29 英雄集結
バルバドスは俺の想像した通り、根性のある奴だった。
イングリットは純戦闘型ではないが、それでもレベル差に俺の指導が入っている分戦闘能力は高い。
対人戦用抜刀術を軸にしたメイド戦闘法はバルバドスにとっては新鮮に映り、何度も何度も立ち上がり戦いを挑み続け、ただ一度も勝つことはできなかったがその顔には満足感が浮かんでいた。
それから数日後のこの日。
「思ったよりも危ない立場だったんですね」
「僕も調べてわかったことですけど、まぁ、身内の恥ですわ。実力不足のボンが実力のある部下に嫉妬したという醜い話。このままいくと家族にまで危険が及ぶことがわかっていたようで、ただまぁ主君には忠義があり、さらには育てていた部下のこともあって身動きが取れなかったようです」
コンから進展があったと連絡があり、その話を聞くために足を運んで渡された報告書を読んだ感想がこれだ。
「そこをジンサイ殿が手を出して、救ったと?」
「ジンサイ殿と他人行儀な呼び方は止めましょうや。お師匠様」
ゲンジロウを口説き落とすことが出来、肩の荷が下りたと疲れた表情を見せたコンと契約を結ぶ日が来た。
前日にバルバドスとの契約を結んだので、二番目に来たのに契約完了は三番目だ。
「ようやっと、僕も契約できる日が来ましたわ」
と出遅れたことを嘆いていたようだが、俺からしたら人一人どころか複数人の未来をたった数日で変えてみせた手腕に驚きなのだが。
「これだと、俺に仕えるのに難色を示すのでは?どっちかというとコンの方に仕えたいとか言ってそうだけど」
「そこら辺は問題ありませんわ、きちんとどうしてスカウトしたかの経緯を話しましたんで。最初向こうからしたらなぜ気にかけてくれたかを疑問視されてそこら辺を説明するのに苦労しましたわ」
元々、そこまで重用されているわけでもなく、さらに人間関係も良くはなかった。
要するに雇い主がうちの国の王様みたいに優柔不断の八方美人なのだ。
ゲンジロウとその部下の実力は知っていたが、息子やその取り巻きたちのことを注意することができない。
権力者にしては発言力が低い雇い主。
「どう言い含めたの?」
「単純明快、知恵の女神の使徒様が君の実力を知っていてぜひとも欲しがっていると言っただけです。いやぁ、あの時の表情は面白かったですわ。神様の使徒に自分の実力が知れ渡っているとは思っていなかったようで、驚いて喜んで戸惑ってと百面相して、それからスムーズに話が進んだわけです。しかし僕自身も彼のことは調べるまで知りませんでしたし、本当にどこで彼のことを知ったんです?」
「企業秘密です。コンも俺には言っていないことの一つや二つあるでしょ?」
「こりゃ、一本取られましたな。そう言われたら僕はなんも言えませんわ」
そんな環境下にいた彼に救いの手を差し伸べられ、未来を変えられたのならこっちからしてもいい結果だと言える。
「それで緋色金と当人含めた部下が十八人、さらにその家族含めて四十五人。僕の伝手で南の大陸に移動していますわ。予定では二週間を目途に来るそうです」
「時間的には微妙なラインかぁ」
しかし、今回のアジダハーカ戦に間に合うかどうかは微妙なタイミング。
はっきりと言えば、某怪盗の仲間みたいに何でも切り裂いてくれそうな技術を持っているゲンジロウを戦力としてカウントしている。
ボルドリンデ元公爵を追跡していた闇さんから、本拠地らしき場所の報告も受けている。
先にそっちを殲滅したほうが早いかと思いつつ、この後コンと契約を結べば、東西北の三英雄との契約が完了するというわけだ。
「それじゃぁ、僕はエーデルガルド公爵のところに向かいますわ」
「ああ、俺も閣下から契約が完了したと連絡を受けたら訓練に入れるように調整するよ」
