前にある金貨の詰まった麻袋。
1つの袋に十万ゼニ、一千万円の価値がある金貨が入っている。
それを金庫番はしっかりと十個用意し、台車に乗せ部下の前に持ってきた。
「やれ」
「は、はい」
もう後には引けない。
彼は北の開拓村の情報収集を担当していたが、最初と比べ最近では新しい城壁が出来たという情報と、大勢のドワーフが開拓村の中に入ったという情報しか得られていない。
元々、マーチアス公爵は気が長い方ではない。
だからこそ、この金貨が最後のチャンス。
これで何も成果を得られなかったら、この部下の明日は鉱山労働だ。
下手をすれば一族郎党すべて鉱山に送り込まれてもおかしくはない。
今現在のあの鉱山の現状を知っている部下からしたら、生き地獄と言われるあの場所に送り込まれるのは何としても避けなければならない。
一瞬脳裏に、この金を持って他国に高跳びすることも考えたが、それはできない。
東の領地の国境の警備は入念に行われているのは誰でも知っている。
それこそ、中に入るのは比較的簡単だが、外に出る時の方が厳しいというのは周知の事実と言っても良い。
それに仮に上手くいったとしても、マーチアス公爵は裏切りを絶対に許さない。
執念深く地の果てまで追いかけ、必ず報復する。
実際に見せしめで凄惨な末路を辿った元同僚を知っている彼は、止まらぬ恐怖を必死にこらえ台車を受け取り静かにその場から去って行く。
「奴を監視しろ」
「承知しました」
その彼をそのまま信用して送り出すわけもなく、部屋を出た後に側にいた執事に指示を出しておく。
万が一金を持ち逃げしようものなら、先ほどの彼が想像した何倍も凄惨な結末を迎えることになる。
そんな彼の未来はどうなるかと誰も心配することなく、静かに三人目の部下が招かれる。
先ほどの2人よりも身なりが良く、さらに恐怖という感情が浮き上がることもなく堂々と歩くそのさまは自信にあふれている。
凛々しい顔立ちに、灰色の瞳と髪、細身ながら引き締まっているとわかる肉体。
「閣下、魔導兵器軍の調練の報告に参りました」
「話せ」
彼はこの東の領地の総軍を統括する存在、バミューダ・オルトス。
リベルタも知るNPCで、代々マーチアス公爵に仕える軍人の家系。
その性質は芸術家気取りとFBOでは有名なキャラだ。
能力はある、軍人向きとも言える効率を優先する性格。
しかし、職人や芸術家のようなこだわりの気質があるので、そこが弱点とも言われる人物である。
リベルタのスカウトリストの中にも入らない人物と言えば、人物としての性質はお察しである。
「はっ、配備進行率は全体の二割、調練は魔道具を使いまわし行っておりますので全体の三割。まだ実戦に投入することはできません」
マーチアス公爵の右腕とも言える存在は、なんら躊躇いもなくどんどんマイナスの報告を重ねていく。
「魔道具の質も、実戦を考慮すればまだまだ改善の余地があります。新たな職人の確保が急務となります。ただ一点、パーシー工房の一品はさすがと言わんばかりの耐久性と質です。ぜひとも他の職人もこのレベルの物を量産し、全軍に配備してほしい物です」
軍を維持するにはお金がかかる。
なので、本来であれば少しでもプラスになることを告げて、予算を確保しようとするのが通例だが、この男は何のためらいもなく現状を報告していく。
「いくら必要だ?」
そして先ほどの死刑宣告と同じ言葉を浴びせられた。
しかし、バミューダは何も気にせず。
「一千万ゼニほどあれば、ひとまずよろしいかと。頂けるのならその十倍あってもよろしいですね」
さっきの男が要求した十倍の額を要求した。
さらに厚顔無恥と言わんばかりに、追加で要求もする。
「・・・・・三千万だ」
「かしこまりました。精鋭に仕立て上げます」
その額はさすがのマーチアス公爵でも数瞬悩み、結論、要求された額の三倍を提示した。
「では、実戦訓練も兼ねて南東の方で蜂起しようとしている輩を叩いてきます」
「労働力は減らすな」
「もちろん、承知しております」
出された額に見合った成果は出す。
自信満々に頷く彼が言った「蜂起しようとしている輩」というのは、この領地の重税に苦しむ民のこと。
噂で聞けば、優秀な冒険者クランを味方につけたとのこと。
計画では、鉱山都市を襲撃し、そこで働いている労働者を開放しさらに戦力を増強することを画策している。
その全ての情報をバミューダは把握していた。
人員、ギルドのランク、計画、全て調べ上げている。
「バミューダ」
万全を期し、絶対に負けないという状況を作り上げ圧勝する。
そのシミュレーションをしている最中に名を呼ばれた彼は、意識を現実に持って帰ってくる。
雇い主であるマーチアス公爵は食事の手を止めて視線を向けている。
「例の北の辺境にできた開拓村のことは知っているな?」
「はい、報告書は見ました。聞けばたった一年で王都を超える城壁を完成させたとか。それがどうかしましたか?」
「調べろ。問題にならなければ何をしても良い」
「はて、他の者が調べているはずですが」
そういう時は普段はあまり話さないマーチアス公爵でも長い言葉を紡ぐ。
その長い言葉の大半はマーチアス公爵の関心が高い物で、さらに指示する相手は信頼度が高い相手になる。
「信用できん。奴の価値は、鉱山労働者と同じだ」
「なるほど、失敗を重ねましたか。承知しました。今は王家の方に北の領地の管理権限が移譲されていますが、治安は変わらず悪い様子。閣下の力で治安維持の名目の軍事演習の提案を陛下に陳情していただきたい」
「いいだろう」
「あと、その際に魔導兵器部隊を一部同行させたいのですが」
そんなバミューダは、ついでと言わんばかりに現在編成中の部隊の同道も願い出た。
「使い物になるのか?」
「使い物にするために、実戦が必要なのです。訓練はあくまで訓練。使わねば意味がありません」
「その通りだな。お前の好きにしろ。だが、情報漏洩は許さん」
「かしこまりました」
必要だから進言し、了承も得た。
「ああ、そうだ。閣下にはもう1つ用意してほしい物があります」
「なんだ?」
「親書を二通ほどしたためていただきたく。後は手土産があればなおよろしいかと。一通はエーデルガルド公爵の元に、もう一通は例の開拓村のリーダー、たしか、リベルタと言いましたか。彼に渡したく」
そしてバミューダは必要だからと笑顔を見せ、さらに進言した。
「人というのは礼儀を尽くされると断りにくいもので、挨拶に来ただけの人間を追い返せば世間の噂も悪くなります。多少仲が悪かろうと今は同じ大陸に住む者同士、友好関係を築くべきですな。たとえエーデルガルド公爵の横槍が入ろうとも、治安回復の道中で近くに寄ったのなら、挨拶くらいはするべきですね」
なぜ必要だと目線で聞かれたバミューダは、楽しそうに理由を語る。
世間体を気にする輩には有効で、さらに質の悪い行動を何のためらいもなく説明する。
「警戒されていても、今の我々は敵ではない。であれば堂々と正面から行けばいいだけのことです。そのために閣下には筆を執っていただきたく」
「いいだろう」
この会話をもしこの場でリベルタが聞いたのなら、心底嫌そうな顔をしただろう。
だが、そんな話をリベルタは知る由もない。




