7 逃亡者
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「やらせないわよ!!」
俺が対応するよりも先に、そんな奇襲など効かぬ!とネルが背後から飛び出してきて一刀両断で蛇竜の眷属をかち割った。
一本頭の蛇竜の眷属であれば、ネルの火力は完全なオーバーキルだ。
「それ作るのにどれだけ手間暇がかかったと思ってるかね?」
「賊の話に聞く耳は持たん!!その首置いて行け!!」
それで一安心かと思いきや、次から次へと遺跡の隙間からにゅるりと蛇の動きで這い出てくる。
グルンドのやつめ。地下で大量生産したこいつらで混乱を引き起こし、その隙に逃げる算段か。
ところが残念なことに、俺がゲンジロウにエンターテイナー、さらにはエーデルガルド公爵家の私兵たちという、グルンドでも想定し得なかった過剰とも言える戦力を連れてきてしまったから、混乱しているのは見境なく襲われている賊たちだけ。
「だから、僕はもっと生きたいっていってるでしょ?そう簡単にこの命を捨てる気はないよって!」
「グルンドさん、助けて」
「あ、ちょうどいい。君は盾になって」
そんな逃げ惑う賊がグルンドに助けを求めてきたが、切りかかってきたゲンジロウの方に何の躊躇いもなく突き飛ばした。
「この外道!!」
「その外道が突き飛ばした人間をあっさり切り捨てる君には言われたくないよ」
障害物と化した賊を切り捨てている間に距離を開けたグルンドだったが。
「!?」
「ちっ、やっぱりそのスキル厄介だな!!」
その先に回り込み、気配を完全に断ってから奇襲を仕掛けたが、レベル差があるにもかかわらず、俺の首狩りを無様に地面を転がる形であってもグルンドは回避して見せた。
「危なかった!なんで気配がないのさ!!」
グルンドが原作でもしぶとく生き残っている理由は、ユニークスキルを持っているからだ。
それもプレイヤーが絶対に獲得できない、回避系最強のスキル。
「ちぃ!!飄々と動き回りおって!面妖な動きを止めんか!!」
俺の首狩りを避けた瞬間に、ゲンジロウが追撃で刀を振り下ろして斬撃を加えるが、その攻撃も躱した。
未来予知。
未来視ではなく未来予知。某ロボットアニメの白い悪魔のパイロットのように脳裏に嫌な予感を感じて、どういう未来が来るか直感的に危機を教えてくれる上に、その対応行動を身体が反射的に取ってくれるというオート回避モーションスキル。
「はい、君も盾になってね!!」
「え!?」
しかも、逃亡を選択すると、その逃亡に必要な物がどこにあるかも指示してくれる。
「ライトニングハウンド!!」
エスメラルダ嬢の遠距離からの追尾機能がある雷が迸るが、直撃する直前に間に挟むように盾にした賊のせいで、エスメラルダ嬢の攻撃が外れた。
黒焦げになる賊に目もくれず逃走を続ける先には。
「四本首か!!」
「御屋形様!蛇どもは拙者たちが請け負います!!」
「頼む!!」
蛇竜の眷属の四本首が三体も待ち受けていた。
蛇竜の眷属はまるでグルンドがいないかのように、脇を通り過ぎるのを無視し、俺たちに向かって襲い掛かってくる。
「者ども掛かれぇ!!」
それに対抗して、赤備えのゲンジロウたちが、外に向かって走るグルンドを追いかけるための活路を直線距離で開こうと前に出る。
怪物相手にもひるまず挑みかかるゲンジロウたちに感謝して、そのまま追いかけようとしたが。
「リキャストタイムが過ぎたか!!」
グルンドの姿が徐々に消え始めている。
ゲンジロウの直感により看破され、一度解除された神隠しのローブのリキャストタイムが明けて、光学迷彩のように姿を消し始めている。
「リベルタ様、あのお方は消し去って問題ない方なんですね?」
このままでは逃げられると思った瞬間だった。
俺に並走し、無表情で箒を構えるイングリットが俺に問いかけてきた。
「!ああ!全力で消し去れ!総員!!そいつらから退け!!」
「かしこまりました。これより、清掃に入ります」
