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21 限界

 

 写し身の魔導人形のスペックはプレイヤーにも完全把握できていない。

 なにせ、発見されるのは常に修復不可能な破損状態という、プレイヤーに使わせてはダメだと言わんばかりに破壊的な処置を施されている。

 

 残骸から素材や機能を検証するプレイヤーもいたが、再起動させることは叶わなかった。

 

 そんな魔導人形がまさかボスユニットをコピーできると誰が考えるか。

 

 普通に考えて、チートかバグのどちらかを疑うレベルの異常事態。

 

『回復手段を封じても、再生能力がえぐい!だけど』

 

 しかも、戦った手応えはFBOで戦闘したときと大して変わらないレベルで再現されているからシャレになってない。

 

 しかしそんな相手だからこそ、徹底的にメタを張った効果が出ている。

 

『これで一本目!!』

 

 アジダハーカの倒し方は、とにもかくにも首を減らすことを終始徹底すべきなのだ。

 

 スキルを使うのも攻撃手段も全て、それぞれが独立した首が行うから、その首を減らせば減らすほど攻撃の脅威が減る。

 

 だからこそ、総動員した兵力は全員、心臓部がある胴体ではなく首に攻撃を集中させている。

 

 首狩りを連発して、太いアジダハーカの首を切り倒すのにかかった時間はおおよそ五分。

 

 時間的にはかなりいいペースだと言える。

 

『金剛戦斧!』

 

 隣で巨木を切り倒すように、思いっきりハルバードをアジダハーカの首に叩きつけるネルの姿が見える。

 

『攻撃モーション!呪い!ネルは攻撃継続!エスメラルダさんとイングリットで迎撃!!!』

 

 一方的に攻撃できるのならこのペースを維持できるが、このクラスのボスになってくるとアミナの歌で注意を惹きつけ続けるのは難しくなってくる。

 

 ダメージ比率で俺たちにヘイトが向き、体に取り付いている俺たちに攻撃するためにアジダハーカの巨体が揺れる。

 

 そのモーションは、いつの日か人面樹と戦った時に見た呪いの人魂の顕現の合図。

 

 人面樹とは比べ物にならないほどの数が展開され、その人魂は一斉に首を攻撃している面々に向かって飛びかかってくる。

 

 いかにレイニーデビル装備の耐性であっても呪いを完全防御することはできない。

 完全耐性は火だけ。

 

 体表に現れる呪毒や、汚染が広がらないように焔で浄化し続けているが、こういうスキル攻撃や。

 

『六番首が攻撃動作発動!三番首の方に後ろから行くぞ!!』

『八番首が七番首の根元に攻撃だ!!』

 

 物理攻撃で俺たちに襲い掛かってくる。

 

 スキル攻撃はともかく、首を振り回してよく絡まないなと感心しつつ、三番目の首の根本付近にいた俺は人魂を打ち消しながら、噛みついてきたアジダハーカの六番首の顔を躱し、すれ違いざまに鎖鎌の鎌をアジダハーカの目元の瞼にひっかけてそのまま頭の高さまで上昇。

 

 空歩での空中戦は焔の中から姿を現すから割とリスクがあるが、こうやってヘイトが分散しているとき、ダメージを与えヘイトを稼いでいる人物が目立つことで一時的にヘイトを集めることができる。

 

 焔の中に隠れ、一旦ヘイトを減らすクールダウン中の味方達が、一斉に攻撃できるアタックチャンスをそうして作り出す。

 

『その分俺は大変だけどな!!』

 

 口に出して、その苦労を少しでも気軽なものにして、一斉に放たれた3発のブレスを鎖鎌を引き寄せて回避して、すぐに反撃に入り三番首の顔の右目を槍で潰す。

 

 放っておけば再生してくるが、一時的に片方の視覚を奪えるのはいいアドバンテージだ。

 

 わかりやすくダメージを与える人物が現れると、攻撃したくなるのがモンスターの本能だ。

 

 首元で攻撃を加えてくる人間たちも鬱陶しいが、首1つを切り飛ばした人間というのはわかりやすい脅威。

 

『ほっ!はっと!意外と覚えてるな!!』

 

 アジダハーカが三本の首を動員し、ブレスやスキル攻撃、さらに噛みつきなどの攻撃を駆使して俺を仕止めようとしているが、その全てを軽業師のように空歩のアクロバットを用いて回避する。

 

『影法師!』

 

