5 EX 井の中の蛙1
首都レンデルの近辺にはいくつかの有名な狩場が存在する。
それはリベルタも熟知するほど有名な狩場。
冒険者ならそこに行けば生活するには十分な額を稼げる程度のドロップ品が産出される。
それゆえに有名、それゆえに人が集まるエリアだ。
ここはゴブリンの森。
ゴブリンという種族が生まれる特殊な森。
背の高い木々が生い茂り、人一人が進める程度の獣道があちこちにあり、時折ちょっとした広場が現れる森だ。
『ギャギャギャ!』
「死ね!」
そこで少しふくよかというしかない小太りの少年が必死に短剣を振るって緑色の頭に小さな角の生えた小人を屠っていた。
「はぁはぁはぁ」
皮の鎧を身にまとう彼は、倒したゴブリンが黒い灰となって消えるのを見ていた。
「さすがですよダッセさん!!もうここら辺のゴブリンだったら余裕ですね!!」
闘ったゴブリンは三匹。
それをダッセ何某は一人で倒した。
「ふ、ふん!!こんなやつら俺だけで十分なんだよ!!」
どうにか余裕を見せているが、それでも肩で息していて額には汗、腰につけていた水袋を取り出して中の水を飲み干している姿は疲れていることを隠し切れていない。
「ちっ、おい、お前の水よこせ」
「え、もうないですよ。ダッセさんが飲んじゃいましたから」
取り巻きの少年たちも武器は短剣だ。
それは子供の体のサイズ的にちょうどいい上に、中古の品ならどうにか彼らでも工面できる程度の値段だから。
装備している皮の鎧も最低ランクな上に中古だからそれなりに使い込まれた跡がある。
装備も貧弱、仲間のレベルもダッセ何某が他の者に関わらせることなく獲物を倒しているから偏りが出始めている。
力の差は徐々に開き、ダッセ何某は仲間から携帯食料も奪い始めている。
「ちっ、だったら川に水を汲み行くぞ」
「あ、はい」
「わかりました」
仲間である小人族の二人の少年を引き連れて、ダッセ何某はどすどすと足音をたてながら周りを警戒もしないで目的地である川に向かって進んでいる。
そんな彼に従う小人族の少年達は周りを怯えながら見ている。
ゴブリンはひどく好戦的だ。
「だ、ダッセさん!!あそこ!」
「あ?クソ、こんな時にかよ!」
人を見れば誰彼構わず襲い掛かってくる。
小人族の少年が見つけたのは、二匹のゴブリン。
子供と見てニタァと笑って、歪な笑い声を響かせて少年たちに襲い掛かってくる。
しかし最下級のゴブリンは何も武器を持っていない。
不揃いな鋭い歯、不格好に汚れ伸びている鋭い爪だけが武器。
「邪魔するなよ!!」
しかし、ここで戦えているダッセ何某にとってそれくらいなら。
「お、おし!こんなものだな!!」
疲労と引き換えに、倒すことも可能だ。
本当だったら、取り巻きの少年たちと協力すれば苦戦することもない。
彼らとてレベルを持って鍛えられている。
最下級のゴブリン程度なら倒すことはできる。
しかし、彼らはダッセが手に負えなくなったときに手伝う程度しか戦っていない。
「すごいですよ!!このままいけば学園への入学試験も合格間違いなしですよ!!」
けれど、彼らはその関係に疑問を抱いていない。
「当然だ!!俺は未来の英雄になる男だからな!!」
ダッセ何某が中心となってレベルを上げる、ほかはほどほどおまけ程度。
全ては国が発令した英雄探索の御触れが原因だ。
つい先日、王宮から国全体に一つの御触れが公布された。
内容は、今までは貴族や一部の豪商しか入ることを許されなかった国立サウス学園への入学を認めるという内容。
そこは国が優秀な冒険者を育むために資金を投入している学園。
入れることだけでも名誉であり、卒業すれば優秀な冒険者として扱われるうえに国の重要なポストに就くことも夢ではない。定期的な試験を受ける必要もあるがその試験を受けることによって国からランクを与えられ、そのランクによって国から冒険に対しての補助金が出る。
フリーランスの冒険者とは違い、国家公務員としての地位と給与が与えられるのだ。
それを知ったダッセ何某の両親は学園に入るためにレベル上げをしろと言い、英雄願望のある彼にとってもこの話は魅力的で積極的に参加している。
ゴブリンの森には見張り役の兵士がいてその兵士が寝泊まりする詰所もある。
その兵士の交代用の馬車にダッセ何某の父親は隊長権限を使って息子達を同乗させて、行き来をサポートしている。
