8 倒せなかった理由
いくら即死耐性があると言っても、絶対耐性ではない。
死ににくいだけで、死なないわけではないので蛇竜の眷属の首を数打ちゃ当たる戦法で無理矢理すべて刎ね飛ばして確殺する。
石突で黒い灰になって消えようとする体を刎ね飛ばし、隣にいた蛇竜の眷属にぶつけて体がよろけたところで心臓打ちを叩き込んで、運よくクリティカルヒットして即死。
これで追いかけられる。
「キエイヤアアアアアアアア!!!」
猿叫のような奇声を発して、ゲンジロウがグルンドに切りかかっている。
絵面だけ見れば逃げ惑う道端の人に切りかかっているヤバい奴だが、ここは戦場。
そしてグルンドは賊。
顔が引きつりつつも、必死に避けて生き延び遺跡の外に向かっていくグルンドに同情するつもりはない。
再び走り、駆け寄り、攻撃を加えるまでその戦闘光景を観察すると、一つわかったことがある。
ゲンジロウが切りかかると、グルンドの未来予知が発動して回避することはできている。
だが、ゲンジロウには蛇竜の眷属が襲い掛かる頻度が極端に少ない。
いや、この場合は〝グルンド〟を襲っているにもかかわらず蛇竜の眷属が妨害行動を起こすためのヘイトがゲンジロウに向いていないと考えるべきか?
FBOでグルンドを襲撃した際には、何らかの障害が発生してプレイヤーや仲間のNPCがグルンドを取り逃がしてしまうという現象が起きる。
その過程は多くのプレイヤーたちが確認している故に間違いはない。
しかも、現実でも似たようなことが起きているので最早あれがゲームだけのバグではないという事実も確認。
「・・・・・」
過去には隕石が落ちてきてプレイヤーの顔面にヒットして死んだという理不尽なクソゲー仕様なことまで引き起こしたから一応空も見た。
隕石じゃなくてもレイニーデビルがリポップしてここに襲撃をかけるとか普通に起きそうだし。
幸いそういうのもなくて一安心した。
そしてまた一歩踏み込もうとした時。
「ちっ」
ネルが相手していた蛇竜の眷属の一体が俺の方に突進してきた。
やはり、しっかりとグルンドを逃がすための防衛機能みたいなのが発動している。
FBOのゲームシステムに組み込めて、さらにこの世界でも機能し、ゲンジロウだけが無効化できる物。
そんな物に心当たりなどあるはずがないが、この段階で見つけないとまた逃げられて面倒なことになるのは明白。
考えろ、ゲームと現実の共通点。
プレイヤーには再現できず、グルンドには再現でき、さらにゲンジロウが無効化できる要素。
蛇竜の眷属を一方的に槍の間合いで攻撃しながら、自分の持っている知識から仮説を組み上げる。
仮説1、ゲンジロウとグルンドが親戚筋である。
血縁と言うことで効果対象外になっている可能性がある。
グルンドは出自不明、根無し草という設定だった故にどこの誰でも血縁である可能性は否定出来ない。
だが血筋で反応する何かを持っていて、尚且つゲンジロウにはそれが発現ではなく無効化でとどまっている理由を検証しないといけない。
仮説2、ゲンジロウの特異体質。
FBO時代から狂っているところ以外はなにかと評価が高いゲンジロウ。
システム外スキルとというか、ネルみたいになにかの加護を得ていて、ユニークスキルを持つ相手からの影響を受けにくいという性質を持っている可能性がある。
仮説3、仮説2でも想定したこの世界にいる神による影響。
グルンドがジャカランの暴神のようになんらかの神から与えられた特殊なスキルを持っている可能性。
スキルスロットを消費しないユニークスキルだとすれば筋は通るしバルバドスという実例が存在する。
さらにステータスに表記されないというのであればネルという実例もある。
俺個人としては、仮説3の影響を受けているグルンドと仮説2のゲンジロウがしのぎを削っているという構図だと考える。
では肝心の対策はと言えば、何ができるか。
「イングリット!エスメラルダさん!クローディアさん!!3人で集結!!」
現状考える限り、可能性があるのはただ一つ。
