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18 下ごしらえ

 

 FBOの戦術において一番重要なことはなにか。

 それは、相手の長所を削り、相手の短所をより致命的にすること。

 

 この2つに尽きる。

 

 要は、得意分野を活かさせず、不得意分野に沼らせるということなのだが、それを聞けば当たり前で理想論でしかないと言われるかもしれない。

 

 しかし、これをできるかできないかが事前準備で大きく変わるのがFBOというゲームだった。

 

「急げ!時間が少ないぞ!!」

「魔道具の設置状況は!!」

「観測班の集計データはこっちに持ってこい!!」

 

 俺が勝つと断言してから、騎士たちは全力で駆け出し作業に従事してくれている。

 

「リベルタ殿、地属性の魔法使いによるA地区の整地完了しました。B地区の進捗率は現状三割といったところです。CとD地区に関しては、A地区の人員を割り振り同時に進めてよろしいですか?」

「お願いします。A地区担当の魔法使いの護衛に回している赤備えはそのまま護衛を継続」

 

 遠くからまだ雷鳴が響いているということは、精霊たちがまだ時間を稼げているということ。

 その雷鳴が頼もしく感じられるが、徐々に呪毒の浸食範囲が広がり空中にもその影響は出始めている。

 

 いかに空中戦で優位に立っていると言ってもそれも時間の問題だ。

 

 自然が味方になってくれている猶予はそこまで多くない。

 

「リベルタ、神殿騎士団から聖歌隊が到着したと報告が来ました」

「わかりました。例の魔道具を中心に陣形を組んでください。組み終わったらアミナたちのバンドと音合わせと楽器の演奏のリハーサルを進めてください」

 

 本陣から伝令を飛ばしているのは騎士団と、魔法部隊、そして今回遠征してくれている神殿騎士団だ。

 クローディアのコネを使って今回の神殿騎士団の遠征に帯同してもらった聖歌隊。

 その護衛を神殿騎士団に頼み、この最前線に連れてきてもらったわけだ。

 

 本来であればボス戦に、それも世界崩壊規模の敵を相手に非戦闘員を抱え込んで戦うような余裕はない筈なのだが、対アジダハーカ戦となるとこの聖歌隊が勝ち目に繋がる重要なカードになる。

 

 神殿騎士団とのやり取りは全部クローディアに任せる。

 

「伝令!!徐々にですが蛇竜の眷属が周囲に侵出し始めております!特にB地区方面に作業員が集まっているのでそちらの方に流れる傾向が強いです!!」

「ネルとイングリットをそっちに向かわせて!ゲンジロウたち御庭番衆はC地区とD地区の警護を!」

 

 アジダハーカの得意分野である周囲の環境汚染、それをどうにかしない限り戦うことも儘ならず、勝ち筋は見つからない。

 

「リベルタ!連れてきましたわ」

 

 こちらの戦力が対ボス戦の推奨レベルに到達していない状況で、写し身の魔導人形というボルドリンデの遺したジョーカーのために、アジダハーカのコピーから本番のアジダハーカという連戦コンテンツに挑むことになってしまった。運命という名の運営に中指を立ててクレーム入れたいくらいに腹が立っているが、やらないと世界が滅ぶので、国王陛下が五年十年もやし生活をするくらいに報酬を搾り取ってやる、と心に誓うことでやる気を出す。

 こんなことになる下地を作った元凶である、貴族たちを放置してきた優柔不断な国王陛下に対する費用請求の増額分を考えながら、次から次に飛び込んで来る報告の内容を地図に書き込み、頭の中で次々に予定を消化していく。

 

「大変なことになったようですなぁ」

「フハハハ!!これが契約の際に言われた世界の危機というやつか!!我にふさわしい戦場であるな!!」

「師匠、クラリス・ノーランド援軍に馳せ参じました」

 

 とにもかくにも戦力が足りない。

 雷三姉妹たちが必死にアジダハーカのコピー本体と蛇竜の眷属たちを古代遺跡に足止めしてくれているが、それでも溢れ出しそうな激流をかろうじてせき止めているだけ。

 

 こぼれ落ちる流れは存在し、そしてそれによって被害が広がるのは止められない。

 

 それを少しでも防ぐために他大陸の英雄たちの援軍と言うのは助かるというほかない。

 

