17 写し身の怪物
発想の転換というのはまさにこのことか。
封印を解くのに時間がかかるというのなら、その封印を無視できるようにすればいい。
その発想に加えてプレイヤーが使えないアイテムを使ったことにより、相手に可能性を悟らせない。
自爆覚悟の、いや、この場合は本懐を遂げるための行動と言うべきだろうか。
「皆いるな!?」
「大丈夫!」
「います」
「はい、大丈夫ですわ」
「ここに」
本能的な恐怖を呼び起こすような強大な圧に怯まず、迅速に遺跡から脱出できたのは幸運(または僥倖)だった。
「ゲンジロウ!そっちは!」
「はっ!御庭番衆総員おります!」
「リベルタ殿!これは一体」
「ボーグルさん」
総員撤退を叫びながらの遺跡からの脱出、そして異界化したと思わせるほどの遺跡周囲の雰囲気の変化。
「アジダハーカが復活したというのですか?」
「復活とは違いますが、それに近い事態が発生していますね。そちらの被害は?」
「リベルタ殿の声掛けのおかげで遺跡内に突入していた騎士は全員退避済みです」
「そう、ならこのまま戦線を下げます。急ぎ撤退してください」
立ち止まっている暇はない。走りながら遺跡から離れるように騎士たちに声をかけ、移動する。
「アミナ!!移動するわ!!歌は中止!!」
「わかった!」
ネルが大声で空にめがけて声をかけ、アミナも移動を開始した。
「承知しました。他には」
「王都に至急の伝令を出してください。公爵閣下にボルドリンデ討伐と緊急事態発生の報告を。それとクラリスたちに作戦通りの即応態勢を取るように」
「わかりました」
写し見の魔導人形の性能は俺たちプレイヤーでも未知数の要素がありすぎて、大まかにしか把握できていない。
わかっているのは、写した存在の姿とステータスとスキルの完全コピー、そして操作するのはコピー元と言うことのみだ。
すなわち今から現れるのはアジダハーカのコピー体ということで、そのスペックによっては現有戦力では本気で詰むことも考えられる。
ボーグルさんの指示で騎兵が四方八方に散っていく。
「突入部隊員以外は最後方に撤退だ!!後方本陣まで駆け足!!急げ!!」
それ以外の騎士たちは全力で集合地点まで走っていく。
『■■■■■■■■■■■!!!!!』
そして撤退を始めたタイミングで地下から恐ろしい雄たけびが響いた。
地面という厚い壁があるというのに、この場にいる全員の耳を聾するほどの雄たけびに、騎士たちは立ち止まりそうになり。
「止まるな!!撤退だ!!撤退しろ!!」
ボーグルさんが再び喝を入れ、騎士たちの足を加速させた。
俺たちも騎士たちと一緒に撤退するが。
「御屋形様はお先に!!殿は拙者たちが務めますぞ!!」
「いや、情報が欲しい。護衛だけ頼む」
「しかし!」
「頼む」
「・・・・・わかりもうした」
「ネルたちは」
「一緒にいるわよ!ここで一番強いのは私たちだもの!」
「助かる!」
「うん!頼って!」
俺たちは殿を務める。
万が一のことが起きた時、一番対抗できるのは俺だ。
なによりこの事態に陥ることを思いつかなかった俺の思慮不足が今回のことを招いた。
ボルドリンデを追い詰めて、あと一歩で制圧できる。
そんな油断の結果、この大惨事を引き起こした。
なら、責任は取らないといけない。
公爵閣下から預かった騎士たちを無事に撤退させる。そしてできうる限りの情報収集をしなければならない。
「地震!?」
「いえ、これは!地下から何か出てきます!」
そうして殿を務めている最中に起きる地震。
その揺れの感覚をレイニーデビル戦で味わったことのある俺やクローディアは、その地震が地下から這い出ようとする何かが地面を揺らしているのだというのを理解している。
「大きい」
「あれが、アジダハーカですの」
遺跡の揺れる地面が大きく裂けて、そこから飛び出してきたのは赤黒い長い首。
それが1本、2本、3本と次々に地面から飛び出し、最終的に合計8本の首とその首を支える巨大な胴体が地面から這い出てきた。
