26 展望
「フェックショイ!?」
「リベルタよ、風邪か?」
「いえ、体調に問題はないはずなんですけど……いきなり鼻がむずむずして、誰か噂でもしているのかな?」
ゲームと現実の差を一つ挙げるとすれば、ゲームではクエストをクリアすれば、後はストーリームービーを見てステージの終了になるが、現実では報告・連絡・相談(報連相)を徹底しないといけないと言うことだ。
エーデルガルド家の私兵団は、責任者のボーグルを除いて全員が、今頃祝勝会で勝利の祝杯を挙げて美味しい食事でもとっているころだろう。
ゲンジロウを除いた御庭番衆は、今頃屋敷で家族たちと無事の帰還を祝って宴会をしている最中か。
そして俺はと言えば。
「リベルタよ。強大な敵と戦った後だ、体が本調子ではないのかもしれん。体調が悪いなら報告は後日でも構わぬのだぞ?」
「お気遣いありがとうございます、国王陛下。ですがこの報告会を後回しにしたら変なところから横槍が入りそうなので、このまま進めさせてください」
エーデルガルド家の私兵団から指揮官のボーグル、神殿騎士団からアンドレー、そして俺の私兵団である御庭番衆からゲンジロウが参加して、今回のアジダハーカ討伐戦の報告会が開かれている。
メインの報告をするのは陣頭指揮を執った俺だ。
報告を受けているのは、エーデルガルド公爵閣下とロータスさん、そして。
「「……」」
報告書の内容を見て顔面蒼白になっている国王陛下と宰相閣下だ。
報告書を読みつつ、俺たちの報告を聞きながら会話している陛下の顔色は一貫して悪い。
その隣にいる宰相閣下の顔色も似たようなもの。
唯一、権力者側で顔色がいいのは公爵閣下だけ。
まあ、そんな顔色にさせた元凶は間違いなく俺なのだから、そこら辺には触れない。
世界の危機になりかねないような天災級モンスター出現の話なのだから顔色が悪くなっても仕方ない。
ただまあ、今回陛下の顔色が悪いのは、必死に後回しにしようとしている話も関係する。
今回のアジダハーカとの戦いに対する褒賞の話だ。
後々式典で大々的に発表しないといけないが、その式典をスムーズにするために陛下と宰相閣下とともに褒賞の内容を決めないといけない。
ちなみに、陛下たちが見ている報告書は俺が書いたものだけではなく、クローディア連名サイン付きの神殿からの報告書に、公爵閣下の私兵団とアンドレーの報告書も入っているから、嘘やごまかしだと断ずることは不可能。
ガチの世界の危機だったということで、顔面蒼白となっているわけだ。
しかも、この危機的状況への対応を俺とエーデルガルド公爵に任せ、王家の方で活躍した人間がいないのだから、アジダハーカの素材は献上されることもなく、収入はほぼゼロ。
だけど国を救われた王家としては褒賞は出さないといけないという状況だ。
世界の危機を救ったことに対する褒賞なんて出したことのない両人は、今必死に頭の中で算盤を弾いているに違いない。
一緒に座っている財務関連の職員の顔色は青色通り越して真っ白になりかけている。
事前に王族の姫君との結婚とか貴族の地位とかは辞退しているので、褒賞は現金で支払うか。
「リベルタよ、褒賞は土地が欲しいと言っていたが、これだけ広大な土地を貴族ではない者に与えるのは難しいぞ」
俺が欲しいと言っている土地の所有権を素直に認め、王国からの独立を受諾するかの二択だ。
「では、現金で」
「それでは国の財政が破綻してしまいます」
どちらも素直に受け入れることができない陛下と宰相は、助け船を求めるようにエーデルガルド公爵閣下を見るが。
「此度のリベルタの活躍は、我が国の存立に多大なる貢献をしたものと私は思います。リベルタが要求している土地は広大とはいえ、ボルドリンデが領有していた土地と比べれば狭い。その上これまで手つかずの我が国にとっては価値の低い未開拓地、褒賞としてはむしろ安いと思いますな」
「土地に関しては私もエーデルガルド公爵と同意見です。ですが、独立を認めることが問題ですぞ。それはすなわち、この南大陸に新たな国が生まれるということになる。そう易々と認めるわけにはいきません」
