20 美味しい蒲焼
灼熱の大地なんて言葉があるけど、そういうのは単純に乾燥して気温が高い地域の特徴を比喩するようなときに使う言葉だ。
結界塔から見下ろす世界は、文字通りの灼熱に燃え盛っている。
呪いを全て焼き尽くせと言わんばかりに、六方向に設置した結界塔の窓から焔が噴出し続け、写し身のアジダハーカだけではなく毒沼から湧き出ようとした蛇竜の眷属も炭に変える。
「火の精霊石を絶やすなよ!!風の精霊石もどんどん使っていけ!!」
白い焔を火と風の精霊石の力で放出している火炎放射器。
その焔は結界による閉鎖空間に於いては、「最も恐ろしい」という意味合いで、最恐の効果をもたらしていると言える。
特に光属性の精霊石で作り上げた結界塔で展開している結界とアミナたちの聖歌による相乗効果で、この焔には強力な浄化の効果が付与されているから、燃やすことで浄化を施す「聖焔」と化している。
風の精霊石を使うことによって高温を作り出し、さらに結界による閉鎖環境によって結界内の温度がすさまじい勢いで上がり、生物が存在できる環境から逸脱させる。
『■■■■■■■■■■■!!!』
FBOではプレイヤーたちから美味しい蒲焼と揶揄された、コンボ攻撃の業火に焼かれる環境下でも、写し身のアジダハーカはまだ元気に暴れようとしているが、体表の呪いの毒は燃やされ、ばらまいた呪毒も炎によって燃やし尽くされ回復が出来なくなっている。
加えて千度越えの火炎放射による攻撃だ。
いかにクラス9の怪物であってもダメージは負う。
結界を破壊しようとブレスを吐き出すが、結界塔も結界もこの日のために作った特別仕様だ。
アジダハーカと言えどそう易々と壊せる代物ではない。
『リベルタ!準備ができたわよ!』
かといって、この火炎放射器と結界のコンボでアジダハーカを倒せるかと言えば倒せない。
地味に継続ダメージを与え続けることはできるが、かといってスリップダメージで倒し切る前に結界塔に限界が来るし、何よりこの焔の中でもジワリジワリとアジダハーカがアミナと聖歌隊が歌う方に向けて進んでいる。
ブレスとかの遠距離攻撃なら最高の性能を発揮して耐えてみせる結界であるが、そこに物理的な攻撃が加わるのなら結界の寿命は極端に減ると言っていい。
であるなら、この後どうするか。
決まっている。アジダハーカの攻守の柱であるデバフをこの焔の空間で封じている今こそ打って出る絶好の機会だ。
そのくぐもったネルの声に振り返ると、今回打って出る面々が勢ぞろいしている。
アジダハーカでもダメージを負う空間に、いかにクラス7や8に育成したと言え生身の人間が飛び込むことは不可能。
なら遠距離攻撃で仕留めるかと言えば、結界から逃れようとするアジダハーカの足止めがしにくいので、早期に決着をつけるためにはこの焔の中に飛び込み接近戦を仕掛ける必要がある。
まずはメインアタッカーである、俺を中心としたパーティーだ。
俺と共に参戦するのはネル、イングリット、クローディア、エスメラルダ嬢の四人だ。
全員がライダースーツのようなボディーラインが出る格好に加え、半透明の炎のベールのようなものを羽織り、フルフェイスマスクを着用している。
かく言う俺も似たような恰好をして、フルフェイスマスクをわきに抱えている。
何を隠そう、これがレイニーデビルの素材で作った耐性モリモリにした装備だ。
率直に言ってサンライトシリーズよりも防御力は高いし、デバフ耐性も強い。
さらにこのイフリートベールによって炎耐性をあげ、レイニーデビル素材のフルフェイスマスクで炎の中でも呼吸を確保。
アクセサリーでさらに炎耐性を上げて、この一千度越えの空間で活動できるようにした。
たまにゲームとかで、属性攻撃をダメージゼロにするという演出があるだろう。
FBOでも特化装備に極振りすれば似たようなことができる。
