9 交流イベント 狐娘 1
「どこか行きたい場所?」
「あるいは遊びたい行事でも可。最近色々と忙しかったじゃん?主にアジダハーカ関連だけど、そのお礼も兼ねてどこか出かけないかというお誘い」
「一番忙しかったリベルタはいいの?」
「忙しいのが最近ではデフォルトになっている気がするから、ひとまず自分のことは後回しかなぁ」
女の子が重そうな荷物を持っていたらひとまず持ってあげるのがゲームイベントでのお約束ではなかろうか。
身体能力的にネルも重そうにはしていないが、手ぶらな男と重そうなジャガイモの籠を持っている少女という構図はよろしくないので、一緒に両サイドの取っ手を持って運んでいる。
会話のきっかけはさっきジンクさんに言われた遊びだ。
この世界での遊びっていうのは、思い返してみれば深く考えたことがなかった。
なにせFBOというゲームそのものが遊びだ。
ゲームの中の行動そのものが全て遊びに分類される。
となると、遊びの中の遊びとは何ぞやという話になる。
しかもいま求められているのは、女の子が好む遊びはなんぞやということなので、考えあぐねた俺は素直にネルにどこか出かけたい場所はないかと直球で聞いてみたわけだ。
「ということで、何かやりたいことある?」
「やりたいことねぇ」
俺が忙しいのはいいのかという呆れたネルの視線は一旦置いておく。
ジャガイモの籠を一緒に持ちながら運び、遊びを考えるというのは中々稀有な光景だと思う。
「そうね・・・・・あ」
ネルの思考時間は数秒くらいだ。
待ったと感じないほどの時間で、何かを見つけ。
「アレがやりたいわ!」
やりたいことを指さすのであった。
そのやりたいことというのは。
「よーし、よーし、いい子だ」
乗馬だ。
あれからジャガイモを炊事場に届けて、いつ乗馬をするかという予定を決めようという流れだったが、俺が一緒にジャガイモを運んでいたこと、そしてなんで一緒に運んでいたかと事情を説明したところマダムたちがニヤニヤとし始めて俺とネルを2人っきりにしようと仕事を全部取り上げられてしまった。
ということで急遽時間ができてしまったので、さっそく乗馬の訓練を始めることになった。
乗馬というのは日本でもこっちの世界でも、どちらかと言うと敷居の高い趣味だ。
馬という生き物がそもそも管理するのが非常に大変な生き物な上に、お金がかかる。
この村にいる栗毛の可愛らしいこの馬は、開拓団の人たちの馬車を引っ張ってきていた一頭だ。
この世界では馬は財産と言われる。
日本で言えば自家用車のようなポジションの存在。
そんな大切な馬を扱うにあたって、いかに俺とネルの実力があるとはいえ最初は乗馬経験のある人でなおかつ馬の扱いの上手い人を指導者に付けようかという話になったのだが。
「うん、いい馬だ」
俺があっさり手懐けた上に、扱いも問題なかったから開拓村の隣の広大な空き地で俺が教師で、ネルが教え子という乗馬の訓練が実現してしまった。
借りた馬は、実際大人しくていうことをしっかりと理解してくれる賢い馬だ。
鞍を付けて、ひとまず乗ってみたが、少し年齢が高めではあるが乗りやすい馬だと実感できる。
「やっぱり乗れたのね」
「まぁ、乗れたけど、え、俺が乗れるのを知ってて教えて欲しいって言ったんじゃないの?」
「飛竜に乗れるから、馬にも乗れるかもって思ってたけど、本当に乗れるかは知らなかったわよ」
ネルは騎乗スキルを持っているが、今の今までは死にスキルと化していた。
商人だから馬車を操縦するために取っておくべきだと思ったし、戦闘時に騎乗して戦えるようになるのも有用だからという理由での取得。
レベル上げはもっぱらゴーレムを乗り回すことで上げていたから生き物を操るのは初めてだ。
「そういえば、そうだったな」
なので、馬の感覚を俺が掴み2人乗りで指導するのが今回のやり方だ。
「はい、ネル」
