15 城蛇の忠臣
「私の最期はお前か」
奥に進んで、待っていたのは机に座り研究資料を見ていたボルドリンデだった。
側にいるのは最後の部下の暗部が1人。
その暗部は武器を構え、いつ何時でも隙を見せればこっちに襲い掛かり、一人でも多く道連れにしようとする気概を見せこちらを牽制している。
「ああ」
ついさっき見たモノで気分が悪くなった俺の返事はそっけなかった。
半眼になり睨みつけ、敵意を隠さない。
そんな俺の態度を見て、ボルドリンデは。
「なら、まだ良い部類であったか」
笑った。
一体どういう意図のある笑みかはわからない。
だが、ゆっくりと机から立ち上がり、机に立てかけてあった己の杖を手に取った。
素直に投降するつもりはないという意思表示を見せ。
「お前、名前は?」
「・・・・・リベルタ」
「そうか、なら、リベルタ」
俺の名前を聞いてきた。
御前試合で名乗っていたと思うし、ましてや敵対しているエーデルガルド公爵の見いだした神託の英雄の候補である俺の名前を知らないわけがない。
だが、聞いてきたのなら冥途の土産に答える。
「お前は、何のために私を殺す?」
「個人的な理由で世界に破滅をもたらそうとしているヤバい奴を止めないなんて選択肢があるとでも?」
「ククク、違いない」
その流れで、質疑応答が始まったが長々と話し時間稼ぎに付き合うつもりはない。
「青臭い正義感で倒されぬだけ、私は幸せだな」
「閣下、お先に逝きます」
「ああ、デュプロ。冥府の門の前で待っておれ」
「はっ」
しかし、ボルドリンデは何かを確認し、最後の忠臣に満足気に頷いた後、懐から一本の瓶を取り出した。
服毒自殺。それが一瞬脳裏によぎったが、目を凝らして見ればその中の液体に魔法が付与されている瓶だというのに気付き。
「っ!?」
中身がわかって、一歩前に進むが。
「閣下の邪魔はさせぬ!!」
想像以上に動きの速いデュプロによって俺の前進は止められた。
振るってくる短剣の刃から滴るのは毒。
迂闊に受けるわけにはいかないので、余裕を持って回避すると予備動作を感じさせぬ動きで反対の手から投擲用のナイフが投げられる。
その動きもまた速く、俺の知っているボルドリンデの暗部のクラスとレベルよりも上位の動きを見て確信した。
「イクスィール神の毒だ!!相手の実力が上がるぞ!!」
イクスィール神の毒。
それはFBOでもあった切り札となる毒だ。
滅多に出回らず、ダンジョンでもドロップしない。
プレイヤーでも作れないレア物をどこで手に入れたと叫びたい気持ちを抑え、デュプロの決死の攻撃を捌きながらでは、ボルドリンデがそれを飲むのを見逃す他なかった。
それを服用した者は間違いなく死に至る、解毒不可能の毒。
いや、毒というよりは呪いに近い。
俺の不意を突いたとしても、デュプロではステータス差でできないはずの猛攻撃。
その勢いのまま俺を守勢に回らせた、彼の鋭い体の動きの理由。
薬学の神であるイクスィールが生み出し、人に与えた知識の中に残したと伝えられる古代の毒。
イクスィール神の毒を服用して得られる効果は以下の三つ。
1つ、この毒は服用後1時間後に死亡し、蘇生も無効化される。
2つ、この毒を服用後1分ごとにステータスを20%上昇させる。ただし、ピークは30分後であり、以後は1分ごとに10%低下させる。
3つ、この毒を服用後はありとあらゆる薬・毒によってのダメージ及び状態異常を負わない。
この毒は絶対に死ぬ代わりにステータスを最大で600%加算させるというヤバイ薬だ。
ピークを過ぎ去っても最低でも300パーセントのステータス上昇が維持されるという段階でヤバい。
クラス10のガチ育成したキャラでこれを使用したら、スキル構成次第ではラスボスをワンパンできるような火力を出すことも可能だ。
諸々条件を重ねる必要があるし、絶対に死ぬからこれを使って攻略してもクリア扱いにはならなかったのが不遇なアイテム。
ゲーム時代では死に戻り前提でデスペナルティを恐れず、これを使って面倒な敵を倒して周回していたプレイヤーもいたくらいに、他の追随を許さぬほどのステータス増加効果を持っている。
