31 EX 自然の神 1
すみません、前回も賛否別れそうな話でしたけど、今回もそんな感じです(汗)
さてさて、この世界に実在する神は基本的には人類に対して好意的な存在だと言える。
しかし、時と場合によっては神はその司る権能で人に猛威を振るう。
そしてその猛威を振るう神々の多くは自然に由来する性質を持つ神だ。
「納得できないわ!!どうして、弟が邪神役をやっているの!!あの子はとっても優しい子なのよ!!」
荒ぶる神と言い換えればいいのだろうか、ドスンと机に叩きつけるように酒の入ったジョッキを置き、その赤らんだ顔で不満を叫ぶ。
白金色のストレートヘアを揺らし、酒にだらしなく酔っていなければ可愛いと評されるだろう容姿。お山は平均以上、豊か未満と言ったところで均整の取れたプロポーションを持つエメラルドグリーンの瞳の女神は、正面で一緒に酒を飲むもう一人の女神に酔いに座った目で絡む。
「そうです!そうです!!ライナちゃんのいう通りなのです!!なんでグルフォアちゃんが、邪神役なんですか!!私は納得できません!!そうです!地震を起こして猛抗議しましょう!!」
「そうよ!そうしましょう!!私もストライキを起こして世界から光を抹消してやるわ!!」
ライナと呼ばれた女神の向かい側にも、顔を赤らめてジョッキに入っている酒を飲み干し、近くにいた天使の店員に向かってお代わりと叫ぶ女神がいた。
綺麗な蜂蜜色の髪はウェーブして、一見して優しそうと思われる容姿だが、その肌は酒気で真っ赤に染まり、ライナと呼ばれた女神よりも豊満なお山を持つがゆえに酔って体を揺らすと相応に揺れる。
「あの、ライナさんもジュリさんも、そろそろお酒を控えたらいかがでしょうか?それとライナさん、光の女神のあなたが光を消してしまったら世界が大混乱しますし、ジュリさんも地震は本当に止めてくださいね。大地の女神のあなたが本気で地震を引き起こしたら大陸が真っ二つになってしまいます」
そんな荒ぶる女神たちを諭しているのは、綺麗な蒼色の髪をポニーテイルにしている女神だった。
彼女もお酒を飲んではいるが、荒ぶっている女神たちほどではない。
「何よカイリ!!!あなたはあの概念神たちの味方をするって言うの!!それでもあなたは自然神なの!?」
「そうですよ!そうですよ!!貴女も海の女神なんですから、あんな奴らなんて大津波でどっぱーん!!ってやっちゃえばいいんです!」
スポーティーと言えそうな褐色肌の海の女神は、なんでこんな飲み会に来てしまったのだろうと心の中で後悔していた。
「それもこれも、前任の主神がいけないのよ!!さっさとグルフォアを主神に据えていればこんなことにならなかったの!!何が選抜よ!!次代の神よ!!」
「そうだそうだ!!私たちがしっかりとグルフォアちゃんを推薦したんです!!だったら次の主神はグルフォアちゃんです!」
この世界の神々は大きく分けて、二つの派閥がある。
1つは知恵の女神ケフェリ、商売の神ゴルドス、調停の女神メーテル、闘争の神アカムなど、地上の人々の概念から生まれた神、概念神。
もう1つは、光や炎、水、大地などの自然から生まれた神、精霊に近い存在の自然神と呼ばれる存在だ。
この二つの派閥は互いにいがみ合っているわけではないが、仲がいいというわけでもない。
生まれたルーツが異なるゆえに、価値観が異なることも多々ある。
光の女神ライナ、大地の女神ジュリ、この二柱は自然神側の中では過激派と呼ばれるほどではないにせよ、その力ゆえに高圧的になるケースが多い。
いまも上役であるはずの、前の主神を非難する大胆な発言をして、同席している海の女神が大丈夫かと店員の天使に目配せし、安心してくださいとアイコンタクトで返されていた。
「もう、なんでグルフォアは邪神役に立候補しちゃったのよぉ。おかげで会えないじゃない。バカぁ」