「来て早々で悪いが、手を貸してくれ」

「そういう契約やという建前ですけど、僕にとってもお師様にはでっかい恩があります。ここで少しでも返せるのならこのコン、全力で手伝わせてもらいます。ええか、皆の衆」

「「「「「おう!!」」」」」

「師匠、あなたに与えられた知恵、ここで使わずいつ使うのでしょう。精霊様と力を合わせて共に戦うという誉を私たちに与えてください。そうでしょう皆」

「「「「「はっ!」」」」」

「フハハハハハハ!!今までお師様に導いてもらい強くなった武をここで見せねばいつ見せる!!ここで尻尾を巻いて逃げる武人はおらんな!」

「「「「「然り!!」」」」

 

 そしてこの英雄たちの部隊はそれぞれ特性があり、こういう場面では使い勝手がいい。

 なにより、全員を全力で指導してきたおかげで、裏表なく協力関係を築けていることが大きい。

 

 ここで、戦後の利権を狙って味方を出し抜くことを考えるような貴族連中がいたら勝てる物も勝てなくなるからな。

 

「コンはB、C、D地区にいるエーデルガルド家の魔法部隊と合流して、作業の手伝いを頼む!お前たちの式神部隊なら作業効率を格段に上げられる。詳しい内容は先に指示を出している部隊長に聞いて。武士たちにはその警護を頼む」

「承知仕った。皆、いくで」

 

 その点の心配がないのはマジで俺の精神安定になってくれて助かる。

 ここで足を引っ張るような輩がいると、マジでぶん殴って黙らせる以外に方法が思いつかない。

 

 コンの部隊は侍と陰陽師という和風の組み合わせだ。

 侍はゲンジロウたちに近い物理特化の近接戦闘職。東の大陸独自のジョブである陰陽師は札を使った式神という使い魔を生み出したり、魔法を発動させる特殊なムーブをする。

 魔法使いと違い、札という媒体が必要になり、さらにそれが消耗品であるがゆえに癖が強いが、それでも使い方次第ではその強さを発揮することができる。

 

 魔法使いと一番差別化できるのは属性の縛りが少ないこと。

 札を交換さえすれば一人の陰陽師で地水火風すべての属性に対応できるのだ。

 欠点としては札という消耗品の管理が大変なことだな。

 

 だが、今回の場合は地属性の魔法使いの人手が緊急工事ということで圧倒的に足りていない。

 

 本来の予定であれば、ボルドリンデを征伐してから、それなりに時間をかけて封印地である遺跡を中心に工事して、対アジダハーカ用の陣地を作り上げ、レイニーデビルの時みたいに完封する予定だったんだよ。

 

 それを完全にご破算にされてしまったから、時間を稼ぎながら突貫作業で工事を進めている。

 

 元々間に合わせる気ではいたが、ここでコンの陰陽師部隊の加勢があればスケジュールの遅延を避けるどころか、前倒しが可能になるかもしれない。

 やるべきことを把握したコンたちは迅速に駆け足で移動し始める。

 

 魔力寄りのステータスであっても俺のスパルタ式のレベルアップにより常人以上の速度を出せるし、体力もある。

 これで遅れ気味のC、D地区も工事完了まで作業が進められるはず。

 

「クラリスはアジダハーカと戦ってくれている精霊たちの支援を頼む。彼女たちの負担が少しでも減れば、こっちの作戦準備の時間的猶予が伸びる。エルフの精霊使いを主軸に空中戦をしている精霊たちの支援をしてくれ。ドワーフの地上部隊は汚染区域に突入しないように注意をしながら地面を掘り返して少しでも毒沼の汚染拡大を阻止してくれ」

「わかりました。皆行きますよ」

 

 そしてクラリスの部隊は、現状時間稼ぎをしてくれている精霊たちの支援にうってつけなうえに、汚染拡大の対処に回ることができる。

 

 精霊たちに工事を頼むという手段も考えたが、雷三姉妹の支援のことを考えるとクラリスたちエルフやドワーフといった西の大陸の面々の方が精霊との関係を構築しやすい。

 彼女たちがいるからこそ、こっちの心に余裕を生み出せるかもしれない。

 

 精霊の支援ということで彼女たちのやる気も上がる。ここが最適のはず。

 クラリスたちを見送り、最後に残ったのは獣人族のバルバトスだ。

 

「バルバトス」

「ハハハ!我の出番か!!」

「ああ、お前たちはネルと合流して、汚染区域から出てくる蛇竜の眷属を殲滅しろ。この地図のこのレッドラインを越えさせるな。汚染の拡大範囲はクラリスたちが把握してくれるだろうから連携してことにあたれ」

