5 EX 薩摩忠臣 1
時間は少し遡る。
ボルドリンデ討伐が決定され、そしてついに明日、部隊が出発するという夜。
「シズマ様、皆を集めてどうなさいました」
リベルタがエーデルガルド公爵に頼んで用意してもらった屋敷で、東の大陸から移住してきた者が全員広間に集まった。
集めたのは、今では御庭番衆というリベルタ直属の組織の長となったゲンジロウ・シズマ。
「皆、聞いてほしいことがある」
その呼び出した当人は険しい顔で正座して皆が集まるのを待ち、そして集まったのを確認した後、固く結んでいた口を開いた。
「これまで御屋形様が拙者らにしてくださったことだ」
その表情は真剣で、冗談を挟もうものなら切って捨てると言わんばかりの剣呑な雰囲気を醸し出している。
「御屋形様は我等に足りぬことのない衣食住を与えてくださった。まだ戦働きすらできていない拙者らに俸禄もくださっている。旅の疲れで病を患った子供に医者を手配し、薬も与えてくださった」
そんな真剣な表情の口から語られたのは、東の大陸から渡ってきた後の日常だ。
元の場所では、迫害の対象ではなくとも軽視されていたゲンジロウたちからすれば、好待遇という言葉では足りないほど、彼らを厚遇してくれるリベルタへの忠誠心はうなぎ上りだ。
病を患った子供を持っていたゲンジロウの部下は力強く頷き、リベルタが子供が風邪をひいたと聞いてすぐに医者を手配してくれたことを思い出している。
「知り合いのいない拙者らのために、エーデルガルド公爵家の兵士たちとの仲をとりなし、武を以て交流できる場を作ってくださった」
そして、そんな厚遇を得ていることで生じる周囲からの不満を解消するために、公爵家の私兵団との合同訓練と対抗戦を実施し、互いの実力を知ることにより、リベルタがなぜゲンジロウたち御庭番衆を厚遇するかの理由を周知してくれた。
今ではエーデルガルド公爵家の私兵たちと、互いに切磋琢磨して強さを凌ぎ合う仲となっている。
「そして何より、拙者たちを強くしてくださった」
さらに、極めつけにはリベルタの持つ知識によって全員が、一族でもかつてないほどレベルが上がり、スキルが増え、武士として強くなった実感がある。そして武具もかつて使ったことも着こんだこともない上等な代物が下賜されている。
ゲンジロウの背後には明日着こむであろう武具が整然と並ぶ。
リベルタの趣味で、「武士と言えば赤備えだろ」と、見事な朱色で揃えた鎧甲冑。
ゲンジロウたちの使いやすさを優先して馴染みのある東大陸風の鎧を用意している。
リベルタ当人からしたら完全に趣味、「真田幸村の赤備えが好きなんだよ」という個人的な好みを優先した結果の産物なのだが、ゲンジロウたちからしたら泣いて感謝したくなるほどの立派な武具を与えてもらったと思っている。
これだけでも、東の大陸の旧主家で冷遇されていた過去の自分たちが聞けば、酒に酔っているのかと呆れて笑われそうな妄想のような話だが、全てが現実だ。
そしてここまでは、ここにいる誰もが知っている内容だ。
今さら改めて言うことなのかと疑問を挟むことはないが、ゲンジロウがどういう意図でこの話をしているのか掴めていないという表情は浮かび上がっている。
「それだけではない」
その疑問に答えるべく、ゲンジロウはゆっくりと、そしてこの場にいないリベルタが教えてくれた話を思い出し、大切に言葉を選んでこの場にいる者に伝えた。
「御屋形様は、我らに安住の地を与えることを約束してくださった」
「「「「「「!?」」」」」」」
それを聞いた者は一堂にどよめいた。
ゲンジロウがこの話を聞いたのは、つい先日。
鍛錬の合間にリベルタの私室に呼び出された際に聞かされたことだ。
その日の鍛錬は、後日の戦のために疲れを残さない軽い物に変わっており、ゲンジロウからしたら物足りない物。
例え疲れ果てても、リベルタの呼び出しになら是が非でも応える覚悟はあったが、足取り軽く会いに行った。
