30 EX 次代の神 10
「うー、漫画」
「私の、私の最新作が」
「・・・・・どうか、どうかこの金額で読ませてくれんか!?」
リベルタの元に英雄が集結、これで大災害に対しては問題ないと神々は判断したが、その代価として娯楽を失っていた。
「お前たちが契約を放棄したのだろう。私の英雄に関する神託を下したのだ。当然、漫画は没収だ」
「だったら愛の女神はどうなんだよ!!彼女も僕たちと同じように神託を下したじゃないか!!」
本棚は全て撤収し、元の神秘的な空中庭園へと姿を戻したが、まだ未読の漫画たちがごっそりと消えたことにアカム、ゴルドス、メーテルの三柱は、自前のプラカードで横暴を許すなと抗議をしている。
その抗議に対して、ケフェリは目線を一度上げ、白々しいと断じた。
「あの契約はお前たちからして来たからな。こいつとは契約していない」
「そうですねぇー。私は、先輩たちがケフェリ先輩と契約していたことは知りませんでしたし、漫画に関してもケフェリ先輩から勧めてもらって読んだのが初めてですしぃ。ああ、ここで押してくるんですねぇ。尊い」
ケフェリとパッフルの周りにある机には相も変わらず漫画が積み重なり、ケフェリは雑多にジャンル不問で読み漁り、パッフルは男性同士が近距離で描かれている表紙の作品が多い。
「だったら、パッフルも契約すべきです!!平等を求めます!!」
「あの時と今では状況が違う。当時はリベルタのことを隠すために行動を起こしていたが、ここまで表立って動くようではもはや隠す意味もない」
神託という切り札以外で、ケフェリと交渉することは困難だ。地上に干渉できる神託が、唯一の交渉手段であるのだが、残りの神託を封印してまで漫画が読みたいかと言われれば、神としてさすがに踏みとどまる。
なので、アカムたち三柱の希望にこたえる必要はケフェリにはない。
ある程度のアドバンテージは失ったが、それも決定的な物ではないと判断できる。
リベルタの指導の下で英雄同士の協力関係も築けているようだし、先々彼らが敵対する頃にはリベルタがもっと成長していると推測されるから神託を下す必要性も感じられない。
「「「そんな!!」」」
「むしろ、これを機に漫画から脱却してみたらどうだ」
「無理です!!」
「無理だよ!!」
「無理である!!」
なのでここからアジダハーカ討伐までは、高みの見物を決め込みながらゆっくりと漫画を読む時間になるのかと思ったが、外野が騒がしい。
神にとっての天敵、退屈をしのげる漫画という娯楽は、神託と引換には出来ないとはいえ貴重その物。
それを奪われまいと抵抗する神々にケフェリはため息を吐き、普段であれば無視してそのまま読書を続けるのだが、そこに突然この空中庭園に一羽の双頭の鷹が飛び込んできたことによって神々はいっせいに静まり返った。
鷹は止まり木に止まり、辺りを見回し全員が揃っていることを確認した。
そして右側の鷹の頭が大きく口を開き。
「やぁ、正義の味方達。存分に僕の配下たちを殺しているかい?」
その鷹から思いもよらないさわやかな声が流れてくる。
「言い方。仕方ないとはいえ言い方があるだろ。邪神」
その声に呆れた声で反応したのはアカムだった。
「自ら邪神の役を買って出ただけはあるが、今のお主は四肢を封じられ身動きができない状態であろう?よくもそこまで明るい声を出せる」
そして声の主の正体を邪神だと言い切り、ゴルドスは神経を疑うなどと呆れた物言いをする。
「慣れてしまえばこの生活も快適な物だよ?これも世界を維持するために必要なことだとは理解しているからね。光だけでは世界は成り立たずってね」
「そのために主神の座を自分から諦めるとは思いもしませんでしたが」
会話のやり取りから、邪神とここにいる神々は顔見知りだというのはわかる。
メーテルが憐れむ目で双頭の鷹にめがけて声をかける。
その憐れむ目を優しい目で鷹は見つめ返す。