ゆえに子供ながら毎日のようにこの森に入り込むことができている。
「俺のレベルももうすぐ十五だ!この調子でいけばもっとゴブリンの森の奥にも入れてサウス学園の入学試験だって余裕だっての!!」
ダッセ何某の年齢では、無理をしてそんなことをしても金も稼げなければ危険も高いのにもかかわらずにだ。
「ハハハハハハハハハ!」
そしてゴブリンの森は狩場として有名であるということは平民だけではなく。
「なにやらおかしなことを言っている奴がいると思って来てみれば、まさに愚民の代表みたいなやつだな。平民のお前がサウス学園の試験を突破する?愚かにもほどがあるだろ?」
この場所は貴族の子供も狩りに来ている。
ダッセ何某と彼の取り巻き二人とは比べ物にならないほど、立派な鎧と剣を装備した騎士とベテランの冒険者を護衛に引き連れ、過剰戦力と言っても過言ではない。
ゴブリン相手にこれだけ用意するのは逆に臆病者だと言っているようなものだとリベルタならば呆れた目で見たことだろう。
そんな新品で汚れ一つない、一目で高価だとわかる鎧をまとった少年が嘲笑いながらダッセを見下す。
「なんだと!?」
「ダッセさんダメですよ!!相手は貴族です!!」
「そうですよ!!反抗したら何をされるか」
一触即発。
売り言葉に買い言葉とダッセは感情任せに食って掛かろうと短剣の柄を握ったが、即座に騎士が反応して、それを見た取り巻きが体に抱き着いて止めた。
頭に血が上っても、それで多少冷静になった。
「ちっ」
舌打ち一つ、それであとはここから立ち去ろうとした。
「おい、平民がこの俺に向かって舌打ちとは無礼にもほどがあるだろう。おい、あいつを切れ」
「はっ、しかし、あのような矮小な子供相手にわざわざ我らの剣を使うまでもなく放っておけばゴブリンどもにやられるでしょう。この場で血を流し御身に余計な手間と穢れをお見せする必要もないかと」
しかし、平民に侮られることを良しとしない貴族の子供は配下の騎士にダッセを切り捨てるように指示した。
子供の命を切って捨てる。
犯罪になるとも思っていない貴族の選民意識。
上から目線の態度に加え、自分達のことを相手にもしていない騎士の言葉にギリッと歯ぎしりをして、ダッセは睨みつけて、取り巻き二人は顔を青ざめつつ必死に服を引っ張り立ち去ろうと促す。
「それもそうか、そもそもゴブリン程度に苦戦をして英雄になるとほらを吹く阿呆に関わっている暇はないな」
あえて侮辱するような言葉を使い、貴族の機嫌を取り気を逸らす。
これも騎士がダッセを助けるためにわざとやったこと。
その意図に気づくわけもなくダッセはひたすら悔しそうに歯を食いしばり、睨みつけ、その表情に満足した貴族の子供は、先頭に立ち森の奥に入っていく。
奥に入れば入るほどゴブリンは強くなる。
まるでお前にはまだ早いと言わんばかりに大勢の配下を引き連れて去っていく。
その背中が見えなくなるまでジッとその場に立ちすくむ少年たち。
「「はぁぁぁぁぁ」」
貴族という平民にとっては厄介な存在が立ち去ってくれたことにまずは取り巻き二人が安堵する。
「くそがぁ!!」
そして次に我慢に我慢を重ねたダッセ何某が地団太を踏む。
「この俺が、愚民だと!?騎士に守られないと何もできない貴族のガキが生意気なことを!!お前なんて一人じゃ何もできないだろうが!!!」
鬱憤を晴らすために何度も、何度も、何度も地面を踏み抜き、それでも怒りを発散できるはずがない。
「だ、ダッセさんそんなに騒ぐと」
「そうです!ゴブリンたちが」
大声で叫び、大きな音を立てる。
難易度は低くも、危険であることは変わらないゴブリンの森でそれはご法度。
ギャギャギャと聞き覚えのある叫び声と、にやついた顔。
「ひっ!?ゴブリンが十体も!?」
「に、逃げましょうよ!!」
「うるせぇ!!ゴブリンが何だ!!未来の英雄の俺が逃げるわけがねぇだろ!!」
相手は素手。
だけど、数が多い。
取り巻きの言う通り、逃げるのが吉。
しかし、そこでダッセ何某の脳裏にちらつくのは、冷静に竹槍を振るう一人の少年の姿。
完膚なきまで、圧倒された敗北の記憶。
それが火種となって、無謀と言える挑戦にダッセを踏み込ませた。
「俺は、英雄になるんだ!!」
これは覚悟ではない。
意地だ。
これは勇気ではない。
蛮勇だ。
ゴブリンの群れにダッセ何某は何も考えず突き進む。
手近なゴブリンにめがけて短剣を振り下ろすことから始まる乱闘。