公爵閣下には事前に根回し済み。
当然味方になってくれている。
反対するわけもなく、むしろ援護射撃をしてくれるまである。
立場的に例えるのなら、俺の交渉代理人みたいなポジションでもある。
味方ではないとわかった宰相閣下は眉間に皺をよせ、問題の焦点を合わせる。
「では、宰相閣下は世界の危機を救った彼にふさわしい褒賞はどのようなものだと思われている?」
「それは……空席となったボルドリンデ元公爵の公爵位を継ぐなど考えられますが」
「あそこの領地をそのまま?世界を滅亡の危機から救い、この国と王家の安泰を守った英雄を、反乱を企てた大逆人の後釜に据えようとは、宰相閣下も中々面白い冗談をおっしゃる」
イングリット、ネル、アミナを先に精霊界に送り、祝勝会という名のお祭り準備が進んでいる。
アジダハーカと戦ってくれた精霊たちの治療もあるからすぐにというわけではないが、それでもこの交渉は早々に終わらせたい。
クローディアとエスメラルダ嬢を引き連れてこの交渉に来たのは、神殿とエーデルガルド公爵家は俺の味方ですよというアピールだ。
宰相閣下からは、あくまで俺を国の戦力として抱え込みたいという意図が見える。
しかし、それを良しとしないのが俺で、その意思を汲み取ってくれているのがエーデルガルド公爵閣下だ。
第一、腐敗貴族と悪徳商人が跳梁跋扈していたあの土地を立て直せって、普通に考えてヤバいよね。
道中の村とか見てきたけど、結構荒れてたし商業販路もボロボロ、賊が跳梁していたから治安も最低。
そんな劣悪な環境をアジダハーカ討伐の報酬で与えるとか正気ですか?
公爵という地位は責任を伴うんですよ?
民の安寧のために人生を捧げろとおっしゃる?
貰っても良いけど、そうしたら国家転覆待ったなしのボルドリンデも顔が真っ青になるような貴族ムーブかますけどよろしいですか?
「しかし、彼が求めている北の領土は辺境の未開拓地。そのような土地よりも開拓の済んでいる土地の方が有用なのも事実」
「その土地を与えた際に発生する責任もセットなのが問題ですな。仮にリベルタの新公爵の地位を陛下や宰相、私が保証したとしても、他の公爵が同格だと認めるはずもなく、ましてやほかの貴族たちも認めるはずもない。私や陛下たちが庇えば庇うほどリベルタの貴族としての立場は孤立しつづけ、ひいては陛下のお立場も悪くなります。そうして貴族間の関係が悪くなった結果、リベルタを切り捨てるおつもりか?」
そういう予測をあらかじめエーデルガルド公爵閣下に伝えてあるから、閣下も必死に俺の要求を通そうとしてくれている。
俺が求めている土地は、王国の領土で王家の所有する北の領地の未開拓地の中でもさらに辺境に位置する場所だ。
周辺に村どころか集落すらない。
道すらなく、立ち入る人がほぼいないという辺境中の辺境。
おまけに平地はほぼなくて、山岳地帯が大半を占める。
モンスターもいるし、主要な街道からも大きく外れている。
人が住むような土地ではない。
だけど、俺は知っているんだよねぇ。
あそこってFBOでは南の大陸で有数の鉱山資源が眠る超優良物件なんだよ。
周辺に棲息するモンスターは南の大陸でも有数の強さを持っている地域だけど、今の俺、さらにはネルたちパーティーメンバー、ゲンジロウたち御庭番衆が加われば鎧袖一触で討伐できる程度の強さでしかない。
さらに土地の形状から、住みにくいって思うかもしれないけど、そこはまあ、FBOだし?土地を開拓するのに特化した人を十人くらい育てればいいだけだし。
「そういうつもりはありません」
「そういう可能性がある段階で、彼に公爵の地位を与えるのは危険だと私は思いますな。かと言って、侯爵以下では此度の戦いの報酬には安いと言わざるを得ない」
人を育ててしまえば、あとは開拓するだけのこと。
モンスターの湧き地点を無くすためのアイテムも用意しないといけないけど、狩場を整理して資源サイクルを作れるように開拓したいから、ここら辺は慎重に計画をしていけばいいか。
それを手に入れるための話し合いは公爵閣下に任せれば基本的に問題ない。