もし仮に神の加護だというのなら、そのシステムのオーバーフローを狙うしかない。
そしてそれができるのは現状この3人しかいない。
「ネルと俺で3人の蛇竜の眷属を引き付ける!ゲンジロウ!態勢を整えるまでグルンドを絶対に逃がすな!!」
「承知仕った!!」
「いや!僕のことなんて放っておいてくれよ!!」
絶対に嫌だと、心の中でグルンドの言葉を否定し俺は積極的に蛇竜の眷属に向けて攻撃を重ねヘイトをこっちに引き付ける。
「首二本は御庭番衆が担当!!首一本はエーデルガルド家の方で対応せよ!」
「「「「「承知!!」」」」」
「「「「「はっ!!」」」」」
レアものの多頭の蛇竜の眷属がここに集結しているが、それでも首一本の個体の方が数的には多い。
邪魔立てさせないために盤上を整えていく。
「クローディアさん!天拳発動して!!イングリットはエスメラルダさんの護衛!クローディアさん天拳終了間際にはイングリットの元に戻って!」
「わかりました。参ります」
「承知しました」
「エスメラルダさんは、連続広範囲魔法発動準備!」
「わかりましたわ!!」
厄介な三頭の蛇竜の眷属は俺とネルで引き受け、クローディア、イングリット、エスメラルダ嬢の三人をフリーにする。
正直ここまでやるのは同格のボスクラス相手でもオーバーキルなフォーメーションだけど。
これくらいしないと対応できないと判断。
俺の視界に、尋常ではない量の脂汗が滝のように流れ始めているグルンドが見える。
多分だけど未来予知で俺の計画している猛攻を感じ取ったのかもしれない。
グルンドの動きが奇怪な物になりつつある。
「お、おまえ!!このままここにいるとお前だって無事には済まんぞ!!」
「御屋形様のためならこの命使い切っても本望!!だが!御屋形様は拙者の命をそう簡単に捨てるような御仁ではない!!御屋形様を舐めるなぁあああああああ!!!」
しかし、マジでゲンジロウすごい。
物理法則を無視できるのがスキルであっても、あんなマト○ックスみたいなバグ染みた気持ち悪い動きをしているグルンドをたった一本の刀で足止めしている。
ゲンジロウのその剣撃を向けられて、より一層グルンドが焦っている。
「ずいぶんとゲンジロウに夢中になっているようですが、よそ見をしていいのでしょうか?」
「!?」
剣戟の嵐の中に身体能力を激増させたクローディアが入り込む。
攻撃力、速度、耐久値と。
物理系のアタッカーとしてこの空間に天拳を発動したクローディアに比肩しうる存在はいない。
絶望が来たと表情を青ざめるグルンドに向けてクローディアの拳が振るわれる。
それをまた物理法則を無視した奇怪な動きで回避して見せる。
しかし、ただギリギリに躱すだけで(風圧などの)ダメージが入る。
「ふ、風圧に殴られたのは初めてだね」
「大丈夫です。これから存分に味わえますよ」
「ふむ、先ほどの動きが大きくなるのなら切る機会もありそうだな」
クローディアの拳は通常時でも風圧を生じる。それが肉体能力を何倍も増大させる天拳を使うとなれば、その風圧も物理的なダメージを生じるようになる。
たった一発の正拳突きの風圧で吹き飛ばされたグルンドが地面を転がる。
そして、クローディアとゲンジロウに挟まれ、冷や汗を流し顔を真っ青にしているが諦めている様子はない。
エスメラルダ嬢を見れば、魔法の発動まで時間がかかる。
「もう!切っても切っても数が減らないわね!!」
「大丈夫だ!!このペースなら向こうの戦力の方が先に底を突くぞってね!!」
その間も俺とネルで、蛇竜の眷属を削りに削り。
「参ります」
「参る!」
「来ないでいいよ!?」
グルンドをゲンジロウとクローディアが殺しにかかる。
残像を残すほどの高速移動を披露しながらの格闘戦。
クローディアの今の攻撃は物理的に避けることなどできないだろうが、それでもグルンドはスキルをもってしてそのことごとくを回避していく。
「せいやぁ!!」