 アジダハーカの攻撃モーションからの推測で、攻撃の大半は対処可能だ。

 マジックワイヤーと空歩を併用すれば、さらにトリッキーな動きができるからアジダハーカの動きを惑わすことができる。

 

 今も俺だと思った影法師に噛みつき、油断しているアジダハーカの額に飛び乗り。

 

『スパイラルランス!』

 

 魔力でできたドリルのような刃を纏った鎌槍で、眉間付近を突き刺す。

 さすがにここら辺は硬いからダメージを与えるのが難しいが、貫通能力が高いスキルゆえに多少はダメージを与えることができる。

 

 ダメージを与えればより一層俺に注目が向く。

 

 そうなると、首元でダメージを負わせる面々がさらに攻撃をしやすくなる。

 

 大地に串刺しにされた胴体が暴れ、その巨体を振り回すだけでも質量を利用した反撃になり、当たればダメージを負わせることができる。

 その動きに対応しながら正確に首に攻撃を集中しダメージを重ねないといけないのは至難の業。

 

『おっと』

 

 さらに厄介なのが、アジダハーカの瞳だ。

 

 “蛇眼”

 

 瞬間的な麻痺効果と徐々に蝕む石化効果を併せ持つ厄介なスキル。

 

 睨むという短いモーションで発動できる故に、対策なしだとマジで詰む。

 

 今もそのモーションに入りそうになったので、空歩で別の頭の陰に入り込んで視線を遮る。

 

 効果が出るまで、麻痺ならワンアクションあるからまだいいけど、三つの首の視線から常に逃げつつ立ち回るのは中々大変だ。

 

『ほい、目潰し』

 

 だけど、魔眼系のスキルには目潰しというお決まりの対処方法があるから、それを使えば意外と何とかなる。

 

 お手軽なのがフラッシュバンと呼ばれる閃光玉を使った光系の目潰し、あるいはカプサイシンなどを使った催涙系の目潰し。

 

 瞼を閉じてしまえば蛇眼の効果もなくなるので、消耗品だけどいくつか携行している。

 

 ただ、アジダハーカの場合は催涙系は効果が薄いから、自然と閃光をまき散らすような目潰しに頼ることになる。

 

『からの影法師!』

 

 さらに俺なら、こうやってデコイスキルを使えるから割と回避できる。

 

 そうやって時間を稼いでいると、俺を追っていた首の一本がビクン!と痙攣して動かなくなり、ゆっくりと倒れ始める。

 

 二本目だ。

 

 倒したのは、我らがメインアタッカー。

 商人なのに純正アタッカーの上を行く高火力を叩きだすネルが、二本目の首を切り落とした。

 

 クローディアにデバフを付与してもらいながらの攻略だけど、中々の速さ。

 

 これで残りの首は六本。

 

 アミナたちの聖歌のおかげで、呪いの散布ができないから回復もできない。

 

 胴体は串刺しで動けない上に、周囲の焔で常に火炙り状態。

 

 ダメージは蓄積し、首の数は減る。

 

 このままいけば倒せるかと思っているとき。

 

 ピシッとなにか音がした。

 

 何かがひび割れるような音。

 激しい戦闘の最中でも聞こえてきた。

 

『ん?』

 

 攻撃を回避しながらその音源を探すと、それは胴体に打ち込まれた杭の辺りから継続的に聞こえてくる。

 

 ちらっと見ただけだが、生物ならありえないような罅が徐々に体の全体に広がっている。

 

 そして。

 

『あ』

 

 バキンと決定的な音と共に、写し身のアジダハーカの体は真っ二つに割れた。

 

 それに連鎖する形で、写し身のアジダハーカの体が色を失い、鈍い鉛色の液体へと変貌し始める。

 

 突然の出来事に、一斉に攻撃に参加していた面々は距離を取り、その変貌を見る。

 

 武器は構え、何があっていいように備えてはいる。

 

 だが、その心配が不要だと言わんばかりにどんどんアジダハーカの体が小さくなっていく。

 

 焔に焼かれ、そして最後に残ったのは写し身の魔導人形の原型である液体金属のような物体。

 

 それは破損して放置されたときの残骸をFBOで見た俺だからこそ、わかる。

 

 写し身の怪物は倒された。

 

 呆気ない幕切れ。このままいけば倒せるという確信はあったが、それでも時間はかかると踏んでいた。

 

