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開拓地見学会の昼の部はひとまず成功を収めたと言っていい。
「リベルタ君、私は夢でも見ているのかな?朝には人の手が入ったことの無い森林だったところに、なかったはずの村ができあがっているのだが」
俺の隣では、キャンプファイヤーを眺めているジンクさんが丸太で作った椅子に座って、ホットワインを飲んでいる。
「何を言っているんですかジンクさん。この村、って言っていいかわかりませんけど、夕方には完成していたじゃないですか」
ジンクさんの巡らせる視線の先には、均されて平坦になった土地、土地をぐるりと囲むように設置された土壁、いまキャンプファイヤーを焚いている広場を中心にして、整然と建てられた十棟のコテージがある。
村というか、キャンプ場と言えばいいのだろうか。
「ははは。そうだったね」
昼間の見学会で散々驚かされた疲れを少しでも癒すために、グッとホットワインを飲み干している。
「いやはや、まったく。ここに来れば驚かされるというのはわかってたけど、まさかここまで驚くとは思わなかったよ」
ジンクさんはまだ落ち着いている方で、他の商店街の面々はまだ興奮の真っ最中だ。
このキャンプ場に響く駆動音。
それに混じるようなどよめきと歓声。
俺が動かしている時よりも不格好だが、懸命に動いているゴーレム。
ハーベスタゴーレムとロードローラーゴーレムのコクピットに乗っているのは、商店街の人たちだ。
それぞれのゴーレムの補助にネルとアミナが同乗していて、動かし方のアドバイスをしている。
「・・・・・ひとつ聞いていいかな?」
「なんですか?」
新しいおもちゃを手に入れた子供のように、はしゃぎまわる大人の姿。
早く替われとヤジを飛ばす姿は、ブランコの順番待ちをしている子供を彷彿させる。
「ここまでの力があるなら、君たちだけで町くらいは作れるんじゃないかい?」
「作れるか作れないかで言えば、作れますねぇ」
大人たちをそんな夢中にさせるほど、今回の見学会でのゴーレムのインパクトは大きかったようだ。
本当だったら、井戸や貯水池を作るためのゴーレムとか、舗装道路を作るゴーレムとか、ゴーレムを整備するためのゴーレムとか、もっと見せたいものがあったんだけど、あの2体で商店街の人たちの感情キャパが限界を迎えてしまって、理解が追いつかなくなってしまった。
「だろうね。だから、なおのこと不思議なんだ。君ほどの力がある人間が、なんで一介の商人でしかない私たちの力を借りようとしているんだい?」
「んー、理由、理由ですか」
だからこそ、今は理解できる範囲でゴーレムに触れ、その感情を必死に受け入れようとしている。
そんな彼らの姿を見ればわかる。
この世界の人たちの力の水準。
最近では、俺の指導によるレベリングで俺の周りにFBOのプレイヤーに近い存在が生まれ始めているから忘れかけていたが、いま目の前に居る人たちの姿こそが、この世界の住人の本来の平均値なのだ。
「そうですね。打算的な話からすると、町は作れても住む人が居なければ維持することができないからです。必要最小限の設備で考えても、色々と用意しないといけませんし、作った後のことを考えると、どうあがいても維持するためには人手が必要になるんですよ」
「まぁ、そうだね。君がやろうとしていることを考えると、数人でどうにかなるとは思えないよ」
「そういうことです。とにもかくにも人手ですよ。後方支援体制を構築しても、自分たちで後方支援を維持してたら、いつまでたっても前に進めませんって」
そんな彼らの中で信頼できる協力者を探すのが、喫緊の課題だと言っていい。
精霊たちは切り札だ。
常時切り札を使い続けると、彼らを公にされた際に挽回できなくなる。
精霊はあくまで保険として隠しておいた方が、万が一の時に巻き返しが利く。
