4 EX 蛇の所以
冒険者のボルドリンデという先祖がいた。
彼は一体何をしたか、そしてどうやって一つの大陸の公爵まで上り詰めたか。
「閣下」
「・・・・・なんだ?」
その歴史をジュゼッペ・ボルドリンデは幼少の時より教え込まれていた。
ボルドリンデという一族の目的は英雄になること。
その目的のためにジュゼッペは生み出され、そのために成長し、そのために教育を施された結果、思想を歪ませた。
遺跡の最奥、アジダハーカが封印されている施設の一つ手前の部屋で、ジュゼッペは研究の報告書を読み、アジダハーカ制御のための研究に没頭していた。
「盗賊どもから報告が。森の様子がおかしいと」
「・・・・・何かいたか?」
「いえ、我らは何も発見しておりません。ですが、王都に潜ませていた者から、かなりの数のグリフォンとワイバーンが飛び立ったと報告があります。方角は北の方で、ホクシの制圧が終わっている今、援軍を出す意味は」
「ここを、いや、私の首を取るためだろうな」
そんな時間にボルドリンデ家に仕える影が割り込み、報告をしてくる。
残る時間は少なく、影からすれば逃げろと進言する気だったが。
「外の連中に迎撃させろ。物資は気にするな、使いたいだけ使わせろ」
当の主は、ここから一歩も動く気はなかった。
逃げようと思うのなら、こんな場所に来ない。
もっと言うのなら、ジャカランが下手を打った段階でもっとうまく立ち回ったはずだ。
だけど、もうすでにジュゼッペはこの国に見切りをつけていた。
「はっ」
この国は、この世界は、神に支配されている。
その事実に気づき、ボルドリンデという一族を糧にしてここまで来たのだ。
最早止まることはできない。
部下を送り出して、再び研究資料に目を向ける。
そして空いた手で、筆を走らせ、自らの考えをまとめる。
『いいか、ジュゼッペ』
そんな折に、脳裏によみがえる言葉は先代の当主、自分の手で殺し、そして爵位を簒奪した老害に脳内へ刻み付けられた教えだった。
『我が家の祖である、ボルドリンデ様はレンデルの小童によって英雄になることができなかった。あの日、あの時の恨みを忘れてはいかん』
それはボルドリンデという家が生まれるきっかけ。
英雄なんてくだらないと、今のジュゼッペなら言うだろうが、当時の幼き彼はそれを受け入れないといけない家系に生まれてしまった。
ボルドリンデは何故英雄になれなかったか。そしてそれなのにも関わらず公爵家という地位を得たか。
全てはこの国の祖となった彼の先祖の属する冒険者パーティーが英雄となった、モンスターとの戦い。
簡単に言えばボルドリンデは功名心に掻き立てられ、抜け駆けをしようとした。
その一言に尽きる。
もっと付け加えるのなら、祖ボルドリンデは自分の力を過信していた。
元からプライドの塊と言っていい人物で、英雄願望が人一倍強い人間であった。
生まれはごくごく平凡な、一般家庭。
そんなボルドリンデであったが、周囲と一線を画すほどの才気には恵まれていた。
その才能故か、子供の頃からいずれ自分は英雄になり、そして大陸を制覇すると豪語するくらいに自尊心が高かった。
そして、慢心をしなかった。
才能に胡坐をかくことなく、努力を積み重ね、力をつけ、着々と実績を積み上げ、ついには英雄となれるかもしれない機会を得たことから察せられる通り運にも恵まれていた。
世界の命運を賭けた戦い。そしてこのモンスターを倒せば間違いなく英雄となれるという絶好の舞台。
彼が間違ったのは、英雄を仲間と共有するのではなく、英雄という立場を独占しようとしたことだろう。
現実は物語のように甘くはない。
モンスターの情報を集め、弱点を見極め、行動パターンを調べ、レベルを上げ、装備を整えた。そしてこれなら一人でモンスターを倒せると確信し、万全の態勢で挑み、あと一歩というところまで追い詰め、反撃され死にかけた。