普通に考えて、アクセサリー1つで火傷するような炎を無効化できるかと疑問を抱くかもしれないが、そういうことができるのだからこっちにとって都合がいいと思うべきだ。
呼吸と温度、この二つの関門をクリアし、焔の中で直接攻撃する。
そうやってダメージを稼ぐ他、この戦いに勝利を呼び込む手段はない。
他にこの焔の中に突入する面々もレイニーデビルの装備と比べたら劣るかもしれないが、それでもこの焔のなかで活動するには支障がない職人精霊謹製の装備を身に付けている。
ゲンジロウたちの鎧も耐火性能に特化させて、この焔の中で活動できるようにしてある。
コン、クラリス、バルバドス達も精霊たちが作った防具に身を包み焔の中に突入する準備は万端だ。
怖気づく者は誰一人もいない。
塔の窓からは火炎放射が続き、この塔から出ればそこは人が生きることが不可能な空間。
そんな場所に突入すると説明したときはみんな驚いてたな。
耐火属性装備を用意すれば普通に活動できると言ったら、クローディアからも何言っているのだと真顔で突っ込まれた。
この世界ではそういう限界環境用の装備に関しては未開発のようで、例え話で火の精霊はマグマだろうが炎の中だろうが平気で活動できるだろう?と説明してさらに精霊たちが作ってくれた試作防具で実験し、焔の中でも活動できると証明したからこそ怖気づいていないのかもしれないが。
どっちにしろ、アジダハーカの切り札である呪毒にこの焔で対抗し、倒しやすくはしたがそれでもなお敵は強大だ。
「行動は作戦通りに。それぞれ指示した首の討伐をやってくれ」
そんな敵が後数分で結界に接触する。
事前説明で内容は把握している。
質問はない。
皆、装備の最終点検を行う。
万が一装備が外れようものなら、焔に焼かれることになるから念入りにチェックしている。
俺もフルフェイスマスクを被って視界の状況と装備を確認する。
今回ばかりは修練者の証や弱者の証は装備していない。
というより、そんな余裕はない。
全ての装備枠を耐火用の装備にあてがい、この焔の中で活動できるようにしている。
なに、もし仮にこれでレベルが上がるようなら上がった分だけ神殿で捧げてレベリングをやり直せばいい。
命あっての物種。
さすがにここでEXBPのことを気にかけて命を落とすとか馬鹿らしい。
備えを念入りに確認し、頭の中でそれすらも突破されたらどう行動すればいいか再確認し、総員が問題ないと判断すれば。
『行くぞ!』
『『『『『『『おう!!!!』』』』』』』
行動開始だ。
真っ先に突入するのは俺たちだ。
塔の窓に足をかけ、火炎放射器が焔を噴出して出来上がった灼熱の空間に身を投げ出す。
視界が一瞬炎に包まれ、何も見えなくなるかと思いきやフルフェイスマスクに魔力が流れ視界が良好になる。
『音声チェック。聞こえるか?』
『聞こえるわ』
『問題ありません』
『はい、聞こえます』
『問題ありませんわ!!』
焔の中にいるというのに、イングリットのサーモコントロールを使っているときのように快適だ。
装備は効果をしっかりと発揮し、フルフェイスマスクの通話機能によって声を届け拾うことも問題ない。
距離が離れるとこの魔力の炎に飲み込まれ消えてしまうが、闇さんの技術で肉声を魔力の波にして飛ばす疑似的な無線通信を実現している。
通信の有効距離は十メートル前後と言ったところ。
『よし、なら行くぞ!』
焔によって木々は完全に燃え尽き、わずかに粘り気を帯び始めている地面を蹴り走り出す。
続々と塔の上から味方が飛び降り地面に着地し行動を開始している。
足装備に液体歩行のスキルを付与しているから、地面が溶岩化しても問題なく進むことができる。
フルフェイスマスクによって俺たちの視界は良好だが、視界の効かない焔の中をアミナたちの歌を目指して進む写し身のアジダハーカからしたら、俺たちは焔の中を動き回り姿を隠し魔力探知もできない存在と化している。
『先制攻撃いくぞ!!』
おまけにこっちに近づいてきているから接敵も早い。