「楽しみにしてますわ」
そうして、コンとの会談が終了。
俺も訓練に参加するかと、立ち上がった時扉がノックされ、入室を許可すると。
「イングリットどうした?」
「はい、リベルタ様にお会いしたいというお客様が」
「客?今日、会う予定はなかったはずだけど、誰だ?」
予定にない来客をイングリットが知らせてきた。
立場が立場故に、最近では変な貴族からパーティーに誘われたり、縁談を申し込まれたりと、有名人特有の苦労が押し寄せてきているけど、エーデルガルド公爵が全てシャットアウトしている。
ネルの両親であるジンクさんにテレサさん、アミナの両親たちや家族、冒険で世話になったデントさん、鍛冶屋で今でも色々と無茶ぶりをしているガンジさんと例外は何人かいるが、それでもアポイントメントは取るよう頼んでいるし、公爵閣下に周辺の巡回兵士を増やしてもらっている。
何かあれば巡回兵士経由で連絡が来ると思うのだが。
「ヒュリダ様です。奥方様の声が治ったのでお礼にいらっしゃったと」
「あーあの人か」
そして心当たりがないと思っていたが、がっつりと心当たりあったわ。
しかも、英雄に関する重要な人が一人いたわ。
シャリアを魔改造してしまった件、伝えるの完全に忘れてた。
「いかがいたしますか?」
「いや、会うよ」
「かしこまりました」
ここで会わないのは悪手のような気がして、イングリットに頼んでここに連れてきてもらう。
ここまで神様関連が続いているのならヒュリダさんもそこに関わっているはず。
であれば、会った方がいいと俺の勘が告げている。
「突然の来訪なのに時間を取ってくれて感謝します」
「頭を上げてください」
そしてあの時に会った少年が、まさか公爵閣下の庇護下にいる上に、知恵の女神の使徒という事実を知って、かなり礼儀に気を使った対応をしてきたのに、俺は苦笑を浮かべる。
仕方ないとはいえば仕方ない。
俺個人の立場を明文化すると、公爵閣下の食客兼知恵の女神の使徒兼英雄たちの指南役という貴族でもおいそれと手を出せないような存在なのだ。
ヒュリダさんは愛の女神の使徒っぽいが平民だ。
恐る恐る家族と一緒に現れ、そしてすぐに頭を下げた。
「お久しぶりです。ここに来たってことは治ったのですね」
「はい!あなたの教えてくれた薬のおかげでミーの声は治りました」
「本当にありがとうございます」
頭を上げるように言っても、お礼を言って再び頭を下げられてしまった。
ただ一人、母親にだっこされた少女がつぶらな瞳でジッとこっちを見てる。
「ん?どうした?」
「おかあさんをなおしてくれて、ありがと!!」
少女と視線を合わせると、彼女はにっこりと笑ってお礼を言ってきた。
きっと、俺に会ったら言おうと思っていたのだろう。
「ああ、どういたしまして」
裏表のない、純粋なお礼には俺も思わずほっこりとしてしまう。
見た目はまだまだ子供の俺だが、中身はいい歳した成人男性だ。
前世では子供はいなかったが、こういう素直な笑顔を見ると今世ではと考えてしまう。
あわあわと慌てる大人二人よりも、子供の方が本質を捕らえるのが上手いのかもしれないな。
「さてと、ここに来た用件はそれだけじゃないのですよね?」
「「・・・・・」」
一人の少女のおかげで場の空気の緊張は少しだけ緩んだ。
席を進め、座るように促せば彼らは素直に従ってくれる。
「出会ったころに、愛の女神さまから神託を受けたと聞いています。となればここに来たのはそれに関係してしますよね?」
物事には順序がある。
だけど、その順序を素直に進行できるとは限らない。
「はい、愛の女神パッフル様より妻のミーに神託が下されました」
きっかけが必要なのだ。