雷歩によって閃光と化したイングリットが、瞬く間に蛇竜の眷属の前に躍り出る。
俺の叫びに、瞬時に行動を起こす赤備え。
射線上には味方はいない。
そして蛇竜の眷属の三体はイングリットにとっては格下。
いかにタフなスキルを持っていようが。
「パーフェクトクリーン」
全てを消し去ってしまえば、意味はない。
イングリットが箒を振り抜いた先は、彼女より格下の全ての存在が綺麗に消される。
イングリットが振り抜いた箒の先から数十メートル範囲が一瞬で消されて。
「あっぶなぁ!?なにそれ!?理不尽過ぎるでしょ!?」
ユニークスキルを持っているグルンドだけには言われたくないけど、雑魚殲滅にはイングリット以上の理不尽はないと思っている。
リキャストタイムが少々ネックだが、それを踏まえてもこのスキルはやはり有能。
「ってぇ!?地面が抉れて消えてるよ!?こんなの受けたら死ぬだろ!?」
「殺す気で放っていますから当然です。ですが、これを避けますか。随分と楽しませてくれそうですね」
そんなイングリットのパーフェクトクリーンをまたもや奇妙な態勢で回避し、その攻撃を回避したことによって発動していた神隠しのローブの効果が切れた。
姿を現したグルンドめがけて、パーフェクトクリーンによって開けた活路を辿り、クローディアが雷歩で急接近して拳を叩き込むが、グルンドはそれを転がって回避して見せる。クローディアが拳を突き立てた個所が地割れを引き起こしている。
「お前聖職者だろ!!人を殺していいと思っているのか!?」
「神の教えには、確かに罪なき者の殺害は厳しく禁じられていますが――」
「なら!?」
「あなたは自分に罪がないとでも思っているのですか?」
理不尽なオーバーキル攻撃の怒涛の連撃に、さすがに未来予知のユニークスキルもオーバーフローが起き始め、飄々とした表情が引きつり、グルンドは少しでも距離を取るために尻もちをつきながら後ずさりをする。
少しでも相手の良心に訴えかけ、隙を作ろうと躍起になっているが、「それをお前が言うか」と虚しく響くだけだ。
FBOではグルンドが登場すると悪運と凶運が重なった奇跡が発動して、どんなに追い詰めても逃げ切ることを許してしまう。
なので、こいつを仕留めるときは油断も慢心もなく。
「か、回避できない!?」
「心臓打ち!」
背後から気配を消して、刺す。
しかしそれも回避できるギリギリのタイミングで体を動かして回避して見せた。
「首狩り!」
心臓打ちから首狩りへのコンビネーション、突きの姿勢からの流れるような首への攻撃。
未来予知というスキルは、その所持者の危機的情報を探知し知らせ、回避モーションに反映させるスキルだ。
その行動モーションの中には逃亡というモーションもあれば。
「!?」
こうやって、回避できなくてどうしようもなくなったとき仕方なく腕を差し込みダメージを最小限に抑えるというモーションも含まれる。
「金剛戦斧!!」
クラス8のパーティーメンバーからの猛追からそもそも逃げれていること自体がおかしい。
ステータス的に言えば回避などまず不可能。
それが、あらかじめ情報として知っていているからと言って、いつまでも完全に避けきることができるとも思えない。
スキルによって戦斧にダイヤモンドのようなコーティングが施され破砕能力が倍加して振り下ろされたネルの一撃も、グルンドは身をひるがえしてダメージ範囲内から逃げて見せた。
「シッ!!」
その立ち回りは一見無様に見えるかもしれないが、俺たちに包囲されないように逃げる方向をしっかりと吟味している。
最早口八丁を出す余裕もなく、必死の形相で逃げているグルンド。
俺たちの身体能力から逃げ切れると思っているあたり、未来予知というスキルに全幅の信頼を置いているのだろう。
踏み込んだグルンドの足を切ろうとしたゲンジロウの斬撃も掠る程度に済ませている。
その崩れた姿勢から、どうにかして走り出す姿勢まで回復させ、そのまま駆けだそうとしたタイミングを抑え込もうと、クローディアの放った横蹴りも潜り込み回避してしまう。
