25 EX現地人から見た少年 1
アジダハーカという災害級の怪物と戦い、「お疲れさまでした」といたわりの声をかけられて終わりと言うことはない。
命の危機を感じても懸命に勇気を振り絞り戦った者には報酬が支払われるべきだ。
それはエーデルガルド家の私兵である騎士や兵士たちも当然のこと。
臨時ボーナスで支払われた報酬は、彼らの年収に匹敵する額。
さらには、今回陣頭指揮を執ったリベルタという少年のポケットマネーで祝勝会まで開催されている。
「「「カンパーイ!!!」」」
世界の危機を救った。
その一助になったという自覚を持っている彼らは、心の底からお互いを褒め称え、今日この日ばかりは羽目を外し酒におぼれている。
「いやぁ、本当にあの戦いはヤバかったな」
「全くだ」
彼らは結界塔の中で火炎放射器を常に放出し続けていたがゆえに、遠目ではあるがアジダハーカと戦う戦士たちの姿を見ていた。
グッと一気に煽ったのはキンキンに冷えたエール。
場末の酒場では味わえない、しっかりと感じ取れるアルコールとエール特有の旨味。
上等な酒をいくら飲んでも、今夜はタダ酒だ。
無事に帰ってこれたからこそ、存分に味わえる。
そして、怪物の恐ろしさを思い出すのは、共に戦った仲間との酒の席ではごく当たり前の流れだ。
「俺、大地が溶けるなんて初めて見たぞ」
「俺もだ。それに大精霊の攻撃が効かないなんて、何の悪夢かと思ったよ」
「それな。あんな大きな雷を浴びてもびくともしないなんて、何かの冗談だとしか思えなかった」
楽し気に生き残ったことを喜び合う者がいる隣で、しばらくは夢に見るであろう戦いを振り返っている男たち。
「今だから言えるけどさ、結界塔に配置されたことに感謝しちまったんだ。最初はアジダハーカ戦の前線じゃなくて支援に回されたことに不満を抱いたんだよ。だけどさ、あのとんでもない怪物の姿を見た時、ああ、前線じゃなくて良かったってよ」
「・・・・・」
命懸けの戦いに生き残ったことを喜び合う酒宴で、そんな暗いことを話すなと非難する輩はここにはいない。
隣でジョッキのエールを煽る同僚も、似たような気持ちを抱いていたがゆえに、戦友の語るその恐怖に同意することも否定することもしなかった。
黙って酒を飲み、
「あんな小柄な少年が最前線で戦ってるのに、俺はなんて情けないか」
ぽつりと同僚がこぼしたことに、ピタリと酒を飲むのを止めた。
「なぁ、本当にリベルタさんは子供なのかね?」
「いや、自分で子供だって言ってただろ。小人族じゃないって」
「でもよ、あんな怪物と真正面から戦えるような人が子供っておかしくねぇか?」
戦場の真っただ中で戦っていた子供たち。
その筆頭は、このアジダハーカとの戦いに参戦することを許されるまでに彼らのレベリングをしてくれた、エーデルガルド家とその私兵団にとって恩人とも言える少年、リベルタだ。
私兵団の中に彼を軽く見る輩は一人たりともいない。
むしろ尊敬していると言っても過言ではない。
少年にしか見えない姿だからと言っても、その実力と知識は本物。
最初舐めた態度を取った騎士たちは総じて何度も挑み、その度にボコボコにされている。
自分の得意な武器で何度も何度も挑んでも、その度にコテンパンに倒されて、最終的には心が折られることが続発し、それ以降侮る者は誰一人居なくなった。
そして侮ることを止めてしまえば、あとは遺恨を残すこともなく純粋に、彼らをしっかりと指導し強くすることに真摯に向き合ってくれた。
どこが苦手で、困っているか、そしてどういう風に強くなりたいかを聞いてそれを叶えてくれた。
そんなことをしてくれれば、年上というチンケなプライドなんてあっという間に消え去る。
敬称を付けて、敬語も意識し、尊敬する。
そんな流れが出来上がるのだ。
しかし、尊敬とは別に、リベルタの見た目の少年らしい小柄な姿とどこかずれた思考と言動、さらに並外れた知識と実力には疑問は抱いてしまう。