『鍛錬後に、来てくれてありがとうね』
『いえ、御屋形様のお呼びとあれば即座に馳せ参じます』
部屋にいたのは、呼び出したリベルタ当人と侍女のイングリット。
リベルタが筆を執り、大きな紙に色々と書き込んでいる最中の入室。
前の主なら呼び出されてすぐに来ることは当たり前で、感謝すらされなかった。
故にリベルタの言葉が新鮮に感じ、さらに忠誠心が上がったことにリベルタは気づかず、一旦、大きな紙から離れてゲンジロウと向き合った。
『うん、呼んだのはゲンジロウに聞きたいことがあったんだ』
『聞きたいことでございますか』
呼び出したからには何か用事があるのだろうと思っていた。
しかし、その内容は戦働きの命令か何かを伝えることだと思っていたゲンジロウは、少し不思議に思いつつも質問とは何かと聞き返す。
『この戦いでアジダハーカを倒したら、その報酬として何が何でも国王陛下から土地を貰って独立都市を作るって、前に話したよね』
『はい。そのために力を貸してくれとおっしゃられました。拙者たちも微力ながらお力添えをすると約束しましたな』
『そう、その力添えの報酬を考えてね』
『今でも十二分に報いてもらってます。それ以上の物をもらうなど』
『だーめ、信賞必罰。働いてもらう以上はしっかりと報酬を払わないとモチベーションが上がらないだろ?』
衣食住の保障、金子の支払い、武具の下賜。
どれもこれもゲンジロウからしたら貰いすぎなのではと思うと同時に、リベルタとの初対面のときに冗談で場を和ませてくれたコンが言った「ここまで与えられて何もできなければ無能」という言葉がいよいよ現実味を帯びてきたのではと内心焦り始めた。
リベルタからしたら、前世を含めいままで忠誠心を向けられた経験などないのだから、どう対応すればいいかわからないので、統治者の娘であるエスメラルダ嬢に部下にはどう報いればいいかと質問した結果。
『だから、ゲンジロウたちの里を俺の独立都市の中に作ろうって決めた』
『・・・・・今、なんとおっしゃられたのですか!?』
移民にとって一番不安なのは居場所がないこと、それを与えればいいのではないかというエスメラルダ嬢の言葉に「なるほど」と納得し、リベルタは自分が考えている独立都市の設計図の仕様を変更した。
『ゲンジロウたちには独立都市の治安維持をしてもらう予定だからね。それだったら都市の中にゲンジロウたちが住めて管理できる場所を作って、都市の近くに田畑も用意して、しっかりと一族で生きていけるようにした方がいいかなって。ええ!?ゲンジロウ、なんで泣いてるの!?』
その設計図の草案をゲンジロウに広げて見せるリベルタをゲンジロウは涙で直視できなかった。
なぜ、この方はこうも欲しい物を与えてくれるのだろうかとゲンジロウの胸の中に疑問が生じる。
自分など、刀を振るうしか能の無い男だというのに、なぜリベルタ様はと疑問に思うが、その疑問はすぐに吹き飛んだ。
涙を拭い、見えた草案には東の大陸風にこしらえた里の絵が描かれている。
それは捨てたと思った故郷の風景。
仕方ないと割り切っても、故郷を思う気持ちを捨てたわけではない。
それが再び手に入ると思うと、ゲンジロウはその場に跪き。
『過分にもそのような報酬を賜えるのなら、このゲンジロウ・シズマ、いかなるご下命にも応えましょう!』
一族の安寧を与えてくれるリベルタに再度忠誠を誓った。
その忠誠の誓いの後に、苦笑気味に設計図を見せながら希望を聞こうとしたと言われ、さらに滂沱の涙をゲンジロウが流したというのは割愛したが。
「皆の者、此度の戦。拙者ら御庭番衆は誉ある一の槍を拝命した」
その話を聞いただけで、鼻をすすり涙を流す者で広間は溢れかえった。
しかし、誰一人とてゲンジロウの声を聞き逃すまいと顔を下げない。
「であるなら、わかっておろう」
その涙を見てなお、ゲンジロウは皆に言い含めるように言葉を紡ぐ。