結局、八つ当たりしないとやっていけないと言わんばかりにさっきまでの勢いがなくなり、半泣きになって机に突っ伏すというパターンを周囲がわかっていたから放置されていたということだ。
こんな心の弱っている女神がいるのなら、周りの男神たちが放っておかないのではと思うのだが、手を出したら最後どうなるか結末がわかり切っている男神たちはそっと視線を逸らし自分たちの手元にある酒を楽しんでいる。
「そうですよぉ!お姉ちゃんは会えなくて寂しいんですよぉ!!」
結局のところ二人が色々と騒いでいる理由は寂しいからの一言に尽きる。
溺愛と言っていいほど、この二柱の女神は弟である混沌の神グルフォアを可愛がっていた。
それこそ、実力があるのにもかかわらず二人とも主神選抜には参加せず、自分の弟を主神にしてあげるためサポートしようと思うくらいには重い愛を抱いている。
それは世間一般で言う、家族愛かと聞かれればそんな生易しいものではないと答えるかもしれない。
なにせこの二柱は弟が邪神役を担ったことによって主神選抜を辞退したほどだ。
さらに、弟に尖兵を向ける神々を牽制し、この主神選抜を盤ごとひっくり返して台無しにしてやろうと画策するほど混沌の神を心配している。
「・・・・・そこまで言うなら、お二方とも主神選抜に参加してさっさと勝ってしまえばよかったじゃないですか。お二方が協力すれば他の神々なんて手も足も出ないくらいに圧倒的勝利を得られるでしょうね」
「「弟を攻撃する姉がどこにいるって言うの!!」」
「割といますよ。だって、私たち神ですから。人間と比べると死の概念なんて大したことありませんし」
そんな感じで、世界の管理業務はしっかりとやりつつも荒んでいる女神たちには近寄らないのが賢い選択だ。
海の女神がこの場にいるのは、下手に放置して酔った彼女たちが本当に権能を使ったらとんでもないことが起きるのがわかっているから、嫌でも居らざるを得ないのだ。
「そんなの姉じゃない!」
「姉じゃないです!!」
「はいはい、わかってますから。聖水飲みましょうね」
「まだお酒を飲むわよ!!」
同期の神だからか、こうやって二人の面倒をみることが多いことにカイリは溜息を吐きたくなる。
もう、面倒くさいから支払いだけ済ませて帰ろうかなと思った。
だけど、放置して帰ったら他の神々からクレームが来るよねと諦めて店員の天使にチェイサーを頼み。
「それだったら、いっそのことお二方でグルフォアさんの手伝いに行けばいいじゃないですか」
もう対応も適当でいいじゃないかと思いつつ、これで二人が納得できるはずもないし、そもそも主神選抜のルールで邪神は一柱ということで決まっている。そんな分かりきったことをいまさらどうこうできる筈もなく、適当に場を流そうとしたのだが。
「「・・・・・」」
「お二方、トイレはあちらですよ?ここで粗相をするのは女神としてNGですからね?」
急に黙り込み、もしや飲みすぎたかと焦ったカイリは二人の顔色を伺うが、女神の体というチートスペックボディにより一気にアルコールを分解して、素面に戻ったかというくらいに真面目な顔になって考え始めている。
「いやいや、無理ですって。邪神役は一柱しか対応できないんですから、私も冗談で言っただけですし」
ハイスペックな二人が一気に黙り込んでしまったことに恐怖して焦ったカイリはこの話題を変えようとしたが。
「ジュリ、確か邪神は一柱しかダメとしか書かれてないわよね?」
「そうですねライナ。邪神は、一柱と書かれていますわ」
「お、お二方、一体何を?」
盲点だったと何かに気づき、クスクスと笑い始める光の女神と大地の女神。
「いえいえ、ちょっと思いついたことがありまして。では私たちはここで失礼します」
「はい、思いついたことがありましたので失礼しますね」
