9 異物
愉快愉快と笑うグルンドを危険な相手だと判断したゲンジロウとクローディアは一気に俺の側まで下がり、さっきまで俺たちを集中的に狙っていた蛇竜の眷属たちが一斉に動きを止め、一時的な膠着状態が生まれた。
いきなり笑い出したグルンドの内にいた、異質としか言いようのない存在。
『良き良き、ああ実に愉快』
自分が作ったものを害されたというのに、愉快と笑っている姿に怖気を感じ、一瞬の動きさえも見逃すまいと武器を構えた。
クローディアの天拳の時間切れが近い。
この異質な存在を調べながら戦うにはリスクがありすぎる。
「・・・・・お前は誰だ」
笑うのを止めないグルンドに俺は、慎重に質問を飛ばす。
『ふむ、朕の興奮を妨げたことは万死に値するが、いや、突然現れ笑い呆けそなたらを放置した朕にも非があるか。良き、その質問は正当だ。応えてやろう』
さっきから嫌な汗が止まらない。
ここにいてはいけない、早々に撤退すべきだと本能が警鐘を鳴らしている。
俺が質問したのだから、当然グルンドの中身と目線が合うのは俺だ。
『朕の名はロキ。しがない落神よ』
「・・・・・ロキ様とお呼びすればいいですかね?」
名乗られた名前は、地球の北欧神話で語られるトリックスターと同じだ。
さすがにあっちの神様と一緒とは思わないが、FBOには〝いなかった〟神の名。
そして、知らない「落神」というワード。
雰囲気から、呼び捨てがまずいと思える程度には風格を感じさせる。
『好きに呼べばよい、変わり者の迷い人。おぬしはあの神々に運命を捻じ曲げられた者だ。朕は寛大だ。同情を込めて主には朕の名を好きに呼ぶことを許そう』
「それはどうも?」
『ああ、朕が朕の名を呼ぶことを許すことはそうない。誇れ、迷い人』
クローディアも、ゲンジロウも無言で全神経を使い、目の前の男を警戒している。
ネルもそうだ。瞳孔が開き、毛が逆立ち、獣の本能であいつが危険だと感じている。
そんな危険な存在として認識されたロキは、彼女たちの感情など意に介さず、千切れて血を流す自分の腕を見て『ふむ』と頷き、開いた片方の手の掌を向けて聖なる光を放ち、ひとまず止血を施した。
「それでロキ様はそいつの保護者ということでいいんですかね?」
あわよくば失血でグルンドが死んでくれないかなと思ったが、そうは問屋が卸してくれないようだ。
あっさりと傷を塞いだロキに向かって質問するのは、おそらくFBOでもグルンドを殺せなかった理由がこのロキと名乗った神が原因だからだ。
『保護者?うーむ、保護者か。それは是とも否とも言える』
質問の答えは何とも中途半端な内容だ。
困り顔というよりは、いたずらを思いついたと言わんばかりの表情を浮かべる。
そうやって時間を引き延ばすことを考えているのか、あるいは別のことを考えているのか、不気味な間を作り出す。
『ああ、誤魔化すつもりはないぞ。朕は昔から怪しい、胡散臭い、隠れて何かすると思われがちだが、実際そういうことをしたことがあるから仕方ないと思う。しかし、今回は言葉通りだ』
胡散臭さを自覚していて、さらに訂正してくるあたり意外と素直なのか?と思いつつ、ちゃっかりやらかしているという暴露を織り交ぜてくるからリアクションに困る。
そしてさりげなく俺の思考を読むな。
読心術でも持っているのか?