クローディアの恐るべき連続攻撃に合わせて見せるのがゲンジロウの絶技だと言えるだろう。
高速で動くクローディアの動きと、破壊力を増した衝撃波の中に体を差し込んで斬撃を繰り出す。並大抵の精神力じゃ無理な技だ。
しかし、それでもまだグルンドの未来予知という完全回避スキルを上回れない。
拳と剣の動きの隙間という隙間に体を差し込み、グルンドはこの死の攻撃を避け続けるが、だんだんと顔が青白くなっていく。
いかにレベルを上げているとはいえ、人間という生物機能から逸脱しているわけではない。
体を動かせば汗が出るし、体を動かすためには酸素が必要になる。
格上の猛撃から無理矢理スキルで延命しているだけで、まったく労力を使わず避けられているわけではない。
「邪魔です」
時折蛇竜の眷属が変なところから出現するが、今のクローディア相手では最高格の四本首の蛇竜の眷属であっても裏拳一発で吹き飛んでしまう。
妨害が妨害になりえない。
そんな状況で。
「さぁ!全力で参りますわよ!!」
エスメラルダ嬢の魔法が完成した。
リボルバースペルとダブルスペルを駆使した絨毯爆撃。
「ジャッジメントライトニング!!」
十二発の裁きの雷。
天空に展開される魔法陣から降り注ぐ極太の雷。
その場から高速で後退するクローディアとゲンジロウ。
その瞬間まで攻撃にさらされていたグルンドも回避行動に入る。
未来予知によってこの攻撃も読んでいる。
それを回避することも織り込み済み。エスメラルダ嬢に範囲魔法を展開させたのはこれで周囲から蛇竜の眷属が出てきても雷に埋もれて妨害が出来なくなったという環境を作り出すため。
そして疑似的だが、雷という壁を作り出すことによって一方向以外の逃げ道を潰し。
「捕まえました」
ゲンジロウとクローディアによって雷を避けて飛び出すところを狩り取らせる。
雷からの脱出のために飛び出してきた瞬間、まだ回避行動が終わりきっていないその刹那。
雷の中を突っ切って、ダメージを負いながらも雷光のように速い歩み(雷歩)で接近したクローディア。
サンライトシリーズと天拳による強化でダメージをほぼカットしたとはいえ、常人では考えつかないような行動。
しかし、雷の効果でわずかに体がしびれている。
FBOでは、スタン判定を受けて一定の時間行動できなくなるバッドステータスが発生するのだがここは現実の世界。
「絶対に、離しませんよ」
掴んだグルンドの腕を握りつぶす勢いで、気合で握力を込めるクローディア。
「がぁ!?離せ!?」
未来予知スキルは完全回避スキル。
だけど、ゲームの時にはできなかった肉体の限界を超える根性という精神論の前についに敗北を喫する。
必死にもがき逃げ出そうとするグルンドの前に躍り出る赤い閃光。
「その首貰ったぁ!!!」
鬼の形相で刀を振り下ろすゲンジロウの攻撃に対して未来予知が発動し奇妙な回避行動を取る。
片腕が固定された状態で体を捻る。
それはまさに関節の可動域を無視した行動だった。
ぐしゃりとクローディアが掴んだ腕がねじ切れる音がして、グルンドは無理やり肘から前腕を引きちぎってゲンジロウの首狩りの一撃を回避した。
なんという執念。なんという異常性。
「は、が」
痛みで意識が朦朧としているグルンド。
ふらつく体、歪に引きちぎれた腕の先。
回避するために手段を選ばない行動は、最早スキルという概念ではなく呪いと言っても過言ではない。
未来予知というのはFBOではシステム的に実装できないからプレイヤーには与えていないのだと思ったが、違う。そうじゃない。
これは、スキルという名の別の何かだ。
『くくくく』
そしてグルンドの口から、グルンドじゃない何者かの声が発せられた。
『アハハハハハハハハハハ!!!まさか、まさか、こんな形で朕の与えたスキルを破ろうとする輩がいるとはな』
この声には聞き覚えはない。
すなわち俺の知らない未知のキャラの声。
その声の主は、痛みで意識の薄れたグルンドの身体を乗っ取り、血をしたたらせる腕を放置してニヤリと笑うのであった。




