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3 蛇の居場所

 

 FBOではボルドリンデが隠れる場所は完全にランダムだった。

 しかしそれはゲームでの話。さすがにこの世界では物理的に無理な場所に隠れているとは思わなかったが、それでもこういう隠れ方をするのは珍しいと思った。


 精霊たちの追跡によってボルドリンデの居場所は掴めている。

 なので装備をしっかりと準備し、王都で作戦部隊の本隊が出立したのを見届けた後に、俺たちは転移のペンデュラムで移動した。


「あ、来たね」

「ああ。どう?向こうの様子」

「変化なしって、言いたいところだけど。たぶんだけどそっちの動きに感づいて動き始めたよ」


 移動した先は仮拠点として用意していた洞穴。

 木々が生い茂り、人が入り込むには険しい道のりを進む必要があるし、モンスターの縄張りも通過しないといけない。


 だからこそ、人がいないと思わせることができる。


 そんな拠点に先行部隊として派遣していたエンターテイナーのシャリアとジュデスと合流した。

 彼らはいつもの怪盗のような衣装に身を包み、ボルドリンデが潜伏している場所を監視してくれていた。


 一応、脱いでいないか確認したがさすがに最前線と言うことだけあって二人ともしっかりと装備を身にまとっていたので一安心。


「さすがに僕たちも空気は読むよ」

「それなら安心だ」


 その視線の意味を悟ったジュデスに俺は笑って返事をする。


「対象が逃げた様子は?」

「ないね。商人が何組か武器と食料を運び込んでいたけど、その商人も外に出た様子はない」

「みんなに周囲を見張らせているから、鼠一匹だって見逃さないよ」


 ボルドリンデの潜伏場所周囲の森には、暗部の見張りも潜んでいるだろうに、それを無力化せずにこっちの存在を気取られることなく潜伏しているエンターテイナー。

 潜伏方法を指導した身としては、満点をあげたい。


「そっちの到着予定時間は?」

「コネというコネを使って、グリフォンやらワイバーンをかき集めて現在移動中。到着と同時に空挺降下を敢行するから夕暮れ前には包囲網が完成するかな」

「それまで逃げないように見張っておくわけか」


 その見張る先にあるのは、俺にとっては見覚えのある古い遺跡。


「邪神教会とつながりがあるとは思ってたけど、司祭に扮して身をひそめて隠れるとは、名門の公爵家の当主なのになりふり構わずってやつだね」


 正確には元遺跡というべきか。普通の遺跡とは違いテントや掘っ立て小屋が乱立する一つの街になっている。

 遺跡に生活環境が整っているのか、あるいはあちこちから奪ってきたのか。

 乱雑に作り上げられたならず者の街という印象が先立つ。


 そんな非合法な場所に最高位の貴族である公爵という立場の人間が逃げ込めば、元配下の貴族家出身のジュデスが呆れて肩をすくめるのも無理はない。

 この遺跡にアジダハーカがいるのは精霊たちの調査でわかっている。


 そんな場所に邪神教会の司祭の格好で入るなんて国と決別し敵対しますと言っているのと同じだ。


「それで?敵は数だけは多いよ。いかに精鋭を用意したとしても乱戦に持ち込まれてそのまま親玉に逃げられてしまったら意味がない。そこら辺はどうするの?」

「抜け道に関しては精霊たちにカバーしてもらっている。さらに表向きは訓練に来ている神殿騎士団にもカバーを頼んである。転移魔法に関してはこの後に対策を取るとして、まずはボルドリンデのやつにこの大軍勢を手放す決断をさせる必要がある」