「俺はよ、実はリベルタさんは神様が仮初の姿で地上に舞い降りたのではって考えているんだよ」
「・・・・・リベルタさんだとありえねぇって言えないのが笑えねぇな」
気心の知れた同僚同士、冗談を言い合える仲であるがゆえにこんな突拍子もない話が出てくるが、リベルタだからという一言で納得してしまうくらいには、リベルタの非常識さは周知の事実。
だからこそ、酒の席とは言えこんな冗談みたいな話が出てくる。
「あ?何だ?リベルタさんの話か?」
「おう、あの人の正体って実はって話だ」
と言っても騎士たちからしたら酒の席の冗談の延長線上にあるような話題だ。
本気で真相にたどり着きたいっていうわけではない。
「いやよ、あのとんでもない怪物に真正面から挑んで、あの太い首を切り裂くんだぞ。その上で俺たちの気持ちが折れないように鼓舞し続けてくれてよ。さらにはどんな危機的な状況でも冷静に対処法を考えつく。人間の子供じゃ無理な話って思ってよ」
「まぁ、そうだな。俺もそこら辺気になってんだよな」
通りすがりの別の兵士も話に参加してくると、次々とその席に騎士たち兵士たちが集まる。
話題がリベルタということで、今まで抱いていた疑問が爆発したというのもあるが、食う飲む抱くくらいしか騎士たちの娯楽がないこの世界ではこういう妄想話は意外と楽しめる。
「訓練の時によ、リベルタさんとネルちゃんの模擬戦を見てたんだけどよ。ネルちゃんて強えじゃん?」
「ああ、今の俺たちでも一個中隊出しても負ける」
「俺なんてこの前訓練場の壁まで吹っ飛ばされた」
「俺も」
しかも経験談混じりだから共感しやすい。
そこに酒が入ってしまえばどんどん話は進む。
「そんなネルちゃんを相手に、側で観ていたアミナちゃんと笑顔で会話しながら普通に対処して、ダメなところ指摘して改善させてた」
「うん、知ってた。リベルタさんだからな」
「リベルタさんならできるよな」
「むしろあの人できないことってなんだ?」
酒席に場慣れしている連中の、尊敬する人の話題となればなおのこと盛り上がりやすいのか、どんどん話題が出てくる。
片手にジョッキ、そして足りなくなったら給仕に頼んで補充。
テーブルの上にあるつまみを口に放り込みながら考える。
「んー、一通りの武器は使えたよな?」
「剣系は全部使えてたぞ。弓も使えてたし、槍はリベルタさんの本命だし」
「変わった武器を使ってる西とか、反り返った刀を使う東、あとは武器以外に素手の格闘技を使う北の兵士たちにも普通に教えてたよな」
「ああ。しかもエスメラルダ様に魔法も教えてたよな?」
「前に神殿騎士団のやつらと会話しているのを聞いたけど、回復魔法の話とか薬草からポーションを作る方法も話してたぞ」
話せば話すほどリベルタの能力の異常さが浮き彫りになり、本当に神様なのではと思い始める騎士たち。
さすがにそれはないと思いつつも、とりあえず戦闘方面に苦手分野はないと騎士たちは判断した。
それをもしリベルタが聞いたら、使えるだけでマスターはしてないぞと答えるだろうが、使える段階でおかしいと騎士たちは心の中でツッコむだろう。
「あ、普段の生活の方とかどうだ?ほら、料理ができないとか」
「俺、リベルタさんが作ってくれた飯食ったことがある。ダンジョン訓練中の遠征で当番のやつが怪我して、代打で作ってくれた。めっちゃ美味かった」
「洗濯とか」
「野営訓練の時やってたな」
「馬の世話!!」
「出来てたな」
リベルタに何ができないのかという話題はある意味でちょうどいい酒の摘みになる話だったのだろう。
ガヤガヤとその話で盛り上がり、気づけば結構な大人数になっている。
「・・・・・本当に何ができないんだ?」
「「「「「「さぁ?」」」」」」」
手当たり次第にできそうにないことを次々に上げてみたら、一通りできてしまうことが判明するだけで、本当になんなんだという結論に至る。
一斉に騎士も兵士も首をかしげてしまう程度にはリベルタの異常性を共通で認識してしまっている。
「リベルタさんは、リベルタさんだからなぁ」