 そんな最中、写し身の魔導人形は限界が来たと言わんばかりに活動を急に止めた。

 

『勝ちましたの?』

『わからない』

『活動を止めたように見えますが』

 

 アジダハーカのコピーは可能であったが、その性能を万全に引き出した際に、写し身の魔導人形の活動限界があったのではないか。

 

 焔の中に着地し、燃やされる写し身の魔導人形に近寄ると、何の抵抗もなく燃えているのが見えた。

 

 エスメラルダ嬢にネル、そしてイングリットも急な戦闘の結末に戸惑いを隠せていない。

 

 鎌槍の刃先で写し身の魔導人形をつついてみるが、何も反応しない。

 

 完全に沈黙している。

 

『あれほどの怪物を模倣しているだけでも奇跡に近かったのかもしれませんね』

 

 その様子を見ていたクローディアが俺の隣に立ち、しゃがみ、写し身の魔導人形の欠片に触れる。

 

『過ぎた力に手を出した末路と言うべきでしょうね』

 

 その手が触れるよりも先に、焔に焼かれているからではない、力尽きたと示すように、さらさらと砂のような何かになり消え去る写し身の魔導人形。

 

『放っておいても早々に朽ちていたということでしょうか?』

『いえ、私たちの猛攻があったからこそ、早期に限界が来たのでしょう。もし、何もせず放置していたら、尋常じゃない被害をもたらしていたのは間違いありません』

 

 自壊したと知り、エスメラルダ嬢が疑問を投げかける。

 結果論に過ぎないが、足を止めてしっかりと戦ったことに意味はあるとクローディアは言い。

 

 俺もその意見には同意する。

 

 壊れることがわかっていたとしても、被害を最小限に抑えるために俺たちは写し身のアジダハーカと戦っていただろう。

 

『結果的に、予行演習として戦えたし、予定していた戦闘時間よりも短くなったんだ。儲けものと考えよう』

 

 結界塔の魔力もまだまだ残り、火炎放射器もまだ放てる。

 

 さらにアジダハーカを縫い付けるための杭も再装填しているはず。

 

『前向きに捉えるのはいいことです』

 

 この戦いの結末の呆気なさに、「無駄だったのでは」と思うような空気が流れそうだったが、そんなことはないとしっかりと否定する。

 

 写し身とは言え、アジダハーカのコピー。

 

 本来なら二度経験できない現実の大ボス戦で、戦いで得られた経験値は貴重な物だと言える。

 

『さてと、アジダハーカ本体の復活前に倒し切っちゃって、こっちから攻め込めるようになったな』

 

 窮地から一転、こちらから攻め込めるような状況になった。

 

 アジダハーカからしたら写し身のアジダハーカを暴れさせ、封印解除をして完全体として復活する予定だったんだろうが、完全に当てが外れた。

 

 復活を助けてくれるボルドリンデ陣営は全滅し、封印地には敵しかいない上に、完全にアジダハーカが不利になる戦場の環境が用意されている。

 

 なんとなく、ドロドロに溶け落ちて原型が無くなった遺跡の方を見たら、何かが焦っているような雰囲気を感じるのは気の所為だろうか?

 

 モンスターが魔道具の限界値とか、使用条件とか把握しているわけがないし。

 

 追い込まれたボルドリンデが窮余の一策として、使えるかもしれないという確実性の低い判断でやったという流れなのは間違いないから、復活のために全力を出して壊してしまったとしても無理はない。

 

 うん、FBOでもたまにプレイヤーが道具を壊してやらかすことはあったから、その気持ちは非常によくわかる。

 

『暴れ足りないので、ちょうどいいですね』

『危険を放置する理由はありませんわ』

『疲労も最小限です。このまま戦闘を継続しても問題ございません』

『このままいくわよ!』

 

 だけど、それはそっちの都合で、こっちは全く気にかける必要性はないよね。

 

 うちの女性陣のやる気満々が周囲にも伝染し、ゲンジロウも、クラリスたちも頷いて大丈夫だと知らせてくる。

 

『それじゃぁ、さっそく封印を壊しますかね』

 

 第一ラウンドのゴングはそっちから鳴らしたんだ。

 

 第二ラウンドのゴングはこっちから鳴らさせてもらおう。



楽しんでいただけたのなら幸いです。


そして誤字の指摘ありがとうございます。


もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。


第1巻のカバーイラストです!!

絵師であるもきゅ様に描いていただきました!!


挿絵(By みてみん)



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