俺たちが狙うのは中央の首四本だ。
『ネル、クローディアさんはデバフで防御力ダウンを!エスメラルダさんは雷魔法で動きをけん制!!イングリットは俺と一緒にヘイトを引き付けるぞ!』
いきなりダメージを与えるよりも、まずはデバフ付与からスタートだ。
『炎の中からこんにちはってね!!』
ヘイトはゼロ、そして何より人間なんて興味もわかないと言わんばかりにまっすぐアミナの方向へ進むのならこっちも容赦なく不意打ちで首を狩れる。
『首狩り!!』
マジックエッジで強化した首狩りは太いアジダハーカの首の半分を切り裂いて、一本の首がぐらついた。
『■■■■■■■!?』
切り裂いた首から悲鳴のような雄たけびが響くが、体は気にせずまっすぐ進む。
攻撃された首は、逆再生ビデオのように見る見るうちに回復していくのが見えるが、呪いの吸収がない分、消耗はするはず。
『焔陣切り』
しかし、再生させないように傷口にめがけイングリットの抜刀術が煌めく。
炎属性の斬撃は、周囲の焔の効果も重なり、威力が上がる。
肉を焼くような音を響かせ、さらに傷の再生を遅延させる。
この段階でようやく、一本の首が自身にダメージを負わせる存在がいることに気づき、足元を見ようとするがそのころには俺たちは炎の中に隠れる。
『断裂戦斧!!』
『はぁ!!』
そして俺たちの方に意識が向いた瞬間に、焔の中からクローディアとネルが飛び出し、別の首にめがけて防御デバフをかける。
その攻撃によるヘイト移動はない。
相も変わらず、胴体は結界の外を目指し動き、一本の首だけは傷を治しながら焔の中を覗き込もうとしたが。
『ハウンドライトニング!』
『■■■■!?』
しかし焔の中から雷が迸り、ちょうど瞳に直撃する形で雷が直撃し顔がのけ反った。
思わぬ反撃に顔をのけぞらせるアジダハーカ。
よく見れば、片目が焼けただれている。
『この好機逃すではなない!!』
『『『『おおおおおおお!!!!!!』』』』
そうやって俺たちが中央から攻撃を仕掛けていると、赤備えを率いるゲンジロウが焔から飛び出して一番右端の首に切りかかった。
斬ることに関して言えば、東大陸随一の剣豪集団により次々にアジダハーカの首筋に傷がつく。
『我らも遅れるでないぞ!!』
『『『『『おう!!』』』』』
ゲンジロウとバルバドスがそれぞれ一本の首にダメージを負わせることで、写し身のアジダハーカ本体もこの焔の中に敵がいると認識し、進撃を止めて攻撃を受けていない首を動かし、ブレスを焔に向かって放とうとするが。
『ホンマに、お師様はすごいことを考えはるなぁ。こんなに魔力を練ってるのに焔の中にいれば気づかれないとか』
チャージ中の口めがけて殺到する焔の鳥たち。
燃え盛る札を構え、周囲の環境を味方につけたコンたちも自身が担当する首に攻撃を仕掛け始める。
『炎の精霊たちもここなら存分に力を振るえますね』
そして写し身のアジダハーカの口周りに飛び交うのは式神だけではない。
風の精霊で舞い上がったエルフやドワーフを率いるクラリスたちもそこにいた。
呪いが焼け、周囲が焔だらけになったこの空間なら火の精霊は活発に動き回ることができる。
ショーテルに火の精霊の力を纏わせ首を切り裂けば、再生しにくい傷が量産される。
この猛攻により写し身のアジダハーカの動きが止まる。
これを待っていた。
動きが止まった瞬間に空から高速で何かが落下してくる。
『■■■■■■■!?』
その高速飛来物は、大きな杭だ。
精霊たちによって空中に開いた精霊回廊に待機していた、地の精霊石を圧縮して加工したことによりとんでもない質量を持った杭は、落下の勢いそのままに、ものの見事に写し身のアジダハーカを貫いて地面に縫い付けた。
体を藻掻かせ、その場から動こうとするも杭は一本ではない。
2本目、3本目と次々に体に突き刺さり。
FBOプレイヤーが編み出した蒲焼コンボがここに完成するのであった。