「うむ!承知した。一匹たりとも逃しはせん!!」

「頼む」

 

 彼らはこの場にいる誰よりも地上での移動速度が速い上に、嗅覚や聴覚が優れているので索敵からの殲滅能力に長けている。

 

 俺が一番懸念しているのは、蛇竜の眷属が一匹でもどこかの集落にたどり着きそこを襲撃して生贄を捧げアジダハーカ本体が力を蓄え、早急に完全体で復活してしまうことだ。

 

 俺は写し見のアジダハーカが復活した際に本体も一緒に復活する物だと思った。

 だが、現状は写し身のアジダハーカしか顕現していない。

 

 それは何故か。

 

 俺が考えたパターンはいくつかあるが、その中で可能性が高いのはこれだ。

 写し見のアジダハーカを利用して本体が完全復活しようとしている可能性。

 もともとアジダハーカの封印は神々が施したという設定があった。

 

 人の手ではなく、神の手。

 この神の封印の中で、絶対に解除できない封印が一つ存在する。

 

 その封印があるからこそ、この仮説が一番確率が高いのではとは思っている。

 

 その封印は強制弱体化。

 何らかの拍子で封印が解除された際、残った封印のエネルギーを使用して封印されていたアジダハーカを強制的に弱体化する封印だ。

 

 これを施されたアジダハーカは、完全復活時と比べると一割のステータスが減った状態かつ、スキルをいくつか封印された状態での復活になる。

 

 たかが一割、されど一割だ。

 この差はでかいし、永続で封印し続けられる。

 汚染を広げ、呪毒を食らえば魔力や体力は回復できる。

 しかし、封印は一生涯解けない。

 

 その部分に気づける程度には、アジダハーカという存在に知性はある。同格の存在が他に三体いるという認識ももっているのならそれは避けたいはず。

 

 だからこそ、都合のいい写し身の魔導人形という手駒を使い完全復活し、他の三体の怪物相手に万全な状態で挑もうとしているのだろう。

 

 この仮説を前提に行動しているが、大幅に外れているとは思わない。

 

 もちろん別の意図でまだ復活していないという可能性もある。

 だが現実的に、2体同時に顕現しない方が俺個人としては都合がいい。

 

 同時に相手どるよりも、一対一を2回やった方が断然マシなのだから。

 

 そういう理由があって、アジダハーカを完全復活をさせないように、見落としやすい蛇竜の眷属がこの遺跡のエリアから外に逃れ、村や町に流れないようにカバーするのは重要なわけだ。

 

 これでネルとイングリットやエーデルガルド家の私兵たちの負担も減るはず。

 

「エスメラルダさん、公爵閣下に連絡は?」

「もうできていますわ。現状の報告をして、エーデルガルド家騎士団に加えて国軍の騎士団を動かすことを陛下に進言してくださるようにお願いしてありますわよ」

 

 ただ、現場対応だけではミスをしたときのリカバリーができない。

 

 これだけの戦力を用意してもギリギリ人手が足りるかといった感じだ。

 

 ミス1つで後方に致命的な結果をもたらす可能性も十分にある。

 

 なのでエスメラルダ嬢がエーデルガルド公爵閣下に渡された水晶の魔道具で連絡を取ってもらい緊急事態を伝え。

 

 騎士団を動かして遺跡から近い村や町に派兵してもらおうとしている。

 

 動かすとしたらホクシにいるロータスさんたちだとは思うが、更に広範囲をカバーしないといけなくなると国王陛下に王都にいる騎士団か、北の砦に駐屯している騎士団を動かしてもらうほかない。

 

 何もないかもしれないけど、それはそれで保険だから仕方ないと割り切るほかない。

 

 何かあった時の備えを怠って被害が出た時の方が致命傷になりかねない。

 

「あとは、間に合うかどうかだな」

 

 作業効率、士気の高さ。

 その2つが揃っていても、ギリギリ。

 

 俺は今も献身的に戦ってくれている精霊たちに感謝しながら、雷鳴を残して落ちる落雷の稲光を見つめるのであった。



楽しんでいただけたのなら幸いです。


そして誤字の指摘ありがとうございます。


もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。


第1巻のカバーイラストです!!

絵師であるもきゅ様に描いていただきました!!


挿絵(By みてみん)



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