「これだけの恩賞を与えてくださる御屋形様に、何ら報いられぬことは恥だ」
その言葉に、武士だけではない。
家族全員含め、この場にいる者が同時に頷く。
「拙者らが活躍し、首級を上げる。御屋形様の計画が万事うまくいくために、拙者らは戦働きをせねばならぬ」
目元を赤くして、頷く武士たち。
「いいか、良く聞け。戦場は此度だけではない。この先も、その先もずっと、御屋形様には災難が降り注ぐであろう。であれば、この戦は前哨戦にすぎぬ。未来の先にある御屋形様の栄光を支えるために、誰一人たりともこの戦場で死ぬことはまかりならん」
死は誉れと、本来なら彼らは言うだろう。
だが、戦場で死んでしまってはリベルタから受けた恩を返し切れないと考えたゲンジロウは、うかつに死ぬことを自分にも部下たちにも禁じた。
「この戦で我らが御屋形様に捧ぐのは完全なる勝利の他ない!いいか!この戦で死ぬ者は恥ぞ!」
「「「「「「応!」」」」」
もし仮に、この光景をリベルタが見たら。
なるほど、邪神教会が重用するわけだと納得しただろう。
それと同時に、忠誠心が重すぎやしませんか?と冷や汗を流しただろう。
しかし、この場にはリベルタはいない。
ゲンジロウの言葉で気合をいれた皆は、早々に眠りにつく。
興奮で眠れないなどということはあり得ぬゲンジロウたちは、翌朝誰一人とも寝坊することなく、使い慣らした赤備えに身を包み。
グリフォンに騎乗し、空を征く者となる。
静かに、そう、静かに内なる熱を抑え込み戦の時を待つ。
「着いたか」
戦場が見えた。
ゲンジロウが空から見下ろす遺跡。野盗たちのアジト。
そこにボルドリンデという男がいるのをゲンジロウは聞いているし、顔も絵画で確認している。
空からの大軍勢の襲来に、相手の見張りが気付き、騒がしくなっているのが目に映る。
組んでいた腕を解き、腰に刺した刀に手をかけ。
リベルタから指示された時を待つ。
エーデルガルド家の私兵たちが乗る飛竜やグリフォンが旋回し、遺跡を包囲するように配置につくと着陸態勢に入る。
だが、ゲンジロウたちは空中で待機している。
何百と兵士が下り、遺跡が包囲された数分後、それは起きた。
「見事」
ゲンジロウはその光景を見て感嘆の声を上げる。
八か所の起点から展開される、白い結界。
浄化の結界と呼ばれる、結界内に浄化とターンアンデットの効果を付与する結界だ。
戦死者の魂を浄化し、昇天させることによりアジダハーカに魂を吸収されないようにする方策。
その結界の上空に光る球体が浮遊し、戦場には似つかわしくない優しい歌声が流れる。
アミナが歌う『聖歌』で浄化とターンアンデットの効果はより強くなる。
そうなるとどうなるか。
「皆の者!突撃だ!!」
「「「「「おう!!!」」」」」」
ここで殺し合いをしても、アジダハーカに魂が吸収される心配がなくなる。
グリフォンを操り、急降下で赤備えの集団が突撃する。
「知恵の女神が使徒!リベルタ様の一番槍!ゲンジロウ・シズマ!推して参る!!」
地面に着陸するよりも前にグリフォンから飛び降り、そのまま敵の見張りが放つ弓矢を切り払い。
「ひとつ!!」
すれ違いざまに盗賊らしき男の首を刎ねる。
「ふたつ!」
動揺する盗賊たちにゲンジロウたちは容赦をしない。
賊の命乞いなど雑音として耳には入らない。
「みっつ!!」
その場にいる賊を全員切り捨てたら、そのまま城門へと取りつこうとするが。
「奴らを止めろ!!」
そこに立ちはだかる立派な鎧を着た兵士をゲンジロウは見つけ。
「その首貰ったぁ!!!!」
迷いなく、敵兵士の中に身を飛び込ませる。
「置いてけ!その首!置いてけや!!」
獰猛な覇気に、一瞬気おされた兵士の首はゲンジロウによって刈り取られる。
「御屋形様の手柄になれ!!」
そして戦場の空気は赤備えの彼らによって一気に赤く染め上げられるのであった。