 ロータスさんの報告に、ボルドリンデの屋敷に踏み込んだ際の報告書があった。

 使用人たちを含め、そこはもぬけの殻となっていた。


 持ち出せる財産は全て持ち去られ、書類関係も一切合切存在しなかった。

 それはすなわちロータスさんたちの動きを事前に察知して、屋敷から撤収する準備を整えさせていたわけだ。


「手放すって、あれだけの軍勢を?ここで勝たなければ後がないのはわかっているだろうに」

「ボルドリンデにとって、ここにいる盗賊も騎士も代わりが効く駒でしかない。奴が重用している影の組織さえ無事なら、それ以外は立て直しが効くと思っているんだよ」


 その事前準備の手際の良さ、警戒心の高さはFBOでも手を焼かされた。

 居場所を突き止めた、じゃぁレベル差で蹂躙しようと最強パーティーで強襲をかけてボス部屋らしき場所にたどり着けば、そこには誰もおらず。


 部屋を間違えたと思って、全部の部屋を探しても奴は出てこない。


「奴にとって逃げるという行為は恥ではない。自分が死ぬことによって目的が達成できない方が問題なんだ」


 遠くから目を凝らして遺跡を見るが、当然ステータスで強化された視力であってもボルドリンデを見つけることなどできない。


 完全に野盗の住処と化している遺跡の高所には、弓兵だけではなくおそらくホクシの城壁に装備していたバリスタを転用した物が設置されている。


 堀も作られ、そこには水が満たされている。


 出入りできるかけ橋には門兵が配置され、出入りは常に監視されている。


 まったく、工兵まで連れてきちゃって遺跡に籠城する気満々ですな。


「だったら、なんでこんな場所に逃げ込んだんだよ。それだったらホクシで迎撃した方が地の利もあったはずじゃないか。味方もいるし、食料だって確保できた。王都側にある砦を使えばもっと楽に戦えただろ」

「ジュデス君、いいところに気づいたね。座布団を進呈しよう」

「どこに置けって言うんだよ」


 しかし、ジュデスのいう通りだ。


 補修したとは言え、元は風化した遺跡だ。

 耐久面の信頼性は低いし、高さもさほど確保できない。


 隠れ家として使うならともかくとして、籠城する場所としては完全に不向きな場所なのだ。


 さりげなく差し出したクッションを拒否されて、仕方なく近くに立っていたネルに差し出すと彼女は受け取り、それを抱きしめた。

 どこかほっこりとした空気が流れつつ、ボルドリンデの意図がわからないジュデスに向かって説明する。


「理由は大まかに2つ、1つはやはりアジダハーカだろうな。封印地を盗賊たちだけに任せるのは不安があったんだろう。2つ目はボルドリンデの持つ魔道具が関係する」

「魔道具?それって結構やばい奴?」


 FBOのストーリーで、ボルドリンデは度々アジダハーカに固執する描写が見られた。

 絶大なる力に魅了されていると最初は思っていたが、それは大きな間違い。


「ヤバいかヤバくないかでいうなら、対策ができているならそこまでヤバくはない。無対策だとかなりヤバイ魔道具だな」


 ボルドリンデは代々続く公爵家の当主、当然だがその権力を使って様々な物を手に入れる人脈を持つ。

 身代わりの魔道具もそうやって先祖が手に入れ、代々引き継いでいった物だ。

 そういった魔道具の中でも奴が公爵家の当主になってから手に入れた物の中に、ドローミと呼ばれる鎖状の魔道具が存在する。


 モデルとなったのは、かの有名なフェンリルを繋ぎ拘束することに成功した魔法の紐グレイプニルの前に、失敗した2本の鎖の片方だ。


 モデルになったのが強大な存在であるフェンリルを封印するために作った鎖なので、グレイプニルには足りないが、それでも並大抵のモンスターであれば一瞬で拘束して見せるというテイム系にはかなり便利な魔道具だったりするし、プレイヤーの拘束にも有効なアイテムなのだ。


「ものすごく重いから振り回すために体力ステータスが最低300はいるし、魔道具として使うのに魔力も400はいるから使い勝手がものすごく悪い。その上に対象が拘束耐性を持ってるとただの鈍器に成り下がるから、お察しの性能なんだよね」


 この魔道具があるから、アジダハーカを使役できると考えて行動を起こすのだが、このドローミという魔道具はクラス7のモンスターまでなら完全制御でき、クラス8のモンスターでも限定的な使役ならできる。