さらに地盤を固めて信頼できる人を集めることができれば、精霊たちと協力してもっと強力な支援体制を築くこともできるようになる。
「商人風に解釈するなら、仕入れで手いっぱいになってしまって、販売がおろそかになってしまうって感じかな?」
「そうですね。俺は販売の方に専念したいんです」
「どっちもできて一人前の商人だけど、全てをやる必要はないか。大店の店主は部下を上手く使って自分の理想の店を作り出す。うん、打算的な理由の納得はできたよ」
FBOのストーリーを見続け、色々と悪辣なことをする人は大勢いることを知っている。
だけど、逆に信頼できる人も大勢いることも知っている。
FBOでは名前も知らなかった大勢のモブの中からそれらを見分けるのは困難を極めるだろうけど、ここで挑戦して信頼できる人を確保できねば、いつまでたっても人を疑い続けなければならない。
そんなのはさすがに疲れる。
「じゃあ、打算以外の理由は何なのかな?」
「当然、我欲的な理由ですね。いわば俺の私情全部乗せの我がままと言い換えても良いです」
どうせなら人を疑って生きるよりも、信頼できる仲間たちと一緒にワイワイやっている方がゲーマーらしい生き方だ。
将来的には、精霊たちと人間たちが手を取り合って馬鹿笑いできるような陽気な町を作れれば、きっと楽しい。
「この先中央大陸に行くことを考えると、後方支援体制は充実させるに越したことはないです。ぶっちゃけてあそこは今の俺たちでも一歩踏み込んだらヤバいというしかないようなエリアがゴロゴロと存在しているし、何の準備も無しで行くのは自殺行為としか言いようがないんですよね」
そんな環境を目指す第一歩として、ジンクさんの自分たちの力を借りる必要があるのかという疑問を解消していく。
俺は確かに人よりも何でもできるかもしれない。
だからといって、全てを万事恙なくこなし“続ける”ことができるかと言えば、『NO』と断言する。
任せられるところは誰かに任せる。
俗にいう背中を任せられる存在というのは必要だ。
ここまではその場しのぎで、なんとかことを成してきたけど、ここから先はそうはいかない。
FBOはクラス8の後半から、少しのミスでも普通にプレイヤーが死ぬような難易度に跳ね上がる。
FBOが現実になったこの世界で、ひとつしかない命の安全を確保するために、念入りに用心するためには、拠点の設営が必須だ。
「特に中央大陸は、ヤバい、マジでヤバい、ガチでヤバいと三拍子のヤバいが続くくらいに魔境です」
「まるで見てきたような口ぶりだね。最初に会った時から不思議な子供だなって思ってたけど・・・・・こうやって話していると余計にそれを感じるよ」
「一応神様の使徒を仰せつかっている存在なので、特別な子供ってやつですよ」
「小人族の大人って言われた方が最近では納得できるよ。そうなったのはいつからだろうね」
「さすがにそれはわからないですね」
拠点設営自体は俺たちだけでもできるけど、そこからオートメーションで完全管理するには、ガチ編成のゴーレム使いが最低1人は必要になる。だけど、そこまで行くともはや1人で国家運営ができるレベルの存在になってしまう。
別ジャンルのゲームの世界に入り込んでしまったと錯覚するくらいに、町の運営に全力投球しないといけない。
そっち系の道に進むにはまだ早いかな。
「ただまぁ、そんな自分が普通じゃないのは自覚してますんで、そこは安心してください」
こうやってぶらぶらと戦闘系ビルドで生活している方が性分に合っている。
エンドコンテンツまでやり切ってから、生産職で余生を過ごしたり町作りに没頭したりと、そっち方面に切り替えたい。
「まぁ、君を見てきたネルがああやって笑っているんだ。君は驚くようなことはするだろうけど、悪いことはしないと信じているよ」
「ええ、そこら辺は安心信頼のリベルタ君で通していますんで。信頼してしっかりと働いてくれる人には、しっかりと利益を渡しますとも」
この町作りは、今後の活動や他の大陸に移動するための地盤作りだ。