神殿側からも、報告でできうる限り最上位の言葉で俺の報酬を通すように進言してもらっているから、宰相の発言は悪あがきでしかない。
出来るだけ外聞よく、そして安く俺への報酬を済ませたいんだろうけど、そうは問屋が卸さないよ。
今回ばかりは本当に大変だったんだ。
搾れるところからはしっかりと搾り取る。容赦はしない。
南の大陸で発生するクエストの中で一番最悪なアジダハーカを倒したから、ある意味でこの南の大陸はしばらくは平和だし、仮に他の大陸の災害たちが復活しても、南の大陸という安全圏は確保してゲームオーバーにならないようにはできた。
この時点で、本格的に拠点を作る時間は確保できた。
だけど、その時間的猶予に胡坐をかいて何もしないでいると、なんだかんだ理由をつけて俺の時間を消費される未来が見える。
なので、その消費されるような国の枠組みからの解放に一歩踏み込む。
「リベルタよ。本当に他に望みはないのか?」
「ありませんね」
公爵閣下との話じゃ埒が開かないと判断した宰相閣下の問いかけも一刀両断。
この国に用意できるものは、俺にも用意できる。
流石にお姫様とか、結婚相手とかは簡単に用意できるわけないけど、今の俺ってまだ子供なんだよね。
そういうのはもう少し成長してからの方がいいんだよ。
「本当にないのか?」
「ありません。自由にできる土地さえいただけて、干渉されなければそれで満足です。あ、俺だけでなく今回戦った人たちへの報酬もしっかりと忘れずにお願いしますね」
「う、うむ」
無理矢理公爵閣下に言わされているというのを期待しているんだろうけど、にっこりと笑顔で断言してしまえば、宰相閣下もこれ以上なにも言えることはない。
「宰相殿、神殿所属である私からこのようなことを申し上げるのは内政干渉ととられかねないのであまりしたくはありませんが、此度の戦いでの彼の活躍は正しく知恵の女神ケフェリ様の使徒としての格を示しました。そんな彼とあまり意固地になり関係を悪化させるよりは、ここは器量を示し良き隣人としての関係を築いた方がよろしいかと」
さらにアンドレーまでが援護射撃を始めてしまえば、陛下と宰相は悪あがきをすることもできなくなる。
「陛下、リベルタと関係が悪化すれば、他大陸の英雄との関係も悪化します。そうなればより一層他の大陸の国との外交関係が難しくなります」
追撃で、公爵閣下が俺と他の大陸の英雄たちが師弟関係であることを指摘し、駄々をこねるのはもうやめろと釘を刺してきた。
「……」
その点を持ち出されてしまえば、陛下と言えどこれ以上のことは言えない。
逆転は難しいと空気で察することができた。
「……神殿立ち会いの下、いくつかの条件を前提に独立を許可する」
陛下は熟考の末、結果的に折れた。
条件というのも国を守ることを前提としたもので。
要約すれば、領土は最初に割譲した土地以上に広げない。
大使館を設置し国交を維持する。
土地の継承は俺の血族のみ可能とすること、この3つくらいだ。
陛下と宰相閣下は、最後の悪あがきでいざという時の戦力にしようと軍事的同盟を結ぼうとしたけど、便利屋扱いされるのがわかっているので断固拒否。
だったらと内政干渉できるように俺じゃなくてゲンジロウやネルたちに縁談を持ち掛けてきたが、そこら辺も断固拒否。
仕返しに今回の報奨金の増額をちらつかせて、さらに商売をするための街道を作るために両国間の街道整備の許可も分捕って、さらに港の建設許可、そして他大陸への渡航許可もセットで頂いた。
「では、国境はこの地図の通りで」
「神殿の方で、現地に向かい国境線を示す石碑を建てますね」
妥協点が決まれば、あとはトントン拍子で話は進む。
未練があるような雰囲気は感じ取れるけど、俺との関係悪化は避けたいというのは本音のようで、エーデルガルド公爵閣下が用意してくれた文官と王家の文官が細かい内容を決めている。
後は国王陛下の印璽を貰い、そこに俺がサインすれば無事に俺の領土が貰えるという流れだ。
まあ、領土を貰ったからと言ってすぐにどうこうできるわけじゃないんだけど、やりたいことができると思うとワクワクするよね?