頭部に刺々しい角を生やし、蛇のような竜のような顔つき、赤紫色の眼をもつ八つの顔が長い首の上から周囲を睥睨し。
『■■■■■■■■■■■!!!!!』
耳を押さえたくなるほどの大音量の雄たけびを上げた。
「くっ!」
「耳が、痛いよ」
獣人であり、耳が敏感なネルは必死に耳を押さえているが俺にはわからないほどに耳に衝撃を受けたのだろう。
足取りにふらつきが生じて、慌てて彼女の体を支える。
「ありがとう」
「大丈夫だ、このまま下がるぞ」
アジダハーカの行動パターンならこの後に行われるのは周囲一帯の汚染。
この場にいたら危険だ。
三半規管を揺らされ、足取りが怪しくなったネルの腰を抱いてそのまま移動を再開する。
「森が」
そして一本を除き、他7本の首が一斉に周囲に暗紫色のブレスを吐き出す。
呪毒のブレス。
それを浴びた木々はブレスに触れただけで腐り朽ち、土は汚され、吐き出されたブレスに溶かされて毒沼と化す。
まるでここは自分のテリトリーとでも言うかのように遠慮なしに土壌汚染をまき散らすアジダハーカの行動により、空気の色も徐々に紫色に汚染され始める。
そして、脅威はそれだけではない。
「あれは、まさか」
その汚染され、毒沼と化したアジダハーカの周辺一帯。
背後を気にしながらの殿での撤退。
それ故に見えたのだろうエスメラルダ嬢の戸惑うような雰囲気で漏れた声の先の現実。
「蛇竜の眷属ですか。それにしても数が」
毒沼から湧きだすように現れる、人型の何か。
その見覚えのある存在が毒沼から出現した。
それもついさっきまで戦っていた時よりも数が多い。
クローディアのいう通り、毒沼の中から次々にその姿を現す。
「御屋形様、お逃げください。拙者たちはここで奴らを少しでも食い止め数を減らします」
その圧倒的な数のモンスターの軍勢を前にして、危機感を抱いたゲンジロウたちが足を止め、振り返り、決死の覚悟をもって挑もうとする。
「却下」
その覚悟は尊いかもしれない。
俺のためを思っているのかもしれない。
しかし、俺は冷静にその提案を拒絶した。
「御屋形様!」
「逃げるだけならいくらでもできる。なりふり構わず、それこそここにいる全員を無傷で王都に逃がすことなんて簡単だ。それに、今目の前の脅威に勝つには誰一人として欠けちゃダメなんだ。ダメなんだよゲンジロウ」
「・・・・・しかし!」
「今も目の前で敵が増え続け、危機感を抱いているのはわかる。このまま増え続けるのに手をこまねいて見過ごすことによって取り返しのつかないことになるかもしれないって不安に思うのもわかる」
今も必死に頭の中で、勝ち筋を組み立てている最中だ。
その最中に余計なことをするなと普通なら怒りを覚えるかもしれないが、俺はゲンジロウの行動原理も理解できるからそこに苛立ちは覚えない。
「焦るな、まだ巻き返せる。まだ勝ち筋はある」
そんな時こそ、異常事態が起きた時こそ、冷静に、そして誰もの焦りを鎮めるように思考を回す必要性がある。
「俺を信じてくれ」
土壇場の窮地になると、人は信じていた物が揺らぐ。なのでこの言葉は正直賭けに近い。
何とかなるとは信じられても、この窮地に自分で納得してその信頼に追従できるかは未知数だ。
「わかり申した」
いまだに蛇竜の眷属は増え続け、もう間もなく吐き出された毒呪のブレスで作られた毒沼を満たすほどの軍勢になりそうだ。そんな光景をちらりと見たゲンジロウは、それでも納得し再び撤退を再開してくれた。
その事に安堵し、俺たちが撤退していると羽ばたく音が聞こえ。
「リベルタ君!!」
そして空からアミナが舞い降りた。
「って、ネル!大丈夫!?」
「さっきの雄たけびで少し耳をやられただけだ。アミナは大丈夫だったのか?」
「うん、僕はゴーレムの中にいたから平気だったよ」
ゴーレムを本陣において迎えに来てくれたのだろう。一人で来るのは危ないと思ったのだが。
『予定よりも早く復活してしまったようだな』
「闇さん」
その背後から、ぬるりと現れる精霊の姿を見て納得した。