『持っておらんぞ?人を長年観察し続けると自然とわかるようになる技術だ』
「ナチュラルに読んでいますわ」
エスメラルダ嬢が緊張感を維持しながらも思わず突っ込んでしまうほど、俺の思考を読んでくる。
『保護者という意味が是である理由は、こやつに朕が作ったスキルを与え実験しておったからだな。観察対象であり、そう簡単に死んでもらっては困るから加護も与えた。だが、こやつを愛でているわけでも親愛を持っているわけでもないという意味では否ということだ』
「スキルは、アカム様が授ける物のはず。それをあなたが作ったのですか?」
『神であればこんな物誰でも作れる。世界を崩壊させないようにスキルを作るという条件はあるがな』
そんな存在が、なぜ悠々と俺たちの会話に付き合うか。
その理由で考えられるうち一番厄介なのは、ここで俺たちを釘づけにして時間稼ぎをしているという可能性だが。
『ああ、そこの迷い人。主が心配するようなことはない。今は朕の力で地下のやつは押さえつけて身動きをとることもできんし、力を得ることもできん。朕はこやつを見逃してくれればそれでよい。せっかく作り、育てている苗が枯れる前になくなることが嫌なだけだ。見逃してくれるのならこの大陸から立ち去るように仕向ける。どうだ?』
その可能性は当人ならぬ、当神より確約を貰った。
実力は未知数。そして何よりアジダハーカの存在を知り、自分の匙加減一つで力を与えることもできると脅しをかけてきた。
下手をすればこの未知の存在とアジダハーカを同時に相手どらないといけないということ。
「その男を使って、何をするおつもりで?」
『退屈しのぎ』
それは避けるべきことだ。
現存戦力は対アジダハーカに特化し、勝てるように組み立ててきた。
そこに未来予知なんていう馬鹿げた力を与えられるような自称落神と敵対できる余力はない。
『朕は退屈な世を好まぬ。この定まった流れを作り出す神々の支配する世界などつまらぬ。朕は道を壊す神だ。ゆえにあやつらのような連中とは袂を分かった存在よ』
その存在の行動理由を問いかけてみれば、ずいぶん自分勝手な答えが帰ってきた。
『もとより神という存在は傲慢で、自分勝手で、理不尽で、好き勝手に動き回る阿呆の集まりよ。いたずらに力を持っているから朕を含め質が悪い。それを理解できているだろう?』
何をいまさらと呆れたような表情をグルンドの顔でやられるとイラっと来るが、このタイミングでクローディアの強化が切れた。
「ゲンジロウ、クローディアさんを連れて下がれ」
「・・・・・はっ」
「わかりました」
『利口だな。つまらんが、愚かとは言わん』
その挑発染みた顔は、俺に挑んで欲しいと願っていた感情が込められていたのかもしれない。
期待が外れたと落胆した。
『む?』
だが、その表情が一転する。
俺が鎌槍を片手に一歩前に出たからだ。
『ほうほう、ほうほう、お前は愚かだが面白い者であったか』
「さてね、それはあなたの答え次第だ」
『ほう、朕に問いを投げかけるか。良かろう、久しく人間に問いを投げかけられておらぬ。許す、問うてみよ』
周りは一緒に戦うという雰囲気を醸し出しているが、俺は一度だけ視線で我慢するように合図を送る。
何故という疑問には答える暇がない。
「神ロキよ、あなたはこの世界の生まれか」
『是なり』
「神ロキよ、あなたはこの世界の理に縛られるか」
『是であり、否である』
2つの質問をして、俺は安堵する。
良かった、この存在もしっかりとFBOのクエストの型には嵌っているようだ。
「神ロキよ、あなたは人の挑戦を受け入れる者かそれとも拒む者か」
『受け入れる者なり』
FBOに数々の神に関連するクエストが存在する。
神に関連するクエストは軒並み難易度が高いが、そのなかで数が多いのは試練系のクエスト。
神がこの世界の住人に試練を課し、そして達成すれば報酬が貰えるという流れ。
そして、その試練系のクエストは神から与えることもあればプレイヤーから求めることもできる。
それは、ごく一部だが対象となる神の判定があって、一定の手順を踏むことによって発現する。
それが神の試練の中にあるクエスト『神前問答』。
