16 城蛇の置き土産
一度ボスを倒せば次の段階に進み連戦になるというパターンがゲームではよくある。
FBOではボルドリンデはそのパターンに該当する敵だが、他の敵とは少し違うところがある。
ボルドリンデは、戦闘の運び方でウェーブ数が増減する。
最小で2、最大で4のウェーブがある。
ここで注意すべきは数が少ないと言っても2ウェーブが楽ではないこと。
2ウェーブに全戦力を投入してくるため、適正レベル以上に強化しておかないと本気でキツイ。
ボルドリンデの基本戦術は、闇魔法と召喚術。
そこに配下を加え、バフデバフを振りまき戦う指揮官タイプ。
だが、完全に指揮官タイプのスキルビルドではなく、個人でも戦えるようにしている。
ボルドリンデと戦う中で一番楽なのは実は4ウェーブ。
戦力を小分けしてくれるから、地味に対処しやすいんだよね。
だけどそれはFBOでの話で、こんな原作前にボルドリンデと戦うことなんてなかったし、何より現実でゲーム通りの展開になるとは限らないのはこの世界に来てから散々味わっている。
配下もほとんど事前に倒し、最後の配下であるデュプロも先ほど倒した。
原作では使っていなかったイクスィール神の毒を飲んだことによって時間制限を設けられ、一時間耐えきるという勝ち筋ができたことは大きいが、一時間後に確実に負ける未来を作って一体何をしたいのかという不気味さが残ってしまっている。
さらに、先ほどの悪魔だ。俺たちを迎え撃つためだけに用意したのなら、一緒に戦ってあいつを囮にし、ボルドリンデが妨害、デュプロが暗殺という流れが一番勝ち筋があったのでは?
仮に制御しきれていない存在だと仮定しても、中央であんなのが暴れていたら俺たちもまともに戦えないし、不意打ちからの暗殺攻撃をされたら何人かは確実にやられていた。
一見してあからさまなプレイミスが目立つここまでのボルドリンデの動き。
ああするしかなかったという前提で考えろ。
「リベルタ様、何かあるのでしょうか?」
「ないと思いたいが、あるような気がする」
普通ならこのままボルドリンデに挑みかかり、そして倒すのが妥当。
だけど、ボルドリンデという人間を知っているがゆえに、普通に倒すだけでいいのかという疑問が生まれた。
こういう時、知っているというのは不便だ。
俺がボルドリンデを倒すことに迷っていることに気づいて、イングリットが戦況から目を離さずに、俺に問いかけてくる。
あからさまに迷っているのなら当然と言えば当然か。
「だけど、さっきの悪魔、そしてデュプロの単騎駆け、戦力の逐次投入が戦術的に悪手なのはわかっているはず。なのに敢えてそうしてきたのはどうしてかって」
「私が思いつく限りでしたら、時間稼ぎとか、どなたかを逃走させるためとか、援軍の到着を待っているなどの理由が思い浮かびますが」
「そこら辺は俺も考えた。だけどそれならイクスィール神の毒を飲む理由がわからない。あれは強力だが、同時に死を確定させる。時間稼ぎはアジダハーカの復活のためとして考えるなら時間が足りな過ぎる。だれかの逃走と考えると親族が考えられるけど・・・・・」
「現在戦っているボルドリンデがダミーの可能性はありませんか?」
「写し身の魔導人形か」
戦いを観察するにあたって、写し身の魔導人形を使い、身代わりを作っていないかという可能性は真っ先に考えた。
スキル、ステータスを完全にコピーして、元となった人間が操ることができるという写し身の魔導人形であればそれを利用して逃走を図ることもできる。
だが、それだとこのステータス上昇に説明がつかないし、精霊たちから逃走しているという報告がないのもおかしい。
可能性としてはこの遺跡に精霊が探知できない逃走ルートが存在するということなのだが、魔力探知でも物理的探知でも精霊たちに監視の穴はないはずだ。
元来のステータスが高かったというのならまだわかる。