いつもの軍服姿のほかに、複数の闇の精霊たちがアミナを護衛してくれていたのだ。
いかに天敵であるアジダハーカの側に近寄るといっても、これだけの精霊が側にいるのなら俺たちと合流することもできるか。
「状況を説明します。ですが今はアジダハーカから距離を取りたいのでついてきてもらえますか」
『わかった。某を含め、他の精霊たちも引かせておる。陛下もこの状況を知りたがっておられる』
急転直下の状況変化の際には情報共有こそ、絶対にすべきことだ。
駆け足で移動しながら今回の作戦行動を説明、そして最後の方で起こした失態についても闇さんに話せば。
『そうか』
責めもせず、ただ理解したと頷いただけだった。
『例の物の準備はすでに済んでいる。上位から下位まで、すべての参加可能な光の精霊たちの招集も終えておる』
そのたった一言の言葉に俺への信頼を感じ、感謝の気持ちを抱くと同時に肩にズシリと重くのしかかる期待も大事に背負う。
闇さんの目が、気にするなここから挽回していけばいいと、すべての責任を押し付けるのではなく一緒に戦おうと言ってくれているような気がして、ちょっとだけ気が楽になった。
そして背後から轟音が響く。
「あれは、雷?」
『ああ、雷の精霊たちは高所から攻撃ができる。決定打にはならんが、嫌がらせで時間稼ぎにはなる。高所からの落雷であればアジダハーカ相手でも呪いの被害を最小限に抑えることができ足止めにもなるとな。雷三姉妹が楽しさをくれたお礼だと言っていたな。自分たちの横のつながりを駆使してできるかぎりの雷の精霊を集めておったわ』
計画にはない、だけど、協力できることはすると精霊たちが自発的に力を貸してくれている。
アジダハーカだけではなく、生み出される蛇竜の眷属たちにも降り注ぐ高位精霊たちの雷。
鬱陶しいと写し身のアジダハーカが空にめがけてブレスを吐き出し、呪いを飛ばすも、光の速さで動き回る雷を捕らえることは難しい。
さらに風の精霊と水の精霊が協力して雨雲を作り出して雷の精霊を隠している。
「この戦いが終わったら、またお礼をしないとな」
『そうだな、ライブと、祭りと、運動会と、BBQももちろん入れて。さてさて、あとは何を頼むか』
思い浮かぶ精霊たちの顔に、ちょっと涙腺が緩む。
ああ、もう、どうやって感謝したらいいかっていう雑念が入ってしまう。
だけど、それを決して悪いことだとは思わない。
「ええ、知恵を振り絞らせてもらいますよ」
『うむ、なら、全員生還して楽しめるようにせねばな』
一見すればそれは拮抗しているような戦い。
しかし、呪毒を展開している故に、写し身のアジダハーカは次々に生み出る蛇竜の眷属を捕食し回復して永久機関のような態勢を整えてしまっている。
対して雷の精霊たちは、雷雲という隠れ蓑があったとしても常に動き回り放電を繰り返し攻撃を続けないといけない。
持久力という点で差ができてしまった。
そんな絶望的な戦いに挑んでいる、顔見知りの雷の三姉妹を思い浮かべ。
この世界まで助けに来てくれる、頼もしい仲間がいるんだという事実に、胸が熱くなる。
時間は稼ぐ、態勢を立て直せと背中を叩く闇さん。
口では冗談を言って場を和ませ、緊張して張りつめていた空気の糸を緩めてくれた。
だが、それは切れそうになった糸を程よい張りがあるくらいまで加減してくれたという絶妙な気分転換だった。
「ええ、そうですね。この戦い、パーフェクトゲーム以外ありえない。絶対に完勝してみせます」
『うむ、それでこそ我らが会長だ』
ちょっとした雑念で過度に緊張していた脳に柔軟思考が戻り、高速で回転し始めているのがわかる。
どれが良くて、どれがダメか。
高速で脳みそを回して、現状の戦力でこの窮地を脱する方法を模索する。
そして、本陣に戻り不安気に俺たちを出迎えた騎士たちに笑顔で宣言する。
「この戦いに完勝して、全員で王都に凱旋するぞ。そして国王陛下の財布で大祝勝会を開かないとな!」
心配はいらないと宣言すれば、騎士たちは不安を払拭し俺の激励に応えてくれるのであった。