神に一定以上の興味を持たれ、そしてなおかつ問答を成り立たせることを是とする神でないと発現しないクエストだが、知らぬ神ロキは俺に興味を持ち、そして問答を受けるタイプの神だった。
退屈しのぎという言葉を聞いて、イベントや騒動を好むタイプの神だと思っていたが、それがビンゴだ。
そしてここからが問題。
神前問答は一度始めたら、その結末までしっかりと決め切らないといけない。
絶対にやってはいけないのは、ただ聞いただけだと何事もなく終わらせること。
問答という形で神の時間を浪費してしまうだけでは、九割九分呪いを授けられる。
その呪いのデメリットは、特殊なビルドでない限り今後の生活どころか生きるのに支障が出るレベルだ。
「であるなら、俺は神ロキに一対一の〝対等〟な決闘を申し込む」
『カカカ、朕に挑むか。是非も無し』
ならば、その問答の結末は挑戦という形で興に乗らせるのがベスト。
退屈しのぎを求めている神は、この問答を楽しいと思える方向にもっていけばこっちの要求をのんでくれる。
さらに注意すべきは、常にこっちが条件を提示し続け、相手を不快にさせないように注意を払うことだ。
対等という部分を強調したのは、何でもありの戦いだと、まず現状では神には勝てないからだ。
「ルールは写し身の決闘、そしてクラス1レベル1スキル封印状態を望む」
『うむうむ!対等だ。己が技術だけの勝負!良い!実によい!』
「外部からの干渉を禁止!どちらかの心臓を貫いた段階で勝敗を決するものとする」
「リベルタ!?」
強さを対等にし、さらに勝敗のつけ方を明確にする。
ここでどちらかが降参を宣言したら負けとかを選択したら、神は絶対に負けを宣言しない。
そして攻撃を当てたらという中途半端な勝敗ではなく、明確に俺が命を差し出す形の決着を申し出ることで、さらに神の好感度を稼ぐ。
好みであればあるほど、神はその条件を呑む。
不利な条件にならないようにするには、この立ち回りこそ重要だ。
命を賭けたことでネルがダメと言わんばかりに叫ぶが、邪魔をするなとグルンドに憑依した落神ロキが指を鳴らし、決闘用の結界が張られる。
『承知した、承知した。して何を賭ける?』
「俺が賭けるのは己が肉体と魂!」
FBOでは負けるとキャラクターを全損させる賭け方ができた。
神の試練に挑戦することで最大の報酬を得られるという前提で、キャラクターデータを賭けることができた。
勝てば望む賞品をゲットできたが、負けたらキャラデータが全損するという特大のデメリットが生じる。
その文言を宣言することで、ロキは正解だと笑みを深めた。
この何をしでかすかわからない神が憑依した爆弾を見逃すのはなにがなんでも避けねばならない。
『良い、実に良い。その対価確かに受け取った!では何を望む!』
「グルンドの命、そして魂の再利用の禁止」
リスクを負ってでも、ここは絶対に止めねばならない。
「この勝負!いかがか!?」
問答はこれで終わり、あとは神の気分次第。
伸るか反るか。
博打の気分で問答の行方を待つ。
『受けよう、その勝負。落神ロキがその決闘を受けよう。ああ!こんな退屈しのぎを見逃すのは絶対に後悔する。朕は楽しいことが大好きだから!!』
そして返答はどこからともなく響き渡った一回の拍手の音。
『神への挑戦を受理した!さぁさぁ!主の相手はこの影法師、しかしてその中身はこの落神ロキである!力も貧弱、スキルも無し、されど使う武具は一級品!そんな人の挑戦を朕は受けようぞ!!』
それによってもたらされたのは一つの通告。
『落神ロキによって、あなたのステータスは一時的に封印されます』
懐かしきアナウンスの声と言えばいいだろうか、これもFBOと同じだなおい。
急激な脱力感に苛まれ、しかしその感覚に戸惑うことなくゆっくりと体を動かし、体の感触を確かめつつ正面を見据える。
グルンドの中からぬるりと何か黒い影が沸き立ち、その黒影が人の形を成す。
その姿は人ではあるが、目も耳も鼻もすべて形だけの黒一色という人ならざる者というのが明確にわかる風貌。
『さぁ!楽しもうぞ!』
この後も予定がある。
見せてやろうか、神をも驚かす廃人ゲーマーの実力というやつを。