そして一時撤退と決め、回復して再度挑戦する前に、ボルドリンデを助けに来たレンデルたちによってモンスターは討伐され、モンスターに止めを刺したレンデルは英雄ともてはやされた。
ボルドリンデが一度追い詰めたと言っても、モンスターには余力が残っていた。
ゲームで言うのなら、HPゲージのラスト一本が残っているくらいには。
だからこそ、結果として英雄となったレンデルであっても、その戦いには決死の覚悟で挑み、そして激戦の末にモンスターを討伐することができたのだ。
その討伐の際にボルドリンデは怪我で後方に送られ、立ち会うことはできなかった。
だが彼の活躍は無駄ではなかった。
止めを刺したのは間違いなくレンデルであったが、ボルドリンデが一人立ち向かった戦いが無ければ勝つことは出来なかった。
レンデルは彼こそが英雄だと言った。
しかし、それは民衆には受け入れられなかった。
確かにその通りだ、だが、彼は負けた。
あと一歩まで追い詰めたのにも関わらず、負けた。
なにより、共に戦ってきた仲間が居るのに、なぜ一人で立ち向かったのかと疑問と不信感をぶつけた。
時代の流れが悪かった。
本来であれば国のために戦った者を称賛しなければならないというのに、長い戦乱の世に苦しめられて心のゆとりを持たない民衆はボルドリンデの判断を悪と決めつけた。
なにより、英雄となったレンデルたちが、もしその独断のせいで命を落としていたらというイフの話すら持ち出され、ボルドリンデという男は英雄にふさわしくないと糾弾された。
民衆の感情を理解したレンデルたちは必死に、ボルドリンデを庇った。
彼の偉業を広めようと努力した。
しかし、それも英雄になったレンデルが優しいからだと、世間は彼の偉業を認めようとしなかった。
仲間は認めても、世界は認めない。
そんな、両者の思いがぶつかり合う中で、不満に耐えつつもボルドリンデは結果で見返すことを決意した。
表向きは民衆に推されて王となるレンデルの血筋を支える盟友の貴族となり、裏では文武両道を修めて誰よりも力を高め、実力で英雄となることを目指し続けた。
最初はまともであった。
武を鍛え、文を磨き、人の上に立つ者としてのふるまいを身に着け、誰よりも立派な貴族になろうとしていた。
だが、それはボルドリンデ個人だから続けられたという事実がある。
野心はあるが、誇りを持って行動のできるボルドリンデだからこそ、歪まなかった。
しかし、その歪まなかった努力が彼の代では報われなかったことが悲劇の始まりだった。
いつからだろうか、世代を重ねるごとにこの思想は歪んでいく。
それは周囲の影響もあっただろう。
誇り高き英傑たちの血筋は徐々に堕落し、権力に溺れ、金に目がくらみ、地位に固執するようになる。
時代の流れと言えばいいだろうか。それはボルドリンデ家にも波及し、公爵という地位を得た後では王となれないことに不満をため込み、鬱憤を貯め、徐々に過激になっていく。
そして子孫が歴史を振り返った時に考える。
初代が正しく評価され英雄になれていれば、もっとふさわしい地位にいたのではと。
過去の歴史はどうあがいても塗り替えることはできない。
されど、今の地位がふさわしいとは思わない。
であれば英雄の家系と認めさせるために、文武を鍛えもっと行動せねばならないと家訓に遺し、世代を重ねた結果、いつからか努力が報われる方法を間違った方向で求め始めた。
ここら辺で暗部と裏の力に固執するようになった。
貴族としての地位を保ち、そして裏から大陸を支配することを願うようになった。
口では祖ボルドリンデの無念を晴らすと言っているが、本音は地位が欲しいだけの俗物へとボルドリンデの一族は徐々に徐々に墜ちていき。
そんな時代の中でジュゼッペは生まれ落ち、その本質を見抜き、くだらないとバッサリと切り捨てた。
いや、切り捨てるきっかけを得た。
ジュゼッペは才能があった。
文武両道、1を聞いて10を知れるほどの知才。
そして野心がなかった。
何もかもが上手く行き、何もかもが思い通りになる。
地位に権力、才能。