「なに、誰かが邪神役をやらないといけないのなら僕がやるべきだと思っただけだ。何せ僕は混沌の神だからね。こと万物を生み出すことに関しては、僕以上に適した神はいないだろう?」
「お前が邪神に名乗りを上げた時のお前の姉たちの荒れようを考えろ。今もあやつたちはお前を救おうとしているぞ」
神を殺すには、物理的に殺すのではなく、信仰を元から絶たないといけない。
だが、世の中には信仰をどうあがいても消すことができない存在がある。
一つは生きるために必要な大地、一つはこの世界を照らす光、そしてもう一つは万物の祖となる混沌。
この三柱の神々は三つ子である。
「そうだね。僕たちは最初に主神の選定に選ばれた神々だからね。まぁ君たちは僕の姉たちから目の敵にされてはいるよ」
「お主は死なぬとは言え、お主の演じる邪神を殺す役割を持った英雄を選んだわけだからな。恨まれても仕方ないことではある」
「姉さんたちも変わらないね」
「ブラコンもほどほどにしろ。我らがここから移動しないのはあやつら二柱のせいだぞ」
光の女神と大地の女神。
姉二人と言っているが、生まれた時は一緒であるから妹ともとれる。
「それに、話をしに行くのなら私たちのところではなく、姉たちのところに行け。このことがバレたらあの二柱からクレームが来る」
話し相手の立場を考え、漫画を読んでいる暇もないと諦め本を閉じたケフェリの忠告に、双頭の鷹の両方の顔が同時に苦笑した。
随分と人間味のある所作であるが、中身が神であるのならそれも仕方ない。
その双頭の鷹が苦笑するほど、アグレッシブな姉たちの行動に頭を痛めているのが、今この場にいる神々、と言うことだ。
「本来であれば、あの二柱が主神筆頭候補だったのですが」
「弟に攻撃するなんてありえん!なんて言ってましたからねぇ。推薦しようとした他の神々が今も必死に説得してますよぉ?」
メーテルとパッフルも困り顔で、問題児の二柱を評価する。
「姉さんたちには遠慮しないでと言ってあるんだけどね」
「弟の寝所に忍び込もうとするような姉たちを、よく庇えるよね?僕たちの間じゃ君が邪神役に立候補したのはそれから逃げるためだってもっぱらの噂だよ?」
「・・・・・さて、僕が来た理由だけど」
「話を逸らしたであるな」
「逸らしたな」
「逸らしましたね」
「逸らしましたぁ」
神々にも恋愛といういうのは存在するし、リベルタがこの話を聞いたなら、ギリシャ神話かぁとため息を吐いてこの話を聞いていただろう。
「僕にもそれを読ませてほしいってお願いしに来たんだよ」
「これのことか?」
「うん」
そんな破廉恥な恋愛事情から話題を避けたい邪神こと、混沌の神はゆっくりと右の翼をケフェリの机の上にある物体に向けた。
「一体どこからこれのことを知った?ここから私は出ていないし、持ち出させてもいないはずだが」
「どこにでも噂好きというのは居るものだよ」
「・・・・・あいつか」
邪神も求める異世界の書物の存在がどこから知られたか察したケフェリの表情が渋面に染まるが、混沌の神の化身である鷹は、苦笑して返事を待つ。
「対価がない。よって、お前に貸す意味がない」
返事をするのにかかった時間はわずか数秒。
用件がわかった今、かまう必要もないと判断したケフェリは再び椅子を引いて座り、漫画を手にし読書の世界に戻ろうとして。
「お前の権限の範疇は知っている。公平性を保つため、お前は迂闊に権限を行使するわけにはいかない。今回のお前の役目はあくまで審判役で、その審判役が私を贔屓するわけにもいくまい。そして私としても賄賂と捉えられかねないこれをお前に貸すいわれはない」
「僕も対価なしでここに来たわけではないよ」
混沌の神から対価があると言われ、座る仕草を一旦止め、胡散臭そうなものを見るような目で双頭の鷹の方に向き直った。