俺がその話題に触れれば彼らは夫婦で顔を見合わせ、ヒュリダさんが代表して話を進めることになる。
「知恵の女神の使徒に教えを乞え。愛を持って礼儀を尽くし、恩を返せと」
「なるほど」
きっかけさえ与えればあとは簡単。
助けてもらった恩があるというのにさらに何か求めろという、愛の女神の神託とは言え、厚顔無恥になりかねないような言葉を俺に対して紡ぐのが心苦しいのだろう。そんな気持ちが顔に表れているヒュリダさんが俺に伝えてくれた。
「わかりました。今さら一人増えたとて問題ありませんよ。ただまぁ、他の英雄たちへの体面もありますんで、契約内容と報酬内容に関しては少し厳しめにさせてもらいますよ」
「生憎と我々に差し出せるものは・・・・・」
「お金や家族を差し出せとは言いませんよ。こっちとしても若干の負い目がありますし」
「負い目、ですか?」
他の英雄たちは大きな権力を持っていて、こっちに与える恩恵もかなりの物だ。
それと比べて彼、ヒュリダさんたちは平民であり権力なんて欠片もない。
「実は、あなたたちの息子であるシャリアさんなんですけど、ひょんなことから俺の部下として働いてまして」
「シャリアがですか?息子は元気なのですか?」
「ええ、まぁ、元気ですよ。今日も元気に働いてます」
なので、対等な交渉というのは正直難しいと思う。
ただ一つ、シャリアに新しい性癖を芽生えさせてしまったという負い目が俺にはある。
その点を考えると、ゲンジロウと俺との間を取り持ったことで報酬を大きく減額されたコンの立場と大して差がないのではと思う。
「本当ですか!便りがないのは元気な証拠とは言いますけど、私の声のことで心配をかけてしまいましたし、連絡を取ろうにもどこにいるかわかりませんでしたし。
可能であれば連絡を取りたいのですが、手紙をお渡しすれば届けていただけるのでしょうか?」
「ええ、お預かりしますし、会えるようにもセッティングしますよ」
そこまで過酷な条件を課すつもりはない。
実際現在進行形でシャリアには活躍してもらってるし、想像以上の戦果も出している。
。
「感謝します。あなたにはあの日に会ってから世話になってばかりだ」
「このタイミングで言うのもなんですけど、こっちも打算ありきですからね?善意があったことは事実ですけど、さすがにこれ以上はお代を貰います」
これも神の御意思ですと慈善活動する気はさらさらないのでしっかりとそこら辺は釘を刺しておく。
その言葉を聞いてヒュリダさんは居住まいを正す。
「俺が現状欲しいのは信頼できる戦力です。この大陸に未曽有の危機が迫っているので、あなたの力を貸してほしい」
「家族に危険が及ぶほどのことですか?」
「その可能性は十分にあります。その脅威を放っておいたらこの大陸だけではない。全世界が滅ぶ可能性があります」
真剣なまなざしで内容を聞く彼に向かって俺は頷く。
「であれば、妻を助けてもらった恩を含め、この力をあなたのために振るうことに躊躇いはないです。存分にこの力お使いください」
「頼りにしています」
これで俺の知る限りの、英雄が全員揃ったというわけか。
神が意図して俺の元に英雄を集めたのは、やはりアジダハーカに関連してか、それとも別の意図があるのか。
ちらっと窓の外を見れば、そこにはバルバドスと戦うクラリスが見え、少し視線をずらせばその戦いを眺めるコンの姿も見える。
FBOでは名前も知らなかった彼らの存在がこの先どういう影響をこの世界に与えるのか俺にはわからない。
ただ一つだけ言えるのは。
この戦いには絶対に勝たないといけないということ。
「さてさて、アジダハーカのクエスト攻略開始と参りますかね」
面倒事は早々に片付けて、俺のやりたいことに挑めるようにしないとな。