「っ!?」
「リベルタ!?今助けるわ!」
「来るな!全員ボルドリンデの方に行け!こいつは俺が相手する!!」
そして、その上昇量故にかすみそうな三番目の効果がじつは一番ヤバい。
毒及び薬でダメージを負わないということは、服毒しても死なないことを指す。
これは一見すれば、毒無効状態だと思うかもしれないが実態は違う。
服毒し、毒の効果が表面化しないだけで、毒状態にはなっているのだ。
すなわちどういうことができるか。状態異常系のバッドステータス状態でこそ効果を発揮する、所謂デメリット装備と言われる物と相性がとてつもなく良い。
FBOでのアタックダメージレコードは、商人のゴールドスマッシュの限界までのゼニを消費し、イクスィール神の毒を服用して、デメリット装備の効果を最大限に発揮した状態で叩きだされたダメージだ。
ただでさえ他のスキルとは一線を画すほどの火力を誇るゴールドスマッシュが、最大火力を出せるデメリット装備を身に着けた状態ではどうなるか火を見るよりも明らかだと言える。
そして今、こんな時に何故俺がそんなことを考えているかと言えば、デュプロがこの装備を身に着けているからだ。
明らかに強い攻撃、俊敏な動き、体中から発せられる異臭。
全身が湿っているのは、その体に毒を浴びデメリット装備の最高状態を維持している証左。
プレイヤーの中には短期決戦型のこういうデメリット装備を好んで使う人もいた。
そういう人は短時間だが極限にまで高めた集中力で、デメリット装備でブーストされた実力を発揮してくる。
ボルドリンデの暗部の長であるデュプロという人物をゲームの世界とは言え知っている俺からしたら、そのプレイヤーに近い能力を持っていると思っている。
故に、クローディアであっても今のデュプロを相手取らせるわけにはいかない。
「っ」
「行かせない」
強化に強化を重ねたステータスでも俺一人を押し切れないことに気づき、すぐに自分の主であるボルドリンデを助けに行こうとしたが、そうはさせない。
こいつは危険だ。
モンスターじゃない。人を殺すことに慣れ、人を殺す手段を誰よりも知っている。
対人戦において、人の動きを知っているのは大きな強みになる。
モンスターにはモンスターの、人には人の戦い方があるが、このデュプロは相手の動きを観察し相手の動きを把握できる能力がある。
そういう動きをしているのが、わかる。
この手の人物はFBOをプレイしていた時にもいた。
そしてこういう人物は大抵対人戦だけではなく戦いそのものを構築するのが上手い。
故に上達しやすい。
「・・・・・」
黙々と、言葉を語らず、目の動きを最小限にし、マスクで口元を覆い呼吸を隠し、時折目のフェイントを混ぜ俺の判断に迷いを生じさせる。
なぜここまで有能な人材が外道なボルドリンデに最後まで忠儀を尽くすか、その理由について知っているからこそ惜しく思う。
だが、忠誠心が高いからこそボルドリンデと敵対した俺たちと手を取り合うことができないのもわかる。
俺も似たような方法で、フェイントを混ぜ込み、相手の動きを制限し、攻撃を読み合う。
イクスィール神の毒とデメリット装備の相乗効果でブーストされていてもステータスは若干こっちが上、だけど最早そこまでの差がない。
毒を使われた攻撃を一撃でも受けることができない俺と、多少の傷を気にせず突っ込んでくるデュプロでは攻撃の幅で向こうに軍配が上がる。
技術の差、対人戦の経験値と槍という武器の間合いをうまく活用し戦況の天秤を俺の方に傾けさせ、徐々に押し込めているが少しでも気を抜けば巻き返される。
「っ!」
「マジか!」
無傷では勝てないと判断したか、即座に右腕を犠牲にして槍の間合いを殺しに来た。
深々と突き刺さった槍はそう簡単に抜けない。
無理に抜こうとするコンマ数秒のロスより、俺はサブウェポンを抜くことを選んだ。
毒の塗られた短剣の間合いに持ち込まれ、咄嗟に出した予備の武器は。
「!?」
「持ってて良かった鎖鎌!!」