「ありがとう」
俺たちの体格なら、2人で乗っても問題はない。
馬上から手を伸ばし、ネルを引っ張り上げ俺の前に座らせる。
「なんだか、懐かしいわね。最初に王都の外に出かけたときもリベルタの前に乗ってたわ」
「そう言えば、そうだな」
その体勢は奇しくもデントさんに王都の外に連れ出してもらった時と一緒だ。
「今回はデントさんじゃなくて、俺が操縦するけどな」
「ええ、お願い」
違うのは3人乗りじゃなくて、2人乗りということ。
ゆっくりと手綱を操り、その合図に合わせて馬は歩き出す。
「まずは姿勢をまっすぐにしてくれ、猫背になると逆に危ないからな」
「わかったわ」
普通なら馬の背の高さに加えて、揺れとかでバランスがとりづらく初心者は怖くなるのだが、クラス8のステータスは伊達ではなく、あっさりと馬上でのバランス感覚をネルは掴んでしまった。
これ、教える必要があるのかと思うくらいにすぐに対応して見せた。
元々運動神経がいいのはわかっていた。
でなければ隠れ狸をあんなあっさりと倒せるはずがない。
スキルとステータスを得て、さらに能力が増したのだからあっさりとできるのも理解できる。
「ねぇ、リベルタ」
「ん?」
この後は手綱を渡して、馬への指示の出し方を教えるかと考えたタイミングでネルは視線を前からそらさないまま俺の名前を呼んだ。
そしてゆっくりとその体を俺に預けてきた。
ピッタリとネルの背中と俺の体がくっつき、ネルの体温が俺に伝わる。
「昔の私が・・・・・リベルタと会う前の私が、もし、未来でこんな遠くまで来るって聞いたら信じられるかな」
「んー、どうだろうなぁ」
そのまま話し始めたので、俺もそのまま会話を続ける。
「私はきっと信じられなかったと思うわ。目の前に未来の私が現れても、きっと嘘だって言って否定したと思う」
「ネル?」
てっきりそこから明るい話の流れかと思ったが、少しだけしんみりとした雰囲気でネルは質問の答えを教えてくれた。
「それくらい、今の私たちがすごいってこと。お父さんとお母さんがすっごく楽しそうなの。王都にいるときが楽しくなかったって言うわけじゃないけど、それでもあんなにはしゃいでいるのは初めて見たわ」
人生に変化を受け入れた故の結果。
俺が誰かの人生に影響を与えているという自覚はあったが、こういう形で伝えられるとは思っていなかった。
かといって馬の操作に支障は出ない。
ゆっくりと進みながら、両親のことを楽しそうに話すネルの声に耳を傾ける。
「だから、ありがとうリベルタ」
「どういたしまして?」
「なんで疑問形なのよ」
「いや、まぁ、どっちかというと振り回している側なので、後ろめたさが若干あったりなかったり」
「なによそれ」
しんみりとした話の入り口だったから、てっきりシリアス展開になるかと思いきやいきなりのお礼に戸惑う。
あれ?感謝されるような部分があったかなと思いつつ、否定するわけにも行かないので素直さ半分疑問半分で返した回答に、ネルが苦笑したのがわかった。
「いや、だって、普通にネルには世界の危機を一緒に救ってもらっているわけだし?これって世間一般からしたら、ご両親が怒髪天を突く感じで怒っても無理はないだろ?娘になんて危ないことをやらせているんだ!!って」
「心配はされたけど、胸を張って世界を救う商人ってかっこいいわ!って言ったら何も言ってこなかったわよ?」
「諦められた?それとも納得された?どっちにしろかなり重大な判断をさせてしまったような気がするんだけど」
俺が忙しくて会えなかった間に、一体何が起きていたんだ。
多分ネルのことだから近況報告がてら、色々と話したんだろう。
その話を必死に飲み込んで、理解しようとした両親に向けた最後の娘の言葉がそれじゃあ怒れないか。
いや、それはそれで後から俺にクレームを入れればいいだけのことかと思うのだが、ジンクさんは俺に何も言ってこなかった。