神はジュゼッペに二物以上の物を与え、そして彼の目には空虚な世界が広がった。
つまらない、この世界はつまらない。
人々は神に与えられた物で満足し、神に用意されたその舞台の上で人生を踊り楽しむ。神に支配されたこの世界は、ジュゼッペにとってつまらないと感じる世界でしかなかった。
支配する側が支配されている。
これでは道化ではないかと幼少のときに悟った。
そんな現実に対して何の手立ても用意することが出来ず、日々不満が積もり続け、ただただ、先代の言いなりになり、家訓に従い目的を達するだけの生ける人形と化していたジュゼッペが見つけたのは一つの研究資料。
それはモンスターの研究をした資料。
ごくありふれたものかと思いきや、歴史の中に名を残した伝説のモンスターのリスト。
その中でも災厄をもたらした危険なモンスターの資料だ。
最初は、知識を仕入れるために読み始めた資料だった。それが次第にこの世界を破壊するために生きてきたモンスターたちの存在に惹かれるようになった。
やがてこう思った。
このモンスターをこの世に解き放ったら、どうなるのだろうかと。
普通に考えれば、大勢の人が死に、そしてその死を乗り越えて人類が勝利するという結末を想像する。
その過程は凄惨で、決して引き起こしてはいけない未来。
しかも質の悪いことに、ここで自分自身がこのモンスターに手を貸せばその結末は覆るのではと考えた。
モンスターに与する人間。それは邪神教会に寄っている思想だと言える。
しかし、ジュゼッペは邪神には興味はなかった。
あるのは強大なモンスターを呼び出した時の惨状がどうなるかという興味。
そして、このモンスターを支配することができれば、神の支配を脱却できるのではないかと考えた。
リベルタを含めFBOプレイヤーがジュゼッペ・ボルドリンデのこの性癖を知った時、なんとはた迷惑な性癖をしているんだと唖然とした。
子供でも分かるだろうという危険思想。
しかし、強大な力を得て神を打倒するという妄想は、間違いなくジュゼッペの世界に色合いを与えた。
世界に必要なのは神に支配された英雄ではない。
世界をリセットするための全てを破壊する力なのだと確信した。
その資料がきっかけで、ボルドリンデは初めて意欲的に、貴族としての職務を全うすることを決めた。
表向きは公爵としての本分を全うし、裏ではこの国、この大陸、この世界を崩壊させることができるようなモンスターを探し続けた。
ダンジョンの鍵を調べ、そしてスタンピードのメカニズムを調べ、魔道具を収集し、目的のモンスターを探し、そして出会った。
アジダハーカのことを知った時、運命を感じた。
調べれば調べるほど、これだという確信があった。
このモンスターを制御できたら一体どんなことができるのだろうと心が躍った。
僅かな可能性として、ジャカランという珍しいスキルを持つ男を手元に置いたが、あれはダメだった。
レベルを上げれば上げるほど低脳になり、ただ暴れるだけの存在に成り下がる。
決定的だったのは、一人の令嬢に圧倒された瞬間だ。
これでは神には届かない。
そう確信した途端に、ジャカランに対する熱は急激に冷めていく。
そしてアジダハーカへの熱が上がっていく。
「やはり多くの命を捧げることによって、力を得るのか」
アジダハーカという存在は人には制御できない。
だが、方向性は持たせることはできる。
そう確信したジュゼッペはニヤリと笑い、時間がないなりにできることをやると決心した、その瞬間だ。
「歌?」
遺跡の奥深くまで響く、綺麗な歌声が耳に入る。
外では手駒たちが迎撃の準備を済ませている最中だというのに、何故こんなに澄んだ声が響くのだろうかとジュゼッペは疑問に思い。
「違う、これは」
この遺跡に降り注ぐ聖なる光が差し込んできて、ジュゼッペ・ボルドリンデは眉間に皺を寄せた。
「結界か!」
聖なる光によって覆われた遺跡に、怒号が響く。
それは戦の始まりのしるし。戦いの火蓋が切られた。