「お、おい、どうする?」
「どうするって」
闘い始めてしまった。
そのことに怯える取り巻きの二人。
最初は押している、だけど徐々に数の暴力にさらされる。
「た、助けないと」
「で、でも邪魔したら怒られるぞ」
「そうだけど」
腕を掴まれ、噛みつかれて、足を引っ張られ。
体格差はあったけど、それは子供の中での話。
大きな体とは言ったけど、それは子供の中での話。
「おい!なに、ぼさっとしてやがる!!俺を助けろ!!」
闘いなれていると言ってもそれは井の中の蛙。
父親に剣を習っていると言っても、それは独学の延長。
窮地に陥れば、誰かにすがる程度の強さ。
「は、はい!!!」
「え、えい!!」
取り巻き二人が助けに入って、ようやくゴブリンと互角になるかどうか。
鈍くさく、泥仕合というような、見苦しい戦い。
「「「はぁはぁはぁはぁ」」」
結果は辛勝、あちこちに擦り傷や噛み傷。
転んでしまったからあちこち泥だらけで、体力は尽きる寸前。
膝をつき、木に体を預け、大の字になりと各々で息を整えようと必死になっているが、命がけの戦いは子供の無尽蔵だった筈の体力を根こそぎ持っていった。
威張り散らすことも、臆病に怯えることもできず。
ただただ息を整えるだけの時間。
致命傷を負わなかっただけでも幸運だと言える。
「おい、水取ってこい」
「え?」
「喉が渇いた、疲れたからお前が水取ってこい」
しかし、その幸運を噛み締めることもなく。
そして自分だけが疲れていると思い込み、一人の取り巻きに水袋を放り投げて、水を取りに行かせようとしている。
「その、僕も、まだ疲れて立てなくて、そ、それに森の中を一人でなんて」
ゴブリンの森を一人で歩くのは危険。
それは子供でも理解できるし、取り巻きの一人は自分がそこまで強いわけではないのを自覚している。
「うるせぇ!!俺はのどが渇いたって言ってんだ!!さっさと取ってこい!!一人が嫌だっていうならお前も行ってこい!!」
「え、なんで、僕まで」
「さっさと行け!!」
「はいぃぃぃぃ」
だけど、ダッセ何某は自分の意に沿わないやつの言葉は聞かない。
気分良くゴブリンを退治していたのにもかかわらず、貴族の子供にバカにされ、さらにゴブリンにズタボロにされた。
この現実が彼に苛立ちを募らせ、自分の欲求を抑えられなくなっている。
「クソ、ウスノロが」
自分を慕い、側にいる取り巻きの動きの遅さ、察しの悪さ、そして弱さ。
なによりも隣にいるはずの狐の少女がいないことに対しての不満。
それは積もりに積もって、このタイミングで爆発した。
自分の腕力と体格に自信があった。
自分の父が兵士の隊長であることから才能があると思い込んだ。
だけど、自分の思い描いていた英雄として華麗に活躍して周囲に褒めたたえられるという未来は未だ訪れていない。
「いつまで待たせるんだよ。喉が渇いてイライラする」
ノロノロと走り出してまだ一分も経っていない。
それなのに他人の所為にするダッセ何某は、暇つぶしに倒したゴブリンのドロップ品を見る。
「ちっ、魔石が四個かよ。しけてるな」
結果としては悪くはないが、満足できないダッセは文句を言いながら魔石を拾ってそれを腰の袋の中に放り込む。
分け前は与えるが、それでも取り分はダッセ何某が多い。
貰えるだけありがたいと思えと思っているダッセ何某の考え。
「あ?」
そんな欲望に素直なダッセ何某の目にキラリと光る何かが見えた。
「これは、鍵?」
それは木々の隙間から入る光に照らされた一本の鍵。
「まさか!」
そしてそれが何か一瞬わからなかったが、興味のあることにしか興味のないダッセ何某は慌ててそれを拾い上げた。
「ハハ」
そして拾い上げたそれを見て、確信した。
ダンジョンの鍵。
「ハハハハハハハハハ!!やっぱり俺は英雄なんだ!!」
ダンジョンを攻略する者こそ英雄にふさわしい。
そんな話はいくらでも聞く。
そして、単純な話を好むダッセはダンジョンがどうやってできるかは知っていた。
鬱屈していた気分が一転、それが幸運なのか不運なのかもわからずに、ダッセ何某の気分は一瞬であがる。
「これで、これでネルのやつも俺を認める!!」
ダンジョンを攻略するだけで自分の未来は明るくなると信じているのだから。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