それはそれで問題なのでは?と思いつつ、ネルが立派に育っているからいいのかと、ひとまずこれ以上のツッコミは避けることにした。
「その後にどう責任を取らせるかとは言ってたわね」
「それはどういう方向での責任でしょうかね?」
「んー、リベルタはどう思う?」
そんな状況でも馬はゆっくりと進み、そして馬上のネルの声はのんびりと優しかった。
ジンクさんの言葉を理解しているようにも理解していないようにも見える。
からかっているようにも見えれば、素直に質問しているようにも見える。
これが狐の実力かと戦慄しつつ。
「わからない」
素直に白旗を上げた。
責任を持ってしっかりとステータスを育て上げろという意味なのか、それとも恋愛的な意味でここまで最強になった娘を引き取れという意味なのだろうか。
なんとなく後者なような気がするが、ちょっと待ってほしい。
ネルはそもそも俺をどういう対象で見ているのか、なんて勘違い野郎待ったなしの思考に入るのがそもそも問題だ。
肉体年齢的に考えれば、そろそろそういうことを考えてもおかしくない年齢ではある。
しかし精神年齢的に考えればアウトだ。
ネルをそういう対象として見るのは、前世から通算すると中年の域にいる俺からすれば倫理観的にダメだと常識的に考えてしまう。
うちのパーティーで、俺が精神的にOKなのはクローディアくらいだ。
向こうの方が年上過ぎて、俺を相手にもしないだろうけど精神的にはOKなのは間違いない。
「もう、わかってるでしょ」
「もう少し大人になってからご返答を差し上げます」
「私くらいの年齢にはもう、婚約者がいるっていうのも珍しくないんだよ」
この世界の恋愛事情はFBOでも知っている。
危険な世界故に、結婚適齢期は日本の現代と比べると格段に低い。
俺が誤魔化そうとしているのがわかったのか、ネルが不満気に振り返り顔を寄せてくる。
直球の言葉を聞けば、さすがに恋愛的な意味合いでネルが俺に好意を向けてくれているのがわかる。
「他所は他所、うちはうちです」
好きといってくれるのは素直に嬉しい。だけど、それを受け入れ彼女ができたヒャッハーと喜べるほど俺は年下好きというわけではない。
「でも」
「ネルのことは好きだよ。それは間違いない」
しかして、ここで言葉を濁すようなことはしない。
ネルを一人の女性として見ると、俺からすればまだまだ幼いと言わざるを得ない。
さりとて、ネルを一人の人間として見た場合はどうかと言われれば、好ましいと思える。
この世界で最初に一緒にいてくれたのはネルだ。
FBOに似た世界にいきなり転生して、喜んではいたが、不安がなかったわけではない。
頼れる人もいなく、天涯孤独の身にいきなりなったんだ。
なんだかんだ強がってはいたが、寂しさという物は感じていた。
そんな最中、素直な感情をぶつけて頼ってくれて、そして一緒にいてくれるというのは人とのつながりで得られる暖かさでは最上の部類に入るのではないだろうか。
「そ、そう?」
「ああ」
好きと言える。
それくらいに、一緒にいてくれるネルには感謝している。
それが少女に向ける恋愛感情なのかどうかはわからないが、素直な心を打ち明けられるくらいには気を許している。
それって、かなり特別なことなのではないだろうか。
「ねぇリベルタ」
直球で伝えた言葉に照れて、耳を忙しなく動かすネルは、数秒の沈黙の後にチラチラと俺を見て話しかけてくる。
「・・・・・もっと、大人になったらちゃんと返事してくれる?」
「ああ。その時は真剣に考えて、ちゃんと答えるよ」
「そう、じゃぁ、冒険者ギルドのエルフの受付さんくらいになってみせるわ」
「・・・・・」
しっかりと、俺の性癖を理解して真剣に答えるネルに俺はどういう言葉を返せばいいのだろうか。
大きいのは大好きですと豪語するわけにもいかず沈黙を選ぶのであった。