「確かにこの世界に干渉しえるような行為は僕の権限では許されていない。僕の役割はあくまで、今回の裁定のシステム維持でしかない。けれど、それはあくまで今回の裁定での役割での権限だ。元来の僕の権能でできることはいくらでもある」
「つまり?」
「この庭園をリフォームすることができるよ」
そして、にっこりと鷹が笑顔を浮かべると、ケフェリはジト目でその鷹を睨み付けた。
「地上を見る見盤と椅子とテーブルしかない環境は、僕たち神々にとっては不便ではないけど退屈極まりないでしょ?僕の権能を使えば温泉とか娯楽施設を作ったり、ゆったりと読書をする空間を作ることもできる。キッチンを用意することもできれば、料理を自動で生み出してくれる釜も作り出すこともできる」
混沌の神の提案は確かに、主神の座を競い合う競争のルールに違反していない提案だ。
あくまで神々が座すこの空間に干渉する権限を持っているだけで、根本的に競技に干渉するわけではない。
今までもケフェリたちは各々の権限で許される物を持ち込んだりしていたが、それ以上の物は用意できなかった。
設備に関してはその筆頭と言っても良い。
「要求は?」
このままでもいいとは、ケフェリも思っていない。
想像以上の提案を持ってきたことに、前向きに検討する気になったケフェリの答えに満足気に頷いた混沌の神は。
「一施設に付き、一作品でどう?」
「良いだろう」
異世界の漫画を読みたいという願望によって結ばれた契約。
ケフェリがうなずき、ちらりとアカムたちを見れば悔し気にケフェリと混沌の神のやり取りを見ている。
「では、まずこれを作れ」
「・・・・・これは一体なんだい?」
ケフェリが取り出したのは、綺麗な絵が描かれている薄い冊子。
見る人が見ればパンフレットだというのがわかるが、その存在を知らない混沌の神は綺麗な絵だねと呟きつつ、この絵の物を作れという意図を察し、鷹が脚の爪で器用に掴みページをめくるも、異世界の言語で書かれているために内容を理解できない。
「異世界のマッサージチェアという椅子だ。体をほぐしてくれる」
「?????僕たち神は疲労を感じはするが、疲労が蓄積するわけではない。必要ではないと思うのだけど」
「マッサージはそこまで重要視していないが、リラックスして座る分にはちょうどいい機構だ」
結局のところ物を理解しているケフェリの説明を受けて、納得した混沌の神は早速と作業に取り掛かる。
その光景を見てアカムたちはその手があったかと思いつつも、彼らの権限ではこの交渉は難しく、どうしようもないということで黙って見つめ続ける。
「うん、これでどうだい?」
「・・・・・」
混沌の塊が鷹の目の前に現れ、うごめきだし、たった数秒で形を成し、パンフレットと同じような椅子が生み出された。
見た目は一緒、問題は座り心地と言うことで、無言でケフェリはできあがったマッサージチェアに座り、魔力を流すと椅子は自動で横たわり、楽な姿勢を取ってくれる。
「どんな作品が好みだ?」
その座り心地に満足したケフェリが、混沌の神に問いかけると。
「うーん、僕のいる場所は少し雰囲気が暗いから盛り上がって笑えるような話がいいかな?」
「ずいぶんとおおざっぱだな」
選択範囲の広い作品指定を受けて、どれにするかとケフェリは一瞬悩み。
そういえば、リベルタの配下の男どもがやっていた行動と似たようなことをする作品があったなと思い出し、それを取り出す。
それは、大学生たちが、青春を酒とともに過ごす物語。
所々で男が裸族になるシーンが描かれているが、そこは気にせず、混沌の神の希望に沿ったものだと思うので、そのまま現在出ているすべての巻を鷹の前に置く。
「汚すな、破くな、写本を作るな、いいな?」
「うん、わかったよ。また読み終わったらご用向きを聞きに来るね」
「ああ」
それを受け取った鷹は飛び立っていく。
交渉は成立、あとは優雅に読書の時間にしようとケフェリは本を開くが。
「「「ずるい!!」」」
「・・・・・」
叫ぶ神々に邪魔をされるのであった。