 だけど、限界値はクラス8。それ以上のモンスターになると完全な性能不足になる。


 FBOでも後半の序盤までなら無双できるけど、後半の中盤になるとダメになるタイプのアイテムなんだよね。


 ただまあ、それがわかるのはプレイヤーたちがその魔道具を解析して性能を把握してからの話だ。


 ドローミというアイテムのフレーバーテキストを読むと『古代の技師が作りし、魔物を封印し使役する鎖。竜ですら平伏し汝の力になるだろう』と書かれている。

 古の道具故に、調査が完璧にできず、一定以上の高性能な魔道具故に性能を過信してしまった。


「だけど、そんな魔道具でも飛竜どころか、雷竜くらいなら平気で拘束できてしまうんだよ。それがあるからボルドリンデはアジダハーカを制御できると思っている」


 遺跡に籠城したのは、単純明快、最大戦力を確保するためにそこにいるだけだ。

 アジダハーカさえ手に入れれば大逆転ができる。


 そのために暗躍して、味方を切り捨て時間を稼いだのだ。


「なんで、奴がそんなこと思ってるのか。リベルタ君は知ってるんだよね?」


 無理無茶無謀の三拍子が揃っているような短絡的な思考。


 そもそもの話、ボルドリンデは公爵家という強い立場を持っている。

 それをうまく使って、それこそ得意の暗躍と謀略を駆使すれば王家と政略結婚で王にもなれたかもしれない。

 しかしそれをしなかった。

 これに関しては明確な理由がある。


「それは、ボルドリンデ家の歴史が理由だね。ボルドリンデ家は英雄になれなかった祖先の末裔なんだ」


 包囲網を敷く部隊はまだ着かない。

 精霊たちから異常を知らせる連絡はない。

 シャリアの疑問に答える時間はあるかと、俺は記憶にあるボルドリンデ家の歴史を語る。


「ずっと、ずーっと昔。この大陸がまだ統一されていなかった群雄割拠の時代。レンデル、エーデルガルド、マーチアス、マルドゥーク、そしてボルドリンデという平民の冒険者パーティーが存在した」


 その時代は王のいない時代と言われていた。

 いや、王という存在はいたが、国を一つにまとめることができるほどの傑物がいなかったんだ。


 小さな国を治める領主は国を広げるために戦争に明け暮れ、人はどんどん血を流し、この南の大陸はどんどん呪われていった。


 モンスターを倒し力を付けた領主は他国を侵略し、他国の領主もモンスターを倒し力をつけ、それを打ち破ったら侵略してきた国から人や物を奪う。


 そんな連鎖を繰り返して、大地の呪いが地下深くにまで達するとそこに眠る卵が孵った。


「それって、まさか」

「いや、アジダハーカではないよ」


 精霊王が語った、過去の大戦かとネルは思ったがそれとは違うモンスターだと頭を振って否定する。


 この国の誕生はそのモンスターがきっかけだと言っていい。

 FBOでもそのモンスターと戦うことができるが、それは過去の歴史の回想イベントでの戦闘。


「ただ、当時の人間にとっては強大なモンスターであったのは間違いない。この大陸の人類が滅亡する一歩手前まで追い詰められるほど強大なモンスターだ。人々が戦争している場合ではないと顔を真っ青にして一致団結するほどのね」


 人類側は、かなり困っただろうな。

 戦争をして疲弊している最中に普通じゃないモンスターが現れたんだ。

 個の利益を優先している場合ではない。


 では、そんなモンスターをどうやって倒したか。

 それは多大なる犠牲のもと、小さなダメージを蓄積させ倒し切ったというのが真実。


「大勢の人が死んだ。気づいたら無名の冒険者だった初代国王のレンデルが、残された人々の中で最強と言われるほどに人が死んだ」


 本来であれば、もっと早く国々も総力を結集させて戦うべきだったのだが、人間の損得勘定が足を引っ張ってしまった。


 仕方ないと言えばそれまで、まだ大丈夫という感情が戦況を悪化させた。


「だけど、この大陸の人類はそのモンスターを打倒した。多大なる犠牲の下ね」

「国が生まれる歴史の話だろ。そんなことは僕でも知ってる。僕たちが知りたいのはなんでボルドリンデがこんな行動をとったかって言う理由だよ」

「ああ、それはな」


 その感情が生み出した悪意に俺はつい苦笑してしまった。









楽しんでいただけたのなら幸いです。


そして誤字の指摘ありがとうございます。


もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。


第1巻のカバーイラストです!!

絵師であるもきゅ様に描いていただきました!!


挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
最後の大戦の前に怪我で出れないとか?
英雄になれなかったボルトリンデ その歴史上の真実もボルトリンデが消していったんだろうな だから今の人達にはボルトリンデの行動が理解できない
公爵とは言うけど王家とは血縁関係じゃ無かったのね。
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