だけど、この世界でEXBPの情報をボルドリンデが持っているというのは考えにくい。
この点から考えると、写し身の魔導人形には強化系統の毒・薬による効果は入らないから現在進行形で戦っているのは当人だと断定できる。
「それはない。だけど、そうなるとなんで写し身の魔導人形を使わないんだ?」
仲間が戦ってくれている。尚且つ戦況はこちら側が優勢。
さらに時間が経過すればこちらに勝利が傾くと考えられるから思考に時間を割ける。
最終手段としては戦線を下げて、死ぬまで待つという方法を使えばいい。
だけど、直感でそれはしてはいけない気がする。
FBOの仲間から言われたことがある。
そういう直感は自分の中の記憶で条件が合致して答えが出ていて、それが思考の表層に出てきていない状態なことが多いって。
すなわち、この嫌な予感に関しても俺の中では情報はあり、さらにその答えに手をかけているという状態なのかもしれない。
この土壇場で戦力にもなりえる写し身の魔導人形を使わない理由。
「!そういうことか!!いや、できるのか?」
それを考えて、一つ心当たりが思い浮かびそれができるのかということを思考した結果。
「理論上はできるはず。そうなると、マズい」
「早々に決着をつける必要が?」
「ある、マジである!いや、最悪ボルドリンデを無視して誰か一人でもいいから突破して奥に進めれば!クソッ!」
出来ないという要素が思い浮かばず、俺の心の中から余裕がなくなり槍を構えて戦線に加勢する。
「総員フルアタック!!魔力とかアイテム消耗とか気にしないでいい!!!!」
ボルドリンデの召喚する使い魔には統一性がない。
戦いに向くモンスターもいれば、そうじゃないモンスターも無理やり使い回している。
ここで使い切る勢いで後先考えていない。
その行動がより一層嫌な予感を際立たせてくる。
「気づいたか!だがもう遅い!!」
俺の叫び声を聞いて、嫌な笑みを浮かべるボルドリンデめがけて走り出す。
だが、その進路を遮るようにボルドリンデが使い魔を送り出してくる。
「邪魔!」
可能性を考慮すべきだった。
いや、この場合は先入観と言えばいいだろうか。
元々写し身の魔導人形という魔道具に関してはプレイヤーでも解析が進んでいないことで謎な部分が多い。
そして用途としてボルドリンデが自分の身代わりとして使用しているケースしかなくて、てっきり写し身の魔導人形は人間にしか使えない、あるいは一度登録したら登録者以外の存在にはなれないという認識が生まれていた。
だが、違うそうじゃない。
なんで、考えなかったんだ。
この世界ではモンスターもアイテムを使うことができる。
だったら写し身の魔導人形を『アジダハーカ』が使えると何故考えない!!
いや普通に考えれば制御の効かない怪物にそんな魔道具を与えること自体が間違っている。
冗談でも考えていい内容ではない、常識的に考えてもおかしいと理性で判断できる。
やってはいけない、やるはずがない。
そんな認識が俺の発想を縛っていた。
「やはりお前だけが気付くか。誉めてやろう!だが、もう間に合わん!!」
「間に合わせる!!」
スキルを全使用、消耗アイテムを全力で使って突破しようとしたが、俺がどういう結論に至ったかわかったボルドリンデによって妨害される。
「!リベルタ行って!」
その妨害に自分の周りにいた使い魔を無理矢理振り払って俺のカバーにネルが入った。
体力ステータスでこの場で最も力がある彼女だからこそできる強引な割込み。
「背後はお任せください」
俺の突然の突破行動に合わせ追随していたイングリットが、無理をしたネルのカバーに入る。
「突破できればいいんですわね!!!」
それでもまだ、俺のルートを防ごうとする使い魔がいる。
だが、それを予想していたのか風切り音が響き直後に使い魔に突き刺さった複数の氷のブーメラン。
致命傷となる一撃によって、動きが鈍くなった使い魔を踏み台にして飛び越える。