「むしろ、リベルタさんだからって言えばああ、と納得できるって最近気づいた」
「わかる。下手に疑問を持たない方が疲れないってのもな」
欠点を探すこと自体が馬鹿らしくなり、酒を飲み別の話題にするかと流れが変わる。
「じゃぁ、リベルタさんの本命って誰だと思う?」
そして酒と男の組み合わせになればいかに騎士としての立場がある身だとしても、多少下世話な話になる。
ちょうどよく、身近にそういう話題に事欠かない人がいるのならなおのことだ。
「ネルちゃんじゃね?一番最初に会ってるし、あの距離感はリベルタさんに惚れてるのは間違いないだろ」
「でもよ、リベルタさんの方はどうなんだ?」
「アミナちゃんがくっついているときにちょっと照れてるとこ見たことあるから脈なしってことはないだろ」
リベルタの女性関係に関して普通の男であれば、複数人の女性を引き連れていることに嫉妬し、嫌な感情を抱いてしまうのだろうが、数々のリベルタの実績を知っている彼らからしたら『まぁ仕方ないか』と思うか『当然だろ』と納得してしまう。
「いやいや、俺はイングリットさんが本命と見る。あの尽くし方は間違いなく主従を超えた何かがある。俺の勘がそう言ってる」
「お前の勘って、この前ドッグレースで大損しているじゃねぇか。俺はエスメラルダ様だな。宴でのあのジャカランのクソ野郎にめがけての堂々の大切な人宣言。貴族の令嬢であれば覚悟がないと言えないな」
「妹のイリスお嬢様は?閣下はイリスお嬢様とリベルタさんをくっつけたいと画策しているとメイドたちから話を聞いたんだが」
その女性関係の中に彼らの仕えるべき主のご息女がいて、それに悪意を抱いていない段階でリベルタへの好感度は察せる。
「お前たち馬鹿だな、クローディア様こそ本命だろ」
「「「それはない」」」
「んだと!?」
誰もかれもが意見を持ち、そして妄想で語り合う。
「いや、クローディア様とリベルタさんの歳の差考えろよ」
「さすがに、クローディア様の方が保護者として接しているだろ」
「ここから先はわからないだろ!!リベルタさんなら、こう、クローディア様の窮地に白馬の王子様的に颯爽と現れて」
「どこの絵本の世界の話だよ」
「クローディア様が窮地に陥る時ってどういう時だよ。アジダハーカの戦いでもあの人がピンチになる姿が想像できなかったぞ」
「でもリベルタさんだぞ!」
「「「「「「・・・・・ありえるか」」」」」」
「だろ!」
もし仮にここにリベルタがいたら、全力でこの会話にツッコミを入れているだろうがこの場にはリベルタたちはいない。
騎士たちがリラックスして楽しめるように配慮したのが裏目に出てこの会話が野放しになっている。
「西の英雄様はどうだ?」
「ありえるかぁ?」
「あれは師弟って感じじゃね?」
酒が進み、前後不覚になりつつある騎士たち。
レベリングしてステータスが上がっても酒には酔う。
「むしろよ、リベルタさんほどの人が一人の女で満足できるとは思えんのよ」
「あー、わかるわ」
「だったら、誰とくっつくとかじゃなくて、何人の女性を幸せにするかって方がわかりやすいんじゃないか?」
日本の常識とは違い、この世界では力を持つ者が複数の妻を娶ることは珍しくはない。
騎士たちもそこら辺は理解している。
「リベルタさんなら、10人くらいか?」
「少なくね?」
「100人か?」
「さすがに、ないよな?」
「リベルタさんならワンチャン」
しかし、ここにいるのは酔っ払い。
酒で思考能力が低下しているうえに全て「リベルタさんだから」というパワーワードで納得してしまっているため、どんどん話がエスカレートしていく。
「子供だけで騎士団とか作れそうだな」
「その騎士団絶対ヤバいだろ。リベルタさんの血を引いてるってだけでも才能の塊だろ」
「むしろリベルタさんが増えて、世界平和になって、安全になるかもよ?」
「ハハハハハ!そうしたら俺たちもお役御免だな!」
妄想語りは夜が更け、最後の一人が寝落ちするまで続くのであった。