本当にプレイヤーたちからバグだと言われたスキルだ。
「今度は三本首ですの!?」
そしてその先に範囲魔法を叩き込もうとしたエスメラルダ嬢の背後からは三本首の蛇竜の眷属が襲い掛かり、赤備えが迎撃する。
その数は4体。
もう、首一本の方がめずらしいんじゃないかと思うくらいに、グルンドを助けようと珍しい個体がここら一帯に集結している。
赤備えの迎撃をすり抜けた一体がエスメラルダ嬢に襲い掛かってくることによって、詠唱が中断されてしまった。
まるで運命がグルンドを逃がせと言っているように。
FBOの時もそうだった。
グルンドはヴィランムーブで仲間にすることはできる。
その際に確認したステータスはクラス4/レベル110と、そこそこ育成されている状態での加入になる。
当然EXBPは取ってないから、プレイヤーたちから見たら取るに足らない存在だといえる。
未来予知以外には目立つようなスキルはないし、ゲームに使うとしても率先して危険を回避し美味しいところだけ持っていくというスタンス故に、プレイヤー人気も低い。
だからこそ、ガチ編成の殺意の塊でグルンドを仕留めようと画策したプレイヤーが現れた。
彼らは動画にするくらいにガチで、対グルンドを想定したスキル構成とパーティーメンバーを取り揃えて、数々のプレイヤーがグルンド討伐に挑んだ。
だが、結果はどうだ。
惨敗だ。
システム的に保護されているとしか言いようのない、あるいは数々のバグとも言える偶然によってグルンドは逃げ延びた。
「イングリット!エスメラルダさんのサポートに入ってくれ!!」
「承知しました」
今もそうだ。さっきまでいなかったはずの蛇竜の眷属がこんな偶然のタイミングで四方八方からこっちの攻撃の流れを断つように襲い掛かり、賊が盾になって。
万が一を考え、イングリットを後方警護に回し、背後の蛇竜の眷属に対応させる。
周囲を一瞬見回せば、三本首一体、二本首三体がクローディアに襲い掛かり。
一本首の群れが赤備えに襲い掛かり、三本首と四本首のコンビがネルに襲い掛かっている。
公爵家の私兵たちにも賊と蛇竜の眷属が襲い掛かり、混戦に持ち込まれている。
さらに俺の方にも流れ込むように三本首の蛇竜の眷属が三体向かってきている。
無視するには立ち位置が悪い。かと言って回り込むと時間をロスしてしまう。
「逃がすかああああああああ!!!」
ただ一人、ゲンジロウだけは周りの蛇竜の眷属を振り切り、グルンドにめがけ切りかかっている。
これは何故だ?と俺の脳裏に疑問がわく。
偶然と切って捨てるにはあからさまと言えるほどの差。
それこそ、俺やクローディアに割り振っていた戦力を一体ずつでもゲンジロウに差し向ければ、ゲンジロウがグルンドに向かうことは出来なかったはず。
そうすればグルンドも逃亡しやすかったはずだ。
なのに今もグルンドはゲンジロウに切りかかられ、無理やりな姿勢で回避することになっている。
蛇竜の眷属を攻撃しながら、追撃するための活路を開き、グルンドに視線を向けていたからこそ、俺たちとゲンジロウに違いがあると気づけた。
では、どこで差がついた?
運命を変えたから?
狂うはずだったゲンジロウが失う筈だった家族を守り、そして今は俺の部下として武を振るっている。
だけど、それならエスメラルダ嬢にもゲームシステムの想定外の変化が訪れるはず。
しかし彼女にも蛇竜の眷属は襲い掛かっている。
となれば東の国出身だから?
これもあり得ない。
同郷の赤備えにも蛇竜の眷属は襲い掛かっているし、なんならFBO時代の俺も、追撃のスペシャリストの東大陸の忍者ネームドを使っていた。
なにか、何かがあるんだ。
その何かがわかればグルンドを倒せるはず。
「とりあえず、お前たちは邪魔だ!!」
その何かを探るためにミラージュフェノメノンを発動させ、首狩りによって蛇竜の眷属の首を一斉に切り飛ばすのであった。