この空間はさっき悪魔と戦った広間と比べればそこまで広くはない。
だが、狭いわけでもない。
クラス8のステータスで全力ダッシュできる環境であれば駆け抜けるのに数秒もいらない。
だが、研究用の机やら機材でバリケードを構築し、こっちの進行を阻むように使い魔も配置されボルドリンデの妨害が入ると、このステータスであっても容易に踏破することはできない。
「弓衆!拙者たちはいい!!御屋形様を助太刀せい!!」」
「「「「「おおお!!!」」」」」
全体の援護からピンポイントの支援に変わり、俺の妨害になりそうな使い魔を徹底して弓で貫き俺も障害物を飛び越え、奥の部屋に飛び込もうとしたその時だった。
「やらせぬ!」
ボルドリンデ自身が、無防備なその身に矢を受けながらも俺の前に躍り出た。
貴族が使う細身の剣、レイピアを片手に鍛錬を怠っていない綺麗な動きでその刃を俺に突き立ててきた。
「お前ごときに私の夢を破壊されてなるものか!!!」
「世界を滅ぼしてまで叶える夢があってたまるか!!」
共感し難いボルドリンデの言葉に、思わずFBO時代に受けた迷惑込みの感情で言い返し、レイピアを弾いた槍をそのままボルドリンデに突き立てる。だがそれを躱し、もう片方の手で持った杖を使い魔法を放ってくる。
魔法剣士と言えるようなスタイルは、地味に足止めに有効な技を持っているからこういう時は厄介だ。
おまけにボルドリンデが好むのは闇魔法。
さらに足止めに有効な技が多い。
加えて毒で身体能力が上がっているから御庭番衆からの矢を受けても怯みもしない。
「お前に何がわかる!!」
「理解したくないがこっちは知っているんだよ!!お前が生まれて自意識が育つ頃に、子供には悪い環境の所為で変な価値観を持って、さらに英雄になれなかったご先祖の恨みを晴らすことばかり求める親にその価値観を歪まされて、無気力に惰性で生きていたところにモンスターに憧れる変な趣味に目覚めたことを!!」
そんなボルドリンデが最後の最後に、お約束のセリフを叫ぶが生憎とその手のセリフは俺には意味がない。
ある意味でネームドのプライベート、それも核心を突くような部分に関しての知識を俺は持っている。
「お前が今の歳になっても、後生大事に持っているモンスター図鑑を酒を飲みながら見て興奮して笑っているのもなぁ!!」
「!?」
情け?容赦?そんなものこの後に待つ危機を考えれば、綺麗ごとでしかない。
状況が状況だ。
こんな、奴の黒歴史を抉る言葉で目を見開かせ、感情を揺さぶり隙を作れるのであれば、恥ずかしい過去を暴露するなんて外道戦法だって遠慮なく使うさ。
「心臓打ち!」
いかにステータスが強化されていようとも、その使う相手の思考が一瞬でも真っ白になれば大技をクリティカルヒットさせることくらいできる。
確実に心臓を貫き、潰した。
「コフっ」
血を吐き出しそれでも動き出しそうだったので、そのまま強引に槍を突き出し、壁に縫い付け、腰にマウントしていた鎖鎌を掴み。
「もう遅い」
そう今際の一言を残し満足気な表情のボルドリンデの首を刎ねた。
しかし刻一刻とカウントダウンのタイマーは進み続けていたらしい。
「「「「「!?」」」」」
部屋の奥から突然溢れだす圧倒的な気配を感じ取り、パーティーメンバーやゲンジロウたち赤備えが身構えた。
「ちっ」
間に合わなかった。
写し身の魔導人形はコピーした存在のステータスとスキルをそのまま反映させる。
その際に反映されない物がある。
それは状態異常だ。
写し身の魔導人形は、万全の状態ではないにしろ、バッドステータスまではコピーできない。
「総員緊急退避!!遺跡内にいる騎士たちにも即時伝達!!急げ!!」
すなわち封印という状態異常を無視し、コピーすることもできる。
最悪だ。
こっちの段取りを無視し、写し身の魔導人形でアジダハーカのコピーが復活した。
クソ野郎!ボス戦と言えどこんな段階変化ってありかよ!?