今までは貴族やらモンスターやらに邪魔立てされることが多かったけど、自分の拠点を作ってゲンジロウたちやジュデスたちといった仲間を集めることで、トラブルを迎撃しつつ、今度は積極的にクエストを取捨選択して自分の強化に当てることができる。
「なるほど。それじゃ、私はその信頼に投資させてもらおうかな」
「協力してくれます?」
「ああ、ここまでの物を見れば、さすがに話に乗らないのは商人としてナンセンスだ」
その協力者となってくれるジンクさんは、そっと俺に右手を差し出す。
「商人として君の力になるよ」
「よろしくお願いします」
握手を交わし、しっかりと固く握る。これで1人目だ。
「テレサさんには聞かなくて大丈夫ですか?」
「そうだね、妻のことだ。もうすでに荷造りの準備を始めているかもね」
「さすがにすぐに商売の準備はできませんよ」
「ゴーレムで遊んでいる男たちの何人かはすぐにでも開拓を手伝ってくれるさ。そうなるとこのキャンプ地はすぐに町になるさ」
1人目となったジンクさんは、その眼差しの先に続く人たちの目星がついているかのように、ゴーレムの周りに集まる男たちを見つめる。
「となると、家を作れる人材と水源を確保しないといけませんね」
「ああ、あとは今からでも畑を確保しておいた方がいい。最初は輸入で耐えるとしても、支出はできるだけ抑える方針にした方が良い」
「となると、開拓要員、建築要員、農業要員が必要ですね」
その中には肉屋のおっちゃんもカウントされている。
肉屋から開拓者への転身、息子さんに王都の肉屋を任せるって感じなのかね。
「あと可能なら、医者も確保した方がいい。未開の土地では何があるかわからないからね」
「なるほど」
俺の開拓の知識の基準はFBO、ジンクさんの開拓の知識はこの世界で培った、商人として活動してきた際に得た生きた知識。
ゲームと現実のコラボというわけか。
リアルの世界で人の生活を守るには、こういった生の声こそ重要だ。
医者は用意するつもりではあったが、改めて言われるとやはり重要なのだな。
衣食住を揃え、報酬を支払う。
「あと、これはおせっかいかもしれないけど、独身者を集めるならこっちの方面も用意した方がいいよ?」
「こっちって・・・・・」
「その顔。理解しているね?」
これだけやっていれば十分かと思ったが、ニヤリと少し意地悪な笑顔を浮かべたジンクさんが、FBOでは実装されていなかった分野に踏み込んできた。
小指を立て、独身者という言葉を使った。
「お金の使い道というのは食事や買い物だけじゃない。そういった方面での慰めは男の活力になるってことさ。町を作るっていうことは、そういう手合いも受け入れていかないといけない」
それがどういうことを指しているかはわかる。
だがさすがの俺も、そっち方面の用意のノウハウなんてない。
「そういう職種に忌避感があるのかい?」
「いえ、ないです。むしろ立派な職業かと」
悩む俺を見て、その手の話を嫌悪しているのかと思われたのか、俺は慌てて否定する。
中身はなんだかんだ成人して酸いも甘いも経験している。
当然大人な店にも行ったことはある。
VRゲームでそっち関連のゲームは、国がいろいろな理由で規制していたからなぁ。
お世話になっていたのは生身の方だ。
「・・・・・まぁ、子供の君にその手の伝手があるとはさすがに思っていないし。ネルが近くにいるからそういう店に通ってもいないだろうしね」
「必要なのは理解しています、まぁ、前向きに検討しておきます」
「クローディア様に相談しておくといいよ。こういうのは男だけで進めると後で問題が起きるからね」
「・・・・・はい」
なのでその手のストレス発散の効能を知っているので、そっち方面も考えないといけないと気づかせてくれたのはいいのだが、生々しい話題故に相談するのに気が重くなるのであった。
「ただ作るだけなら簡単なのになぁ」
「そう言えるだけ幸せだよ」
ジンクさんの言葉はやたら重く聞こえるのであった。