何故だろう、ここで止めなければ取り返しのつかないことになりかねないとカイリは思った。
「あのぉ、ちなみに何を思いついたかお聞きしても?」
実力的には負けていないが、二柱が揃うとさすがに厳しい。
せめて他の神々の援護があればと思いつつ周囲に視線を送るも、不気味な笑みを浮かべる二柱の女神に、周囲の男神どもは一斉に視線を逸らす。
使えない男どもだとカイリは内心で罵り、どうやって止めるか考えていると。
「おう!酒飲んでるんだって?俺も混ぜてくれよ!!」
「ナイスタイミングです!!普段は空気読めないやつだと思っていましたが!!」
のんきに一柱の男神が近寄ってきて、絡んできた。
炎を彷彿とさせる、赤い髪をもつ男神。
筋骨隆々の胸元を大きく開けた中東の民族衣装のような恰好をしている。
カイリの言葉に失礼な物を感じ取ったが、歓迎されていると思い込みニカっと笑って。
「おうそうか!ならライナもジュリも飲むぞ!!」
「「・・・・・」」
そんな歓迎ムードのカイリとは打って変わって空気読めやと冷たい視線を向けるライナとジュリ。それを炎の神という存在故に熱して無視するという荒業でどかっと座り込み。
近くを通りかかった天使に酒を注文すると。
「そう言えばさっき聞いたんだけどよ。グルフォアのやつが庭園の方に現れたってよ」
「ファムゥ!!!!!」
今このタイミングで最も出してはいけない話題を放り込んできた。
当人はちょうどいい話題だと思ったのかもしれないが、カイリからしたらもっと別の話題があっただろうと思わざるを得ない。
「あ?なんだよ?いきなり叫ぶなんて、酔ってんのか?」
「そうよ、カイリ。静かにしなさい」
「そうですよぉ。カイリちゃん。静かにしなきゃメッですよ?」
不幸中の幸いは、立ち去ろうとした二柱の女神を足止めできたことか。
「それで、なんでグルフォアはあんな場所に行ったのかしら?」
「ええ、ええ、そうですよ。姉の私たちを差し置いてなんであんな場所に行ったのかしら?」
ここから先は楽しい宴会場ではない。
決して沈黙を許されない尋問の時間だ。
麗しい二柱の女神の衣装が、一気に拷問官が着るような服に変わったようにカイリには見えた。
「あ?なんか、マンガ?っていう書物を借りに行ったんだってよ。ケフェリの奴が仕入れている代物らしいが」
「へぇ、あの女狐、そんな物でグルフォアに色目使ってんの?」
「許せないです。これは許せないですよぉ。あの引きこもり女神、私の可愛い可愛いグルフォアちゃんに色目使うなんて」
しかし、ここでも空気を読めないファムゥは気にせず聞いたことを吐き出し、周囲の気温がどんどん下がっているのをカイリは感じ取る。
「ああ!なんか、それを借りたお礼にグルフォアからプレゼントをもらったとか言ってたな!!」
「ファムゥ!!!!」
「あ?なんだよ、ってライナにジュリなんか震えてるけど寒いのか?炎出すか?」
これ以上はダメだ、これ以上こいつをしゃべらせたらダメだと咄嗟に判断したカイリは言葉を遮ろうとしたが時すでに遅し。
「いいえ、大丈夫よ。ファムゥ良いことを教えてくれてありがとう。お礼にここでの会計は全部払っておくから好きに飲んで」
「お!いいのか!ラッキー!」
「ええ、好きなだけ飲んでください。私たちは、ちょぉっと用事を思い出したのでファムゥちゃんとカイリちゃんはゆっくりと飲んでてね」
臨界点を突破した二柱の女神は静かに立ち上がり、天使の店員に二言、三言告げて店から出ていく。
「何だったんだあいつら?」
そんな変化に気づかない男神は、ようやく来た酒を片手に首を傾げ。
「世界が滅んだらアンタのせいよ」
「は?なんでだよ」
今ここに世界の危機を生み出したことに気づかない阿呆をぶっ飛ばしたい衝動にカイリはかられるのであった。
「うるさい!店員さん私にも酒!!」
祈る相手のいないカイリはやけ酒に逃げるのであった。