これもまたミドルレンジの武器だが、鎖に分銅さらに鎌と、槍よりは短剣の間合いに対応できる。
おまけに鎌神術と投擲極術の補正がかかるから、FBO時代でも愛用していたサブウェポンだ。
鎖で短剣を受け流し、そしてその流れで鎌で切り返す。
体を逸らして躱そうとするが、そこにすかさず分銅で殴り掛かる。
槍からいきなり鎖鎌への攻撃スタイルの変化は、いかに対人戦に慣れている人物であってもすぐに対応することはできない。
残った左腕の肩に打ち付けられた分銅はぐしゃりとデュプロの肩を砕き、両腕を封じる。
痛みを無くす毒でも使っているのか、それでも動きは鈍らず、靴に仕込んでいた隠しナイフで俺を刺しに来るが、鎖鎌っていうのは攻防一体の武器なんだよ。
右腕の分銅が攻撃に入っているのなら左手の鎌は防御に回る。
迫る蹴りの足首を鎖鎌でインターセプト。
手応え的に足を切り裂き、防いだのはわかったが。
「っ!」
痛みを感じないというのは本当に厄介だ。
触覚もほとんど機能していないだろうに、切られた衝撃で足を失ったのを把握したのかそれとも切られることをあらかじめ想定していたのか毒に侵された血を俺の顔にかけるように足の軌道を変えてきた。
防ぐのは間に合わない。顔を背け無理矢理躱すしかない。
と、思うじゃん?
「!?」
振り切る前に止まるデュプロの足。
それは不自然に空中で止められたかのような動き、そして太ももに食い込むように張られた一本のワイヤー。
いつの間にと目を見開くデュプロ。
マジックワイヤー。
本来であれば緊急用の移動手段とかにつかう魔法なのだが、体重を支えるという特性上頑丈にできている。
そして俺のマジックワイヤーはどこからでも射出することができる。
なので蹴りを予想して俺の踏み出している左足の先から射出したアンカーを壁の方に突き刺し、デュプロの足の動きを妨げて防いだというわけだ。
こういう小手先のテクニックこそ対人戦の華だよ。
いかにステータスを上げようとも、スキルが増えるわけではない。
手数の多さではこっちの方が圧倒的に上だ。
「強かったよ」
両腕を失い、そして足を失い、それでも抗おうとするデュプロの目は諦めていなかった。
だからこそ、全身全霊を込めて首狩りでデュプロの首を刎ね飛ばした。
宙を舞う首の彼の表情は最後まで戦う戦士であった。
崩れ落ち、そして力なく横たわったデュプロが死んだのを確認し、いまだ戦闘が続くボルドリンデの方を向く。
「せいや!!」
「甘いわ小娘!!!」
流石ボスクラスのヴィランネームド。イクスィール神の毒を飲んで、体中を血だらけにしながらも得意の闇魔法を使って未だ戦っている。
周囲ではボロボロになり、動かなくなった使い魔が灰になって消えている。
「まだだ!!まだだ!!」
しかし、使い魔は新たに召喚され戦力は補充される。
「どれだけ、使い魔がいるのですか」
「出てきたすべてを叩き切ればいいだけのこと!」
一瞬の隙をついて攻撃を繰り出すも、爆上がりしたステータスのおかげで致命傷にならない。
クローディアが再び出てきた使い魔に攻撃を繰り出すも、邪魔をするように飛んで来る闇魔法に攻め切れていない。
赤備えたちも加勢したいが、無残に荒れているこの部屋では多勢が展開できる空間がない。
なので出入り口から援軍が来ないように見張って、入り口付近の赤備えは遠くから弓矢を射かける。
しかし、その矢も使い魔が盾になってボルドリンデに届いていない。
絶妙に持ちこたえている戦況。
ジリジリとこちら側が押しているのはわかるが、何をしてくるかわからない警戒心が攻めの流れを鈍らせている。
何かあると思わせるのはボルドリンデにとってはお手の物なのだろう。
それを知っているからこそ、最強格の暗殺者であるデュプロを混ぜたらもっと苦戦していたから先に仕留めたのだ。
「おまたせ!」
「お待ちしておりました」
補佐に回っていたイングリットの近くまで走り寄り戦況を確認する。
ボルドリンデとの戦闘は、FBOだと進め方によって難易度が変わる。
使い魔を多用し、消耗させているこれならあのルートで討伐できるか?




